StudyMed医師国家試験

臓器提供を決めるのは誰か―「本人の意思」と「家族の承諾」、医師の出番はどこにある?

第117回医師国家試験 E問題 第28問

国試問題にチャレンジ

第117回 E問題 第28問

40歳の女性。シュノーケリング中にうつ伏せで浮かんでいるところを発見され,救急車で搬入された。救急隊が到着した際には心肺停止状態であり,適切な処置により心拍は再開したが,入院4日目の頭部単純CTで皮髄境界消失と尿崩症を認めたため,入院6日目と7日目に法的脳死判定を実施して脳死と判定された。事故の前に臓器提供に関する本人の口頭による拒否の意思表示はなかった。  この患者で臓器提供ができる根拠に該当しないのはどれか。

  1. a.個人番号カードの意思表示
  2. b.運転免許証の意思表示
  3. c.健康保険証の意思表示
  4. d.医師の承諾
  5. e.家族の承諾

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、脳死と判定された患者さんから臓器提供ができる「法的な根拠」を問う問題だ。医学的な判断ではなく、臓器移植法が誰の意思を根拠にしているか、という点に注目してほしい。まずは前提として、溺水後に脳死に至った経過をどう読むかな。
医学生医学生
心肺停止からの蘇生後に低酸素性の脳障害が起きて、CTで皮髄境界が消えるほどの脳浮腫になったということですよね。尿崩症は視床下部や下垂体まで障害が及んだサインでしょうか。
ドクタードクター
その通り。全脳が虚血に陥ると脳浮腫が進み、灰白質と白質の区別がつかなくなる。ADHの分泌が途絶えれば中枢性尿崩症になる。そのうえで法的脳死判定を2回行い、脳死と判定された。ここまでは「提供できる状態か」の話。今回問われているのは「誰の意思で提供できるか」だ。
医学生医学生
公衆衛生の講義で臓器移植法の改正を習いました。改正前は本人の書面による意思表示が必須だったと思います。
ドクタードクター
よく覚えているね。2010年7月に全面施行された改正法で大きく変わった。今は、本人が書面で提供の意思を示していて家族が拒まない場合、または本人の意思が不明で家族が書面で承諾した場合に、脳死下での提供ができる。
医学生医学生
今回は「拒否の意思表示はなかった」とあるので、家族の承諾があれば提供できるということですね。
ドクタードクター
そう。家族の承諾は、本人の意思が不明なときの根拠になる。では、本人の書面による意思表示にはどんな手段があるかな。
医学生医学生
臓器提供意思表示カードは知っています。運転免許証の裏にも記入欄があった気がします。
ドクタードクター
運転免許証、健康保険証、マイナンバーカードにも意思表示欄があって、本人が記入したものはどれも書面による意思表示として有効だ。インターネットでの意思登録も使える。つまり、これらはすべて提供の根拠になりうる。
医学生医学生
そうなると、残る医師の承諾が根拠にならないということですね。主治医がOKを出せば提供できそうな気もしてしまいますが……。
ドクタードクター
そこが引っかけどころだね。法律上の要件は本人の意思と家族の承諾だけで、医師の承諾は含まれていない。医師の役割は脳死判定を行うことと、臓器提供という選択肢があることを家族に伝えることまで。提供を決める権限はないんだ。
医学生医学生
医師が決められると、判定の公正さが疑われてしまうからでしょうか。
ドクタードクター
まさにそれが大きな理由の一つだ。だから脳死判定も、移植に関わらない2名以上の医師が行うことになっている。判定する側と移植する側を切り離して、中立性を保っているんだよ。
医学生医学生
もし本人が口頭で「提供したくない」と言っていた場合はどうなりますか。
ドクタードクター
拒否の意思は書面でなくても尊重されるし、年齢も問わない。その場合は家族が承諾しても提供できない。「提供の意思表示は書面で15歳以上、拒否は書面でなくても年齢を問わず有効」と対比して覚えるといい。
医学生医学生
改正で本人の意思が不明でも家族の承諾でよくなったから、15歳未満の子どもからの脳死下提供もできるようになったんですね。
ドクタードクター
その通り。ただし虐待を受けて亡くなった児童から提供されないよう、適切な対応が求められている。ほかにも、親族への優先提供の意思表示が認められたことも改正点だ。法的脳死判定は2回行い、間隔は6時間以上、6歳未満では24時間以上あける。2回目の判定終了時刻が死亡時刻になる点も押さえておこう。
医学生医学生
救急科の実習で、家族への説明には移植コーディネーターも関わると聞きました。医師は選択肢を示す役で、決めるのは本人と家族なんですね。
ドクタードクター
そうだね。臨床では、家族が混乱と悲しみの中にあることを忘れず、提供を強いることなく情報を提供する姿勢が大切だ。

まとめ

改正臓器移植法(2010年7月全面施行)では、脳死下臓器提供の根拠は「本人の書面による意思表示(家族が拒まない場合)」と「本人の意思が不明な場合の家族の書面による承諾」の2つです。書面の意思表示には意思表示カードのほか、運転免許証・健康保険証・マイナンバーカードの意思表示欄やインターネット登録があり、いずれも有効です。一方、医師の承諾は法的根拠に含まれず、医師は脳死判定と選択肢の情報提供を担う立場にとどまり、判定も移植に関わらない2名以上の医師が行います。本人の拒否の意思は書面でなくても年齢を問わず尊重され、その場合は家族が承諾しても提供できません。「決めるのは本人と家族」という原則は、移植医療の公正さと信頼を支える基盤として理解しておきたいポイントです。

解答・解説

正解はdです

症例の整理

・40歳女性。シュノーケリング中に溺水し、心肺停止となったが蘇生により心拍は再開した。 ・その後、頭部CTで皮髄境界(灰白質と白質の境目)の消失、すなわち低酸素性虚血性脳症による広範な脳浮腫がみられ、視床下部・下垂体の障害を示す尿崩症も出現した。 ・法的脳死判定を2回行い、脳死と判定された。 ・本人が臓器提供を拒否する意思を示していたことはない。

臓器提供ができる条件

臓器の移植に関する法律(臓器移植法)は2009年に改正され、2010年7月に全面施行された。改正後、脳死下での臓器提供は次のいずれかの場合に認められる。 ①本人が書面で臓器提供の意思を表示しており、かつ家族(遺族)がそれを拒まない、または家族がいない場合。 ②本人の臓器提供の意思が不明である(提供の意思表示も拒否の意思表示もない)場合に、家族が書面で承諾した場合。 なお、本人が拒否の意思を示していた場合は、家族が承諾しても提供できない。拒否の意思表示は書面でなくても尊重される。 本人の書面による意思表示の手段としては、臓器提供意思表示カード、運転免許証・健康保険証・個人番号カード(マイナンバーカード)の意思表示欄、インターネットでの意思登録などがあり、いずれも有効である。

設問の考え方

本問は「根拠に該当しないもの」を選ぶ。臓器提供の可否を決めるのは本人の意思と家族の承諾のみであり、医師(主治医や脳死判定医)の承諾は法的な根拠にならない。医師は脳死判定を行い、臓器提供の選択肢があることを家族に情報提供する立場であり、提供を決める権限はもたない。

選択肢考察

  1. ×a.  個人番号カードの意思表示

    個人番号カード(マイナンバーカード)の裏面には臓器提供の意思表示欄があり、本人が記入・署名したものは書面による意思表示として有効である。家族が拒まなければ臓器提供の根拠となるため、「根拠に該当しない」ものではない。

  2. ×b.  運転免許証の意思表示

    運転免許証の裏面(ICチップ付きの現行免許証では備考欄の近く)にも臓器提供の意思表示欄がある。本人の署名による記入は書面による意思表示として有効であり、臓器提供の根拠となる。

  3. ×c.  健康保険証の意思表示

    健康保険の被保険者証の裏面にも臓器提供の意思表示欄が設けられており、本人が記入したものは書面による意思表示として有効である。したがって臓器提供の根拠となる。

  4. ○d.  医師の承諾

    臓器移植法で臓器提供の根拠とされるのは、本人の書面による意思表示と家族の承諾(または拒否しないこと)だけである。医師の承諾は法律上の要件に含まれず、医師が同意したからといって臓器を摘出することはできない。脳死判定や移植に関わる医師が提供の判断に関与すると、判定の公正さや中立性が損なわれるおそれがあることも、医師に決定権が与えられていない理由である。よって、これが「根拠に該当しない」ものである。

  5. ×e.  家族の承諾

    改正臓器移植法では、本人の意思が不明な場合(拒否の意思表示がない場合)でも、家族が書面で承諾すれば脳死下・心停止後の臓器提供が可能になった。本例は本人の拒否の意思表示がないため、家族の書面による承諾は臓器提供の根拠となる。また、本人が書面で提供の意思を示している場合でも、家族が拒めば提供は行われない。

改正臓器移植法(2010年7月全面施行)の主な変更点

・本人の意思が不明な場合でも、家族の書面による承諾で臓器提供が可能になった(改正前は本人の書面による意思表示と家族の承諾の両方が必要だった)。 ・これにより、意思表示が有効とされない15歳未満の小児からの脳死下臓器提供も、家族の承諾により可能になった。 ・親族(配偶者、子、父母)への優先提供の意思表示が認められた(2010年1月施行)。 ・虐待を受けて死亡した児童から臓器が提供されないよう、適切な対応をとることが求められている。

意思表示の有効性

・臓器提供の意思表示は15歳以上で有効とされる(民法上の遺言可能年齢に準じた運用)。 ・臓器提供を拒否する意思表示は、年齢にかかわらず、また書面でなくても尊重される。 ・知的障害等で有効な意思表示が困難な者については、当面、法的脳死判定を見合わせる運用とされている。

法的脳死判定(概要)

・前提条件:器質的脳障害により深昏睡・無呼吸となっていること、原疾患が確実に診断されていること、回復の可能性がないと判断されること。 ・除外例:急性薬物中毒、低体温(深部温32℃未満、6歳未満は35℃未満)、代謝・内分泌障害、生後12週未満など。 ・判定項目:深昏睡、瞳孔固定・散大(左右とも4mm以上)、脳幹反射の消失(対光反射、角膜反射、毛様脊髄反射、眼球頭反射、前庭反射、咽頭反射、咳反射)、平坦脳波、自発呼吸の消失(無呼吸テスト)。 ・2回目の判定は、1回目から6時間以上(6歳未満の小児では24時間以上)あけて行う。2回目の判定終了時刻が死亡時刻となる。 ・判定は、臓器移植に関わらない2名以上の判定医が行う。

溺水後の脳死

溺水による心停止後は、全脳の低酸素性虚血性障害により脳浮腫が進行し、CTで皮髄境界が不明瞭になる。視床下部・下垂体後葉が障害されると抗利尿ホルモン(ADH)の分泌が途絶え、中枢性尿崩症を来す。

POINT

・脳死下臓器提供の根拠は「本人の書面による意思表示」と「家族の承諾」の2つだけで、医師の承諾は根拠にならない。 ・本人の意思が不明でも、拒否の意思表示がなければ家族の書面による承諾で提供できる(2010年改正法)。 ・本人が拒否の意思を示していれば、家族が承諾しても提供できない。 ・運転免許証、健康保険証、マイナンバーカードの意思表示欄、意思表示カード、インターネット登録はいずれも有効な書面の意思表示である。 ・法的脳死判定は2回行い、間隔は6時間以上(6歳未満は24時間以上)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。