痛くないから怖い―糖尿病性足壊疽を生む「神経・血管・感染」の三重奏
第111回医師国家試験 I問題 第12問
国試問題にチャレンジ
糖尿病性足壊疽で正しいのはどれか。
- a.痛みを強く自覚する。
- b.血行障害の併存がある。
- c.両側対称性が特徴である。
- d.末梢神経障害は合併しにくい。
- e.深部の重症感染の原因菌はGram陽性球菌が多い。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
糖尿病性足壊疽は、末梢神経障害・血行障害(末梢動脈疾患)・易感染性が重なって生じる糖尿病性足病変の最重症型で、下肢切断の主要な原因です。神経障害のため痛みの自覚に乏しく、小外傷に気づかないまま潰瘍が進行し、膝下の下腿動脈を中心とした血行障害が治癒を妨げるため、血行障害を併存する例が多くみられます。背景の多発神経障害は両側対称でも、壊疽は局所の外因を契機に生じるため片側性が多く、深部の重症感染ではGram陰性桿菌や嫌気性菌を含む複数菌感染が主体です。血流評価では石灰化によるABIの偽高値に注意し、TBIやSPPも活用します。発症機序を理解したうえで日頃のフットケアと患者教育を徹底することが、足と生命を守る臨床の基本となります。
解答・解説
正解はbです
糖尿病性足壊疽は、糖尿病患者の足に生じる潰瘍・感染が進行し、組織が壊死に陥った状態であり、糖尿病性足病変のなかで最も重症の段階である。下肢切断の主要な原因となり、生命予後にもかかわるため、発症機序を理解しておくことが重要である。
足壊疽を生じる三つの要因
1. 末梢神経障害:高血糖が長く続くと、長い神経線維の末端から障害される多発神経障害(両側の足先から始まる手袋靴下型の感覚障害)が生じる。痛覚・温度覚・触覚が鈍るため、靴擦れ、熱傷、胼胝(たこ)、深爪などの小さな外傷に気づかない。運動神経障害による足趾の変形(槌趾・凹足など)は局所の圧を高め、自律神経障害による発汗低下は皮膚の乾燥・亀裂を招く。 2. 血行障害:糖尿病は動脈硬化を促進し、特に膝より末梢の下腿動脈に病変が多い末梢動脈疾患(PAD:peripheral arterial disease)を合併しやすい。血流が低下すると酸素・栄養・白血球や抗菌薬が組織に届きにくくなり、創傷治癒が遅れる。 3. 感染:高血糖により好中球の機能が低下し、感染が起こりやすく広がりやすい。 これらが重なり、「気づかない小外傷」→「治りにくい潰瘍」→「感染の深部への波及」→「壊疽」という経過をたどる。神経障害が主体の病型(神経障害性)と血流障害が主体の病型(虚血性)に分けることもあるが、実際には両者が併存する神経虚血性のものが多い。
正解を導く考え方
上記の機序を踏まえると、足壊疽には血行障害が併存していることが多く、正解はbである。神経障害があるので痛みは乏しく、外因をきっかけに生じるので左右対称とは限らず、深部感染は複数菌による混合感染が主体となる、という点で他の選択肢を否定できる。
選択肢考察
- ×a. 痛みを強く自覚する。
糖尿病性足壊疽の多くは糖尿病性多発神経障害を背景としており、足の痛覚・温度覚が低下している。このため病変があっても痛みの自覚は乏しく、発見が遅れて重症化しやすいことがこの疾患の大きな問題点である。虚血が主体の場合には安静時痛を訴えることもあるが、神経障害によって痛みが修飾されることが多く、「痛みを強く自覚する」ことは特徴とはいえない。対照的に、糖尿病のない閉塞性動脈硬化症による虚血性潰瘍は強い痛みを伴うことが多い。
- ○b. 血行障害の併存がある。
糖尿病では動脈硬化が早期から進行し、特に膝下の下腿動脈(前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈)に石灰化を伴う多発性の狭窄・閉塞を起こしやすい。このような末梢動脈疾患による血行障害があると、組織に酸素や栄養が十分に届かず、小さな傷でも治癒が遅れ、感染防御や抗菌薬の移行も悪くなって壊疽へ進展しやすい。足壊疽では神経障害に加えて血行障害を伴う例が多く、治療に際しては足関節上腕血圧比(ABI)や皮膚灌流圧(SPP)などで血流を評価し、必要に応じて血行再建術を行う。なお下腿動脈の石灰化によりABIが偽高値となることがある点にも注意する。
- ×c. 両側対称性が特徴である。
糖尿病性神経障害や動脈硬化という土台自体は両側の足にほぼ同様に存在するが、壊疽はそこに外傷(靴擦れ、熱傷、爪切りの傷など)や感染といった局所の外因が加わって発生する。そのため病変は片側性であることが多く、左右対称に生じることは特徴ではない。両側対称性を特徴とするのは、壊疽ではなく背景にある多発神経障害(手袋靴下型の感覚障害)の方である。
- ×d. 末梢神経障害は合併しにくい。
糖尿病性足壊疽では、ほとんどの症例で末梢神経障害を合併している。感覚神経障害による痛覚低下で外傷に気づかない、運動神経障害による足の変形で局所に圧が集中する、自律神経障害による発汗低下で皮膚が乾燥・亀裂を生じる、といった形で神経障害は足病変の発生に深く関与する。神経障害は糖尿病の三大合併症のなかで最も早く、最も高頻度に出現する合併症でもある。
- ×e. 深部の重症感染の原因菌はGram陽性球菌が多い。
表在性で軽症の足感染では、黄色ブドウ球菌やレンサ球菌などの好気性Gram陽性球菌が主な原因菌である。しかし感染が深部(筋膜・腱・骨)に及ぶ重症例や壊疽に至った例、特に血流障害を伴う例では、Gram陽性球菌に加えて大腸菌・肺炎桿菌などの腸内細菌科細菌や緑膿菌などのGram陰性桿菌、さらにバクテロイデスなどの嫌気性菌が関与する複数菌感染(混合感染)が主体となる。このため深部重症感染では、外科的デブリドマンに加えてこれらを広くカバーする広域抗菌薬を選択する必要がある。
糖尿病性足病変の病型
・神経障害性:足の感覚低下により、足底の荷重部(中足骨頭部、踵など)や胼胝の下に潰瘍が生じやすい。足の皮膚は温かく、足背動脈の拍動は触知できることが多い。痛みは乏しい。 ・虚血性:足趾の先端や足の辺縁など、血流の末梢にあたる部位に潰瘍・壊疽が生じやすい。皮膚は冷たく、動脈拍動は減弱〜消失する。 ・神経虚血性:両者の併存であり、実際にはこの型が多い。
関連する病態
・Charcot足(神経病性関節症):感覚障害のため関節に異常な負荷がかかり続け、骨・関節の破壊と変形をきたす。 ・糖尿病性足骨髄炎:深い潰瘍から骨に感染が及んだ状態で、プローブで骨に触れる(probe-to-bone test陽性)ことが手がかりとなる。MRIが診断に有用である。 ・ガス壊疽:嫌気性菌などによる、組織内のガス産生を伴う重症の軟部組織感染で、緊急の外科的処置を要する。
血流評価
・足関節上腕血圧比(ABI):0.9以下で末梢動脈疾患を疑う。糖尿病や透析患者では動脈壁の石灰化で血管が圧迫されにくく、1.4を超える偽高値となることがある。 ・足趾上腕血圧比(TBI)や皮膚灌流圧(SPP)は石灰化の影響を受けにくく、糖尿病患者の評価に有用である。
治療と予防
・治療:血糖コントロール、感染創のデブリドマン(壊死組織の切除)と抗菌薬、免荷(患部に体重をかけないこと)、虚血に対する血行再建(カテーテル治療・バイパス手術)。救済が困難な場合は下肢切断となる。 ・予防(フットケア):毎日の足の観察、足の清潔と保湿、適切な爪切り、足に合った靴の使用、胼胝や鶏眼の早期処置、裸足歩行や暖房器具による低温熱傷を避けることなど。糖尿病合併症管理料など、フットケアは診療報酬上も評価されている。
POINT
・糖尿病性足壊疽は、末梢神経障害・血行障害(末梢動脈疾患)・易感染性が重なって生じる。 ・神経障害のため痛みの自覚に乏しく、発見が遅れやすい。 ・外傷などの外因を契機に生じるため、片側性のことが多い。 ・糖尿病の末梢動脈疾患は膝下の下腿動脈に多く、石灰化によりABIが偽高値となることがある。 ・浅い感染はGram陽性球菌が主体だが、深部の重症感染ではGram陰性桿菌・嫌気性菌を含む複数菌感染が多く、広域抗菌薬を用いる。 ・予防には日頃のフットケアと患者教育が重要である。
