しびれは環指の真ん中で止まる―手根管症候群を「正中神経の地図」で読み解く
第117回医師国家試験 D問題 第14問
国試問題にチャレンジ
手根管症候群でみられるのはどれか。
- a.頸部痛
- b.小指球筋の萎縮
- c.手関節の背屈困難
- d.腕橈骨筋反射の亢進
- e.母指から環指橈側の感覚障害
対話形式の解説
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ドクターまとめ
手根管症候群は、手根骨と横手根靱帯に囲まれた手根管で正中神経が圧迫される絞扼性神経障害で、上肢では最も頻度が高い疾患です。母指・示指・中指と環指橈側半分の掌側にしびれや感覚低下が生じ、夜間・明け方の増悪が特徴的で、進行すると母指球筋の萎縮と母指対立障害(猿手)をきたします。小指球萎縮は尺骨神経、手関節背屈困難は橈骨神経、頸部痛は頸椎疾患、腱反射亢進は頸髄などの上位運動ニューロン障害を示す所見であり、手根管症候群では説明できません。診断にはTinel様徴候、Phalenテスト、神経伝導検査が有用で、中高年女性や妊娠、長期透析、関節リウマチなどが背景となります。上肢のしびれを神経の支配領域と障害部位から整理する考え方は、整形外科・神経内科を問わず日常診療の基本になります。
解答・解説
正解はeです
手根管症候群は、手首の掌側にある手根管(手根骨と、その掌側を覆う横手根靱帯〈屈筋支帯〉に囲まれたトンネル)の中で正中神経が圧迫されて起こる絞扼性神経障害である。上肢の絞扼性神経障害の中で最も頻度が高い。 症状は「手根管より末梢の正中神経の支配領域」に限られる、という点を押さえれば各選択肢を判断できる。 ・感覚障害:母指・示指・中指と環指の橈側半分の掌側に、しびれ・感覚低下・痛みが生じる。夜間や明け方に増悪し、しびれで目が覚める、手を振ると楽になる、といった訴えが特徴的である。 ・運動障害:正中神経の反回枝(母指球枝)が支配する母指球筋(特に短母指外転筋・母指対立筋)の筋力低下と萎縮が起こり、進行すると母指の対立運動(母指の腹を他の指の腹に向ける動き)が困難になる(猿手)。 これに対して、頸部の症状、尺骨神経領域(小指球)の障害、橈骨神経領域(手関節背屈)の障害、腱反射亢進のような中枢神経障害の所見は、いずれも手根管症候群では説明できない。したがって、正中神経領域の感覚障害を述べた選択肢が正しい。
選択肢考察
- ×a. 頸部痛
手根管症候群は手関節部での末梢神経の圧迫であり、痛みやしびれは手指・手掌(ときに前腕まで放散)に生じる。頸部痛は頸椎症性神経根症など頸椎疾患を示唆する所見である。頸椎疾患でも上肢のしびれは起こるため鑑別が問題となるが、頸部痛や頸部の動きによる症状の誘発(Spurlingテストなど)があれば頸椎由来を考える。
- ×b. 小指球筋の萎縮
小指球筋は尺骨神経の支配であり、その萎縮は肘部管症候群やGuyon管(尺骨神経管)症候群などの尺骨神経障害でみられる。手根管症候群で萎縮するのは正中神経支配の母指球筋である。
- ×c. 手関節の背屈困難
手関節の背屈(伸展)を担う手根伸筋群は橈骨神経の支配であり、背屈困難(下垂手)は上腕骨骨幹部骨折や圧迫による橈骨神経麻痺でみられる。手根管症候群での運動障害は母指の対立障害であり、手関節の運動は保たれる。
- ×d. 腕橈骨筋反射の亢進
腱反射の亢進は上位運動ニューロン(錐体路)の障害を示す所見であり、腕橈骨筋反射(反射中枢はC5〜C6)の亢進は、それより上位レベルの頸髄障害(頸椎症性脊髄症など)で生じる。手根管症候群のような末梢神経障害では、腱反射は亢進しない。そもそも腕橈骨筋は橈骨神経支配であり、正中神経の障害とは関係しない。
- ○e. 母指から環指橈側の感覚障害
正中神経の手指への感覚枝は、母指・示指・中指と環指の橈側半分の掌側を支配する。手根管症候群ではこの範囲にしびれや感覚低下が出現し、環指の橈側と尺側で感覚に差が出る(環指の正中で分かれる)ことが、尺骨神経障害や頸椎疾患との鑑別に役立つ。なお、手掌の母指球付近の皮膚を支配する正中神経の掌枝は手根管の手前で分岐して管を通らないため、手掌近位部の感覚は保たれやすい。
手根管症候群の概要
・疫学:中高年の女性に多い。妊娠・出産期や更年期にも多い。 ・原因:多くは特発性(屈筋腱の腱鞘滑膜の肥厚による)。二次性の原因として、長期血液透析(透析アミロイドーシス)、関節リウマチ、甲状腺機能低下症、糖尿病、先端巨大症、橈骨遠位端骨折後、手の使いすぎなどがある。 ・症状:正中神経領域(母指〜環指橈側)のしびれ・痛み。夜間・明け方に増悪する。進行すると母指球筋萎縮と母指対立障害(猿手)。
診察・検査
・Tinel様徴候:手根管部を叩打すると正中神経領域に放散するしびれが生じる。 ・Phalenテスト:手関節を掌屈位で約1分保持すると、しびれが誘発・増悪する。 ・神経伝導検査:手根管を挟んだ部位での正中神経の遠位潜時延長や伝導速度低下を確認でき、障害部位の特定と重症度評価に有用である。
治療
安静、手関節装具(夜間の中間位固定)、手根管内への副腎皮質ステロイド注射などの保存療法をまず行う。保存療法が無効な場合や母指球筋萎縮がある場合は、横手根靱帯を切離する手根管開放術を行う。
上肢の主な末梢神経麻痺の整理
・正中神経:母指〜環指橈側の感覚障害、母指球萎縮、猿手(手根管症候群)。前骨間神経麻痺では感覚障害がなく、母指IP関節・示指DIP関節の屈曲障害(tear drop sign)を呈する。 ・尺骨神経:環指尺側〜小指の感覚障害、小指球・骨間筋萎縮、鷲手、Froment徴候。 ・橈骨神経:手背橈側の感覚障害、下垂手(後骨間神経麻痺では下垂指で感覚障害なし)。
POINT
・手根管症候群=手根管での正中神経の絞扼性障害。中高年女性、透析患者、妊娠に多い。 ・感覚障害は母指〜環指橈側の掌側。夜間・明け方に増悪。 ・運動障害は母指球筋萎縮・母指対立障害(猿手)。 ・Tinel様徴候、Phalenテスト、神経伝導検査で診断。 ・小指球萎縮は尺骨神経、手関節背屈困難は橈骨神経、腱反射亢進は中枢(頸髄)病変を示す。
