胸が痛まない心筋梗塞―糖尿病が隠す「沈黙の虚血」
第118回医師国家試験 A問題 第4問
国試問題にチャレンジ
無痛性虚血性心疾患をきたしやすいのはどれか。
- a.糖尿病
- b.骨粗鬆症
- c.気管支喘息
- d.Parkinson病
- e.胃食道逆流症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
無痛性虚血性心疾患は、心筋虚血が客観的に確認されるにもかかわらず胸痛などの自覚症状を欠く状態で、その代表的な背景が糖尿病です。糖尿病の自律神経障害によって心臓の痛覚を伝える求心性神経が障害され、疼痛閾値が上昇するため、虚血や心筋梗塞が起きても気づきにくくなります。さらに糖尿病は強力な冠危険因子でもあり、息切れや倦怠感、悪心など非典型的な症状で発症して発見が遅れやすい点が臨床上の大きな問題です。骨粗鬆症、気管支喘息、Parkinson病、胃食道逆流症は無痛性虚血の原因として位置づけられていません。高齢者や心移植後も無痛性虚血をきたしやすいことを併せて覚え、糖尿病患者では無症状でも定期的に心電図などで虚血を評価する姿勢が大切です。
解答・解説
正解はaです
無痛性虚血性心疾患(無症候性心筋虚血、silent myocardial ischemia)とは、心電図のST変化や心筋シンチグラフィなどで客観的に心筋虚血が確認されるにもかかわらず、狭心痛などの自覚症状を伴わない状態をいう。心筋梗塞を起こしても胸痛を訴えない「無痛性心筋梗塞」も含まれる。 心筋虚血による痛みは、虚血心筋から放出されるアデノシン、ブラジキニン、乳酸などの物質が心臓の内臓求心性神経(交感神経に伴走する感覚線維)を刺激し、脊髄を経て大脳に伝わることで生じる。この痛覚の伝導路が障害されると、虚血があっても痛みとして自覚されにくくなる。 その代表が糖尿病である。糖尿病の三大合併症の一つである神経障害には、感覚神経障害に加えて自律神経障害が含まれ、心臓の求心性神経が障害される(心臓自律神経障害)ことで疼痛閾値が上昇する。しかも糖尿病自体が動脈硬化を促進する強力な冠危険因子であるため、「冠動脈疾患が起こりやすいうえに、起きても気づきにくい」という二重の問題を抱える。そのため糖尿病患者では、症状がなくても定期的な心電図検査などで虚血の有無を評価することが重要となる。 設問では、選択肢のうち心臓の痛覚伝導を障害する神経障害をきたす疾患を選べばよい。
選択肢考察
- ○a. 糖尿病
正しい。長期の高血糖により末梢神経障害と自律神経障害が生じ、心臓からの痛覚を伝える求心性神経も障害されるため、心筋虚血が起きても胸痛を自覚しにくい。加えて糖尿病は動脈硬化を進め冠動脈疾患のリスクを高める。糖尿病患者の心筋梗塞は無痛性のことがあり、息切れ、倦怠感、悪心、意識障害など非典型的な症状のみで発症したり、発見が遅れて重症化したりしやすい。
- ×b. 骨粗鬆症
誤り。骨粗鬆症は骨量の減少と骨質の劣化により骨強度が低下し、骨折しやすくなる疾患である。神経障害を伴うものではなく、心臓の痛覚伝導や疼痛閾値には影響しない。冠危険因子でもない。
- ×c. 気管支喘息
誤り。気管支喘息は気道の慢性炎症を背景に、可逆性の気流制限による喘鳴・呼吸困難・咳嗽を繰り返す疾患である。心臓の求心性神経を障害する機序はなく、心筋虚血を無痛化させることはない。喘息そのものは古典的な冠危険因子にも含まれない。
- ×d. Parkinson病
誤り。Parkinson病は中脳黒質のドパミン神経細胞の変性・脱落によって、安静時振戦、無動、筋強剛、姿勢保持障害などの運動症状を呈する神経変性疾患である。便秘や起立性低血圧などの自律神経症状を伴うことはあるが、心筋虚血の痛みを感じにくくする疾患としては位置づけられておらず、無痛性虚血性心疾患との関連は確立していない。
- ×e. 胃食道逆流症
誤り。胃食道逆流症(GERD:gastroesophageal reflux disease)は胃内容物(主に胃酸)が食道へ逆流し、胸やけや呑酸などを生じる疾患である。胸痛の原因となるため狭心症との鑑別が問題になることはあるが、心臓の痛覚を鈍らせる機序はなく、冠危険因子でもない。
無痛性虚血性心疾患をきたしやすい背景
・糖尿病(最も重要。自律神経障害による痛覚伝導の障害) ・高齢者(痛覚閾値の上昇、認知機能低下などで症状を訴えにくい) ・高血圧、慢性腎臓病などの動脈硬化性疾患を有する者 ・心臓手術後・心移植後(心臓の神経が切断されるため) ただし、糖尿病をもたない人にも無痛性虚血は一定の割合でみられ、加齢や高血圧などの関与が考えられているが、その機序は十分には明らかでない。
糖尿病の自律神経障害の主な症状
起立性低血圧、安静時頻脈、心拍変動の低下、無痛性心筋虚血、胃排出遅延(胃不全麻痺)、便秘・下痢、神経因性膀胱、勃起障害、発汗異常、無自覚性低血糖など。
臨床上の意義
無痛性心筋虚血は自覚症状がないため受診や治療が遅れ、心筋梗塞・心不全・突然死のリスクにつながる。糖尿病患者では、無症状であっても安静時心電図を定期的に行い、必要に応じて運動負荷心電図、心筋シンチグラフィ、冠動脈CTなどで評価する。
POINT
・糖尿病は自律神経障害により心臓の痛覚伝導が障害され、無痛性心筋虚血・無痛性心筋梗塞をきたしやすい。 ・糖尿病は同時に強力な冠危険因子でもある。 ・糖尿病患者の心筋梗塞は息切れ・倦怠感・悪心など非典型的症状で発症しうる。 ・高齢者も無痛性虚血をきたしやすい。
