胎児と胎盤の名残を追え―精巣腫瘍のマーカーAFPとhCGの読み方
第99回医師国家試験 I問題 第28問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,28~30の問いに答えよ。 28歳の男性。左陰囊の無痛性腫大を主訴に来院した。 現病歴:6か月前に左陰囊の腫れに気付き,その後徐々に増大してきた。疼痛はなかった。 既往歴・家族歴:特記すべきことはない。 現症:意識は清明。身長176cm,体重68kg。体温36.1℃。脈拍68/分,整。血圧110/72mmHg。身体所見で胸腹部に異常を認めない。陰囊皮膚と右陰囊内容とに異常はない。左陰囊内容は鶏卵大で一塊として硬く触知するが,圧痛と透光性とは認めない。 検査所見:尿所見:異常を認めない。血液所見:赤血球456万,Hb 15.1g/dL,白血球8,300,血小板26万。血液生化学所見:総蛋白6.8g/dL,アルブミン3.9g/dL,クレアチニン0.9mg/dL, AST 40U/L,ALT 38U/L,LD 410U/L(基準176~353)。胸腹部CTで両肺に多発性結節影と傍大動脈リンパ節の腫脹とを認める。 入院後経過:精巣腫瘍と診断し,高位精巣摘除術を施行した。
精巣腫瘍の診断に有用なマーカーはどれか。2つ選べ。
- a.hCG-β
- b.AFP
- c.CEA
- d.CA19-9
- e.PSA
対話形式の解説
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ドクターまとめ
若年男性に無痛性で硬く透光性のない陰囊内腫瘤をみたら精巣腫瘍を疑い、リンパ流の解剖から最初の転移先は傍大動脈リンパ節、遠隔転移は肺に多くみられます。精巣腫瘍の大部分は胚細胞腫瘍で、卵黄囊様成分がAFPを、栄養膜様成分がhCGを産生するため、AFPとhCG-βが診断・治療効果判定・再発監視に有用であり、腫瘍量を反映するLDとあわせて基本の3マーカーとなります。AFPは卵黄囊腫瘍や胎児性癌で上昇し、純粋なセミノーマでは上昇しないため、AFP高値なら非セミノーマとして扱います。CEAは腺癌、CA19-9は膵・胆道癌、PSAは前立腺癌のマーカーで精巣腫瘍には用いません。腫瘍の発生起源からマーカーを理解しておくと、組織型の推定や高位精巣摘除術後の経過判断にまで応用できます。
解答・解説
正解はa, bです
所見の整理
・28歳男性。半年かけて徐々に大きくなった左陰囊の腫大で、痛みを伴わない。 ・左陰囊内容は鶏卵大で、一つの塊として硬く触れる。圧痛はなく、透光性(ペンライトを当てると光が透ける性質)もない。 ・LD(乳酸脱水素酵素)が410 U/Lと基準値(176〜353)より高い。 ・胸腹部CTでは、両肺に多発する結節影と、傍大動脈リンパ節(大動脈の周りのリンパ節)の腫大がみられる。
診断へのプロセス
若い男性に痛みのない陰囊内の腫大がみられたら、まず精巣腫瘍を考える。精巣腫瘍は15〜35歳ごろの男性に最も多い固形癌である。陰囊が腫れる他の病気と比べると、次のように区別できる。 ・陰囊水腫:液体がたまるため透光性があり、柔らかく触れる。本例は透光性がなく硬いので合わない。 ・精巣上体炎・精巣炎:発熱、強い圧痛、炎症反応を伴う。本例は無熱で圧痛もない。 ・精索捻転:突然の激しい痛みで始まる。本例は無痛で経過も長い。 これらから、硬く、痛みがなく、透光性のない腫瘤である本例は精巣腫瘍と考えられる。 精巣からのリンパ流は精巣動静脈に沿って上行し、腎門部の高さの傍大動脈リンパ節に最初に流れ込む(鼠径リンパ節ではない)。そのため、傍大動脈リンパ節の腫大は精巣腫瘍のリンパ節転移として典型的である。さらに両肺の多発結節は血行性の肺転移と考えられ、遠隔転移を伴う進行した精巣腫瘍と判断できる。LDの上昇は腫瘍の量(腫瘍量)を反映する非特異的なマーカーで、精巣腫瘍では病期分類やリスク分類に用いられる。
設問の考え方
精巣腫瘍の多くは胚細胞腫瘍(精子のもとになる細胞から生じる腫瘍)である。胚細胞腫瘍は胎児の組織や胎盤の組織に似た成分をつくることがあり、その成分が胎児期や妊娠中に本来つくられる蛋白を血中に出す。卵黄囊に似た成分はAFP(α-フェトプロテイン)を、胎盤の栄養膜に似た成分はhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)を産生する。そのため、精巣腫瘍の診断、組織型の推定、治療効果の判定、再発の監視に最も役立つ血清マーカーはAFPとhCG(とくにβサブユニット)であり、これにLDを加えた3つが基本となる。
選択肢考察
- ○a. hCG-β
hCGは胎盤の合胞体栄養膜細胞がつくるホルモンで、α鎖とβ鎖からなる。α鎖はLH・FSH・TSHと共通の構造をもつため、hCGに特有なβ鎖(hCG-β)を測定すると特異性が高くなる。精巣腫瘍では、合胞体栄養膜細胞の成分をもつ組織型で上昇する。絨毛癌ではほぼ全例で著しく高くなり、胎児性癌や、複数の組織型が混ざった混合型胚細胞腫瘍でも高い頻度で上昇する。セミノーマでも、合胞体栄養膜巨細胞が混ざっている場合には軽度に上昇することがある。hCGは診断だけでなく、治療効果の判定や再発の早期発見にも用いられる。血中半減期は約1〜2日と短く、治療後に下がる速さも評価の指標になる。
- ○b. AFP
AFPは胎児の卵黄囊や肝臓でつくられる蛋白である。精巣腫瘍では、卵黄囊腫瘍(ヨークサック腫瘍)で著しく上昇し、胎児性癌や奇形癌(胎児性癌と奇形腫の混合型)でも高い頻度で上昇する。純粋なセミノーマや純粋な絨毛癌ではAFPは上昇しない。このため、組織検査でセミノーマとされてもAFPが高ければ、非セミノーマ成分が混ざっていると考えて非セミノーマとして治療する。臨床上とても重要な点である。血中半減期は約5〜7日で、治療効果の判定や経過観察にも用いられる。なお、AFPは肝細胞癌や肝炎・肝硬変でも上昇するため、解釈するときは肝疾患の有無にも注意が必要である。
- ×c. CEA
CEA(癌胎児性抗原)は、大腸癌を中心に胃癌・膵癌・肺腺癌・乳癌などの腺癌で上昇する腫瘍マーカーである。喫煙、肝硬変、炎症性疾患など腫瘍以外の状態でも軽度に上昇することがある。胚細胞腫瘍である精巣腫瘍ではふつう上昇せず、診断には役立たない。
- ×d. CA19-9
CA19-9は糖鎖抗原の一つで、膵癌や胆道癌(胆管癌・胆囊癌)で高い頻度で上昇し、胃癌・大腸癌などでも上昇することがある。胆道閉塞や膵炎などの良性疾患でも高くなる。なお、Lewis式血液型の陰性者(日本人の約5〜10%)は腫瘍があってもCA19-9をつくれず、偽陰性となる。精巣腫瘍のマーカーではない。
- ×e. PSA
PSA(前立腺特異抗原)は前立腺の上皮細胞がつくる蛋白分解酵素で、前立腺癌のスクリーニング、診断、治療効果の判定に使われる。前立腺肥大症や前立腺炎、前立腺への機械的刺激でも上昇する。同じ泌尿生殖器の腫瘍マーカーだが、精巣腫瘍ではふつう上昇しない。
精巣腫瘍の分類
精巣腫瘍の90%以上は胚細胞腫瘍で、大きくセミノーマ(精上皮腫)と非セミノーマに分けられる。 ・セミノーマ:最も多い組織型で、発症は30歳代が中心。放射線と化学療法がよく効き、予後は良好である。 ・非セミノーマ:胎児性癌、卵黄囊腫瘍、絨毛癌、奇形腫、およびこれらが混ざった混合型を含む。セミノーマより若い20歳代に多い。卵黄囊腫瘍は乳幼児にもみられる。 このほか、Leydig細胞腫などの性索間質性腫瘍や、高齢者に多い悪性リンパ腫も精巣に発生する。
組織型と腫瘍マーカー
・セミノーマ:AFPは正常。hCGは一部で軽度に上昇する。LDは腫瘍量に応じて上昇する。 ・胎児性癌:AFP、hCGとも上昇しうる。 ・卵黄囊腫瘍:AFPが著しく上昇する。 ・絨毛癌:hCGが著しく上昇する。hCGはLHと似た作用や、甲状腺刺激作用をもつ。そのため、女性化乳房や甲状腺機能亢進症状を伴うことがある。 ・奇形腫:ふつうマーカーは上昇しない。
精巣腫瘍の診療の流れ
精巣腫瘍が疑われたら、陰囊超音波で精巣内の腫瘤を確認し、腫瘍マーカー(AFP、hCG、LD)を測定する。そのうえで、生検をせずに高位精巣摘除術を行う。高位精巣摘除術は、鼠径部を切開して精索を内鼠径輪の高さで先に結紮・切断し、精巣を摘出する方法である。陰囊側から切開したり針生検をしたりすると、陰囊皮膚のリンパ流を通じて鼠径リンパ節へ腫瘍が広がるおそれがあるため、行ってはならない。摘出後はCTで転移の有無を調べ、摘出前後の腫瘍マーカーの値とあわせて病期を決める。
POINT
・若年男性で無痛性・硬い・透光性のない陰囊内腫瘤をみたら精巣腫瘍を疑う。 ・精巣腫瘍の血清マーカーはAFP、hCG(hCG-β)、LDの3つである。 ・AFPは卵黄囊腫瘍と胎児性癌で上昇する。hCGは絨毛癌で著しく上昇し、胎児性癌でも上昇する。 ・純粋なセミノーマではAFPは上昇しない。AFPが高ければ非セミノーマ成分があると考える。 ・精巣腫瘍の最初のリンパ節転移先は傍大動脈(後腹膜)リンパ節で、遠隔転移は肺に多い。 ・CEAは大腸癌などの腺癌、CA19-9は膵癌・胆道癌、PSAは前立腺癌のマーカーである。
