ボールが胸に当たった瞬間に―心臓振盪とAEDが救う若い命
第117回医師国家試験 D問題 第13問
国試問題にチャレンジ
ボールなどによる前胸部打撲後の心停止について正しいのはどれか。
- a.高齢者での報告例が多い。
- b.死亡に至ることはまれである。
- c.受傷後,1週間前後に心停止が生じる。
- d.速やかなAEDの使用が予後改善に有効である。
- e.迷走神経反射から生じる洞性徐脈が原因である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
心臓振盪(commotio cordis)は、器質的心疾患のない小児・若年者が、スポーツ中のボールなどによる比較的軽い前胸部打撲を受けた直後に心室細動を起こして心停止に至る病態です。T波頂点の手前にあたる受攻期に衝撃が加わることでVFが誘発されるという機序は、R on T現象と同様に理解できます。迷走神経反射による徐脈ではなく、受傷から遅れて起こるものでもありません。VFは自然にはほぼ戻らないため、直ちに胸骨圧迫を開始し、速やかにAEDで除細動することが救命と後遺症のない社会復帰の鍵になります。プロテクターでは完全に防げないため、スポーツ現場へのAED配置と、誰もが一次救命処置を実践できる体制づくりが重要です。
解答・解説
正解はdです
ボールなどによる前胸部への比較的軽い衝撃の直後に心停止を起こす病態は、心臓振盪(commotio cordis、「心臓震盪」とも表記)である。心臓や胸壁に器質的な損傷がなく、もともと健康な心臓に起こる点が特徴である。 機序は、心周期のうち心室の再分極が進む時期、すなわち心電図のT波の頂点の少し手前(上行脚)にあたる「受攻期(vulnerable period)」に機械的衝撃が加わることで、心室細動(VF)が誘発されるというものである。期外収縮が受攻期に重なるとVFが誘発されるR on T現象と同様の考え方で理解できる。衝撃によって心筋が急に伸展されると、伸展で開くイオンチャネルを介して不均一な脱分極が起こり、これが引き金となると考えられている。受攻期は1心拍のうちごく短い時間しかないため、同じ程度の打撲でも、たまたまこのタイミングに当たった場合にだけ発症する。 心停止のリズムはVFであるため、治療は通常の心室細動による心停止と同じであり、ただちに胸骨圧迫を始め、可能な限り早くAED(自動体外式除細動器)で電気ショックを行うことが救命の鍵となる。除細動が遅れるほど救命率は急速に低下する。したがって、選択肢のうち正しいのは速やかなAED使用の有効性を述べたものである。
選択肢考察
- ×a. 高齢者での報告例が多い。
心臓振盪は野球・ソフトボール、サッカー、ラクロス、空手などのスポーツ中に、ボールや身体の一部が前胸部に当たって起こることが多く、報告例の大半は小児から若年者(特に10歳代の男子)である。小児・若年者は胸壁が薄く柔らかいため、衝撃が心臓に伝わりやすいことも一因とされる。高齢者でも起こりうるが、報告が多いのは若年者である。
- ×b. 死亡に至ることはまれである。
心臓振盪で生じるのは心室細動による心停止であり、自然に正常のリズムへ戻ることはほとんど期待できない。直ちに心肺蘇生と除細動が行われなければ死亡する。かつては救命率が低い病態とされていたが、AEDの普及と早期除細動により救命例が増えている。それでも蘇生が遅れれば死亡や低酸素脳症などの重い後遺症につながるため、「死亡に至ることはまれ」は誤りである。
- ×c. 受傷後,1週間前後に心停止が生じる。
心臓振盪では、衝撃が受攻期に加わったその瞬間に心室細動が誘発されるため、心停止は受傷直後に起こる。被害者はその場で数秒以内に倒れることが多い。受傷から時間をおいて発症する遅発性の病態ではない。
- ○d. 速やかなAEDの使用が予後改善に有効である。
心臓振盪による心停止の原因は心室細動であり、AEDによる電気ショックの最もよい適応である。心臓には器質的異常がないため、早期に除細動できれば心拍が再開し、後遺症なく社会復帰できる可能性が高い。一方、除細動までの時間が1分遅れるごとに救命率は低下する。このためスポーツ現場へのAED配置と、指導者・周囲の人による迅速な胸骨圧迫・AED使用が重要とされる。
- ×e. 迷走神経反射から生じる洞性徐脈が原因である。
心臓振盪の心停止は、衝撃が受攻期に当たることで起こる心室細動によるものであり、迷走神経反射による洞性徐脈が原因ではない。心電図上は、正常な洞調律から突然VFへ移行する。迷走神経反射による徐脈や血圧低下は血管迷走神経性失神などでみられるが、通常は一過性で自然回復する点でも異なる。
心臓振盪(commotio cordis)の要点
・定義:器質的心疾患のない人が、前胸部への非穿通性の衝撃を受けた直後に心室細動を生じて心停止に至る病態。 ・好発:小児〜若年者のスポーツ中(野球・ソフトボールの硬球、ラクロスのボール、サッカー、格闘技の打撃など)。必ずしも強い衝撃ではなく、比較的軽い打撲でも起こる。 ・機序:T波頂点の手前の受攻期に衝撃が加わると心室細動が誘発される(R on Tと同様の考え方)。衝撃の部位が心臓の真上に近いこと、ボールが硬く小さいことも危険因子とされる。 ・対応:心停止を確認したら直ちに119番通報とAEDの手配、胸骨圧迫を開始し、AEDが届き次第電気ショックを行う。 ・予防:胸部プロテクターの着用やスポーツ現場へのAED配置が推奨されるが、プロテクターでも完全には防げないため、早期除細動の体制づくりが重要である。
鑑別:心挫傷(contusio cordis)
交通外傷などの強い鈍的外力により心筋そのものが損傷される病態であり、心筋逸脱酵素の上昇、不整脈、心機能低下などを呈する。器質的損傷がない心臓振盪とは区別される。
POINT
・前胸部打撲直後の心停止=心臓振盪。小児・若年者のスポーツ中に多い。 ・機序はT波上行脚の受攻期への衝撃による心室細動(R on Tと同様)。 ・受傷直後に発症する。迷走神経反射による徐脈ではない。 ・治療は直ちに胸骨圧迫と速やかなAEDによる除細動。早期除細動が救命率を左右する。
