「歩きたくなる街」は医療か?―歩道整備に見るヘルスプロモーションの本質
第112回医師国家試験 F問題 第6問
国試問題にチャレンジ
地域におけるヘルスプロモーションの例として最も適切なのはどれか。
- a.安全にウォーキングが行える歩道の整備
- b.救急医療機関への搬送体制の構築
- c.移植医療を行う医療機関の設置
- d.特別養護老人ホームの設置
- e.緩和ケア病棟の設置
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
ヘルスプロモーションは1986年のWHOオタワ憲章で提唱された、人々が自らの健康をコントロールし改善できるようにするプロセスであり、健康な人を含む住民全体を対象に、個人の努力だけでなく環境や政策の整備を重視します。安全に歩ける歩道の整備は、誰もが日常的に身体活動をしやすくする「健康を支援する環境づくり」「健康的な公共政策づくり」の典型例です。救急搬送体制、移植医療機関、特別養護老人ホーム、緩和ケア病棟は、すでに病気や介護の必要がある人への医療・福祉の提供体制であり区別されます。オタワ憲章の5つの活動領域やアルマ・アタ宣言のプライマリヘルスケアとの違い、健康日本21への展開もあわせて押さえておくと、公衆衛生分野の問題に幅広く対応できます。
解答・解説
正解はaです
ヘルスプロモーションとは何かを理解し、具体的な施策に当てはめることができるかを問う問題である。 ヘルスプロモーションは、1986年にWHO(世界保健機関)のオタワ憲章で提唱された考え方である。「人々が自らの健康をコントロールし、改善することができるようにするプロセス」と定義され、2005年のバンコク憲章では「健康とその決定要因を」と表現が広げられた。この考え方には、次の2つの特徴がある。 ①対象は、病気の人や障害のある人に限らず、健康な人を含む地域の住民全体である。 ②個人の努力に任せるのではなく、健康的な行動をとりやすい環境や政策を社会の側で整えることを重視する。 選択肢を見ると、救急搬送体制、移植医療機関、特別養護老人ホーム、緩和ケア病棟は、いずれもすでに病気や障害がある人、あるいは介護を必要とする人に医療や福祉を提供するための体制である。これに対し、安全に歩ける歩道の整備は、住民全体が日常的に身体活動を行いやすい環境をつくる施策である。オタワ憲章の活動領域のうち「健康を支援する環境づくり」と「健康的な公共政策づくり」にあたり、地域でのヘルスプロモーションの典型例といえる。
選択肢考察
- ○a. 安全にウォーキングが行える歩道の整備
最も適切である。ウォーキングなどの身体活動は、肥満、2型糖尿病、高血圧、脂質異常症、心血管疾患などの生活習慣病の予防や、心の健康の維持に役立つ。しかし、「運動しましょう」と呼びかけるだけでは行動はなかなか変わらない。安全で歩きやすい歩道があれば、健康な人も含めて地域の誰もが、日常生活の中で自然に体を動かしやすくなる。このように環境を整えて健康的な行動を選びやすくする施策は、オタワ憲章の「健康を支援する環境づくり」と「健康的な公共政策づくり」に合致し、ヘルスプロモーションの代表例である。
- ×b. 救急医療機関への搬送体制の構築
地域医療計画の中の救急医療体制の整備にあたる。救急搬送体制は、急病や外傷が起きたあとに救命や後遺症の軽減を図るためのものである。住民が自ら健康を高めていくことを支援する仕組みではなく、対象も救急医療を必要とする人に限られる。ヘルスプロモーションの例としては適切でない。
- ×c. 移植医療を行う医療機関の設置
臓器不全などの重い病気の患者に対し、高度な医療を提供する体制の整備である。対象は臓器移植が必要な限られた患者であり、健康な人を含む地域住民全体の健康を高めるという、ヘルスプロモーションの趣旨とは異なる。
- ×d. 特別養護老人ホームの設置
特別養護老人ホームは、常に介護が必要で、自宅での生活が難しい高齢者が入所する施設である。老人福祉法では特別養護老人ホーム、介護保険法では介護老人福祉施設と呼ばれる。2015年度からは、新規入所者は原則として要介護3以上とされている。介護を必要とする人への福祉サービスであり、地域住民全体の健康づくりを目的とするヘルスプロモーションの例ではない。
- ×e. 緩和ケア病棟の設置
緩和ケア病棟は、おもに悪性腫瘍などで治癒が難しい患者を対象に、痛みなどの苦痛を和らげ、生活の質(QOL)を保つための専門病棟である。対象は特定の病気をもつ患者に限られ、医療提供体制の整備にあたる。住民全体の健康増進をめざすヘルスプロモーションの例とはいえない。
オタワ憲章(1986年)の5つの活動領域
①健康的な公共政策づくり(例:たばこ税の引き上げ、受動喫煙対策の法整備) ②健康を支援する環境づくり(例:歩道や公園の整備、職場や学校の環境改善) ③地域活動の強化(例:住民が主体となる健康づくりグループの育成) ④個人の技術の開発(例:健康教育や、健康に関する情報を活用する力の育成) ⑤ヘルスサービスの方向転換(例:治療中心の医療から、予防や健康増進を含むサービスへの転換) また、オタワ憲章は、健康づくりを進める3つの戦略として、唱道(advocate)、能力の付与(enable)、調停(mediate)を挙げている。
プライマリヘルスケアとの違い
アルマ・アタ宣言(1978年)のプライマリヘルスケアは、おもに開発途上国を念頭に、すべての人が基本的な保健医療サービスを受けられることを目指した。これに対し、ヘルスプロモーションは、おもに先進国の生活習慣病対策を背景に、個人の生活習慣の改善とそれを支える社会環境づくりを重視する。
日本での展開
健康日本21(第一次は2000年から、第二次は2013年から、第三次は2024年度から)は、ヘルスプロモーションの考え方を土台にしている。健康寿命の延伸と健康格差の縮小を目標に掲げ、個人の行動を変えることと、社会環境の質を高めることの両方に取り組んでいる。
POINT
・ヘルスプロモーションはオタワ憲章(1986年、WHO)で提唱された。定義は「人々が自らの健康をコントロールし、改善することができるようにするプロセス」である。 ・対象は健康な人を含む住民全体であり、病気の人だけではない。 ・個人の努力だけでなく、環境や政策の整備を重視する。 ・救急医療、高度医療、介護施設、緩和ケアの整備は医療・福祉の提供体制の話であり、ヘルスプロモーションとは区別する。
