StudyMed医師国家試験

糖尿病ケトアシドーシスの「その奥」を見る―職場の人間関係が健康を左右するSDHの考え方

第119回医師国家試験 F問題 第39問

国試問題にチャレンジ

第119回 F問題 第39問

58歳の男性。①意識障害のため救急車で搬入された。5年前に②糖尿病でインスリン自己注射を開始した。2年前から③職場の人間関係が悪化し,仕事を休みがちである。同時期から,④食事は不規則になり,飲酒量が増えた。また,糖尿病の治療を自己中断していた。数日前から姉との連絡が途絶えたため,姉が心配して自宅を訪ねたところ,意識がもうろうとして台所で倒れているのを発見し,救急車を要請した。16年前に離婚してからは独居である。意識レベルはJCSⅡ-20。身長174cm,体重58kg。体温37.0℃。心拍数92/分,整。血圧98/64mmHg。⑤呼吸数24/分。糖尿病ケトアシドーシスと診断され入院した。  下線部のうち,社会的な健康規定要因(Social Determinants of Health)〈SDH〉はどれか。

  1. a.①
  2. b.②
  3. c.③
  4. d.④
  5. e.⑤

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、糖尿病ケトアシドーシスで運ばれてきた男性の経過から、社会的な健康規定要因、いわゆるSDHを見抜く問題だ。病態そのものよりも、「なぜこの人はここまで悪くなったのか」という背景を層に分けて整理できるかがポイントになる。まず、SDHという言葉を聞いて何を思い浮かべるかな。
医学生医学生
公衆衛生の講義で聞いた気がします。所得とか教育とか、社会的な条件が健康に影響する、という話でしたよね。
ドクタードクター
その通り。人が生まれ、育ち、働き、暮らし、年を重ねる環境や、それを形づくる社会的・経済的な条件のことだ。大事なのは、個人の努力だけでは変えにくいという点で、だからこそ健康格差の大きな原因になる。では、下線部を一つずつ層に分けてみよう。意識障害や呼吸数の増加はどう位置づける?
医学生医学生
意識障害はケトアシドーシスの症状で、頻呼吸は代謝性アシドーシスを代償するKussmaul呼吸ですね。どちらも病気の結果だと思います。
ドクタードクター
そう、症状と身体所見は「結果」であって、健康を左右する背景要因ではない。では、インスリン自己注射中の糖尿病はどうだろう。
医学生医学生
ケトアシドーシスの土台になっている病気なので、要因といえば要因ですよね。SDHに入りそうな気もしてしまいます。
ドクタードクター
迷いやすいところだね。確かに発症の土台ではあるけれど、糖尿病は基礎疾患、つまり生物学的・医学的な要因なんだ。社会的な条件ではないから、SDHとは区別する。
医学生医学生
じゃあ、食事が不規則になって飲酒量が増えたことはどうですか。アルコールはWHOのSDHの項目にも入っていた気がします。
ドクタードクター
よく覚えているね。WHO欧州事務局のThe Solid Factsでは、薬物依存としてアルコールも挙げられている。ただ、この問題での食事の乱れや飲酒の増加は、本人の健康行動、生活習慣として描かれている。ここで考えてほしいのは、その行動が「なぜ」起きたのかということだ。
医学生医学生
時系列を見ると、職場の人間関係が悪化した時期から、欠勤、食事の乱れ、飲酒、治療の自己中断が始まっていますね。
ドクタードクター
そこに気づけば答えは見えてくる。職場の人間関係の悪化は、就労環境という社会的条件であり、心理社会的ストレスの源だ。WHOの10項目でいう「労働」と「ストレス」に該当する。これを出発点に生活習慣が乱れ、治療が中断し、ケトアシドーシスに至ったと考えられる。だから正解は職場の人間関係の悪化だ。
医学生医学生
生活習慣は「SDHの影響を受けて生じた結果としての行動」で、SDHはさらにその奥にある社会的条件、という整理ですね。
ドクタードクター
まさにそう。結果である症状・所見、生物学的要因である疾患、個人の行動である生活習慣、そしてその行動を方向づける社会的条件、という4つの層で考えるとすっきりする。ちなみに、下線は引かれていないけれど、ほかにもSDHといえるものが問題文に隠れているよ。
医学生医学生
離婚後の独居でしょうか。数日連絡が取れなくなって、お姉さんが訪ねるまで発見されなかったので。
ドクタードクター
その通り。社会的孤立、社会的支援の乏しさもSDHの代表例だ。WHOの10項目は、社会格差、ストレス、幼少期、社会的排除、労働、失業、社会的支援、薬物依存、食品、交通。一度目を通しておくといい。
医学生医学生
内科の臨床実習で、インスリンを自己中断して再入院を繰り返す患者さんがいました。指導医の先生が医療ソーシャルワーカーさんと面談を組んでいたのを思い出します。
ドクタードクター
それはとても良い経験だね。治療中断や受診の遅れの背景には、貧困、失業や職場のストレス、孤立、住まいの問題、ヘルスリテラシーの不足などが隠れていることが多い。退院させるだけでは、同じ状況に戻ればまた悪化してしまう。医療ソーシャルワーカーとの連携、社会資源の活用、就労支援といった、いわゆる社会的処方が再発予防に欠かせないんだ。
医学生医学生
入院時の問診でも、仕事や家族、生活の状況まで聞くことに意味があるんですね。
ドクタードクター
そう。OSCEの医療面接で社会歴を聞くのも、まさにそのためだ。なお、病態の側も確認しておくと、DKAはインスリン作用の高度な欠乏で高血糖、ケトン体蓄積、アニオンギャップ開大性代謝性アシドーシス、脱水を来す。治療は大量輸液、少量持続インスリン静注、カリウム補充が基本だ。身体の治療と社会的背景への介入、両方がそろって初めて本当の意味での治療になる、と覚えておこう。

まとめ

社会的な健康規定要因(SDH)とは、職場環境、雇用、所得、教育、社会的つながり、住環境など、個人の行動や健康を方向づける社会的・経済的な条件を指します。本問では、意識障害や頻呼吸は病態の結果、糖尿病は生物学的要因、不規則な食事や飲酒増加は個人の生活習慣であり、それらの出発点となった職場の人間関係の悪化がSDHに当たります。下線部ではありませんが、離婚後の独居による社会的孤立もSDHの一例です。WHOのThe Solid Factsでは社会格差、ストレス、幼少期、社会的排除、労働、失業、社会的支援、薬物依存、食品、交通の10項目が挙げられています。治療中断の背景にある社会的条件に目を向け、医療ソーシャルワーカーとの連携などで介入することが、再発予防と健康格差の縮小につながります。

解答・解説

正解はcです

症例の整理

58歳男性が意識障害で搬入され、糖尿病ケトアシドーシス(DKA)と診断された。DKAはインスリン作用の高度な欠乏により高血糖・ケトン体蓄積・代謝性アシドーシスを来す病態であり、本例の直接の誘因はインスリン治療の自己中断と考えられる。頻呼吸(呼吸数24/分)はアシドーシスを呼吸性に代償しようとするKussmaul呼吸を反映し、BMIは58÷1.74²≒19.2と痩せ型で、インスリン分泌の乏しいタイプの糖尿病であることもうかがわれる。

設問の考え方

本問では、病気が起こった経緯を「生物学的要因(疾患・症状・身体所見)」「個人の行動(生活習慣)」「その行動に影響する社会的条件」の層に分けて考える。 ・最も表層:意識障害(症状)、頻呼吸(身体所見) ・医学的要因:糖尿病(基礎疾患) ・個人の行動:不規則な食事、飲酒量の増加、治療の自己中断 ・社会的条件:職場の人間関係の悪化、離婚後の独居(社会的孤立) 社会的な健康規定要因(SDH)は、個人がどう行動するかを方向づける「社会的・経済的な環境や条件」を指す。本例では2年前の職場の人間関係の悪化を境に、欠勤・食生活の乱れ・飲酒増加・治療中断が連鎖しており、その出発点となった職場環境の問題(③)がSDHに該当する。なお下線部ではないが、16年前からの独居で異変の発見が遅れたことも、社会的支援の乏しさという点でSDHの一つといえる。

選択肢考察

  1. ×a.  ①

    ①の意識障害は、DKAによって生じた症状(臨床像)である。健康を左右する背景要因ではなく、健康障害の結果そのものであるためSDHには当たらない。

  2. ×b.  ②

    ②の糖尿病(インスリン自己注射中)は、患者の基礎疾患という生物学的・医学的要因である。DKA発症の土台ではあるが、社会的条件ではないためSDHには当たらない。

  3. ○c.  ③

    ③の職場の人間関係の悪化は、就労環境という社会的条件であり、心理社会的ストレスの源である。WHOがSDHとして挙げる「労働(職場環境)」「ストレス」に該当する。本例ではこれを契機に欠勤、食事の乱れ、飲酒量増加、糖尿病治療の自己中断が生じ、最終的にDKAに至っており、個人の行動の背後にある社会的な規定要因として位置づけられる。

  4. ×d.  ④

    ④の不規則な食事と飲酒量の増加は、本人の健康行動・生活習慣である。これらはSDHの影響を受けて生じた「結果としての行動」であり、DKAに近い位置にある個人レベルの要因である。SDHが指すのはこうした行動を生み出す社会的・経済的な条件の側であるため、本問では該当しない。

  5. ×e.  ⑤

    ⑤の呼吸数24/分は頻呼吸というバイタルサイン(身体所見)であり、DKAの代謝性アシドーシスを代償する呼吸(Kussmaul呼吸)を反映する。病態の結果であり、SDHではない。

SDH(Social Determinants of Health)とは

「健康の社会的決定要因」「健康の社会的規定要因」などと訳され、人が生まれ、育ち、働き、暮らし、年を重ねる環境や、それを形作る社会的・経済的条件が健康に与える影響を指す概念である。病気の原因は遺伝や生活習慣といった個人の要因だけでなく、その背後にある教育・所得・雇用・住環境・社会的つながりなどにも存在し、これらは個人の努力だけでは変えにくいため、健康格差の主要な原因となる。

WHO欧州事務局による10項目(The Solid Facts)

①社会格差(社会経済的地位による健康の勾配)、②ストレス、③幼少期(人生のスタート)、④社会的排除、⑤労働(職場環境)、⑥失業、⑦社会的支援(社会的つながり)、⑧薬物依存(アルコール・たばこを含む)、⑨食品(食料へのアクセス)、⑩交通。

臨床現場での意義

・治療中断や受診遅れの背景には、貧困、失業・職場ストレス、社会的孤立、住居の問題、教育・ヘルスリテラシーの不足などが隠れていることが多い。 ・疾患治療に加え、医療ソーシャルワーカー(MSW)との連携、社会資源の活用、就労支援などによる社会的処方が再発予防に重要となる。 ・日本の健康日本21(第三次)でも、社会環境の質の向上と健康格差の縮小が柱として掲げられている。

糖尿病ケトアシドーシス(DKA)の要点

主に1型糖尿病(インスリン依存状態)でインスリン中断や感染症を契機に発症する。高血糖、尿中・血中ケトン体陽性、アニオンギャップ開大性代謝性アシドーシス、脱水を来し、Kussmaul呼吸、アセトン臭、意識障害を呈する。治療は大量輸液、少量持続インスリン静注、カリウム補充が基本である。

POINT

・SDH=健康を左右する社会的・経済的条件(職場環境、雇用、所得、教育、社会的孤立、住環境など)。 ・症状・身体所見・基礎疾患は生物学的要因、食事や飲酒などは個人の生活習慣であり、SDHとは区別する。 ・生活習慣の乱れや治療中断の「さらに背景にある社会的条件」を探すのがSDHの考え方である。 ・WHOの10項目:社会格差、ストレス、幼少期、社会的排除、労働、失業、社会的支援、薬物依存、食品、交通。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。