心筋梗塞に「強心」は禁物―酸素の需要と供給で考える初期治療
第101回医師国家試験 E問題 第17問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,16~18の問いに答えよ。 59歳の男性。4時間持続する前胸部痛のために搬入された。 現病歴:1か月前から階段を上がった際に前胸部絞扼感を自覚した。安静にすると消失するので放置していた。本日早朝に前胸部絞扼感で覚醒した。しばらく我慢していたが次第に増強してきた。 既往歴:5年前から高血圧で降圧薬を服用している。 現症:意識は清明。身長168cm,体重82kg。体温36.6℃。呼吸数24/分。脈拍104/分,欠代あり。血圧160/94mmHg。冷汗を伴い,四肢は冷たい。心雑音はないが,奔馬調律を聴取する。呼吸音に異常を認めない。腹部は平坦で,肝・脾を触知しない。下肢に浮腫を認めない。 検査所見:尿所見:尿蛋白(-),糖1+。血液所見:赤血球480万,Hb 15.8g/dL,Ht 46%,白血球9,800,血小板48万。血液生化学所見:総蛋白7.6g/dL,クレアチニン1.0mg/dL,AST 88U/L,ALT 24U/L,CK 540U/L(基準40~200)。経皮的動脈血酸素飽和度〈SpO2〉96%。心電図(A)を示す。
治療として適切でないのはどれか。

- a.酸素吸入
- b.ヘパリン投与
- c.リドカイン投与
- d.アドレナリン投与
- e.ニトログリセリン投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
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ドクターまとめ
急性心筋梗塞の初期治療は、緊急PCIによる再灌流を柱に、アスピリン・P2Y12受容体拮抗薬・ヘパリンによる抗血栓療法、硝酸薬による前負荷・後負荷の軽減と冠拡張、強い胸痛へのモルヒネ、必要に応じた酸素投与と不整脈対策を組み合わせます。アドレナリンは心拍数・収縮力・後負荷を増やして心筋酸素需要を高め、心室性不整脈も誘発するため、心停止などの特殊な状況以外では急性心筋梗塞に用いません。硝酸薬は低血圧、右室梗塞、PDE5阻害薬服用中では避ける必要があり、酸素のルーチン投与やリドカインの予防投与は現在推奨されていない点も押さえておきましょう。治療の選択を「心筋の酸素の需要と供給のバランス」という一つの軸で理解しておくと、虚血性心疾患全般の薬物治療を体系的に整理できます。
解答・解説
正解はdです
症例の整理
高血圧と肥満があり、尿糖1+から耐糖能異常も疑われる59歳男性。1か月前から労作性狭心症の症状があり、本日安静時に始まった前胸部絞扼感が4時間持続している。心電図(A)ではV2〜V4(V5)を中心にST上昇があり、Ⅱ・Ⅲ・aVFにも軽度のST上昇を伴う。CK 540U/L、AST 88U/L(ALTは正常)と心筋逸脱酵素が上昇しており、主に前壁のST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)と診断される。
治療を考えるうえで重要な所見
・血圧160/94mmHgと高く、心拍数104/分と頻脈である。心臓の仕事量(心筋酸素消費量)は心拍数と収縮期血圧の積におおむね比例するため、この状態は虚血に陥った心筋にさらに負担をかけている。 ・冷汗、四肢冷感、奔馬調律、頻呼吸(24/分)は交感神経の強い緊張と左室機能の低下を示す。 ・脈の欠代は心室期外収縮の合併を示し、心室頻拍・心室細動といった致死性不整脈への移行に注意が必要である。
急性心筋梗塞の初期治療の考え方
治療目標は、①閉塞した冠動脈をできるだけ早く再開通させる(再灌流療法:緊急の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)または血栓溶解療法)、②血栓の拡大を防ぐ(抗血小板薬・抗凝固薬)、③心筋の酸素の需要と供給のバランスを改善して梗塞範囲の拡大を抑える、④致死性不整脈や心不全などの合併症に備える、の4点である。したがって、心筋の酸素需要をさらに増やす薬剤は、ショックなど特別な理由がない限り避けなければならない。設問は「適切でないもの」を問うている点に注意する。
選択肢考察
- ×a. 酸素吸入
適切な治療である。心筋への酸素供給を補い、虚血に陥った心筋の障害を和らげる目的で行う。本例は頻呼吸、冷汗・四肢冷感による末梢循環不全、奔馬調律による心機能低下の徴候があり、酸素投与を考慮すべき状況である。なお現在のガイドラインでは、低酸素血症(SpO2 90%未満)や心不全・ショックのない患者へのルーチンの酸素投与は推奨されておらず、SpO2を確認しながら必要に応じて投与するのが原則である。
- ×b. ヘパリン投与
適切な治療である。急性心筋梗塞は冠動脈のプラーク破綻部に形成された血栓による閉塞が本態である。未分画ヘパリンはアンチトロンビンの作用を強めてトロンビンや活性化第Ⅹ因子を阻害し、血栓の拡大や再閉塞を防ぐ。アスピリンなどの抗血小板薬と併用し、緊急PCIの際にも用いられる。投与前には大動脈解離や出血性疾患の合併がないことを確認する必要がある。
- ×c. リドカイン投与
本設問では適切な治療として扱われている。リドカインはⅠb群の抗不整脈薬(Naチャネル遮断薬)で、虚血心筋で生じる心室性不整脈を抑える作用がある。本例は脈の欠代から心室期外収縮の合併が考えられ、急性心筋梗塞の急性期は心室頻拍・心室細動が起こりやすい時期であるため、心室性不整脈の抑制目的で用いられる。ただし現在では、不整脈がない患者への予防的なリドカイン投与は死亡率を改善しないため推奨されておらず、持続する心室頻拍や繰り返す心室性不整脈に対して、アミオダロンなどとともに用いるという位置づけである。
- ○d. アドレナリン投与
適切でない治療であり、これが正解である。アドレナリンはα・β受容体を刺激し、心拍数の増加(β1作用)、心収縮力の増強(β1作用)、末梢血管の収縮による血圧上昇(α1作用)をもたらす。その結果、心筋酸素消費量が大きく増え、後負荷も増大するため、虚血心筋の障害と梗塞範囲の拡大を助長する。さらに心室の興奮性を高めて心室性不整脈を誘発しやすくする。本例はすでに血圧160/94mmHg・脈拍104/分と高く、ショック状態でもないため、投与する理由がない。アドレナリンの主な出番は心停止時の心肺蘇生やアナフィラキシーであり、心原性ショックでも通常はドブタミンやノルアドレナリンなどが先に用いられる。
- ×e. ニトログリセリン投与
適切な治療である。ニトログリセリン(硝酸薬)は主に静脈を拡張させて心臓に戻る血液量を減らし(前負荷の軽減)、高用量では動脈も拡張させて後負荷を下げ、心筋の酸素需要を減らす。また冠動脈を拡張し、冠攣縮を解除して心筋への血流を改善する。本例は血圧が高く、胸痛の緩和と血圧の是正にも役立つ。一方、収縮期血圧が90mmHg未満の低血圧、右室梗塞、高度の徐脈・頻脈、PDE5阻害薬(シルデナフィルなど)服用中の患者では、著しい血圧低下を招くため禁忌または慎重投与である。
急性心筋梗塞の初期治療(主なもの)
・再灌流療法:発症から12時間以内のSTEMIが適応の中心で、第一選択は緊急PCI(カテーテルで閉塞部をバルーンで広げステントを留置する)である。病院到着から再開通(バルーン拡張など)までを90分以内とすることが目標とされる。速やかにPCIを行えない場合は血栓溶解療法を考慮する。 ・抗血栓療法:アスピリン(噛み砕いて服用)とP2Y12受容体拮抗薬(クロピドグレル、プラスグレルなど)の2剤併用、およびヘパリンによる抗凝固療法。 ・硝酸薬:胸痛の緩和、前負荷・後負荷の軽減、冠動脈拡張。 ・鎮痛:硝酸薬で治まらない強い胸痛にはモルヒネを用いる。痛みによる交感神経緊張を和らげ、静脈拡張作用により肺うっ血も軽減する。 ・β遮断薬:心拍数と心収縮力を抑えて酸素需要を減らし、不整脈を予防する。心不全やショック、高度の徐脈・房室ブロックがあるときは避ける。 ・酸素投与:SpO2 90%未満や心不全がある場合に行う。
心筋酸素需要を決める因子
心拍数、心筋収縮力、壁張力(前負荷・後負荷)の3つが主な規定因子である。臨床的には「心拍数×収縮期血圧(二重積、ダブルプロダクト)」がよい指標となる。アドレナリンやイソプロテレノールはこれらを増やすため、虚血性心疾患では原則として避ける。
急性心筋梗塞の主な合併症
・不整脈:心室期外収縮、心室頻拍、心室細動(発症早期、特に数時間以内に多い)、房室ブロック(下壁梗塞で多い)。 ・ポンプ失調:心不全、心原性ショック。 ・機械的合併症:心室中隔穿孔、乳頭筋断裂による急性僧帽弁閉鎖不全、左室自由壁破裂(発症後数日〜1週間前後に多い)。 ・その他:左室瘤、壁在血栓による塞栓症、梗塞後症候群(Dressler症候群)。
POINT
・急性心筋梗塞の初期治療は、再灌流(緊急PCI)、抗血栓療法(アスピリン・P2Y12阻害薬・ヘパリン)、硝酸薬、鎮痛(モルヒネ)、必要に応じた酸素投与が柱。 ・アドレナリンは心拍数・収縮力・後負荷を増やして心筋酸素需要を高め、不整脈も誘発するため、心停止以外の急性心筋梗塞では用いない。 ・硝酸薬は低血圧(収縮期90mmHg未満)、右室梗塞、PDE5阻害薬服用中では避ける。 ・酸素はSpO2 90%未満や心不全時に投与し、ルーチン投与はしない(現在の考え方)。 ・リドカインは心室性不整脈の治療に用いるが、予防投与は推奨されない(現在の考え方)。
