痛みの強さは重症度を語らない―急性心筋梗塞の予後を決める「量」と「ポンプ機能」
第104回医師国家試験 I問題 第2問
国試問題にチャレンジ
急性心筋梗塞患者の予後の指標とならないのはどれか。
- a.胸痛の強さ
- b.左室駆出率
- c.CKの最大値
- d.広範なST上昇
- e.Forrester分類
対話形式の解説
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医学生まとめ
急性心筋梗塞の予後は、壊死した心筋の量(梗塞サイズ)と、その結果生じた心機能障害の程度で決まります。梗塞サイズはCK(CK-MB)の最大値や心電図のST上昇の範囲に、心機能は左室駆出率、Forrester分類(肺動脈楔入圧18 mmHg・心係数2.2 L/分/m²で4群)、Killip分類に反映され、いずれも予後指標となります。一方、胸痛の強さは主観的で個人差が大きく、梗塞の大きさと相関しないため予後の指標にはなりません。糖尿病患者や高齢者では無痛性心筋梗塞として発症し、治療が遅れてかえって予後不良となることもあります。症状の強さではなく客観的な病態量で重症度を評価する姿勢は、急性冠症候群の診療全般で欠かせない考え方です。
解答・解説
正解はaです
急性心筋梗塞(AMI: acute myocardial infarction)の予後を左右する最大の要因は、「どれだけの量の心筋が壊死したか(梗塞サイズ)」と「その結果、ポンプとしての心機能がどれだけ損なわれたか(心不全・心原性ショックの有無)」である。したがって予後指標として有用なのは、梗塞の広がりや心機能障害の程度を客観的に反映する所見である。 本問の選択肢を整理すると次のようになる。 ・梗塞の量や範囲を反映するもの: CK(クレアチンキナーゼ)の最大値、心電図で広範な誘導にみられるST上昇 ・心機能障害(ポンプ機能・血行動態)を反映するもの: 左室駆出率、Forrester分類 ・患者の主観的な訴え: 胸痛の強さ 痛みの感じ方は個人差が大きく、梗塞の大きさや心機能とは必ずしも相関しない。むしろ糖尿病患者や高齢者では痛みが軽い、あるいはまったくない(無痛性心筋梗塞)ことがあり、受診や治療の遅れから予後が悪化することさえある。つまり「痛みが強い=重症」という関係は成り立たず、胸痛の強さは予後の指標とはならない。 「予後指標とならないもの」を選ぶには、各項目が梗塞サイズまたは心機能という客観的な病態量を反映しているかどうかを考えればよい。
選択肢考察
- ○a. 胸痛の強さ
胸痛の強さは患者の主観による訴えであり、疼痛閾値や性格、年齢、併存疾患によって大きく左右される。糖尿病では自律神経障害(糖尿病性神経障害)のため痛みを自覚しにくく、高齢者でも呼吸困難や倦怠感のみで発症する非典型例が多い。このような無痛性心筋梗塞では発見が遅れて再灌流療法の機会を逃し、心不全などを合併しやすい。逆に、痛みが激しくても梗塞範囲が小さいこともある。このように胸痛の程度は梗塞の大きさや心機能と相関しないため、予後の指標にはならない。したがって本問の正解である。
- ×b. 左室駆出率
左室駆出率(LVEF: left ventricular ejection fraction)は、拡張末期の左室容積のうち1回の収縮で駆出される割合であり、正常はおおむね55〜60%以上である。心筋梗塞で壊死した心筋は収縮しなくなるため、梗塞範囲が広いほどLVEFは低下する。LVEFの低下は心不全や致死性心室性不整脈(心室頻拍・心室細動)による突然死の危険と強く関連し、梗塞後の長期予後を予測する最も重要な指標の一つである。LVEFが著しく低下した例では植込み型除細動器(ICD)の適応が検討されるなど、治療方針の決定にも用いられる。予後指標となるため誤り。
- ×c. CKの最大値
CK(クレアチンキナーゼ)は心筋細胞が壊死して細胞膜が破綻すると血中に漏れ出す心筋逸脱酵素である(心筋特異性の高いアイソザイムはCK-MB)。発症後4〜6時間ころから上昇し、およそ24時間前後でピークに達する。壊死した心筋が多いほど血中に出るCKも多くなるため、CKの最大値(peak CK)は梗塞サイズを推定する目安となり、値が高いほど心機能低下や予後不良が予想される。なお早期に再灌流が得られると、閉じ込められていたCKが一気に洗い出されてピークが早まる(washout現象)ことも知っておくとよい。予後指標となるため誤り。
- ×d. 広範なST上昇
ST上昇は心内膜側から心外膜側まで壁全体に及ぶ貫壁性虚血を示す所見である。ST上昇がみられる誘導から責任冠動脈と梗塞部位を推定でき、例えばV1〜V6とⅠ・aVLに及ぶ広範なST上昇は左冠動脈主幹部や左前下行枝近位部の閉塞による広範前壁梗塞を示唆する。ST上昇の範囲が広いほど危険にさらされている心筋が多く、梗塞サイズが大きくなって心不全やショックを来しやすい。予後指標となるため誤り。
- ×e. Forrester分類
Forrester分類は、Swan-Ganzカテーテル(肺動脈カテーテル)で測定した肺動脈楔入圧(PCWP: 左房圧・左室拡張末期圧の代用、肺うっ血の指標)と心係数(CI: 心拍出量を体表面積で割った値、末梢低灌流の指標)により、急性心筋梗塞後の血行動態を4群に分けるものである。境界値はPCWP 18 mmHg、CI 2.2 L/分/m²である。Ⅰ群(うっ血なし・低灌流なし)からⅣ群(うっ血あり・低灌流あり)へ進むほど死亡率が高くなり、予後の推定に役立つ。さらに群ごとに利尿薬・血管拡張薬・強心薬・補助循環などの治療方針を選ぶ指針にもなる。予後指標となるため誤り。
Forrester分類
・Ⅰ群: PCWP ≦18 mmHg、CI >2.2 L/分/m²(肺うっ血なし・末梢循環不全なし)→ 経過観察・一般治療 ・Ⅱ群: PCWP >18 mmHg、CI >2.2(肺うっ血のみ)→ 利尿薬、血管拡張薬 ・Ⅲ群: PCWP ≦18 mmHg、CI ≦2.2(末梢循環不全のみ、脱水や右室梗塞などによる前負荷不足が多い)→ 輸液 ・Ⅳ群: PCWP >18 mmHg、CI ≦2.2(両方あり、心原性ショックを含む)→ 強心薬、血管拡張薬・利尿薬、大動脈内バルーンパンピング(IABP)などの補助循環 Ⅰ群からⅣ群へと死亡率が段階的に上昇する。
Killip分類
身体所見(聴診)だけで評価できるAMIの重症度分類で、侵襲的検査が不要なため来院時の評価に広く用いられる。 ・Ⅰ: 心不全徴候なし ・Ⅱ: 軽〜中等度心不全(肺野の50%未満でラ音、Ⅲ音) ・Ⅲ: 重症心不全・肺水腫(肺野の50%以上でラ音) ・Ⅳ: 心原性ショック クラスが上がるほど死亡率が高い。
急性心筋梗塞の予後規定因子
・短期予後不良因子: 高齢、女性、高血圧・糖尿病の合併、心筋梗塞の既往、来院時の心不全(KillipⅢ以上)、前壁梗塞や広範な梗塞、再灌流療法が行われなかったこと、など ・長期予後不良因子: 70歳以上の高齢、女性、心筋梗塞の既往、非Q波梗塞、来院時の心不全(KillipⅡ〜Ⅳ)、多枝病変、左室駆出率低下、急性期に再灌流療法が行われなかったこと、など
心筋バイオマーカーの推移(目安)
・心筋トロポニン(TnT, TnI): 心筋特異性が最も高く、発症数時間で上昇し1〜2週間程度高値が続く。現在の診断の中心である。 ・CK-MB: 4〜6時間で上昇、約24時間でピーク、2〜3日で正常化。 ・ミオグロビン、H-FABP(心臓型脂肪酸結合蛋白): 1〜2時間と早期に上昇するが特異性は低い。
POINT
・急性心筋梗塞の予後は「梗塞サイズ」と「心機能障害の程度」で決まる。 ・梗塞サイズの指標: CK(CK-MB)の最大値、ST上昇の範囲(広範前壁梗塞は予後不良) ・心機能の指標: 左室駆出率、Forrester分類(PCWP 18 mmHg・CI 2.2 L/分/m²)、Killip分類 ・胸痛の強さは主観的で梗塞の大きさと相関せず、予後指標にならない。糖尿病・高齢者の無痛性心筋梗塞はむしろ治療が遅れて予後不良になりやすい。
