空港で止めるのは「入国」ではなく「感染」―検疫所長の権限と送還という誤解
第116回医師国家試験 C問題 第54問
国試問題にチャレンジ
26歳の男性。ある国から日本国内の空港に帰国した。日本国籍を有している。到着時,発熱と下痢を伴っており,出発国の状況から一類感染症の可能性が考えられた。 この患者に関わる対応で検疫法に基づいて検疫所長が行うことができるとされている措置として誤っているのはどれか。
- a.本人の隔離
- b.航空機の消毒
- c.出発国への送還
- d.出発国での行動歴の聴取
- e.可能性のある病原体の検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
空港や港での水際対策は検疫法に基づき検疫所長が担い、入国後の国内対策は感染症法に基づき都道府県知事や保健所が担います。検疫所長の権限には、行動歴などの質問、診察と病原体検査、一類感染症と新型インフルエンザ等感染症の患者の隔離、感染のおそれがある人の停留、汚染された航空機などの消毒、入国者の健康監視があります。一方、出発国への送還は検疫法に規定がなく、日本国籍者の入国はそもそも拒めないため誤りです。外国人の上陸拒否は出入国管理及び難民認定法に基づく別の制度であることも区別しておきましょう。検疫の目的は入国の阻止ではなく感染拡大の防止にあると理解すると、各措置の位置づけが整理でき、帰国者を診る際の初動にも役立ちます。
解答・解説
正解はcです
状況の整理
・日本国籍をもつ26歳の男性が海外から空港に帰国した。 ・到着時に発熱と下痢があり、出発国の流行状況から一類感染症(エボラ出血熱など)が疑われている。
考え方
国外から感染症の病原体が持ち込まれるのを防ぐため、空港や港では検疫法に基づく検疫が行われ、その責任者が厚生労働省の機関である検疫所の長(検疫所長)である。検疫法は、対象となる感染症(検疫感染症)について、検疫所長に質問、診察・検査、隔離・停留、消毒などの権限を与えている。一類感染症はすべて検疫感染症に含まれ、患者は隔離の対象となる。 本問は「誤っているもの」を選ぶ形式であるため、検疫法に規定のない措置を探せばよい。質問(行動歴の聴取)、診察・病原体検査、隔離、航空機の消毒はいずれも検疫所長の権限として定められている。一方、感染症が疑われる人を出発国へ送り返す(送還する)という措置は検疫法に存在しない。そもそも日本国民は自国に帰国する権利をもち、国が日本国籍者の入国を拒むことはできない。検疫の目的は入国を拒むことではなく、入国の際に感染の拡大を防ぐ処置を行うことにある。
選択肢考察
- ×a. 本人の隔離
検疫所長が行うことができる措置であり、本問では誤りの選択肢ではない。検疫法では、一類感染症と新型インフルエンザ等感染症の患者について、検疫所長が隔離を行うことができると定めている。隔離は、検疫所長が特定感染症指定医療機関または第一種感染症指定医療機関などに入院を委託する形で行われる。本例は一類感染症が疑われており、患者(疑似症患者を含む)として隔離の対象となりうる。
- ×b. 航空機の消毒
検疫所長が行うことができる措置であり、本問では誤りの選択肢ではない。検疫法では、検疫感染症の病原体に汚染された、または汚染されたおそれのある船舶・航空機、物品、場所について、検疫所長が消毒(必要に応じて廃棄や移動の禁止など)を行い、または行わせることができると定めている。患者が搭乗していた航空機の機内は消毒の対象となる。
- ○c. 出発国への送還
これが誤りであり、本問の正解である。検疫法には、感染症の患者やその疑いのある者を出発国へ送還する措置は規定されていない。とくに本例は日本国籍を有しており、日本国民の帰国(入国)を国が拒むことはできないため、送還という対応自体がありえない。なお、外国人の一類感染症患者などについては、出入国管理及び難民認定法による上陸拒否の規定があるが、これは出入国在留管理庁の所管であり、検疫法に基づく検疫所長の権限ではない。感染症が疑われる帰国者に対しては、隔離・停留により国内での感染拡大を防ぎつつ、必要な医療を提供することが検疫の役割である。
- ×d. 出発国での行動歴の聴取
検疫所長が行うことができる措置であり、本問では誤りの選択肢ではない。検疫法では、検疫所長は船舶・航空機の乗客や乗員に対して、検疫感染症の有無を判断するために必要な質問を行うことができる。出発国や経由国での滞在地、動物との接触、患者との接触、医療機関の受診などの行動歴は、感染の可能性や病原体を推定するうえで欠かせない情報であり、質問の範囲に含まれる。
- ×e. 可能性のある病原体の検査
検疫所長が行うことができる措置であり、本問では誤りの選択肢ではない。検疫法では、検疫所長は検疫感染症にかかっている疑いのある者に対して、診察を行い、病原体の有無に関する検査(血液・便などの検体採取と検査)を行うことができる。本例では一類感染症の病原体を念頭に置いた検査が対象となる。
検疫法の目的と検疫感染症
検疫法は、国内に常在しない感染症の病原体が船舶や航空機を介して国内に侵入するのを防ぐための法律である。対象となる検疫感染症は次のとおりである。 (1) 一類感染症: エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱の7疾患。 (2) 新型インフルエンザ等感染症。 (3) 政令で定める感染症: 鳥インフルエンザ(H5N1、H7N9)、中東呼吸器症候群(MERS)、デング熱、ジカウイルス感染症、チクングニア熱、マラリアなど、国外で流行し国内への侵入を防ぐ必要があるもの。
検疫所長の主な権限
・質問: 乗客・乗員の健康状態や行動歴について質問する。 ・診察・検査: 疑いのある者を診察し、病原体の有無を検査する。 ・隔離: 一類感染症と新型インフルエンザ等感染症の患者を、感染症指定医療機関に入院を委託して隔離する。 ・停留: 上記感染症の病原体に感染したおそれのある者(接触者など)を、潜伏期間を考慮した一定期間、医療機関や宿泊施設などにとどめて観察する。 ・消毒など: 汚染された(おそれのある)船舶・航空機、物品、場所の消毒、ねずみ族・虫類の駆除、汚染物の廃棄などを行う。 ・健康監視: 停留の対象としない入国者について、一定期間、健康状態の報告を求める。異常があれば都道府県知事などに通知し、感染症法に基づく対応につなげる。
感染症法との関係
空港・港での水際対策は検疫法(検疫所長)、入国後の国内での対策は感染症法(都道府県知事・保健所)が担う。入国後に発症した場合は、感染症法に基づく届出、入院勧告などが行われる。
入国の可否について
日本国民の帰国を拒むことはできない。外国人の上陸拒否は出入国管理及び難民認定法に基づき出入国在留管理庁が判断する事項であり、検疫法の権限ではない。
POINT
・検疫法に基づく検疫所長の権限: 質問(行動歴の聴取)、診察・病原体検査、隔離、停留、消毒、健康監視。 ・隔離の対象は一類感染症と新型インフルエンザ等感染症の患者。 ・「出発国への送還」は検疫法に規定がない。日本国籍者の入国は拒めない。 ・一類感染症7疾患(エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱)はすべて検疫感染症。 ・水際は検疫法(検疫所長)、国内は感染症法(都道府県知事)。
