StudyMed医師国家試験

隠さない、捨てない、書き換えない―誤注入による死亡で医師が最初にすべきこと

第120回医師国家試験 C問題 第45問

国試問題にチャレンジ

第120回 C問題 第45問

85歳の女性。左大腿骨頸部骨折で入院中である。2週間前に人工骨頭置換術が施行された。病棟看護師から,容態が急変したと連絡があった。担当医らが直ちに病棟に駆けつけて蘇生術を行ったが死亡した。ベッド脇にいた看護師が「点滴の側管から誤って消毒薬を注入してしまった」と泣きながら説明した。左前腕部の点滴刺入部から肘部にかけての皮膚に,紫色の血管網がみられた。  死亡確認後の対応で正しいのはどれか。

  1. a.家族には病死であると説明する。
  2. b.すぐに点滴を抜去して処分する。
  3. c.24時間以内に異状死の届出をする。
  4. d.心不全と記載した死亡診断書を発行する。
  5. e.看護師には事実を話さないよう口止めする。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、入院中の患者さんが医療行為の誤りによって亡くなったと疑われる場面で、死亡確認後に医師がどう動くべきかを問う問題だ。着眼点は、この死亡が「病死」なのか「外因死」なのかという判断と、そこから導かれる法的・倫理的な対応。まず、この死をどう捉えるかな。
医学生医学生
術後2週間の急変なので、最初は肺血栓塞栓症のような病気による死亡を考えてしまいました。
ドクタードクター
大腿骨の手術後で高齢となれば、理屈の上では鑑別に挙がるね。ただ、看護師が消毒薬を側管から誤って注入したと申告していて、さらに点滴刺入部から肘にかけて紫色の血管網という、注入経路に沿った皮膚の異状がある。注入された薬液による血管障害を思わせる所見だ。この2つがそろえば、消毒薬の誤投与による中毒死、つまり外因死が強く疑われる。
医学生医学生
外因による死亡の疑いがあるなら、異状死になりますね。
ドクタードクター
そう。医師法第21条は、医師が死体を検案して異状があると認めたときは24時間以内に所轄の警察署へ届け出るよう定めている。異状の判断は死体の外表を見て行うという解釈が一般的で、本例は外因も外表の異状も明らかだから、24時間以内の異状死の届出が正しい対応になる。
医学生医学生
公衆衛生の講義で21条は習いましたが、病院の中で起きた事故でも警察に届けるんですね。
ドクタードクター
医療事故による死亡をすべて21条の届出対象とすべきかには議論もある。でも今回のように薬物の誤投与という外因と外表の異状がはっきりしている場合は、届け出るべきと考えてよい。では、家族に病死だと説明するのはどうだろう。
医学生医学生
誤注入の申告があるのに病死と言うのは、事実と違いますよね。
ドクタードクター
その通りで、根拠のない虚偽の説明になる。家族には、判明している経過、つまり誤注入の申告があったことを誠実に伝え、死因は調査や解剖で明らかにしてから改めて説明する。では、心不全と書いた死亡診断書を出すのは?
医学生医学生
法医学の実習で、死亡診断書と死体検案書の使い分けを習いました。外因死の疑いがあるなら死体検案書のほうだと思います。
ドクタードクター
よく覚えているね。死亡診断書は、診療中の傷病に関連して亡くなったことが明らかな場合に交付する。今回は治療していた骨折とは関係のない外因が疑われ、死因も確定していないから死亡診断書は出せない。警察への届出の後、検案や解剖を経て死体検案書が作成される。それに「心不全」は死亡時の状態を示すだけで原因を示さない終末像だから、死因として書くこと自体が不適切とされている。
医学生医学生
点滴をすぐ抜いて処分するのは、片付けとして自然な気もしてしまいます。
ドクタードクター
そこは要注意だ。点滴ボトル、輸液ライン、側管から注入に使った注射器、消毒薬の容器は、何がどれだけ入ったかを客観的に確かめる重要な証拠になる。抜去して捨ててしまえば死因究明ができなくなり、証拠隠滅と受け取られかねない。現場と器材には手を加えず保全し、警察や院内調査に引き継ぐ。
医学生医学生
看護師さんに口止めするのは、どう考えても論外ですね。
ドクタードクター
事故の隠蔽そのもので、倫理的にも法的にも許されない。当事者の証言は原因究明と再発防止に欠かせない。一方で、泣きながら説明しているように当事者は強い心理的衝撃を受けているから、組織として精神的な支援を行うことも大切なんだ。
医学生医学生
警察への届出のほかに、病院として何か報告する仕組みもあったと思います。
ドクタードクター
医療法に基づく医療事故調査制度だね。医療に起因する、または起因すると疑われる死亡で、管理者が予期しなかったものが対象になる。管理者は遺族に説明したうえで医療事故調査・支援センターに報告し、院内調査を行って結果を遺族とセンターに伝える。目的は個人の責任追及ではなく、原因究明と再発防止だ。警察への異状死の届出とは別の制度で、両者は並行して行われうる。
医学生医学生
救命を優先して、上級医と管理者に報告し、現場を保全して、事実を正確にカルテに記録する、という流れですね。
ドクタードクター
その通り。カルテの事後の改ざんは厳禁だ。事故が起きたときこそ、隠さない、捨てない、書き換えない、そして誠実に説明する。この原則を体に染み込ませておこう。

まとめ

薬物の誤投与など外因による死亡やその疑いがある場合は異状死にあたり、医師法第21条により医師は24時間以内に所轄警察署へ届け出なければなりません。外因死が疑われる場合は死亡診断書ではなく、検案・解剖を経て死体検案書が作成され、「心不全」のような終末像のみを死因とする記載は不適切です。点滴やライン、注射器、薬剤容器は死因究明の証拠として保全し、家族への虚偽説明や当事者への口止めといった隠蔽は決して許されません。あわせて、医療に起因する予期しない死亡は医療法に基づく医療事故調査制度の対象となり、管理者が医療事故調査・支援センターへ報告して院内調査を行います。医療事故の直後に法と倫理に沿って行動できることは、患者・家族の信頼を守り、再発防止につなげるための医師の基本的な責務です。

解答・解説

正解はcです

状況の整理

85歳女性が左大腿骨頸部骨折に対する人工骨頭置換術の2週間後、入院中に急変し、蘇生術に反応せず死亡した。直前に看護師が点滴の側管から誤って消毒薬を注入したと申告しており、点滴刺入部(左前腕)から肘にかけて紫色の血管網という、注入された薬液による血管障害を思わせる外表所見がみられる。術後2週間という経過から肺血栓塞栓症などの病的な急変も理屈の上では鑑別に挙がるが、誤注入の申告と注入経路に沿った皮膚所見がそろっている以上、消毒薬の誤投与による中毒死(外因死)が強く疑われる。

考え方

本例は、外因(薬物の誤投与)による死亡が疑われる「異状死」であり、同時に、提供した医療に起因する予期しない死亡、すなわち医療事故である。死亡確認後に医師が取るべき対応の原則は次のとおりである。 (1) 医師法第21条に基づき、死体を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄の警察署へ届け出る。 (2) 死因は外因死の疑いであり、病死として死亡診断書を書くことはできない。死因の究明は司法解剖などを経て行われ、死亡診断書ではなく死体検案書が作成される。 (3) 点滴ボトル・ライン・注射器・消毒薬の容器などは死因究明の重要な証拠であり、現状のまま保全する。 (4) 家族には事実経過を誠実に説明する。隠蔽・虚偽説明・口止めは許されない。 (5) 医療法に基づく医療事故調査制度の対象となり、病院管理者は医療事故調査・支援センターへ報告し、院内調査を行う。 これらに沿う選択肢は「24時間以内に異状死の届出をする」だけである。

選択肢考察

  1. ×a.  家族には病死であると説明する。

    死亡の直前に消毒薬の誤注入があり、外因死が強く疑われる状況で、根拠なく病死と説明することは事実と異なる虚偽の説明であり、許されない。家族には判明している経過(誤注入の申告があったこと)を誠実に伝え、死因は調査・解剖などで明らかにしたうえで改めて説明する。

  2. ×b.  すぐに点滴を抜去して処分する。

    点滴ボトル、輸液ライン、側管から注入に使った注射器、消毒薬の容器などは、何がどれだけ投与されたかを客観的に確かめるための重要な証拠である。抜去・処分すれば死因究明ができなくなり、証拠隠滅と受け取られかねない。現場と器材は手を加えず保全し、警察や院内調査に引き継ぐ。

  3. ○c.  24時間以内に異状死の届出をする。

    医師法第21条は、医師が死体を検案して異状があると認めたときは24時間以内に所轄警察署へ届け出るよう定めている。本例は消毒薬の誤投与という外因による死亡が疑われ、点滴刺入部から肘にかけての血管網という外表の異状もあるため、異状死として届け出る必要がある。これと並行して、医療法に基づき病院管理者が医療事故調査・支援センターへ報告する手続きも必要になる。

  4. ×d.  心不全と記載した死亡診断書を発行する。

    死亡診断書は、診療中の傷病に関連して死亡したことが明らかな場合に交付するものである。本例は治療中の骨折とは関係のない外因(薬物誤投与)による死亡が疑われ、死因が未確定であるため、死亡診断書は交付できない。警察への届出後、検案・解剖を経て死体検案書が作成される。また、「心不全」は死亡時の状態を示すにすぎず、原因を示さない終末像を死因とする記載は不適切とされている。

  5. ×e.  看護師には事実を話さないよう口止めする。

    口止めは事故の隠蔽そのものであり、倫理的にも法的にも許されない(禁忌肢に相当する)。事故の当事者である看護師の証言は原因究明と再発防止に不可欠である。同時に、当事者は強い心理的衝撃を受けているため、組織として精神的な支援を行うことも求められる。

異状死の届出(医師法第21条)

「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と定められている。異状の判断は、死体の外表を検査して行う(外表異状説)と解釈されており、外因死(事故・中毒・自殺・他殺など)やその疑いのある死亡、死因不詳の死亡などが届出の対象となる。届出義務違反には罰則がある。

医療事故調査制度(医療法、2015年10月施行)

対象となる「医療事故」は、病院・診療所・助産所で提供された医療に起因し、または起因すると疑われる死亡・死産であって、管理者がその発生を予期しなかったものである。管理者は遺族へ説明したうえで、遅滞なく医療事故調査・支援センター(第三者機関)に報告し、院内事故調査を行い、その結果を遺族に説明するとともにセンターに報告する。この制度は個人の責任追及ではなく、原因究明と再発防止を目的としている。警察への異状死の届出とは別の制度であり、両者は並行して行われうる。

死亡診断書と死体検案書

死亡診断書:診療継続中の患者が、診療に係る傷病で死亡した場合に交付する。 死体検案書:上記以外の場合(診療継続中でない者の死亡、診療中の傷病と関連しない原因による死亡、外因死など)に、死体を検案した医師が交付する。外因死やその疑いがある場合は、異状死の届出を経て検案・解剖が行われる。

医療事故発生時の初期対応

患者の救命処置を最優先し、上級医・管理者へ速やかに報告する。現場・器材・薬剤を保全し、診療録に事実を正確に記録する(事後の改ざんは厳禁)。患者・家族へは誠実に説明し、当事者の職員へのケアも行う。

POINT

・外因(薬物誤投与など)による死亡やその疑いは異状死であり、医師法第21条により24時間以内に所轄警察署へ届け出る。 ・医療に起因する予期しない死亡は、医療法に基づき医療事故調査・支援センターへ報告する(警察への届出とは別の制度)。 ・外因死が疑われる場合は死亡診断書ではなく死体検案書。「心不全」など終末像のみの死因記載は不可。 ・証拠(点滴・ライン・薬剤容器)は保全。隠蔽・虚偽説明・口止めは禁忌。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。