蘇生しても戻らない心拍―肺塞栓による心停止で「流れ」を取り戻すECMO
第120回医師国家試験 C問題 第41問
国試問題にチャレンジ
68歳の女性。呼吸困難を主訴に救急車で搬入された。自宅トイレに行った際に呼吸困難を訴え倒れたため家族が救急車を要請した。1か月前に乳癌と診断され,手術を予定していた。意識レベルはJCSⅠ-3。身長158cm,体重72kg。体温36.3℃。心拍数118/分,整。血圧78/46mmHg。呼吸数36/分。SpO2 90%(リザーバー付マスク10L/分酸素投与下)。心音はⅡ音の亢進を認めるが,呼吸音に異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。心エコー検査で左心の圧排像を認めたため,体幹部と下肢の造影CTを撮影したところ肺動脈の広範囲および下肢深部静脈に血栓を認めた。ヘパリン5,000単位の静脈投与を行った。その後ストレッチャーから病室のベッドに移動させた際に,意識レベルが低下し頸動脈を触知しなくなった。直ちに心肺蘇生を開始したが心拍が再開しない。 次に考慮すべき治療はどれか。
- a.緊急ペーシング
- b.ワルファリン投与
- c.下大静脈フィルター留置
- d.植込み型除細動器〈ICD〉植え込み
- e.ECMO〈Extracorporeal membrane oxygenation〉装着
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
悪性腫瘍や肥満などの危険因子をもつ患者が体動を契機に突然の呼吸困難とショックを来し、呼吸音が正常なのに著しい低酸素、II音亢進、心エコーでの右室拡大による左室圧排を認めれば、高リスクの急性肺血栓塞栓症を考えます。肺動脈の機械的閉塞による心停止では胸骨圧迫だけでは血流が肺を通過せず、静脈から脱血し動脈へ送血するVA-ECMOで閉塞した肺循環を迂回して循環と酸素化を確保することが救命の鍵となります。そのうえで血栓溶解療法やカテーテル・外科的血栓除去で原因を取り除きます。ペーシングやICDは不整脈に対する治療、ワルファリンや下大静脈フィルターは再発予防の手段であり、急性期の救命策ではありません。病態に基づいて「今この瞬間に何が必要か」を判断する視点は、救急・集中治療の現場で直接役立つ考え方です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・68歳女性。1か月前に乳癌と診断され手術待機中である。悪性腫瘍は凝固能を高め、静脈血栓塞栓症の重要な危険因子となる。 ・身長158cm、体重72kgでBMIは約28.8と肥満であり、これも危険因子である。 ・トイレへの歩行(臥位・座位からの立ち上がり、排便時のいきみ)を契機に突然の呼吸困難を来して倒れた。体動で下肢の静脈血栓が遊離して肺へ飛ぶ典型的な発症状況である。 ・意識障害(JCS Ⅰ-3:開眼しているが名前・生年月日が言えない)、頻脈118/分、血圧78/46mmHg、頻呼吸36/分、高流量酸素下でもSpO2 90%であり、低酸素血症を伴うショック状態である。 ・Ⅱ音の亢進(肺動脈弁成分の亢進による)は肺高血圧を示す。呼吸音は正常で、気胸、肺炎、喘息発作、心不全による肺水腫は考えにくい。「呼吸音が正常なのに著しい低酸素」という組み合わせは肺塞栓を強く疑わせる。 ・心エコーでの左心の圧排像は、圧負荷で拡大した右室が心室中隔を左室側へ押す所見(短軸像で左室がD字型になる)であり、急性右心負荷を意味する。 ・造影CTで肺動脈の広範囲と下肢深部静脈に血栓を確認し、深部静脈血栓症を塞栓源とする急性肺血栓塞栓症と確定した。
重症度と経過
ショックを伴う急性肺血栓塞栓症は高リスク(広範型)に分類され、致死率が高い。ヘパリンを投与した後、ベッド移動の動作を契機に脈が触れなくなった。残存する下肢静脈血栓の再遊離などで肺動脈の閉塞がさらに進み、右室が血液を送り出せなくなって心停止(多くは無脈性電気活動〈PEA〉の形をとる)に陥ったと考えられる。
設問の考え方
心肺蘇生を続けても自己心拍が再開しない原因は、肺動脈という「流路そのものの閉塞」である。電気的な治療や予防的な処置では状況は変わらない。必要なのは、閉塞した肺循環を迂回して全身の循環と酸素化を直ちに肩代わりする手段であり、それが静脈脱血・動脈送血型の体外式膜型人工肺(VA-ECMO)である。ECMOで循環を確保したうえで、血栓溶解療法、カテーテル的血栓除去、外科的血栓摘除術などで閉塞の原因を取り除く。
選択肢考察
- ×a. 緊急ペーシング
ペーシングは、洞不全症候群や高度・完全房室ブロックなど、電気刺激の発生や伝導の障害で心拍数が不足する徐脈性不整脈に用いる。本例の心停止は肺動脈の機械的閉塞による右心不全・心拍出途絶が原因であり、心筋を電気刺激して拍動させても肺を通過する血流は生まれないため無効である。
- ×b. ワルファリン投与
ワルファリンはビタミンK依存性凝固因子の産生を抑える経口抗凝固薬で、効果が安定するまで数日を要する。また既にある血栓を溶かす作用はなく、新たな血栓の形成・進展を防ぐ薬である。肺血栓塞栓症の維持療法(再発予防)としては用いられるが、心停止中の救命処置としては意味がない。
- ×c. 下大静脈フィルター留置
下大静脈フィルターは、下肢・骨盤内の深部静脈血栓がさらに肺へ流れていくのを捕捉するための器具である。抗凝固療法が禁忌の場合などに再塞栓の予防目的で考慮されるが、すでに肺動脈を閉塞している血栓には効果がなく、心停止の状態を改善しない。
- ×d. 植込み型除細動器〈ICD〉植え込み
ICDは心室頻拍や心室細動など致死性不整脈による突然死のリスクが高い患者に、不整脈発生時に自動で電気ショックを行う目的で植え込む装置である。待機的に行う予防的治療であり、蘇生中の患者に行うものではない。また本例の病態は不整脈ではなく肺動脈の閉塞である。
- ○e. ECMO〈Extracorporeal membrane oxygenation〉装着
VA-ECMO(経皮的心肺補助〈PCPS〉とも呼ばれる)は、大腿静脈などから脱血した血液を人工肺で酸素化し、大腿動脈から送血する。閉塞した肺動脈と機能不全に陥った右心を迂回して全身循環と酸素化を維持できるため、心肺蘇生に反応しない高リスク肺血栓塞栓症の救命手段となる。ECMOで時間を稼ぎつつ、血栓溶解療法や外科的・カテーテル的血栓除去で根本治療を行う。
急性肺血栓塞栓症の重症度と治療
・高リスク(ショック、持続する低血圧、心停止):抗凝固療法(未分画ヘパリン)に加え、血栓溶解療法(組織プラスミノーゲンアクチベーター〈t-PA〉製剤)を考慮する。血栓溶解が禁忌・無効な場合は外科的血栓摘除術やカテーテル治療を行う。循環が保てない、または心停止の場合はVA-ECMOを導入する。心肺蘇生中で肺塞栓が強く疑われる場合には血栓溶解薬の投与も考慮される。 ・中リスク(血圧は保たれるが右心機能障害や心筋障害マーカー上昇あり):抗凝固療法を基本とし、悪化に備えて厳重に監視する。 ・低リスク:抗凝固療法。
抗凝固療法の流れ
急性期は即効性のある未分画ヘパリン(またはフォンダパリヌクス)で開始し、その後ワルファリンや直接経口抗凝固薬(DOAC)による維持療法へ移行する。誘因が持続する担癌患者では長期間の継続が検討される。
静脈血栓塞栓症の危険因子(Virchowの3要素)
・血流の停滞:長期臥床、肥満、長時間の座位、下肢麻痺 ・血管内皮障害:手術、外傷、カテーテル ・凝固能亢進:悪性腫瘍、妊娠・産褥、経口避妊薬、抗リン脂質抗体症候群、アンチトロンビン・プロテインC/S欠乏症
肺血栓塞栓症の典型的な所見
突然の呼吸困難・胸痛、頻呼吸・頻脈、聴診で異常に乏しいのに低酸素血症、Ⅱ音(肺動脈成分)亢進、心エコーで右室拡大と心室中隔の扁平化、血液ガスで低酸素血症と低二酸化炭素血症、Dダイマー上昇。確定診断は造影CTが中心である。
補足:VA-ECMOとVV-ECMO
VA-ECMOは静脈から脱血し動脈へ送血して循環と呼吸の両方を補助する。VV-ECMOは静脈から脱血し静脈へ戻すため呼吸のみを補助し、自己心拍が保たれている重症呼吸不全に用いる。循環が破綻した本例ではVA-ECMOが必要である。
POINT
・担癌、肥満、手術待機などの危険因子がある患者で、体動を契機とした突然の呼吸困難・ショックは肺血栓塞栓症を疑う。 ・呼吸音正常なのに著しい低酸素、Ⅱ音亢進、心エコーの右心負荷所見(左室の圧排)が手がかり。 ・心停止に至った高リスク肺血栓塞栓症では、VA-ECMOで循環を確保し、血栓溶解や血栓除去を行う。 ・ワルファリン、下大静脈フィルターは再発予防の手段であり急性期の救命策ではない。ペーシング・ICDは不整脈に対する治療である。
