空シートの山と昏睡―救急外来の薬物スクリーニングは「尿」で読む
第120回医師国家試験 F問題 第71問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,70~72の問いに答えよ。 20歳台の女性。意識障害のため救急車で搬入された。 現病歴:自宅で倒れているのを友人が発見し,呼びかけても反応が乏しいため救急車を要請した。病院へ向かう途中で全身けいれんを認めたが,病院到着時は治まっていた。 既往歴:不明 生活歴:不明 現症:意識レベルはJCSⅢ-100。体温36.7℃。心拍数102/分,整。血圧90/50mmHg。呼吸数28/分。SpO2 89%(マスク5L/分酸素投与下)。 舌根沈下が強く下顎挙上してもSpO2は改善しない。バッグバルブマスクによる換気も不十分である。
身体診察を継続したところ皮膚はやや湿潤。瞳孔径は両側5.0mmで,対光反射は両側やや緩慢。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。頸静脈の怒張を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で肝・脾を触知しない。腸雑音に異常を認めない。腱反射は正常である。 検査所見:尿所見:蛋白(-),糖(-),ケトン体(-),潜血(-),沈渣に白血球を認めない。血液所見:赤血球462万,Hb 12.9g/dL,Ht 39%,白血球11,300,血小板20万,PT-INR 1.0(基準0.9~1.1)。血液生化学所見:総蛋白7.1g/dL,アルブミン3.8g/dL,総ビリルビン0.8mg/dL,直接ビリルビン0.2mg/dL,AST 28U/L,ALT 20U/L,LD 160U/L(基準124~222),CK 120U/L(基準41~153),尿素窒素17mg/dL,クレアチニン0.8mg/dL,血糖92mg/dL,Na 134mEq/L,K 4.3mEq/L,Cl 99mEq/L。心電図は洞調律で,QT時間の延長を認める。胸部エックス線写真で心陰影の拡大は認めず,肺野に異常を認めない。頭部単純CTに異常を認めない。 来院した友人によると室内に大量の薬の空シートを認めたという。 中毒物質に関する迅速簡易定性検査に用いられる検体はどれか。
- a.尿
- b.便
- c.喀痰
- d.血液
- e.脳脊髄液
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
救急外来で用いられる中毒物質の迅速簡易定性検査(薬物スクリーニングキット)は、尿を検体とする免疫学的測定法です。薬物や代謝物は尿中に濃縮されて排泄されるため検出しやすく、昏睡患者でも尿道カテーテルから容易に採取でき、複数の薬物群を短時間で判定できます。血液は薬物濃度の定量や精密分析に、便・喀痰・脳脊髄液はそれぞれ別の目的の検体であり、薬物スクリーニングには用いません。キットは定性判定のみで偽陽性・偽陰性があるため、病歴、トキシドローム、心電図などと合わせて解釈し、必要に応じて機器分析で確定します。若年者の原因不明の意識障害では常に中毒を鑑別に挙げ、ABCの安定化を優先しつつ原因物質を推定する流れを身につけることが、救急診療の基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
深昏睡(JCSⅢ-100)とけいれんで搬入された20歳台の女性に、追加の情報が示されている。 ・瞳孔:両側5.0mmと散大し、対光反射はやや緩慢。左右差はない。 ・皮膚はやや湿潤。頸静脈怒張はなく、心音・呼吸音、胸部エックス線に異常はない。心不全や肺炎・無気肺など、心臓・肺の病変による低酸素は考えにくく、低酸素の主因は意識障害に伴う上気道閉塞と換気不全である。 ・腱反射は正常で、頭部単純CTに異常がない。瞳孔に左右差がなく、CTで出血や腫瘤などの所見がないことから、脳ヘルニアを起こすような頭蓋内の器質的病変は考えにくい。 ・血液検査では血糖92mg/dLと正常で低血糖は否定され、電解質・肝機能・腎機能・CKにも大きな異常はない。尿ケトン体も陰性である。代謝性の意識障害は考えにくい。 ・心電図は洞調律だがQT時間の延長がある。QT延長は抗不整脈薬、抗精神病薬、三環系抗うつ薬などの薬剤で生じる所見である。 ・室内に大量の薬の空シートがあった。 以上から、薬物の過量服薬による急性中毒が最も疑われる。ただし、決めつけて頭部外傷や他の頭蓋内疾患などを見落とさないよう、鑑別の一つとして位置付けることも大切である。
設問の考え方
原因薬物の推定には、現場の空シートや家族・友人からの情報、症状の組み合わせ(トキシドローム)に加えて、ベッドサイドで短時間に結果が出る迅速簡易定性検査が補助として用いられる。わが国の救急外来で使われる薬物スクリーニングキットは、尿を検体とする免疫学的測定法(イムノクロマト法)のキットである。尿には薬物やその代謝物が濃縮されて排泄されるため検出しやすく、採取も非侵襲的で、昏睡患者でも尿道カテーテルから容易に得られる。
選択肢考察
- ○a. 尿
薬物やその代謝物は主に腎から排泄され、尿中では血中より高濃度に濃縮されることが多いため、定性検査で検出しやすい。採取が容易で侵襲がなく、多量に得られる点も利点である。救急外来で用いる薬物スクリーニングキットは尿を検体とし、アンフェタミン類、バルビツール酸類、ベンゾジアゼピン類、コカイン、大麻、オピオイド、三環系抗うつ薬、アセトアミノフェンなどを十数分程度で判定できる。
- ×b. 便
便は便潜血検査、便培養、寄生虫検査などに用いられる検体であり、薬物の迅速簡易定性検査には用いない。薬物濃度が一定せず、昏睡患者から速やかに採取するのも難しい。
- ×c. 喀痰
喀痰はGram染色、培養、抗酸菌検査、細胞診など、呼吸器感染症や肺腫瘍の診断に用いる検体である。薬物の検出には用いない。
- ×d. 血液
血液は薬物の血中濃度の定量(アセトアミノフェン、リチウム、テオフィリン、抗てんかん薬など)や質量分析による精密な分析には用いられ、重症度評価や治療方針の決定に役立つ。しかし、救急外来でベッドサイドに使う迅速簡易定性キットの検体は尿であり、血液ではない。
- ×e. 脳脊髄液
脳脊髄液は腰椎穿刺で採取し、髄膜炎・脳炎やくも膜下出血の診断のために細胞数、蛋白、糖、培養などを調べる検体である。薬物スクリーニングには用いない。侵襲が大きく、頭蓋内圧が高い場合には脳ヘルニアを誘発する危険もあるため、薬物検出を目的に採取することはない。
尿中薬物スクリーニングキットの特徴
・原理:抗原抗体反応を利用した免疫学的測定法で、結果は陽性・陰性の定性判定である。 ・長所:尿を滴下するだけで短時間に複数の薬物群を同時に調べられる。 ・限界:血中濃度や摂取量はわからない。摂取直後で尿中に十分排泄されていないと陰性になることがある。過去の服薬でも陽性となり、今回の中毒の原因とは限らない。構造の似た別の薬物による偽陽性(例:三環系抗うつ薬の項目がフェノチアジン系薬などで陽性になる)や、キットの対象外の薬物による偽陰性がある。したがって、結果は病歴・身体所見・心電図などと合わせて解釈する。 ・確定:必要に応じて血液や尿を用いた機器分析(ガスクロマトグラフィー質量分析など)で薬物の同定・定量を行う。
急性中毒の初期対応の流れ
1. ABCの安定化(気道確保、呼吸・循環の管理) 2. 原因物質の推定(病歴、空容器、トキシドローム、心電図、尿中スクリーニング) 3. 吸収の阻害(適応があれば活性炭投与など) 4. 排泄の促進(血液浄化法など) 5. 解毒薬・拮抗薬の投与(例:三環系抗うつ薬中毒の心毒性に炭酸水素ナトリウム、アセトアミノフェン中毒にN-アセチルシステイン)
トキシドロームの例
・抗コリン症候群:散瞳、頻脈、皮膚乾燥・紅潮、高体温、腸蠕動低下、尿閉、せん妄(三環系抗うつ薬、抗ヒスタミン薬など) ・交感神経刺激症候群:散瞳、頻脈、高血圧、発汗、興奮(コカイン、アンフェタミン類) ・鎮静・催眠症候群:意識低下、呼吸抑制、バイタルは比較的安定(ベンゾジアゼピン系、バルビツール酸系) ・オピオイド症候群:縮瞳、呼吸抑制、意識低下
POINT
・救急外来の中毒物質の迅速簡易定性検査(薬物スクリーニングキット)の検体は尿である。 ・結果は定性のみで、偽陽性・偽陰性があり、病歴・身体所見・心電図と合わせて判断する。 ・血液は薬物濃度の定量に用いる。 ・若年者の原因不明の意識障害では、薬物過量服薬を常に鑑別に挙げる。
