昏睡・けいれん・散瞳・QT延長―4つの手がかりが指す三環系抗うつ薬中毒
第120回医師国家試験 F問題 第72問(連問)
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連問の共通文
次の文を読み,70~72の問いに答えよ。 20歳台の女性。意識障害のため救急車で搬入された。 現病歴:自宅で倒れているのを友人が発見し,呼びかけても反応が乏しいため救急車を要請した。病院へ向かう途中で全身けいれんを認めたが,病院到着時は治まっていた。 既往歴:不明 生活歴:不明 現症:意識レベルはJCSⅢ-100。体温36.7℃。心拍数102/分,整。血圧90/50mmHg。呼吸数28/分。SpO2 89%(マスク5L/分酸素投与下)。 舌根沈下が強く下顎挙上してもSpO2は改善しない。バッグバルブマスクによる換気も不十分である。
迅速簡易定性検査で1つの薬剤が検出された。 服用したと考えられる薬剤はどれか。
- a.コカイン
- b.アンフェタミン
- c.三環系抗うつ薬
- d.フェノバルビタール
- e.ベンゾジアゼピン系睡眠薬
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
若年者の過量服薬で、昏睡、けいれん、散瞳、頻脈と低血圧、QRS・QT延長などの心電図異常がそろえば、三環系抗うつ薬中毒を考えます。これは抗コリン作用、α1受容体遮断作用、心筋Naチャネル遮断作用の3つで一元的に説明できます。コカインやアンフェタミン類は興奮・高血圧・高体温が主体で、フェノバルビタールやベンゾジアゼピン系薬は中枢抑制が主体でけいれんや特徴的な心電図異常を起こしにくい点で鑑別できます。治療はABCの安定化と心電図モニターが基本で、QRS幅延長や不整脈、低血圧には炭酸水素ナトリウムによるアルカリ化とNa負荷を行い、フルマゼニルはけいれん誘発のおそれから避けます。瞳孔・バイタル・心電図を組み合わせて原因薬物を絞り込むトキシドロームの考え方は、スクリーニング検査の結果を正しく解釈するうえでも欠かせない力になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
20歳台の女性で、自宅で倒れているところを発見され、室内には大量の薬の空シートがあった。臨床像は次のとおりである。 ・中枢神経:深昏睡(JCSⅢ-100)と全身けいれん。 ・循環:心拍数102/分の頻脈、血圧90/50mmHgの低血圧。 ・瞳孔:両側5.0mmと散大し、対光反射はやや緩慢。 ・心電図:洞調律でQT時間の延長。 ・一方、頭部CT、血糖、電解質、肝・腎機能に大きな異常はなく、器質的な頭蓋内病変や代謝性の意識障害は考えにくい。 これに尿の迅速簡易定性検査で1つの薬剤が陽性となったことを合わせ、急性薬物中毒と判断する。選択肢の5種類はいずれも尿中薬物スクリーニングキットで検出されうる薬物群なので、どの薬物が陽性になったかは臨床所見との整合性で推定する。
薬物の推定
「昏睡」「けいれん」「散瞳」「頻脈と低血圧」「心電図異常(QT延長)」の組み合わせを一元的に説明できるのは三環系抗うつ薬(TCA)である。TCAは過量服薬で次のような作用が同時に現れる。 ・抗コリン作用:散瞳、頻脈、腸蠕動低下、尿閉、意識障害など。 ・α1受容体遮断作用:末梢血管が拡張し、低血圧をきたす。 ・心筋Naチャネル遮断作用(キニジン様作用):QRS幅の延長、QT延長、心室性不整脈、心収縮力低下。 ・中枢神経への作用:意識障害、けいれん。 コカインやアンフェタミンは興奮・高血圧が主体となり、フェノバルビタールやベンゾジアゼピン系睡眠薬は中枢抑制が主体でけいれんや著明な心電図異常を起こしにくく、本例の臨床像と合わない。 なお、抗コリン症候群では皮膚は乾燥するのが典型的であり、本例の軽度の湿潤は典型的とはいえないが、けいれん後の状態などでも発汗は生じうるため、他の所見の組み合わせを重視して判断する。
選択肢考察
- ×a. コカイン
コカインはノルアドレナリン・ドパミンなどの再取り込みを阻害する交感神経刺激性の薬物で、散瞳、頻脈、発汗、けいれんは生じうる。しかし典型的には興奮・不穏、高血圧、高体温を示し、冠攣縮による心筋梗塞や脳出血を起こすこともある。本例のような低血圧を伴う深昏睡は典型像ではない。また、わが国の若年者が自宅で大量の「薬のシート」を空けた状況とも合わない。
- ×b. アンフェタミン
アンフェタミン類(覚醒剤)も交感神経刺激作用をもち、散瞳、頻脈、発汗、けいれんをきたしうるが、主体は興奮・幻覚妄想などの精神症状、高血圧、高体温であり、横紋筋融解症によるCK上昇を伴うことも多い。本例は低血圧を伴う昏睡でCKも正常であり、合致しない。
- ○c. 三環系抗うつ薬
過量服薬で抗コリン作用による散瞳・頻脈、α1遮断による低血圧、Naチャネル遮断による心電図異常(QRS幅延長、QT延長)と心室性不整脈、さらに意識障害とけいれんをきたす。本例の昏睡、けいれん、散瞳、頻脈、低血圧、QT延長をすべて説明でき、大量の空シートとも整合する。致死的な不整脈やけいれん重積が起こりうる危険な中毒であり、心電図モニターで監視し、QRS幅の延長や不整脈があれば炭酸水素ナトリウムを投与して血液をアルカリ化し、Na負荷によって心毒性を軽減する。
- ×d. フェノバルビタール
バルビツール酸系の抗てんかん薬・鎮静薬で、過量服薬では昏睡、呼吸抑制、低血圧、低体温をきたす。ただしGABA-A受容体を介した強い中枢抑制作用をもち、けいれんを抑える薬であるため、中毒でけいれんを起こすことは考えにくい。瞳孔は縮瞳傾向または正常のことが多く、QT延長などの特徴的な心電図異常も示さない。
- ×e. ベンゾジアゼピン系睡眠薬
ベンゾジアゼピン系薬は過量服薬で傾眠〜昏睡を起こすが、単独ではバイタルサインが比較的保たれ、JCSⅢ-100のような深昏睡や重い循環障害に至ることは少ない。けいれんを止める薬であるため中毒でけいれんを起こしにくく(けいれんはむしろ離脱時に起こる)、瞳孔は正常〜縮瞳傾向で、特徴的な心電図異常もない。拮抗薬フルマゼニルがあるが、三環系抗うつ薬との同時服用が疑われる場合はけいれんを誘発するおそれがあり使用を避ける。
三環系抗うつ薬中毒の要点
・代表薬:アミトリプチリン、イミプラミン、クロミプラミン、ノルトリプチリンなど。治療域と中毒域の差が小さく、過量服薬で重篤化しやすい。 ・症状:抗コリン症状(散瞳、頻脈、口渇・皮膚乾燥、腸蠕動低下、尿閉、高体温)、意識障害、けいれん、低血圧、不整脈。 ・心電図:QRS幅の延長(100msec以上でけいれん、160msec以上で心室性不整脈の危険が高まるとされる)、QT延長、aVR誘導の終末部R波の増高、右軸偏位など。重症度評価と経過観察に心電図が重要である。 ・治療:ABCの安定化(気道確保・人工呼吸)、心電図モニター。適応があれば活性炭を投与する。QRS幅延長・不整脈・低血圧には炭酸水素ナトリウムを静注し、動脈血pHを7.45〜7.55程度に保つ。けいれんにはベンゾジアゼピン系薬を用いる。アシドーシスは心毒性を増強するため、挿管後は低換気を避ける。蛋白結合率が高く分布容積が大きいため、血液透析では除去しにくい。
主な薬物中毒と瞳孔・バイタルサイン
・三環系抗うつ薬:散瞳、頻脈、低血圧、けいれん、QRS・QT延長 ・コカイン・アンフェタミン類:散瞳、頻脈、高血圧、高体温、興奮、発汗 ・バルビツール酸系:縮瞳傾向、呼吸抑制、低血圧、低体温、深昏睡 ・ベンゾジアゼピン系:瞳孔は正常〜縮瞳傾向、バイタルは比較的安定、単独では重症化しにくい ・オピオイド:著明な縮瞳、呼吸抑制 ・有機リン:縮瞳、徐脈、流涎・発汗、気道分泌増加
POINT
・若年者の過量服薬で「昏睡+けいれん+散瞳+頻脈・低血圧+心電図異常(QRS・QT延長)」をみたら三環系抗うつ薬中毒を考える。 ・機序は抗コリン作用、α1遮断作用、Naチャネル遮断作用の3つで整理する。 ・心毒性には炭酸水素ナトリウムによるアルカリ化とNa負荷で対応する。 ・交感神経刺激薬は興奮・高血圧、鎮静催眠薬は中枢抑制主体でけいれん・心電図異常を起こしにくい点で鑑別する。
