しびれの境界は環指の真ん中―神経伝導検査で手根管を突き止める
第115回医師国家試験 A問題 第29問
国試問題にチャレンジ
76歳の男性。3か月前から続く左手の母指から環指のしびれを主訴に来院した。身長165cm,体重65kg。左母指から環指橈側にかけて感覚鈍麻を認める。握力は右26kg,左22kg。末梢神経伝導検査の結果を下に示す。 最も考えられるのはどれか。 運動神経伝導検査 神経 手関節部刺激 遠位潜時 手関節~肘上間 伝導速度 左正中神経 遅延 正常 右正中神経 正常 正常 左尺骨神経 正常 正常 右尺骨神経 正常 正常 感覚神経伝導検査 神経 手関節部刺激 遠位潜時 左正中神経 誘発不能 右正中神経 正常 左尺骨神経 正常 右尺骨神経 正常
- a.頸椎神経根症
- b.手根管症候群
- c.多発性硬化症
- d.肘部管症候群
- e.胸郭出口症候群
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
手のしびれでは、感覚障害の分布と神経伝導検査を組み合わせて障害部位を特定します。母指から環指橈側までの感覚鈍麻は正中神経領域に一致し、遠位潜時のみ延長して前腕の伝導速度が正常であれば、障害は手関節部すなわち手根管にあると判断でき、手根管症候群と診断されます。神経根障害は後根神経節より中枢側の障害のため感覚神経活動電位が保たれ、多発性硬化症は中枢神経疾患のため末梢神経伝導検査は正常となる点が鑑別の要です。手根管症候群は中年以降の女性や透析患者に多く、夜間のしびれ、Tinel様徴候やPhalenテスト陽性を示し、保存療法で改善しなければ手根管開放術を行います。検査値が何を反映しているかを理解して病変部位を推論する姿勢は、あらゆる絞扼性神経障害の診断に応用できます。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・76歳男性。3か月続く左手の母指〜環指のしびれ(慢性経過)。 ・感覚鈍麻の範囲は「左母指から環指橈側(親指側の半分)」まで。環指の中央で境界が分かれる点が重要で、これは正中神経の皮膚感覚支配領域(母指・示指・中指・環指橈側半分の掌側)にぴったり一致する。 ・握力は左22kg、右26kgで、左がやや低下している。 ・末梢神経伝導検査:左正中神経のみ異常で、運動神経では手関節部刺激での遠位潜時が遅延し、手関節〜肘上間(前腕部)の伝導速度は正常、感覚神経は誘発不能(感覚神経活動電位が出ない)。右正中神経と両側尺骨神経は正常。
診断へのプロセス
1. 障害部位はどの神経か:感覚障害が環指で分かれる分布であり、尺骨神経(環指尺側・小指)は伝導検査でも正常であることから、左正中神経の単神経障害と考えられる。 2. 正中神経のどこで障害されているか:前腕部の伝導速度は正常で、手関節から先の区間を反映する遠位潜時だけが延長している。つまり伝導が遅れているのは手関節より遠位、すなわち手根管の部分である。感覚神経活動電位が誘発できないことも、手関節部での比較的進んだ感覚線維の障害を示す。 3. 中枢性や神経根の病変ではないか:末梢神経伝導検査で特定の神経の特定部位に異常が出ていることから、脳・脊髄や神経根レベルの病変は考えにくい。 以上より、手関節部の手根管で正中神経が圧迫される絞扼性神経障害、すなわち手根管症候群と診断できる。
神経伝導検査の読み方のポイント
・遠位潜時:手関節部などの最も遠位の刺激点から筋の反応が出るまでの時間。刺激点より遠位の区間(手根管を含む)の伝導を反映する。 ・伝導速度:2点間(ここでは手関節〜肘上)の距離を時間差で割ったもの。その区間(前腕)の伝導を反映する。 「遠位潜時のみ遅延・前腕の伝導速度正常」という組み合わせは、病変が手関節部に限局していることを意味する。
選択肢考察
- ×a. 頸椎神経根症
頸椎の椎間板ヘルニアや骨棘によって神経根が圧迫される疾患で、頸部痛や、障害された神経根の皮膚分節(デルマトーム)に沿った上肢の痛み・しびれを生じる。感覚障害は皮膚分節に沿うため、正中神経領域のように環指の中央で境界が分かれる分布にはならない。また神経根の障害は後根神経節より中枢側で起こるため、感覚神経伝導検査は通常正常に保たれる(F波の異常などはみられることがある)。本例の左正中神経に限局した手関節部の伝導異常は説明できない。
- ○b. 手根管症候群
感覚鈍麻が母指〜環指橈側という正中神経の支配領域に一致し、神経伝導検査で左正中神経の運動遠位潜時の遅延(前腕の伝導速度は正常)と感覚神経活動電位の消失を認める。これは手関節部(手根管)での正中神経の障害を示しており、手根管症候群に合致する。左握力の軽度低下は、正中神経支配の母指球筋の筋力低下が始まっている可能性を示す。
- ×c. 多発性硬化症
多発性硬化症は脳・脊髄・視神経といった中枢神経系の脱髄疾患であり、若年成人(とくに女性)に好発し、時間的・空間的に多発する神経症状(再発と寛解)を特徴とする。末梢神経は障害されないため、末梢神経伝導検査は原則として正常である。76歳男性で、単一の末梢神経の局所的な伝導異常を示す本例には合致しない。
- ×d. 肘部管症候群
肘部管症候群は肘関節の内側(肘部管)で尺骨神経が圧迫される絞扼性神経障害で、環指尺側と小指のしびれ・感覚低下、骨間筋の萎縮や鉤爪変形(かぎ爪手)をきたす。神経伝導検査では肘をまたぐ区間で尺骨神経の伝導遅延がみられる。本例は尺骨神経の伝導が正常で、感覚障害も正中神経領域であり否定的である。
- ×e. 胸郭出口症候群
胸郭出口症候群は、斜角筋の間・肋鎖間隙・小胸筋の下などで腕神経叢や鎖骨下動静脈が圧迫される疾患で、なで肩の若い女性に多い。上肢のしびれ・痛み・だるさを生じ、症状は尺側(前腕〜手の小指側)に出やすい。Morleyテスト、Adsonテスト、Wrightテストなどの誘発テストで症状や脈拍の変化を確認して診断する。神経伝導検査で特異的な異常を示しにくく、本例のように正中神経の手関節部に限局した異常は説明できない。
手根管症候群
手根管は手根骨と横手根靱帯(屈筋支帯)で囲まれたトンネルで、正中神経と9本の屈筋腱(浅指屈筋腱4本、深指屈筋腱4本、長母指屈筋腱)が通る。ここで正中神経が圧迫されて起こる、最も頻度の高い絞扼性神経障害である。 ・好発:中年以降の女性に多い。妊娠・出産期、更年期、手の使い過ぎ、透析患者(アミロイド沈着)、関節リウマチ、甲状腺機能低下症、糖尿病、先端巨大症、橈骨遠位端骨折後などが危険因子である。 ・症状:母指〜環指橈側のしびれ・感覚低下。夜間や明け方に増悪し、手を振ると軽減することが多い。進行すると母指球筋(短母指外転筋など)が萎縮し、母指の対立運動(母指と小指の先を合わせる動き)が障害される。高度になると母指球が平坦化した「猿手」を呈する。 ・診察:Tinel様徴候(手根管部を叩くと指先に放散するしびれ)、Phalenテスト(手関節を掌屈位で保持するとしびれが増強)、perfect O徴候(母指と示指で丸がきれいに作れない)など。 ・検査:神経伝導検査で正中神経の遠位潜時延長、感覚神経伝導速度の低下や感覚神経活動電位の低下・消失。超音波やMRIで正中神経の腫大を確認することもある。 ・治療:保存療法(手関節の安静・夜間装具、副腎皮質ステロイドの手根管内注射など)。改善しない例や母指球筋萎縮のある例では手根管開放術(横手根靱帯の切離)を行う。対立機能が高度に障害されていれば腱移行による母指対立再建術を追加することがある。
上肢の代表的な絞扼性神経障害
・正中神経:手根管症候群(手関節)、前骨間神経麻痺(感覚障害なし、涙滴徴候)、回内筋症候群。 ・尺骨神経:肘部管症候群(肘)、Guyon管症候群(手関節尺側)。Froment徴候、鉤爪変形。 ・橈骨神経:後骨間神経麻痺(下垂指、感覚障害なし)、高位麻痺では下垂手。
末梢神経障害と神経根障害の見分け方
感覚神経の細胞体は後根神経節にある。神経根障害(後根神経節より中枢側の障害)では末梢の感覚線維は保たれるため、感覚障害があっても感覚神経活動電位は正常である。一方、末梢神経障害(後根神経節より末梢の障害)では感覚神経活動電位が低下・消失する。
POINT
・母指〜環指橈側の感覚障害(環指で境界が分かれる)=正中神経領域。 ・正中神経の遠位潜時延長+前腕伝導速度正常→障害は手関節部(手根管)。 ・手根管症候群:中年以降の女性、透析患者などに多い。夜間・明け方のしびれ、Tinel様徴候、Phalenテスト陽性、進行で母指球筋萎縮(猿手)。 ・治療は装具・ステロイド注射などの保存療法、無効例は手根管開放術。 ・神経根症では感覚神経伝導検査は正常、多発性硬化症は中枢神経病変のため末梢神経伝導検査は正常。
