「狭い」より「足りているか」―症状が消えた狭心症に、カテーテルは必要か
第120回医師国家試験 D問題 第36問
国試問題にチャレンジ
56歳の男性。労作時の胸部違和感を主訴に来院した。約1か月前から,趣味のテニスで運動中に胸部違和感があったが,気にしていなかった。知人に勧められて受診した。高血圧と脂質異常症に対して服薬治療中である。20歳から50歳まで,1日20本程度の喫煙歴がある。意識は清明。身長168cm,体重78kg。体温36.4℃。脈拍84/分,整。血圧146/90mmHg。SpO2 98%(room air)。頸静脈の怒張を認めず,心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。四肢は浮腫を認めない。血液生化学所見:尿素窒素18mg/dL,クレアチニン0.9mg/dL,トリグリセリド278mg/dL,HDLコレステロール32mg/dL,LDLコレステロール134mg/dL。胸部エックス線写真,心電図に異常を認めない。新規にβ遮断薬と少量のアスピリンの服薬を開始し,スタチンを最大量に増量したところ,胸部症状は消失した。冠動脈CTでは,左前下行枝に狭窄病変の存在が疑われた。運動負荷心筋血流SPECTを施行したところ,十分な運動負荷をかけることができ,経過中に,心電図に虚血性の変化を認めず,胸部症状を訴えなかった。SPECTを下に示す。 現時点で適切な対応はどれか。

- a.冠動脈造影検査を行う。
- b.冠動脈CTを再度施行する。
- c.経皮的冠動脈形成術を行う。
- d.薬物療法を継続して経過観察する。
- e.薬物療法を中止して通院を終了する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
安定した冠動脈疾患(慢性冠症候群)の治療方針は、冠動脈CTや冠動脈造影でわかる形態的な狭窄の有無ではなく、負荷試験で示される機能的な虚血の有無と、症状の残り方で決まります。β遮断薬・アスピリン・スタチンからなる至適薬物療法で症状が消え、運動負荷心筋血流SPECTでも負荷時・安静時ともに血流低下がない場合は、冠動脈造影やPCIは不要で、薬物療法を続けて経過観察するのが適切です。安定冠動脈疾患でのPCIは、至適薬物療法に上乗せしても予後を明確に改善しないことが大規模試験で示されており、適応は薬物療法抵抗性の症状や広範な虚血に限られます。一方で症状消失は薬の効果であり、二次予防のための抗血小板薬・スタチン継続と、血圧・脂質・体重・禁煙などの危険因子管理は欠かせません。「形態」と「機能」を分けて評価する考え方は、過剰な侵襲的検査・治療を避ける臨床判断の基本になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・56歳男性。約1か月前から、テニスなど運動中に限って胸部違和感が出る → 労作で誘発される胸部症状であり、労作性狭心症をまず考える。 ・冠危険因子が多い:高血圧、脂質異常症(トリグリセリド278mg/dLと高値、HDLコレステロール32mg/dLと低値、LDLコレステロール134mg/dL)、30年間・1日20本の喫煙歴(ブリンクマン指数=1日本数×年数で600)、肥満(BMI=78÷1.68²≒27.6)。 ・身体所見、胸部エックス線写真、安静時心電図はいずれも異常なし。安定狭心症では発作のない時の心電図は正常であることが多く、これで狭心症は否定できない。
経過の解釈
・β遮断薬(心拍数と心収縮力を下げ、心筋の酸素需要を減らす)、少量アスピリン(抗血小板作用で血栓形成を抑える)を開始し、スタチンを最大量に増量したところ、胸部症状が消えた → 薬物療法が奏効している。 ・冠動脈CTで左前下行枝(LAD)に狭窄が疑われた → 解剖学的(形態的)には狭窄が存在しうる。ただし冠動脈CTは石灰化などで狭窄を過大評価しやすく、狭窄が血流障害を起こしているかどうか(機能的な意義)までは分からない。 ・そこで機能的評価として運動負荷心筋血流SPECT(単一光子放射断層撮影:放射性トレーサーの心筋への取り込みで血流分布を見る核医学検査)を行った。十分な負荷がかかったうえで、症状も心電図の虚血性変化も出ず、画像でも負荷時・安静時ともに血流低下(集積欠損)を認めない → 誘発される心筋虚血は証明されない。
設問の考え方
本例は、多数の冠危険因子を背景にした労作性狭心症(慢性冠症候群)が疑われ、形態的には左前下行枝の狭窄があり得るものの、現行の薬物療法下で症状は消失し、負荷試験でも虚血は誘発されない状態である。安定した慢性冠症候群の治療方針は「症状を抑えること」と「心筋梗塞・死亡などのイベントを防ぐこと」であり、侵襲的な冠動脈造影や血行再建(PCI:経皮的冠動脈インターベンション、CABG:冠動脈バイパス術)は、至適薬物療法でも症状が残る場合や、負荷試験で広範な虚血が証明された場合などに検討される。どちらにも当てはまらない現時点では、至適薬物療法を続け、危険因子の管理を行いながら外来で経過を見るのが適切である。
選択肢考察
- ×a. 冠動脈造影検査を行う。
冠動脈造影(CAG)はカテーテルを冠動脈に挿入して造影する侵襲的検査で、穿刺部出血、造影剤腎症、冠動脈解離、脳梗塞などの合併症が頻度は低いながらあり得る。主に血行再建の適応を判断する目的で行うものであり、薬物療法で症状が消え、負荷SPECTで虚血も誘発されない本例では、この時点で行う必要はない。症状の再燃や負荷試験での虚血出現があれば、そのときに検討すればよい。
- ×b. 冠動脈CTを再度施行する。
冠動脈の形態評価はすでに冠動脈CTで行われ、左前下行枝の狭窄が疑われている。いま必要だったのは狭窄の機能的意義の評価であり、それは負荷SPECTで「虚血なし」と判定された。短期間でCTを繰り返しても治療方針は変わらず、放射線被曝と造影剤負担が増えるだけである。
- ×c. 経皮的冠動脈形成術を行う。
PCI(経皮的冠動脈インターベンション)による血行再建は、安定した冠動脈疾患では「至適薬物療法でも症状が残る場合」や「負荷試験で有意な(広範な)虚血が証明された場合」に適応となる。安定冠動脈疾患でPCIを追加しても、至適薬物療法単独と比べて死亡や心筋梗塞を明確に減らさないことが大規模試験(COURAGE試験、ISCHEMIA試験など)で示されている。症状が消え虚血も証明されない本例に、狭窄があるという理由だけでPCIを行うのは不適切である。
- ○d. 薬物療法を継続して経過観察する。
β遮断薬・アスピリン・高用量スタチンからなる至適薬物療法で症状は消失し、十分な運動負荷をかけても心電図変化・症状・SPECTでの血流低下のいずれも出ない。形態的な狭窄が疑われても機能的に問題のない、コントロール良好な慢性冠症候群であり、現在の治療を続けて外来で経過を追うのが最も適切である。あわせて、血圧(146/90mmHgと目標未達)、脂質(LDLコレステロールのさらなる低下、トリグリセリド高値)、体重など危険因子の管理を強化し、症状の再燃や増悪があれば再評価する。
- ×e. 薬物療法を中止して通院を終了する。
症状が消えたのは薬物療法の効果によるものであり、冠動脈病変そのものが治ったわけではない。中止すれば狭心症の再燃や、プラーク破綻による急性冠症候群(不安定狭心症・心筋梗塞)を招くおそれがある。アスピリンとスタチンは心血管イベントの二次予防としての意義もあり、高血圧・脂質異常症の管理も続ける必要があるため、中止・通院終了は誤りである。
慢性冠症候群(安定狭心症)の評価の流れ
・形態(解剖学的)評価:冠動脈CT、冠動脈造影。狭窄の有無と程度を見る。冠動脈CTは陰性的中率が高く「狭窄がない」ことの確認に強いが、高度石灰化があると狭窄を過大評価しやすい。 ・機能評価:運動負荷心電図、負荷心筋血流SPECT、負荷心エコー、FFR(冠血流予備量比:冠動脈内圧の比で狭窄の血行力学的意義を見る指標、0.80以下を有意とすることが多い)など。治療方針は「狭窄があるか」ではなく「その狭窄が虚血を起こしているか」で決める。
負荷心筋血流SPECTの読み方
・負荷時に欠損があり、安静時に回復する(再分布)→ 誘発される虚血。 ・負荷時・安静時ともに欠損 → 梗塞などの固定性欠損。 ・負荷時・安静時ともに欠損がない → 有意な虚血なし(本例)。
至適薬物療法の主な柱
・抗血小板薬:低用量アスピリン。 ・脂質低下:スタチン(LDLコレステロール低下に加え、プラークを安定化させる作用がある)。冠動脈疾患の二次予防ではLDLコレステロール100mg/dL未満を目標とし、糖尿病合併、急性冠症候群の既往、家族性高コレステロール血症などの高リスク例では70mg/dL未満を目標とする。不十分ならエゼチミブやPCSK9阻害薬を追加する。 ・抗狭心症薬:β遮断薬(心拍数・収縮力を下げて酸素需要を減らす)、カルシウム拮抗薬(特に冠攣縮の関与がある場合)、硝酸薬(発作時の舌下など)。 ・生活習慣の改善:禁煙、減量、運動療法、血圧・血糖管理。
冠危険因子
加齢、男性、高血圧、脂質異常症(LDLコレステロール高値、HDLコレステロール40mg/dL未満、トリグリセリド高値)、糖尿病、喫煙、肥満、慢性腎臓病、早発性冠動脈疾患の家族歴など。本例は少なくとも高血圧・脂質異常症・喫煙歴・肥満を有する。
POINT
・安定した冠動脈疾患の治療方針は、形態的な狭窄の有無ではなく、機能的な虚血の有無と症状で決める。 ・至適薬物療法で症状が消え、負荷試験でも虚血が誘発されない場合は、冠動脈造影やPCIは不要で、薬物療法を継続して経過観察する。 ・症状が消えても、抗血小板薬・スタチンなどの二次予防と危険因子の管理は継続し、中止しない。 ・PCIは、至適薬物療法でも症状が残る、または負荷試験で有意な虚血が証明される場合に検討する。
