「ポン」の後に始まった耳鳴とめまい―重い荷物が破った内耳の窓、外リンパ瘻
第99回医師国家試験 G問題 第11問
国試問題にチャレンジ
40歳の男性。耳鳴を訴えて来院した。昨日30kgの荷物を持ち上げたところ,右耳でポンという音が聞こえた。以後,右耳鳴,右難聴およびめまいが出現し,特に右側臥位で強くなるという。左向き水平回旋混合性眼振を認める。オージオグラムを示す。 診断はどれか。

- a.中毒性難聴〉
- b.突発性難聴
- c.外リンパ瘻
- d.Ménière病
- e.良性発作性頭位めまい症
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
重量物の挙上、いきみ、鼻かみ、気圧変化などで髄液圧や中耳圧が急変すると、正円窓膜や卵円窓が破れて外リンパが中耳へ漏れ、外リンパ瘻を生じます。発症時のpop音の自覚、一側性の感音難聴・耳鳴・めまい、患側を下にした体位での増悪が典型で、前庭機能低下を反映して健側向きの麻痺性眼振がみられることが多いです。突発性難聴は原因不明が前提、Ménière病は発作の反復と低音障害型難聴、BPPVは蝸牛症状を伴わない頭位性めまい、薬剤性難聴は原則両側性という点で鑑別します。治療は頭部挙上での安静など保存的治療が基本で、改善しなければ内耳窓閉鎖術を行い、診断にはCTP検出も用いられます。突然の難聴を診たら発症時の状況を丁寧に問診する姿勢こそが、見逃しを防ぐ第一歩になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・40歳男性。30kgの重い荷物を持ち上げた(いきみ動作)直後に、右耳で「ポン」という破裂音(pop音)を自覚している。 ・その後、右耳鳴、右難聴、めまいが出現した。症状は右側臥位(患側を下にした体位)で強くなる。 ・左向き(健側向き)の水平回旋混合性眼振がみられる。 ・オージオグラムでは右耳の気導閾値・骨導閾値がともに上昇し、両者の差(気導骨導差、air-bone gap)はほとんどない。すなわち右の感音難聴である。
診断へのプロセス
第一のポイントは発症の誘因とタイミングが明確なことである。重量物の挙上、強いいきみ、鼻かみ、くしゃみ、ダイビングや飛行機搭乗などでは、髄液圧(頭蓋内圧)や中耳圧が急激に変動する。この圧変化によって内耳窓(正円窓・卵円窓)の膜が破れ、外リンパが中耳腔へ漏れ出すのが外リンパ瘻である。発症時の「ポン」「パチッ」という破裂音の自覚(pop音)は外リンパ瘻に特徴的な病歴として知られている。 第二に、蝸牛症状(難聴・耳鳴)と前庭症状(めまい・眼振)が同側の内耳にそろって出現しており、障害が内耳全体に及んでいることがわかる。オージオグラムで感音難聴が示され、中耳(伝音系)ではなく内耳の障害であることが裏づけられる。 第三に、眼振の向きである。一側の前庭機能が低下すると、健側の前庭入力が相対的に優位となり、急速相が健側へ向かう眼振(麻痺性眼振)が生じる。本例の左向き眼振は右内耳の機能低下を示し、病歴・聴力所見と矛盾しない。また、患側を下にすると外リンパの漏出や内耳圧の変化が起こりやすく、症状が増悪することも外リンパ瘻の特徴に合う。 以上から、圧変化を誘因として急性に発症した一側性の感音難聴・耳鳴・めまいであり、外リンパ瘻と診断する。原因不明が前提の突発性難聴、発作を反復するMénière病、蝸牛症状を伴わない良性発作性頭位めまい症、両側性の薬剤性難聴は、いずれも本例の病像に合わない。
選択肢考察
- ×a. 中毒性難聴〉
薬剤性難聴(中毒性難聴)は、アミノグリコシド系抗菌薬(ストレプトマイシン、カナマイシンなど)、白金製剤(シスプラチン)、ループ利尿薬、サリチル酸などの内耳毒性をもつ薬剤で起こる感音難聴である。全身投与された薬剤が両側の内耳に作用するため、原則として両側性で、高音域から障害されることが多い。本例は一側性であり、薬剤使用歴もなく、重量物挙上という物理的な誘因がはっきりしているため該当しない。
- ×b. 突発性難聴
突発性難聴は、突然発症する原因不明の感音難聴で、多くは一側性である。耳鳴やめまいを伴うこともあり、症状の組み合わせだけでは本例と似ている。しかし定義上「原因がはっきりしないもの」であり、本例のように重量物挙上直後のpop音という明確な誘因がある場合は、まず外リンパ瘻を考えるべきである。突発性難聴と診断された症例の中に外リンパ瘻が紛れていることがあるため、発症時の状況を必ず問診することが重要である。
- ○c. 外リンパ瘻
外リンパ瘻は、いきみ・重量物挙上・鼻かみ・気圧変化・頭部外傷などによる髄液圧や中耳圧の急激な変動を契機に、正円窓膜や卵円窓(アブミ骨輪状靱帯)が破綻し、外リンパが中耳へ漏れる病態である。発症時のpop音、一側性の感音難聴、耳鳴、めまいが典型であり、患側を下にした体位や圧負荷で症状が増悪しやすい。本例は、明確な誘因、pop音の自覚、右の感音難聴、健側(左)向きの眼振、患側下での増悪がすべてそろっており、外リンパ瘻に合致する。
- ×d. Ménière病
Ménière病は内リンパ水腫を本態とし、回転性めまい発作に難聴・耳鳴・耳閉感といった蝸牛症状を伴い、これを反復するのが特徴である。発作は数十分から数時間続き、初期の難聴は低音障害型の感音難聴で、変動を示す。本例は明確な誘因に続いて初めて発症したものであり、発作の反復もないため、Ménière病とは考えにくい。
- ×e. 良性発作性頭位めまい症
良性発作性頭位めまい症(BPPV)は、耳石器から剝がれた耳石が半規管に入り込むことで、特定の頭位変換時に短時間(多くは1分以内)の回転性めまいが起こる疾患である。頭位でめまいが強まる点は本例と共通するが、BPPVは内耳の蝸牛には影響せず、難聴や耳鳴を伴わない。本例は明らかな感音難聴と耳鳴を伴っているため該当しない。
外リンパ瘻の概要
内耳は、骨迷路の中に膜迷路が収まった構造で、膜迷路の内側を内リンパ、外側を外リンパが満たしている。外リンパ瘻は、この外リンパが内耳窓(正円窓・卵円窓)や骨の微小な裂け目などを通って中耳側へ漏れ出し、内耳機能が障害される病態である。
原因
・内因性(explosive route):いきみ、重量物挙上、咳、くしゃみなどで髄液圧が上昇し、蝸牛小管などを介して内耳圧が上がり、内側から窓膜が破れる。 ・外因性(implosive route):鼻かみ、飛行機搭乗、スキューバダイビングなどで中耳圧が急変し、外側から窓膜が破れる。 ・そのほか、頭部外傷、アブミ骨手術などの耳科手術、真珠腫による骨破壊などでも起こる。
症状・所見
・発症時のpop音(破裂音)の自覚 ・一側性の感音難聴(急激に発症するほか、変動したり段階的に進行したりすることもある)、耳鳴、耳閉感 ・めまい、平衡障害。患側を下にした体位や圧負荷で増悪しやすい ・瘻孔症状(外耳道に陽圧・陰圧をかけるとめまいや眼振が誘発される)が陽性となることがある ・前庭機能低下を反映して、健側向きの眼振がみられることが多い
診断
病歴(誘因とpop音)が最も重要である。確定には、手術時に漏出部位や外リンパの漏出を確認するか、中耳洗浄液から外リンパ特異的蛋白であるCTP(cochlin-tomoprotein)を検出する方法が用いられる。
治療
まず頭部挙上位での安静と、いきみ・鼻かみを避けるなどの保存的治療を行う。改善しない場合や症状が進行する場合は、試験的鼓室開放術を行い、瘻孔部を筋膜や脂肪などで閉鎖する内耳窓閉鎖術を行う。
眼振の向きの考え方
一側の前庭機能が低下すると、健側の入力が相対的に強くなり、急速相が健側へ向かう眼振(麻痺性眼振)が出る。一方、発症直後など患側の前庭が刺激されている状態では、患側向きの眼振(刺激性眼振)が出ることがある。
POINT
・重量物挙上・いきみ・鼻かみ・気圧変化などの圧変動を誘因とし、pop音とともに発症した一側性の感音難聴・耳鳴・めまいは、外リンパ瘻を考える。 ・患側を下にした体位での症状増悪、瘻孔症状陽性も手がかりとなる。 ・突発性難聴は原因不明が前提であり、明確な誘因があれば外リンパ瘻をまず疑う。 ・Ménière病は発作の反復と低音障害型難聴、BPPVは蝸牛症状を伴わない頭位性めまい、薬剤性難聴は両側性が原則である。 ・一側の前庭機能低下では健側向きの眼振(麻痺性眼振)が出る。
