StudyMed医師国家試験

胸が痛まない心筋梗塞―糖尿病が隠す「沈黙の虚血」

第118回医師国家試験 A問題 第4問

国試問題にチャレンジ

第118回 A問題 第4問

無痛性虚血性心疾患をきたしやすいのはどれか。

  1. a.糖尿病
  2. b.骨粗鬆症
  3. c.気管支喘息
  4. d.Parkinson病
  5. e.胃食道逆流症

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、心筋虚血が起きているのに胸痛を感じにくい「無痛性虚血性心疾患」がテーマだ。着眼点は、そもそも心臓の痛みがどういう経路で脳に伝わるのか、そしてその経路を壊す病気はどれか、という点にある。
医学生医学生
無症候性心筋虚血という言葉は循環器の講義で聞きました。でも、虚血があるのに痛くないというのが不思議です。
ドクタードクター
まずは痛みの仕組みから整理しよう。心筋が虚血になると、アデノシンやブラジキニン、乳酸などの物質が放出される。これが交感神経に伴走する内臓求心性線維を刺激し、脊髄を経て大脳に届いて初めて「胸が痛い」と感じるんだ。
医学生医学生
ということは、その感覚の通り道が傷んでいると、虚血があっても痛みとして届かないわけですね。
ドクタードクター
その通り。だから「心臓の痛覚を伝える神経を障害する病気」を選べばいい。そう考えると、どれが浮かぶかな。
医学生医学生
神経障害といえば糖尿病です。三大合併症の一つが神経障害だと、CBTの勉強で「しめじ」と覚えました。
ドクタードクター
いい覚え方だね。糖尿病神経障害には手足のしびれのような感覚神経障害だけでなく、自律神経障害も含まれる。心臓の求心性神経が傷むと疼痛閾値が上がり、虚血が起きても痛みを感じにくくなる。だから糖尿病が正解だ。
医学生医学生
しかも糖尿病は動脈硬化を進める冠危険因子でもありますよね。
ドクタードクター
そこが怖いところなんだ。冠動脈疾患が起こりやすいうえに、起きても気づきにくいという二重の問題を抱えている。では、ほかの選択肢も確認しよう。骨粗鬆症はどうかな。
医学生医学生
骨強度が落ちて骨折しやすくなる病気なので、神経とも冠動脈とも関係なさそうです。
ドクタードクター
正しい理解だ。神経障害を伴わず、冠危険因子でもない。気管支喘息も気道の慢性炎症による可逆性の気流制限が本態で、心臓の求心性神経を障害する機序はない。
医学生医学生
Parkinson病は便秘や起立性低血圧などの自律神経症状が出ると神経内科の実習で習いました。自律神経障害なら、糖尿病と同じように痛みを感じにくくなりませんか。
ドクタードクター
鋭い疑問だね。確かにParkinson病ではMIBG心筋シンチグラフィで心臓交感神経の集積低下がみられることが知られている。ただしこれは主に遠心性の交感神経節後線維の障害を反映したもので、無痛性心筋虚血の原因として一般に挙げられる疾患ではなく、関連は確立していない。試験では糖尿病が明確な答えになる。
医学生医学生
胃食道逆流症は胸痛の原因になるので、むしろ狭心症と紛らわしい病気ですよね。
ドクタードクター
そうだね。胸やけや胸痛のため狭心症との鑑別が問題になることはあるけれど、心臓の痛覚を鈍らせる機序はない。方向がまったく逆だ。
医学生医学生
糖尿病の患者さんが心筋梗塞を起こしたら、どんな症状で来るのでしょうか。
ドクタードクター
胸痛がはっきりせず、息切れ、倦怠感、悪心、ときに意識障害など非典型的な症状だけで来ることがある。そのため発見が遅れ、心不全や突然死につながりやすい。救急外来で糖尿病の人が「なんとなくだるい」と言ってきたら、心電図をとる習慣をつけておきたいね。
医学生医学生
症状がないからといって安心できないので、定期的な検査が必要なんですね。
ドクタードクター
その通り。無症状でも安静時心電図を定期的に行い、必要に応じて運動負荷心電図や心筋シンチグラフィ、冠動脈CTで評価する。ほかに無痛性虚血をきたしやすい背景として、高齢者や心移植後の患者も覚えておこう。心移植では心臓の神経が切断されるからだ。また糖尿病の自律神経障害は、起立性低血圧、安静時頻脈、胃不全麻痺、神経因性膀胱、無自覚性低血糖など全身に現れるので、セットで押さえておくと理解が深まる。
医学生医学生
痛みの経路を考えると、移植後に痛みがないのも納得できます。

まとめ

無痛性虚血性心疾患は、心筋虚血が客観的に確認されるにもかかわらず胸痛などの自覚症状を欠く状態で、その代表的な背景が糖尿病です。糖尿病の自律神経障害によって心臓の痛覚を伝える求心性神経が障害され、疼痛閾値が上昇するため、虚血や心筋梗塞が起きても気づきにくくなります。さらに糖尿病は強力な冠危険因子でもあり、息切れや倦怠感、悪心など非典型的な症状で発症して発見が遅れやすい点が臨床上の大きな問題です。骨粗鬆症、気管支喘息、Parkinson病、胃食道逆流症は無痛性虚血の原因として位置づけられていません。高齢者や心移植後も無痛性虚血をきたしやすいことを併せて覚え、糖尿病患者では無症状でも定期的に心電図などで虚血を評価する姿勢が大切です。

解答・解説

正解はaです

無痛性虚血性心疾患(無症候性心筋虚血、silent myocardial ischemia)とは、心電図のST変化や心筋シンチグラフィなどで客観的に心筋虚血が確認されるにもかかわらず、狭心痛などの自覚症状を伴わない状態をいう。心筋梗塞を起こしても胸痛を訴えない「無痛性心筋梗塞」も含まれる。 心筋虚血による痛みは、虚血心筋から放出されるアデノシン、ブラジキニン、乳酸などの物質が心臓の内臓求心性神経(交感神経に伴走する感覚線維)を刺激し、脊髄を経て大脳に伝わることで生じる。この痛覚の伝導路が障害されると、虚血があっても痛みとして自覚されにくくなる。 その代表が糖尿病である。糖尿病の三大合併症の一つである神経障害には、感覚神経障害に加えて自律神経障害が含まれ、心臓の求心性神経が障害される(心臓自律神経障害)ことで疼痛閾値が上昇する。しかも糖尿病自体が動脈硬化を促進する強力な冠危険因子であるため、「冠動脈疾患が起こりやすいうえに、起きても気づきにくい」という二重の問題を抱える。そのため糖尿病患者では、症状がなくても定期的な心電図検査などで虚血の有無を評価することが重要となる。 設問では、選択肢のうち心臓の痛覚伝導を障害する神経障害をきたす疾患を選べばよい。

選択肢考察

  1. ○a.  糖尿病

    正しい。長期の高血糖により末梢神経障害と自律神経障害が生じ、心臓からの痛覚を伝える求心性神経も障害されるため、心筋虚血が起きても胸痛を自覚しにくい。加えて糖尿病は動脈硬化を進め冠動脈疾患のリスクを高める。糖尿病患者の心筋梗塞は無痛性のことがあり、息切れ、倦怠感、悪心、意識障害など非典型的な症状のみで発症したり、発見が遅れて重症化したりしやすい。

  2. ×b.  骨粗鬆症

    誤り。骨粗鬆症は骨量の減少と骨質の劣化により骨強度が低下し、骨折しやすくなる疾患である。神経障害を伴うものではなく、心臓の痛覚伝導や疼痛閾値には影響しない。冠危険因子でもない。

  3. ×c.  気管支喘息

    誤り。気管支喘息は気道の慢性炎症を背景に、可逆性の気流制限による喘鳴・呼吸困難・咳嗽を繰り返す疾患である。心臓の求心性神経を障害する機序はなく、心筋虚血を無痛化させることはない。喘息そのものは古典的な冠危険因子にも含まれない。

  4. ×d.  Parkinson病

    誤り。Parkinson病は中脳黒質のドパミン神経細胞の変性・脱落によって、安静時振戦、無動、筋強剛、姿勢保持障害などの運動症状を呈する神経変性疾患である。便秘や起立性低血圧などの自律神経症状を伴うことはあるが、心筋虚血の痛みを感じにくくする疾患としては位置づけられておらず、無痛性虚血性心疾患との関連は確立していない。

  5. ×e.  胃食道逆流症

    誤り。胃食道逆流症(GERD:gastroesophageal reflux disease)は胃内容物(主に胃酸)が食道へ逆流し、胸やけや呑酸などを生じる疾患である。胸痛の原因となるため狭心症との鑑別が問題になることはあるが、心臓の痛覚を鈍らせる機序はなく、冠危険因子でもない。

無痛性虚血性心疾患をきたしやすい背景

・糖尿病(最も重要。自律神経障害による痛覚伝導の障害) ・高齢者(痛覚閾値の上昇、認知機能低下などで症状を訴えにくい) ・高血圧、慢性腎臓病などの動脈硬化性疾患を有する者 ・心臓手術後・心移植後(心臓の神経が切断されるため) ただし、糖尿病をもたない人にも無痛性虚血は一定の割合でみられ、加齢や高血圧などの関与が考えられているが、その機序は十分には明らかでない。

糖尿病の自律神経障害の主な症状

起立性低血圧、安静時頻脈、心拍変動の低下、無痛性心筋虚血、胃排出遅延(胃不全麻痺)、便秘・下痢、神経因性膀胱、勃起障害、発汗異常、無自覚性低血糖など。

臨床上の意義

無痛性心筋虚血は自覚症状がないため受診や治療が遅れ、心筋梗塞・心不全・突然死のリスクにつながる。糖尿病患者では、無症状であっても安静時心電図を定期的に行い、必要に応じて運動負荷心電図、心筋シンチグラフィ、冠動脈CTなどで評価する。

POINT

・糖尿病は自律神経障害により心臓の痛覚伝導が障害され、無痛性心筋虚血・無痛性心筋梗塞をきたしやすい。 ・糖尿病は同時に強力な冠危険因子でもある。 ・糖尿病患者の心筋梗塞は息切れ・倦怠感・悪心など非典型的症状で発症しうる。 ・高齢者も無痛性虚血をきたしやすい。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。