「尿糖陽性=糖尿病」ではない―診断より先に治療を始めてはいけない理由
第120回医師国家試験 C問題 第42問
国試問題にチャレンジ
22歳の女性。職場の健診で尿糖陽性を指摘され来院した。身長147cm,体重42kg。脈拍72/分,整。血圧98/60mmHg。身体所見に異常を認めない。 次に行うべきことで,誤っているのはどれか。
- a.妊娠の除外
- b.家族歴の聴取
- c.血糖値の測定
- d.尿沈渣の確認
- e.食事療法の開始
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
尿糖は、血糖が腎の糖排泄閾値(おおむね160〜180mg/dL)を超える高血糖のほか、血糖が正常でも近位尿細管での再吸収が低下する腎性糖尿、Fanconi症候群、妊娠、SGLT2阻害薬の服用などでも陽性となるため、「尿糖陽性=糖尿病」とは限りません。健診で尿糖陽性を指摘された若年女性では、妊娠の確認、家族歴や服薬歴の聴取、血糖値・HbA1cの測定(必要に応じて75g経口ブドウ糖負荷試験)、尿沈渣などの尿検査によって原因を絞り込みます。食事療法は糖尿病や境界型と診断されてから行う治療であり、治療不要の腎性糖尿の可能性もある非肥満者に診断前から始めるのは誤りです。尿糖は糖尿病の診断基準に含まれないスクリーニング所見にすぎないことも押さえておきましょう。検査異常の背景にある仕組みを考え、診断を確定してから治療方針を決めるという順序は、あらゆる診療の基本となる姿勢です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・22歳の若年女性で、自覚症状はなく、職場の健診で偶然尿糖陽性を指摘された。 ・身長147cm、体重42kgでBMIは約19.4と肥満はない。 ・脈拍・血圧に異常なく、身体所見も正常で、口渇・多飲・多尿・体重減少といった高血糖症状の記載もない。
尿糖陽性の考え方
血液中のブドウ糖は腎糸球体で濾過された後、近位尿細管でナトリウム・グルコース共輸送体(主にSGLT2)によりほぼ全量が再吸収される。尿に糖が出るのは、次のいずれかの場合である。 ①血糖値が高く、尿細管の再吸収能力(腎の糖排泄閾値。おおむね血糖160〜180mg/dL)を超えて糖が濾過される場合:糖尿病、境界型など。 ②血糖値は正常だが、尿細管での糖再吸収が低下している場合:腎性糖尿(SGLT2をコードする遺伝子の変異などによる先天的な閾値低下)、Fanconi症候群などの近位尿細管障害、妊娠、SGLT2阻害薬の服用など。 したがって「尿糖陽性=糖尿病」とは限らない。本例は非肥満の若年者で症状がなく、2型糖尿病の典型像とは異なり、腎性糖尿や妊娠などの可能性も念頭に置く必要がある。
設問の考え方
まず行うべきは、尿糖の原因を明らかにするための情報収集と検査である。血糖値・HbA1cの測定(必要に応じて75g経口ブドウ糖負荷試験)で高血糖の有無を確認し、妊娠の有無、家族歴、服薬歴を聴取し、尿沈渣などで腎・尿細管障害を評価する。治療(食事療法など)は、原因が判明し治療が必要と判断されてから開始するものであり、診断前に行うのは順序が誤りである。
選択肢考察
- ×a. 妊娠の除外
行うべきことである。妊娠中は糸球体濾過量が増加し、尿細管で再吸収しきれない糖が増えるため、血糖が正常でも尿糖が陽性になりやすい(腎の糖排泄閾値の低下)。また妊娠糖尿病が発見される契機にもなる。若年女性ではまず妊娠の可能性を確認する。妊娠の有無は、今後の検査(放射線検査など)や薬物治療の選択にも影響する。
- ×b. 家族歴の聴取
行うべきことである。家族に糖尿病が集積していれば、2型糖尿病の初期や、若年発症で常染色体優性遺伝を示すMODY(maturity-onset diabetes of the young)の可能性が高まる。一方、腎性糖尿も遺伝性のことが多く、家族に同様の尿糖陽性者がいれば診断の手がかりになる。
- ×c. 血糖値の測定
行うべきことである。尿糖の原因として最も重要なのは高血糖であり、空腹時血糖、随時血糖、HbA1cを測定して糖尿病・境界型の有無を判断する。必要に応じて75g経口ブドウ糖負荷試験を行い、血糖値が正常パターンであるのに尿糖が陽性となれば腎性糖尿と診断できる。
- ×d. 尿沈渣の確認
行うべきことである。近位尿細管障害(Fanconi症候群など)や腎疾患があると、糖の再吸収が低下して尿糖が出ることがある。尿沈渣(尿中の細胞や円柱などの顕微鏡的観察)や尿蛋白などの尿検査で腎・尿路の異常がないことを確認するのは、尿糖の原因精査として妥当である。
- ○e. 食事療法の開始
誤りであり、これが正解である。食事療法は糖尿病や境界型と診断されたあとに行う治療である。本例は尿糖陽性が判明しただけで、高血糖の有無すら確認されていない。腎性糖尿であれば治療は不要であり、もともと非肥満(BMI約19.4)の患者に診断前からエネルギー制限を行うことは不要なばかりか、栄養状態の悪化を招くおそれもある。原因を確定させてから方針を決めるべきである。
尿糖陽性の主な原因
・高血糖による(血糖が腎の糖排泄閾値を超える):1型・2型糖尿病、その他の糖尿病(MODY、内分泌疾患に伴うもの、ステロイドなどの薬剤性)、食後の一過性高血糖(胃切除後の食後急峻な高血糖など) ・血糖正常で尿細管再吸収が低下:腎性糖尿、Fanconi症候群(近位尿細管でブドウ糖・アミノ酸・リン・重炭酸などの再吸収がまとめて障害される)、妊娠、SGLT2阻害薬内服
腎性糖尿
・血糖値が正常にもかかわらず尿糖が持続的に陽性となる状態で、多くはSGLT2遺伝子(SLC5A2)の変異による先天的な糖再吸収能の低下が原因である。 ・無症状で、健診で偶然見つかることが多い。 ・診断:75g経口ブドウ糖負荷試験で血糖値が正常型であり、空腹時を含めて尿糖が陽性であること。他の尿細管機能異常がないことも確認する。 ・予後は良好で治療は不要。ただし糖尿病の初期と区別しきれないこともあるため、定期的な経過観察が望ましい。
糖尿病の診断基準(日本糖尿病学会)の要点
・空腹時血糖126mg/dL以上、75g経口ブドウ糖負荷試験2時間値200mg/dL以上、随時血糖200mg/dL以上のいずれか(糖尿病型) ・HbA1c 6.5%以上(糖尿病型) ・別の日の検査で再確認するか、血糖値とHbA1cがともに糖尿病型であれば糖尿病と診断する。血糖値が糖尿病型で、典型的症状(口渇・多飲・多尿・体重減少)または確実な糖尿病網膜症があれば1回で診断できる。 ・尿糖は診断基準に含まれず、スクリーニングの手がかりにとどまる。
POINT
・尿糖陽性=糖尿病ではない。高血糖によるものか、血糖正常で尿細管再吸収が低下したもの(腎性糖尿、Fanconi症候群、妊娠、SGLT2阻害薬)かを区別する。 ・若年女性の尿糖ではまず妊娠を確認する。 ・血糖値・HbA1c測定、家族歴・服薬歴の聴取、尿検査で原因を絞る。 ・腎性糖尿は75g経口ブドウ糖負荷試験で血糖正常なのに尿糖陽性。治療不要だが経過観察する。 ・治療(食事療法など)は診断が確定してから開始する。
