統合失調症の既往に惑わされない―脳波の徐波が示す「身体からの精神症状」
第120回医師国家試験 D問題 第35問
国試問題にチャレンジ
35歳の女性。全身性エリテマトーデス〈SLE〉を発症したが,ほぼ同時期にループス腎炎を併発したため入院し,グルココルチコイドによる治療が開始された。入院前から頭痛や気分の落ち込みの訴えがあったが,入院3日目から,日付や病室を間違えるようになり不安のため頻回にナースコールをするようになった。既往歴に統合失調症があり,10年くらい前からリスペリドン2mg/日を服用している。脳波検査で全般性徐波がみられる。頭部単純MRI及び脳脊髄液検査では異常を認めない。 最も考えられるのはどれか。
- a.うつ病
- b.パニック症
- c.症状性精神障害
- d.遅発性ジスキネジア
- e.統合失調症の症状再燃
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
身体疾患の経過中に出現した精神症状は、まず外因、すなわち症状性精神障害を考えるのが原則です。急に出現した見当識障害と脳波の全般性徐波は意識障害(せん妄)を示し、意識清明下で幻覚・妄想が出る統合失調症の再燃や、うつ病・パニック症では通常説明できません。SLEでは中枢神経ループス、ステロイドによる精神症状、腎障害などの代謝性要因がいずれも原因となりえ、MRIや髄液が正常でも中枢神経ループスは否定できません。両者の区別はステロイドの増減という治療方針に直結するため、経過や検査所見を総合して判断します。精神疾患の既往という先入観にとらわれず、意識障害の有無から身体的原因を探る姿勢は、病棟でのせん妄対応にもそのまま生きる重要な視点です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・35歳女性。全身性エリテマトーデス(SLE)を発症し、同時期にループス腎炎(SLEによる糸球体腎炎)を併発して入院、グルココルチコイド(副腎皮質ステロイド)による治療が始まった。 ・入院前から頭痛と気分の落ち込みがあった。SLEの活動期にはこうした症状が中枢神経病変の前触れとしてみられることがある。 ・入院3日目から日付や病室を間違える(時間と場所の見当識障害)ようになり、不安が強く頻回にナースコールをする。比較的急に出現した見当識障害と不安・落ち着きのなさであり、軽度の意識障害を背景とするせん妄を考える所見である。 ・統合失調症の既往があるが、10年ほどリスペリドン2mg/日という少量で維持されており、現在、幻覚・妄想・まとまりのない言動など統合失調症の再燃を示す症状は記載されていない。 ・脳波で全般性徐波を認める。脳全体の機能低下、すなわち意識障害の存在を客観的に示す所見であり、せん妄など身体的要因による脳機能障害を強く示唆する。統合失調症や気分障害、不安症などの内因性・心因性の精神疾患では、通常このような全般性徐波はみられない。 ・頭部MRIと脳脊髄液検査に異常はなく、脳梗塞・脳出血などの粗大な器質的病変や、髄膜炎・脳炎などの中枢神経感染症は考えにくい。
診断へのプロセス
精神症状を診るときは、まず身体疾患や薬剤など脳に影響を与える要因(外因)がないかを検討し、次に内因性(統合失調症、双極性障害、うつ病)、最後に心因性を考える、という順序が基本である。本例では、活動性の高いSLE(ループス腎炎を伴う)という重い全身疾患と、高用量と推測されるグルココルチコイド投与という明確な身体的要因があり、そのもとで見当識障害を伴う意識障害(せん妄)が出現し、脳波でも全般性徐波が確認されている。したがって、身体疾患(およびその治療)に起因する精神障害、すなわち症状性精神障害が最も考えられる。 原因としては、SLEそのものによる中枢神経障害(中枢神経ループス〈neuropsychiatric SLE: NPSLE〉の急性錯乱状態)、ステロイドによる精神症状、腎機能障害や電解質異常などの代謝性要因などが候補となり、これらが重なっている可能性もある。入院前から頭痛や抑うつがありステロイド開始前から症状が始まっていることは、SLE自体の中枢神経病変の関与を示唆する。なお、中枢神経ループスではMRIや脳脊髄液の一般検査が正常であることも少なくないため、これらが正常でも否定はできない。
選択肢考察
- ×a. うつ病
うつ病は、抑うつ気分または興味・喜びの喪失に、睡眠障害、食欲変化、易疲労感、無価値感、集中困難、希死念慮などが2週間以上続く内因性の気分障害である。本例にも気分の落ち込みはあるが、それ以外のうつ病症状は乏しい。何より、急に出現した見当識障害と脳波の全般性徐波は意識障害を示しており、うつ病では説明できない。抑うつ症状は、SLEやステロイドによる症状性の精神症状の一部とみるのが妥当である。
- ×b. パニック症
パニック症は、動悸、息苦しさ、発汗、めまい、死への恐怖などを伴う強い不安発作(パニック発作)が予期せず繰り返し起こり、また発作が起きるのではないかという予期不安や、逃げ出しにくい場所を避ける広場恐怖を伴う不安症である。本例の不安は見当識障害に伴う混乱によるものと考えられ、発作性の経過もない。パニック症では意識は清明で見当識障害や脳波の全般性徐波はみられないため該当しない。
- ○c. 症状性精神障害
症状性精神障害とは、脳以外の身体疾患(膠原病、内分泌疾患、代謝性疾患、感染症など)が脳に二次的に影響して生じる精神障害であり、広い意味では治療薬による精神症状も含めて扱われる。意識障害(特にせん妄)が最も多く、そのほか抑うつ、不安、幻覚・妄想、認知機能低下など多彩な症状を呈する。脳波で全般性徐波を認めることが多く、原因となる身体疾患の改善とともに精神症状も改善するのが特徴である。本例は活動性SLE(ループス腎炎合併)とグルココルチコイド投与を背景に、見当識障害と不安を主体とするせん妄が出現し、脳波で全般性徐波を認め、頭部MRIと脳脊髄液に異常がないことから、本症が最も考えられる。
- ×d. 遅発性ジスキネジア
遅発性ジスキネジアは、抗精神病薬などドパミン受容体を遮断する薬剤を長期間使用した後に生じる不随意運動で、口をもぐもぐさせる、舌を突き出す、口をすぼめるといった口周囲の運動(口・舌・顔面ジスキネジア)が典型であり、四肢や体幹にも及ぶ。本例はリスペリドンを長期服用しているが、不随意運動の記載はない。また、精神症状である見当識障害や不安を説明する疾患ではない。
- ×e. 統合失調症の症状再燃
統合失調症の再燃では、幻聴、被害妄想、思考の混乱、まとまりのない言動、興奮などの陽性症状が再び目立ってくるのが典型である。統合失調症では原則として意識は清明で、見当識は保たれ、脳波に全般性徐波はみられない。本例はリスペリドン少量で10年近く安定しており、幻覚・妄想などの再燃を示す症状も記載されていない。見当識障害と全般性徐波は意識障害を示し、身体的要因による精神障害として説明するのが妥当である。
精神障害の成因による分類
・外因性:脳や身体に明らかな原因があるもの。 器質性精神障害:脳そのものの病変(脳血管障害、脳腫瘍、頭部外傷、脳炎、変性疾患など)による。 症状性精神障害:脳以外の身体疾患が脳に二次的に影響したもの(膠原病、内分泌疾患、肝・腎不全、電解質異常、感染症、低血糖など)。 中毒性精神障害:アルコール、薬物、医薬品(ステロイド、インターフェロンなど)による。 ・内因性:統合失調症、双極性障害、うつ病など。 ・心因性:不安症、適応障害など。 診断はこの順(外因→内因→心因)に除外していくのが原則であり、身体疾患を見逃さないことが重要である。
症状性精神障害の特徴
・原因となる身体疾患の経過と精神症状の経過が並行する。 ・急性期には意識障害(せん妄)が中心で、見当識障害、注意障害、錯覚・幻視、不穏、睡眠覚醒リズムの障害がみられ、症状は日内変動する(夜間に悪化しやすい)。 ・脳波で基礎律動の徐波化(全般性徐波)がみられる。 ・身体疾患の治療により改善することが多い。
SLEと精神神経症状
中枢神経ループス(NPSLE)は、頭痛、けいれん、脳血管障害、無菌性髄膜炎などの神経症状と、急性錯乱状態(せん妄)、精神病症状、気分障害、不安障害、認知機能障害などの精神症状を呈する。抗リボソームP抗体との関連や、脳脊髄液中IL-6の上昇が知られるが、MRIや脳脊髄液一般検査が正常のこともある。
ステロイドによる精神症状
プレドニゾロン換算で高用量(特に40mg/日以上)ほど起こりやすく、投与開始後数日~2週間以内の早期に多い。多幸・躁状態、不眠、易刺激性、抑うつ、精神病症状、せん妄など多彩である。SLEでは、中枢神経ループスとステロイドによる精神症状の区別が難しく、治療方針(ステロイドを増やすか減らすか)が逆になるため、経過や検査所見を総合して慎重に判断する。
POINT
・身体疾患を背景に出現した精神症状は、まず症状性精神障害(外因性)を考える。 ・見当識障害を伴う急性の精神症状+脳波の全般性徐波=意識障害(せん妄)を示し、内因性・心因性精神疾患では通常みられない。 ・SLEでは中枢神経ループスとステロイドの双方が精神症状の原因となりうる。 ・統合失調症の再燃は意識清明下での幻覚・妄想が中心で、見当識は保たれる。 ・遅発性ジスキネジアは抗精神病薬長期使用による口周囲などの不随意運動。
