しびれの「場所」を数値で示せ―手根管症候群を確定する電気生理検査の選び方
第116回医師国家試験 E問題 第22問
国試問題にチャレンジ
手根管症候群の診断に有用なのはどれか。
- a.脳波検査
- b.針筋電図検査
- c.脳脊髄液検査
- d.末梢神経伝導検査
- e.反復誘発筋電図検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
手根管症候群は、手関節部の手根管内で正中神経が圧迫される最も頻度の高い絞扼性神経障害で、母指〜環指橈側のしびれが夜間・明け方に増悪し、進行すると母指球筋萎縮(猿手)をきたします。診断には、正中神経の障害とその部位が手根管であることを客観的に示せる末梢神経伝導検査が最も有用で、遠位潜時の延長や感覚神経伝導速度の低下がみられます。針筋電図は神経原性か筋原性かの区別、反復誘発筋電図は重症筋無力症などの神経筋接合部疾患、脳波や脳脊髄液検査は中枢神経系の評価に用いる検査であり、本症の診断の中心にはなりません。Phalenテストや Tinel様徴候といった診察所見と合わせ、「検査が何を見ているか」を整理しておくことは、しびれや筋力低下を訴える患者の診療全般に役立ちます。
解答・解説
正解はdです
手根管症候群は、手関節掌側で横手根靱帯(屈筋支帯)と手根骨に囲まれたトンネル(手根管)の中で正中神経が圧迫されて起こる絞扼性神経障害(entrapment neuropathy)である。障害の本態は「末梢神経の局所的な圧迫」であり、診断で求められるのは、(1) 正中神経に障害があること、(2) その障害部位が手根管(手関節部)であること、の2点を客観的に示すことである。 これを最も直接的に示せるのが末梢神経伝導検査である。正中神経を刺激して、手根管を越える区間の伝導が遅れているか(遠位潜時の延長、感覚神経伝導速度の低下、振幅の低下)を測定すれば、障害が手関節部に限局していることを数値で示せる。同じ手の尺骨神経や、正中神経の前腕部の伝導が正常であれば、多発ニューロパチーや頸椎疾患(頸椎症性神経根症)との鑑別にも役立つ。 本問は各検査が「何を調べる検査か」を整理しておけば解ける。脳の電気活動(脳波)、中枢神経系の炎症・出血など(脳脊髄液)、筋自体の活動と神経原性/筋原性の区別(針筋電図)、神経筋接合部の伝達(反復誘発筋電図)、末梢神経の伝導(神経伝導検査)という対応を押さえておくことが大切である。
選択肢考察
- ×a. 脳波検査
脳波検査(EEG)は頭皮上の電極で大脳皮質の電気活動を記録する検査で、てんかん(発作波の検出)、意識障害、脳炎、脳症、脳死判定などに用いられる。手関節部の末梢神経の圧迫は脳の電気活動に影響しないため、手根管症候群の診断には役立たない。
- ×b. 針筋電図検査
針筋電図検査は筋に針電極を刺し、安静時と随意収縮時の筋の電気活動を記録する検査である。筋力低下や筋萎縮が神経の障害によるもの(神経原性:筋萎縮性側索硬化症〈ALS〉、神経根障害など)か、筋そのものの障害によるもの(筋原性:筋ジストロフィー、多発性筋炎など)かを区別するのに用いる。手根管症候群でも重症例では短母指外転筋に脱神経所見(線維自発電位など)がみられ、重症度評価の補助に使われることはあるが、障害部位が手根管であることを特定することはできない。診断の中心となる検査ではないため、最も有用なものとしては選ばない。
- ×c. 脳脊髄液検査
脳脊髄液検査は腰椎穿刺で髄液を採取し、細胞数、蛋白、糖、病原体などを調べる検査である。髄膜炎・脳炎、くも膜下出血、多発性硬化症、Guillain-Barré症候群(蛋白細胞解離)などの診断に用いる。手根管症候群は手関節部での局所的な神経圧迫であり、髄液には異常が出ないため有用ではない。また侵襲的な検査であり、適応もない。
- ○d. 末梢神経伝導検査
末梢神経伝導検査は、末梢神経を電気刺激して筋や神経から反応を記録し、伝導にかかる時間(潜時)、伝導速度、反応の大きさ(振幅)を測定する検査である。手根管症候群では、手関節より遠位での正中神経の伝導が遅れるため、運動神経の遠位潜時の延長や、手首から指までの感覚神経伝導速度の低下・振幅の低下がみられる。前腕部の伝導や尺骨神経の伝導が正常であれば、障害が手根管部に限局していることが示せる。このように障害部位を客観的に特定できるため、手根管症候群をはじめとする絞扼性神経障害の確定診断と重症度評価に最も有用である。
- ×e. 反復誘発筋電図検査
反復誘発筋電図検査(反復神経刺激試験)は、運動神経を一定の頻度で繰り返し刺激し、筋の反応(複合筋活動電位)の振幅の変化をみる検査で、神経筋接合部の伝達機能を評価する。重症筋無力症では低頻度刺激で振幅が徐々に減少する(waning)。Lambert-Eaton筋無力症候群では、初回の振幅が小さく、高頻度刺激で振幅が著しく増大する(waxing)。手根管症候群は神経筋接合部の病気ではないため、この検査は役立たない。
手根管症候群の概要
・手根管の中を正中神経と9本の屈筋腱(浅指屈筋腱4本、深指屈筋腱4本、長母指屈筋腱1本)が通る。手根管の内圧が上がると正中神経が圧迫される。 ・最も多い絞扼性神経障害で、中年以降の女性に多い。妊娠・出産期、更年期、透析患者(アミロイド沈着)、関節リウマチ、甲状腺機能低下症、糖尿病、先端巨大症、手の使いすぎなどが誘因となる。多くは原因がはっきりしない特発性である。
症状
・感覚障害:母指、示指、中指、環指の橈側半分のしびれ・感覚低下。夜間や明け方に強く、手を振ると楽になることが多い。 ・運動障害:進行すると母指球筋(特に短母指外転筋)が萎縮し、母指の対立運動(母指の腹を他の指の腹に向ける動き)ができなくなる。母指球が平らになった手を猿手という。 ・正中神経の手掌枝は手根管の手前で分岐して手根管を通らないため、母指球部の手のひらの皮膚の感覚は保たれやすい。この点は頸椎疾患との鑑別に役立つ。
診察所見と検査
・Tinel様徴候:手根管部を叩くと正中神経の支配領域に放散するしびれが出る。 ・Phalenテスト:手関節を強く掌屈させた状態を約1分保つと、しびれが誘発・増強される。 ・末梢神経伝導検査:遠位潜時の延長、感覚神経伝導速度の低下などで客観的に診断する。 ・超音波検査やMRIで、手根管の入口部での正中神経の腫大や、腫瘤などの占拠性病変の有無を確認することもある。
治療
・軽症:手関節の安静・装具(夜間の副子固定)、手根管内へのステロイド注射。 ・保存療法が無効な場合や母指球筋萎縮がある場合:横手根靱帯を切離する手根管開放術(直視下または内視鏡下)。母指対立障害が強い例では腱移行による母指対立再建術を併用することがある。
電気生理検査の使い分け
・末梢神経伝導検査:末梢神経障害(絞扼性神経障害、多発ニューロパチー、Guillain-Barré症候群など) ・針筋電図検査:神経原性か筋原性かの区別(ALS、筋炎、筋ジストロフィーなど) ・反復神経刺激試験:神経筋接合部疾患(重症筋無力症、Lambert-Eaton筋無力症候群) ・脳波:てんかん、意識障害、脳症など
POINT
・手根管症候群は手関節部で正中神経が圧迫される絞扼性神経障害で、中年以降の女性に多い。 ・母指〜環指橈側のしびれ(夜間・明け方に増悪)、進行すると母指球筋萎縮と母指対立障害(猿手)が生じる。 ・診断にはTinel様徴候、Phalenテストと、末梢神経伝導検査(遠位潜時の延長、伝導速度の低下)が有用である。 ・反復神経刺激試験は神経筋接合部疾患、針筋電図は神経原性/筋原性の区別、脳波はてんかんに用いる。
