照射野に何が入るか―早期肺癌の放射線治療で警戒すべき合併症
第116回医師国家試験 F問題 第47問
国試問題にチャレンジ
79歳の男性。肺がん検診で胸部異常陰影を指摘され来院した。昨年の検診では異常は指摘されず,自覚症状はない。精査の結果,臨床病期ⅠA期の左下葉肺腺癌と診断された。最大腫瘍径は2.0cmであった。本人の希望で放射線治療を行うこととした。胸部CTを下に示す。 治療に伴う合併症として考えられるのはどれか。

- a.肺炎
- b.心肥大
- c.乳び胸
- d.上肢浮腫
- e.反回神経麻痺
対話形式の解説
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ドクターまとめ
手術を行わないⅠ期非小細胞肺癌、特に末梢型の病変では、定位放射線治療が有力な選択肢となります。放射線治療の合併症は照射野に含まれる臓器によって決まり、末梢肺の病変では周囲の正常肺に生じる放射線肺炎が最も代表的です。放射線肺炎は照射後1〜6か月ごろに乾性咳嗽・発熱・呼吸困難で発症し、照射野に一致した直線的な境界をもつすりガラス影・浸潤影を示し、症状があれば副腎皮質ステロイドで治療します。一方、心疾患、乳び胸、上肢浮腫、反回神経麻痺は、それぞれ心臓・胸管・腋窩リンパ系や静脈還流・縦隔の反回神経が障害される場合の病態であり、末梢肺への照射では通常問題になりません。「どこに照射するか」から合併症を予測する考え方は、あらゆる部位の放射線治療を理解する基本になります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・79歳男性。検診で発見された無症状の肺腺癌で、昨年の検診では異常がなかった。 ・臨床病期ⅠA期、最大腫瘍径2.0cmの左下葉肺腺癌である。ⅠA期とは、腫瘍径3cm以下でリンパ節転移・遠隔転移がない(T1N0M0)早期の肺癌を指す。 ・胸部CTでは左下葉の末梢肺野に結節影があり、縦隔・肺門・大血管・食道などの中枢構造からは離れた位置にある。
治療の考え方
Ⅰ期の非小細胞肺癌の標準治療は外科切除(肺葉切除など)であるが、高齢・併存症・本人の希望などで手術を行わない場合、定位放射線治療(SBRT:体幹部定位放射線治療)が有力な選択肢となる。SBRTは多方向から腫瘍に放射線を集中させ、少ない回数で高い線量を投与する方法で、末梢型の早期肺癌では手術に近い局所制御率が報告されている。
設問へのアプローチ
合併症は、放射線が当たる臓器・組織によって決まる。本症例の照射範囲は左下葉末梢の腫瘍とその周囲の肺、さらにビームが通過する胸壁であり、心臓・胸管・反回神経・腋窩や鎖骨上のリンパ系は照射範囲に含まれないか、含まれても障害を起こすほどの線量にはならない。したがって、照射野内の正常肺に生じる放射線肺炎(放射線肺臓炎)が最も考えるべき合併症である。
選択肢考察
- ○a. 肺炎
腫瘍の周囲や放射線の通過経路にある正常肺にも一定の線量が当たるため、放射線肺炎が生じうる。通常、照射終了後1〜6か月ごろに乾性咳嗽、発熱、呼吸困難などで発症し、CTで照射野に一致したすりガラス影・浸潤影を示す。照射野の外へ陰影が広がる例もあり、間質性肺炎を合併する患者や高齢者では重症化しやすい。症状があれば副腎皮質ステロイドで治療する。肺への照射で最も代表的な合併症である。
- ×b. 心肥大
心臓に高線量が当たると、長期的には心膜炎や冠動脈疾患、心筋障害(放射線性心疾患)が起こりうるが、心肥大は放射線治療の合併症として一般的なものではない。また本症例の腫瘍は左下葉末梢にあり、照射野を絞るSBRTでは心臓への線量は小さく抑えられる。
- ×c. 乳び胸
乳び胸は胸管やその分枝が損傷され、リンパ液(乳び)が胸腔に貯留する病態で、主に食道切除や縦隔リンパ節郭清などの手術、外傷、悪性リンパ腫などで生じる。胸管は後縦隔を走行しており、末梢肺の病変に対する照射では問題にならない。
- ×d. 上肢浮腫
上肢の浮腫は、腋窩リンパ節郭清や腋窩・鎖骨上窩への照射によるリンパ流の障害(乳癌治療後のリンパ浮腫が代表)や、上大静脈症候群による静脈還流障害などで起こる。左下葉末梢への照射ではこれらの部位は照射されず、上肢浮腫の原因にはならない。
- ×e. 反回神経麻痺
反回神経は迷走神経の枝で、左側は大動脈弓の下を回って気管食道溝を上行する。障害されると嗄声を生じ、大動脈弓近くの縦隔リンパ節転移や肺癌・食道癌・甲状腺の手術などで問題になる。左下葉末梢の腫瘍への照射では反回神経の走行部位に線量は及ばない。
肺癌に対する放射線治療の主な有害事象
・急性期(照射中〜終了直後): 放射線皮膚炎、放射線食道炎(縦隔を照射する場合の嚥下時痛など)、倦怠感、骨髄抑制。 ・亜急性期(照射後1〜6か月ごろ): 放射線肺炎。 ・晩期(数か月〜数年後): 放射線肺線維症、肋骨骨折・胸壁痛(末梢病変へのSBRTで胸壁に近い場合)、気管支狭窄(中枢病変)、食道狭窄、心膜炎・心疾患、脊髄症。 照射部位によって起こりうる合併症が異なるため、腫瘍の位置と照射野にどの臓器が含まれるかを考えることが基本である。
放射線肺炎
・照射された肺組織に炎症が起こる病態で、照射範囲(照射される肺の体積)と線量が大きいほど、また既存の間質性肺炎があると発症・重症化しやすい。 ・症状: 乾性咳嗽、発熱、労作時呼吸困難。 ・画像: 照射野に一致するすりガラス影・浸潤影で、解剖学的な肺区域とは一致しない直線的な境界をもつことが特徴。時に照射野外にも陰影が広がる。 ・治療: 無症状で軽度なら経過観察、症状があれば副腎皮質ステロイドを投与する。慢性期には線維化(放射線肺線維症)へ移行する。
早期肺癌に対する定位放射線治療
手術が困難な、または手術を希望しない末梢型Ⅰ期非小細胞肺癌が良い適応である。数回の照射で治療が終わり、高齢者でも負担が小さい。
POINT
・肺への放射線照射の代表的な合併症は放射線肺炎(照射後1〜6か月、照射野に一致する陰影、ステロイドで治療)。 ・放射線治療の合併症は照射野に含まれる臓器で決まる。末梢肺の小さな病変では心臓・胸管・反回神経・腋窩リンパ系は問題になりにくい。 ・手術を行わないⅠ期非小細胞肺癌には定位放射線治療が選択肢となる。
