痰の出ない咳とベルクロ音―特発性肺線維症の「らしさ」を病態から読む
第118回医師国家試験 A問題 第5問
国試問題にチャレンジ
特発性肺線維症の症状・身体所見で誤っているのはどれか。
- a.ばち指
- b.湿性咳嗽
- c.体重減少
- d.fine crackles
- e.労作時呼吸困難
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
特発性肺線維症は特発性間質性肺炎で最も多い病型で、高齢の喫煙男性に多く、CTでは胸膜直下・肺底部優位の蜂巣肺を伴うUIPパターンを示します。間質の線維化による拘束性換気障害と拡散障害から、労作時呼吸困難、吸気終末の捻髪音(fine crackles)、ばち指が生じ、慢性の消耗で体重減少もみられます。一方、病変は気道ではなく間質にあるため咳は乾性で、痰を伴う湿性咳嗽が目立つ場合は気管支拡張症などの気道病変を考えます。検査では%VCと肺拡散能の低下、KL-6・SP-Dの上昇が特徴で、治療の中心は抗線維化薬であり、急性増悪と肺癌合併に注意が必要です。症状を病態から導く考え方は、間質性肺疾患と気道疾患の鑑別に広く役立ちます。
解答・解説
正解はbです
特発性肺線維症(IPF:idiopathic pulmonary fibrosis)は、原因不明の特発性間質性肺炎のうち最も頻度が高い病型である。50歳以上の男性、喫煙者に多く、肺の間質(肺胞壁やその周囲)に線維化が慢性・進行性に起こる。病理・画像では通常型間質性肺炎(UIP:usual interstitial pneumonia)パターンを示し、胸部CTでは両側肺底部・胸膜直下優位の網状影や蜂巣肺がみられる。 症状・身体所見は「間質が硬く厚くなる」という病態から理解できる。 ・肺が硬くなり膨らみにくくなる(拘束性換気障害、肺コンプライアンス低下)→ 労作時呼吸困難、吸気終末の捻髪音(fine crackles) ・肺胞壁が厚くなりガス交換が障害される(拡散障害)→ 低酸素血症、とくに労作時のSpO2低下、ばち指 ・慢性消耗性の経過 → 体重減少 ・病変の主座が気道ではなく間質であり、気道分泌物は増えない → 痰を伴わない乾性咳嗽 本問は「誤っているもの」を選ぶ問題である。IPFの咳嗽は乾性であり、痰を伴う湿性咳嗽は典型的ではないため、これが正解となる。
選択肢考察
- ×a. ばち指
IPFでみられる所見であり、記述は正しい(したがって本問の正解ではない)。ばち指は指趾末節が太鼓のばちのように膨らみ、爪の付け根の角度が失われた状態で、慢性の低酸素血症などを背景に生じる。IPFでは他の病型の特発性間質性肺炎に比べてばち指の頻度が高く、わが国の診断基準でも主要な臨床所見の一つに挙げられている。
- ○b. 湿性咳嗽
IPFの所見として誤っており、本問の正解である。IPFの病変は肺の間質にあり、気道の炎症や分泌亢進を伴わないため、痰はほとんど出ない。咳は痰を伴わない乾性咳嗽(からせき)が特徴で、しばしば頑固で難治性である。湿性咳嗽(痰を伴う咳)が目立つ場合は、気管支拡張症、慢性気管支炎(COPD)、細菌性肺炎、びまん性汎細気管支炎など気道病変を主体とする疾患をまず考える。
- ×c. 体重減少
IPFでみられる所見であり、記述は正しい。病期が進むと、呼吸仕事量の増加によるエネルギー消費の増大、呼吸困難による活動性や食欲の低下、慢性炎症などにより体重が減少する。体重減少や低栄養は予後不良の因子とされる。
- ×d. fine crackles
IPFでみられる所見であり、記述は正しい。fine crackles(捻髪音)は吸気の終末に聴かれる細かく高調な断続性副雑音で、マジックテープ(ベルクロ)をはがす音に似ることからvelcro rale(ベルクロ・ラ音)とも呼ばれる。線維化で硬くなった末梢の気道や肺胞が、吸気の終わりに急に開くことで生じると考えられている。IPFでは両側の背側肺底部で高頻度に聴取され、診断の手がかりとして重要である。
- ×e. 労作時呼吸困難
IPFでみられる所見であり、記述は正しい。最も頻度の高い症状である。肺が硬くなって膨らみにくくなる拘束性換気障害と、肺胞壁の肥厚による拡散障害のため、労作時に酸素需要が増すとSpO2が低下し息切れを生じる。初期には労作時のみであるが、進行すると安静時にも呼吸困難を生じるようになる。
特発性間質性肺炎の主な病型
特発性肺線維症(IPF)、非特異性間質性肺炎(NSIP)、特発性器質化肺炎(COP)、急性間質性肺炎(AIP)、剥離性間質性肺炎(DIP)、呼吸細気管支炎を伴う間質性肺疾患(RB-ILD)などがあり、IPFが最も多い。
IPFの臨床像
・好発:50歳以上、男性、喫煙者 ・症状:乾性咳嗽、労作時呼吸困難(緩徐に進行) ・身体所見:両側背側肺底部の捻髪音(fine crackles)、ばち指 ・呼吸機能検査:肺活量(%VC)・全肺気量の低下(拘束性換気障害)、肺拡散能(DLCO)の低下 ・血液検査:KL-6、SP-D、SP-Aなどの間質性肺炎マーカーの上昇 ・胸部CT:両側肺底部・胸膜直下優位の網状影、牽引性気管支拡張、蜂巣肺(UIPパターン) ・動脈血ガス:低酸素血症、AaDO2(肺胞気-動脈血酸素分圧較差)の開大、とくに労作時の低下が目立つ
経過・治療
慢性に進行し、診断後の生存期間中央値は3〜5年程度とされる予後不良の疾患である。感冒などを契機に急速に呼吸不全が悪化する急性増悪をきたすことがあり、主要な死因となる。肺癌の合併も多い。治療の中心は抗線維化薬(ピルフェニドン、ニンテダニブ)で、肺機能低下の進行を緩やかにする。慢性期のIPFに対するステロイドや免疫抑制薬の単独・併用療法は推奨されていない。低酸素血症には在宅酸素療法、適応があれば肺移植を検討する。
POINT
・IPFの咳は乾性咳嗽(痰は少ない)。湿性咳嗽は気道病変を考える。 ・主要所見:労作時呼吸困難、両側背側肺底部のfine crackles(吸気終末、velcro音)、ばち指。 ・拘束性換気障害(%VC低下)と拡散障害(DLCO低下)、KL-6・SP-D上昇。 ・CTでは胸膜直下・肺底部優位の蜂巣肺(UIPパターン)。 ・急性増悪と肺癌合併に注意。治療は抗線維化薬。
