「動かせるのに、動かない」―自動と他動のズレが指し示す下垂足の正体
第111回医師国家試験 I問題 第13問
国試問題にチャレンジ
足関節の可動域を測定して次の結果を得た。 背屈 底屈 自動運動 不能 45° 他動運動 20° 45° 考えられるのはどれか。
- a.足関節拘縮
- b.脛骨神経麻痺
- c.総腓骨神経麻痺
- d.アキレス腱断裂
- e.足関節靱帯損傷
対話形式の解説
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ドクターまとめ
関節可動域の異常は、自動運動と他動運動を比べることで障害部位を大まかに推定できます。自動・他動ともに制限されていれば拘縮などの関節・軟部組織の問題、他動が正常で自動のみ制限されていれば神経・筋・腱の問題を考えます。足関節の背屈は深腓骨神経支配の前脛骨筋などが担うため、他動では正常に動くのに自動で背屈だけができない場合は総腓骨神経麻痺(下垂足)が最も考えられ、底屈障害を起こす脛骨神経麻痺やアキレス腱断裂とは区別されます。総腓骨神経は腓骨頭部で浅く走行するためギプスや体位による圧迫で損傷されやすく、L5神経根障害との鑑別も重要です。「どこが動かないか」と「自分で動かせるか」を組み合わせて考える姿勢は、末梢神経障害の診察全般に応用できる基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
足関節の関節可動域(ROM:range of motion)の参考可動域は、背屈20°、底屈45°である(日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会の基準)。本問の測定結果をこれと比べると次のようになる。 ・他動運動(検者が動かす):背屈20°、底屈45°で、いずれも正常範囲である。 ・自動運動(患者自身が動かす):底屈45°は正常だが、背屈は不能である。
自動運動と他動運動の比較から考える
関節可動域の異常をみるときは、自動運動と他動運動を比べることで障害部位を大まかに推定できる。 ・自動・他動ともに制限あり:関節そのもの、または関節周囲の軟部組織(関節包・靱帯・皮膚など)に問題がある(拘縮・強直など)。 ・他動は正常で自動のみ制限あり:関節自体は動く状態にあり、動かす側(筋を支配する神経、筋、腱)に問題がある(麻痺・筋断裂・腱断裂など)。 本問は後者であり、関節の構造は保たれていて、足関節を背屈させる力だけが失われている。足関節の背屈筋は前脛骨筋・長趾伸筋・長母趾伸筋などの下腿前面の筋群で、いずれも深腓骨神経の支配を受ける。一方、底屈を担う下腿三頭筋(腓腹筋・ヒラメ筋)は脛骨神経支配で、底屈が保たれていることから脛骨神経やアキレス腱は正常と考えられる。 したがって、背屈筋群を支配する神経、すなわち総腓骨神経(深腓骨神経を分枝する)の麻痺が最も考えられる。臨床的には「下垂足(drop foot)」として現れる。
選択肢考察
- ×a. 足関節拘縮
拘縮とは、関節包・靱帯・筋・皮膚などの関節周囲の軟部組織が短縮・癒着して関節の動きが制限された状態である。関節そのものが動かないので、自動運動だけでなく他動運動でも可動域が制限されるのが特徴である。本問では他動運動で背屈20°・底屈45°と正常可動域が保たれており、拘縮は否定される。なお尖足拘縮(底屈位での拘縮)であれば他動的背屈が制限されるはずである。
- ×b. 脛骨神経麻痺
脛骨神経は坐骨神経から膝窩部で分かれ、下腿後面の筋群(下腿三頭筋、後脛骨筋、長趾屈筋、長母趾屈筋)と足底の内在筋を支配し、足底の感覚を司る。麻痺すると自動的な底屈と足趾屈曲が障害され、つま先立ちができなくなり、踵足(かかとで接地する変形)を呈しうる。本問では自動底屈が45°と正常に保たれ、障害されているのは背屈であるため該当しない。
- ○c. 総腓骨神経麻痺
総腓骨神経は膝窩で坐骨神経から分かれ、腓骨頭の後方から外側を回り込んで下腿前面へ出たのち、深腓骨神経と浅腓骨神経に分かれる。深腓骨神経は足関節・足趾の背屈筋(前脛骨筋、長趾伸筋、長母趾伸筋)を、浅腓骨神経は足の外がえしを担う長・短腓骨筋を支配する。麻痺すると関節は正常でも背屈させる力が失われるため、「他動では背屈可能、自動では背屈不能」という本問の所見に一致する。臨床的には下垂足と、つま先を引きずらないように膝を高く上げる鶏歩(steppage gait)を呈し、下腿外側から足背の感覚障害を伴う。腓骨頭部は神経が皮下の浅い位置を走るため、ギプスや装具による圧迫、長時間の足組み、手術中や臥床時の体位による圧迫、腓骨頭骨折などで損傷されやすい。
- ×d. アキレス腱断裂
アキレス腱は下腿三頭筋の停止腱であり、断裂すると足関節の底屈力が大きく低下し、つま先立ちができなくなる。後脛骨筋・長母趾屈筋・腓骨筋などの働きで弱い底屈が残ることはあるが、障害されるのは底屈であって背屈ではない。診断にはThompsonテスト(腹臥位で腓腹部をつかんでも足関節が底屈しない)や、断裂部の陥凹の触知が有用である。本問の所見とは合わない。
- ×e. 足関節靱帯損傷
足関節の靱帯損傷は、内がえし捻挫による前距腓靱帯損傷が代表的である。急性期には腫脹と疼痛によって自動・他動ともにある程度の可動域制限を生じうるが、背屈だけが完全に不能になり、しかも他動では正常に動くという所見は説明できない。靱帯損傷ではむしろ関節の不安定性(前方引き出しテスト陽性など)が問題となる。
下肢の主要な末梢神経と麻痺の症状
・坐骨神経:膝窩付近で脛骨神経と総腓骨神経に分かれる。 ・総腓骨神経:深腓骨神経(足関節・足趾の背屈、第1・第2趾間の足背の感覚)と浅腓骨神経(足の外がえし、下腿外側〜足背の大部分の感覚)に分かれる。麻痺で下垂足・鶏歩となる。腓骨頭部での圧迫が最も多い原因である。 ・脛骨神経:足関節底屈、足趾屈曲、足の内がえし(後脛骨筋)、足底の感覚。足根管(内果の後下方)での絞扼は足根管症候群と呼ばれ、足底のしびれを生じる。 ・大腿神経:大腿四頭筋(膝伸展)、大腿前面〜下腿内側(伏在神経)の感覚。
自動運動と他動運動の解釈
・自動も他動も制限:拘縮、強直、関節内病変(関節内遊離体など)、疼痛による防御 ・他動は正常、自動のみ制限:神経麻痺、筋断裂、腱断裂
総腓骨神経麻痺の鑑別
下垂足は総腓骨神経麻痺のほか、第5腰神経根障害(L4/5椎間板ヘルニアなど)でも生じる。腰椎疾患によるL5神経根障害では、後脛骨筋(脛骨神経支配、L5関与)による足の内がえしや中殿筋による股関節外転も弱くなることがあり、総腓骨神経麻痺との鑑別に役立つ。
治療
圧迫などの原因除去と経過観察が基本で、多くは自然回復する。下垂足による転倒やつまずきを防ぐため短下肢装具を用いる。回復しない場合は神経剥離術や腱移行術を検討する。
POINT
・足関節の参考可動域は背屈20°、底屈45°。 ・他動運動が正常で自動運動のみ不能なら、関節ではなく神経・筋・腱の障害を考える。 ・自動・他動ともに制限されていれば拘縮などの関節・軟部組織の問題を考える。 ・背屈不能(下垂足)→総腓骨神経(深腓骨神経)麻痺。底屈不能→脛骨神経麻痺やアキレス腱断裂。 ・総腓骨神経は腓骨頭部で圧迫を受けやすい(ギプス、足組み、術中・臥床時の体位など)。 ・下垂足ではL5神経根障害との鑑別も重要である。
