「毎日採れば早く貯まる」は落とし穴―前置胎盤の帝王切開で学ぶ貯血式自己血輸血のルール
第120回医師国家試験 C問題 第46問
国試問題にチャレンジ
36歳の初産婦。妊娠32週。前置胎盤と診断され,妊娠37週で帝王切開分娩を予定している。過去に大きな手術歴や輸血歴はない。高血圧症で内服治療中である。術中に出血が予測されるため,術前に自己血輸血を計画し,患者に説明した。 この患者への説明で誤っているのはどれか。
- a.「7日間連続して貯血します」
- b.「同種輸血に比べて輸血に伴う感染症のリスクは低いです」
- c.「術中に使用しなかった自己血は術後に返血することがあります」
- d.「他人の免疫細胞によって自分の体が攻撃されるリスクはありません」
- e.「保存期間が限られているため,手術の4週間程度前から準備します」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
前置胎盤の予定帝王切開は、出血が予測され準備期間もあることから、貯血式自己血輸血の代表的な適応です。貯血では1回400mLを上限、採血前Hbは原則11.0g/dL以上、採血間隔は原則1週間以上とし、手術予定日の3日以内は採血しないため、連日の採血は造血が追いつかず誤りです。保存期間は全血CPDA-1液で35日、MAP液の赤血球で42日程度であり、手術の3〜4週間前から計画的に貯血します。自己血はウイルス感染や輸血後GVHD、同種免疫を回避できますが、細菌汚染や取り違えのリスクは残るため照合は厳重に行います。採血のルールを造血の生理と結びつけて理解することが、患者への正確な説明と安全な周術期輸血管理につながります。
解答・解説
正解はaです
状況の整理
36歳の初産婦が妊娠32週で前置胎盤と診断され、妊娠37週に予定帝王切開を行う。前置胎盤は胎盤が子宮下部で内子宮口を覆う、またはその近くに付着した状態で、帝王切開時に胎盤剝離面(収縮しにくい子宮下部)から大量出血をきたしやすい。手術日が決まっており、術前に約5週間の準備期間があるため、あらかじめ自分の血液を採って保存しておく貯血式自己血輸血のよい適応である。前置胎盤の予定帝王切開は、妊婦で自己血貯血が行われる代表的な場面である。高血圧症で内服治療中だが、血圧がコントロールされていれば貯血の妨げにはならない。
考え方
貯血式自己血輸血の実施には、安全のための基本ルールがある。1回の採血量は400mLを上限とし(体重50kg未満では体重に応じて減らす)、採血前のHbは原則11.0g/dL以上が必要である。採血によって減ったHbは骨髄での造血によって回復させる必要があるため、採血の間隔は原則1週間以上空け、手術予定日の3日以内には採血しない。保存期間は使う保存液により異なり(全血ではCPDA-1液で35日など)、この期限内に必要量を貯めるよう、手術の数週間前から逆算して計画を立てる。 これらの原則に照らすと、7日間連続で毎日採血するという説明は、造血が追いつかず貧血を進行させるため誤りである。
選択肢考察
- ○a. 「7日間連続して貯血します」
採血の間隔は原則として1週間以上空けると定められている。採血で失った赤血球を骨髄が補うには時間がかかり、連日採血すると急速に貧血が進む。妊婦では循環血液量の変化もあり、貧血は母体の状態や胎児への酸素供給にも悪影響を及ぼしうる。したがって7日間連続の貯血は行わず、この説明は誤りである。
- ×b. 「同種輸血に比べて輸血に伴う感染症のリスクは低いです」
同種輸血(他人の血液の輸血)では、献血者がウイルスに感染した直後でスクリーニング検査で検出できない期間(ウインドウ期)の血液が混入すると、HIV、B型・C型肝炎ウイルスなどに感染する危険がわずかに残る。自己血は自分の血液であるため、こうした他者由来のウイルス感染は起こらず、リスクは低い。ただし採血・保存の過程で細菌が混入する危険はゼロではないため、「低い」という表現は正確である。
- ×c. 「術中に使用しなかった自己血は術後に返血することがあります」
術中に使い切らなかった自己血は、術後の出血量やHb値、バイタルサインなどを見て、貧血の改善目的に返血(輸血)することがある。自己血は他人に転用できないため、使用しなかった分は廃棄となるが、術後に必要と判断されれば戻すことができる。正しい説明である。
- ×d. 「他人の免疫細胞によって自分の体が攻撃されるリスクはありません」
輸血後移植片対宿主病(輸血後GVHD)は、輸血された他人のリンパ球が患者の体内で増殖し、患者の組織を攻撃する致死的な合併症である。自己血には他人のリンパ球が含まれないため、このリスクはない。同種血のような不規則抗体による溶血反応や、他人の抗原に対する同種免疫(感作)も起こらない。正しい説明である。
- ×e. 「保存期間が限られているため,手術の4週間程度前から準備します」
自己血の保存期間は保存液の種類によって決まり、全血保存ではCPDA-1液で35日、赤血球に分離してMAP液で保存すれば42日程度である。期限内に必要量(例えば1週間以上の間隔で数回)を貯めるため、手術の3〜4週間程度前から採血を始めるのが一般的である。本例でも妊娠32〜33週頃から開始すれば37週の手術に間に合う。正しい説明である。
自己血輸血の種類
貯血式:術前に採血・保存しておき、術中・術後に戻す方法。予定手術で用いられる。 希釈式:麻酔導入後、手術直前に採血し、同量の輸液で置き換えて血液を薄めた状態で手術を行い、術中・術後に戻す方法。 回収式:術中・術後に出血した血液を回収・洗浄して戻す方法。
貯血式自己血輸血の主な基準
・適応:全身状態がよく、緊急を要しない予定手術で、輸血が必要になると見込まれる患者。 ・採血前Hb:原則11.0g/dL以上。 ・1回採血量:400mLが上限。体重50kg未満では「400mL×体重/50kg」を目安に減量する。 ・採血間隔:原則1週間以上。手術予定日の3日以内は採血しない。 ・鉄剤の投与で造血を補助する。 ・菌血症や感染症が疑われる患者は、採血した血液内で細菌が増殖する危険があるため原則として適応外である。
自己血輸血の利点と注意点
利点:ウイルス感染、輸血後GVHD、同種免疫(不規則抗体の産生)、アレルギー反応などの同種輸血に特有の副作用を回避できる。稀な血液型や不規則抗体をもつ患者でも血液を確保できる。 注意点:採血時の血管迷走神経反射(VVR)や貧血、保存中の細菌汚染、取り違えによる誤輸血、過剰輸血による循環過負荷などのリスクは残る。そのため、自己血であっても患者確認や血液バッグの確認は同種血と同じように厳重に行う。
前置胎盤と出血
前置胎盤では子宮下部に胎盤が付着するため、胎盤剝離後に子宮筋の収縮による止血が働きにくく、帝王切開時の出血量が多くなりやすい。帝王切開既往があると癒着胎盤(胎盤が子宮筋層に入り込む状態)を合併しやすく、さらに大量出血の危険が高まる。
POINT
・貯血式自己血輸血:1回400mLまで、Hb原則11.0g/dL以上、採血間隔は原則1週間以上、手術予定日の3日以内は採血しない。 ・連日の採血は行わない。 ・保存期間はCPDA-1液の全血で35日、MAP液の赤血球で42日程度であり、手術の数週間前から計画する。 ・自己血は感染症リスクが低く、輸血後GVHDは起こらないが、細菌汚染や取り違えのリスクは残る。 ・前置胎盤の予定帝王切開は自己血貯血の代表的な適応である。
