アルコールが効かない相手―ノロウイルス院内感染を防ぐ3つの鍵
第120回医師国家試験 E問題 第48問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,47,48の問いに答えよ。 74歳の男性。嘔吐,腹痛および下痢を主訴に来院した。 現病歴:2日前に生牡蠣〈カキ〉を摂取後,昨夜から上記症状を認め,食欲低下,頻回の嘔吐および水様下痢が継続している。 既往歴:25歳時に急性虫垂炎で手術。 生活歴:喫煙歴はない。飲酒は機会飲酒。 家族歴:特記すべきことはない。 現症:意識レベルはJCSⅡ-10。身長168cm,体重52kg。体温37.8℃。脈拍132/分,整。血圧82/76mmHg。呼吸数30/分。SpO2 95%(room air)。毛細血管再充満時間3秒。皮膚は乾燥しており,ツルゴールは低下している。口腔内は乾燥している。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部はやや膨満しており,軽度の圧痛があるが,反跳痛はない。 検査所見:血液所見:赤血球520万,Hb 14.8g/dL,Ht 48%,白血球18,200,血小板21万。血液生化学所見:総蛋白6.5g/dL,アルブミン3.0g/dL,総ビリルビン1.2mg/dL,AST 20U/L,ALT 30U/L,LD 140U/L(基準124~222),ALP 80U/L(基準38~113),γ-GT 240U/L(基準13~64),尿素窒素38mg/dL,クレアチニン1.6mg/dL,Na 145mEq/L,K 4.8mEq/L,Cl 101mEq/L。CRP 2.8mg/dL。便中ノロウイルス抗原陽性。
個室に入院のうえ治療を継続することとした。 この患者に関する院内感染対策で正しいのはどれか。
- a.共用トイレの使用を許可する。
- b.病室のドアノブは頻回に消毒する。
- c.診察時にはN95マスクの着用を要する。
- d.患者が使用した食器はアルコールで消毒する。
- e.吐物の処理時に使用した手袋は一般廃棄物として処理する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
ノロウイルスは接触感染(糞口感染)が主体で、ごく少量で感染し、環境中で長く感染性を保ち、エンベロープをもたないためアルコールが効きにくいという特徴があります。院内では標準予防策に接触予防策を加え、ドアノブなどの高頻度接触面を次亜塩素酸ナトリウムで頻回に消毒し、トイレは患者専用とし、食器は加熱や次亜塩素酸ナトリウムで処理します。空気感染ではないためN95マスクは不要ですが、吐物処理時はサージカルマスクを着用し、使用した手袋などは感染性廃棄物として扱います。病原体の感染経路と消毒薬感受性から対策を導く考え方は、ロタウイルスやC. difficileなど他の病原体の感染対策にもそのまま応用できます。
解答・解説
正解はbです
症例の確認
74歳の男性が生牡蠣の摂取後に嘔吐と水様下痢をきたし、便中ノロウイルス抗原陽性からノロウイルス胃腸炎と診断された。頻脈・低血圧・意識障害・皮膚や口腔の乾燥・CRT延長を伴い、高度脱水による循環血液量減少性ショックと腎前性急性腎障害を合併しているため、細胞外液補充液の輸液を行いながら入院治療を継続する。本問では、個室に収容したこの患者に対する院内感染対策が問われている。
院内感染対策を考える前提
ノロウイルス対策の選択肢を判断するには、次の3つの性質を押さえておけばよい。 1. 感染経路:主体は接触感染(糞口感染)である。患者の便・吐物に含まれるウイルスが手指や環境表面を介して他者の口に入る。吐物処理の際には飛び散った飛沫や、乾燥した吐物から舞い上がった粒子を吸い込む(飲み込む)ことによる感染もありうるが、結核・麻疹・水痘のような空気感染症ではない。 2. 感染力と環境での生存:10〜100個程度のわずかなウイルス量で感染が成立するとされ、便や吐物には大量のウイルスが含まれる。環境表面でも長期間感染性を保つ。症状が治まった後も1週間から1か月程度、便中にウイルスが排出されることがある。 3. 消毒薬への抵抗性:エンベロープをもたないため、エタノールなどのアルコール系消毒薬が効きにくい。環境や物品の消毒には次亜塩素酸ナトリウムや加熱を用い、手指衛生は流水と石けんによる手洗いを基本とする。 したがって、標準予防策に加えて接触予防策を行い、患者専用のトイレ、高頻度接触面の次亜塩素酸ナトリウムによる頻回な消毒、汚染物の感染性廃棄物としての処理などが対策の柱となる。
選択肢考察
- ×a. 共用トイレの使用を許可する。
ノロウイルスは便中に大量に排出され、排便時や水を流す際に便座・レバー・ドアノブなどが汚染される。共用トイレを使わせると、ほかの入院患者や職員への接触感染の原因となる。原則として個室内のトイレやポータブルトイレなど患者専用のものを使用させ、やむを得ず共用する場合も使用のたびに次亜塩素酸ナトリウムで消毒する必要がある。
- ○b. 病室のドアノブは頻回に消毒する。
ドアノブ、ベッド柵、床頭台、手すり、照明スイッチなど多くの人の手が触れる高頻度接触面は、ウイルスを他者へ運ぶ中継点になる。ノロウイルスは環境中で長く感染性を保ち、ごく少量で感染するため、これらの表面を頻回に消毒することが接触感染の防止に有効である。消毒にはアルコールではなく次亜塩素酸ナトリウム(環境表面ではおおむね0.02%)を用いる。金属を腐食させるため、消毒後は水拭きをするとよい。
- ×c. 診察時にはN95マスクの着用を要する。
N95マスクは、結核・麻疹・水痘など空気感染(飛沫核感染)する病原体への対策として用いる高性能マスクである。ノロウイルスの主な感染経路は接触感染であり、通常の診察では手袋・ガウン(エプロン)などの接触予防策で対応し、N95マスクは不要である。ただし嘔吐物の処理や嘔吐している患者のケアでは、飛び散った飛沫を口や鼻から取り込むのを防ぐためにサージカルマスクを着用する。
- ×d. 患者が使用した食器はアルコールで消毒する。
ノロウイルスは脂質の外膜(エンベロープ)をもたないため、膜を壊して効果を発揮するアルコールは効きにくく、消毒としては不十分である。食器は洗浄のうえ、熱水(85〜90℃で90秒以上が目安)による加熱処理や、次亜塩素酸ナトリウム(0.02%程度)への浸漬で消毒する。使い捨ての食器を用いる方法もある。
- ×e. 吐物の処理時に使用した手袋は一般廃棄物として処理する。
吐物や便には大量のウイルスが含まれており、それに触れた手袋、ペーパータオル、ガウンなどは感染源となる。医療機関ではこれらを感染性廃棄物として扱い、ビニール袋などで密閉したうえで所定の方法で廃棄する。一般廃棄物として処理すると、回収・運搬に携わる人や周囲の環境に感染を広げるおそれがある。
吐物・便の処理手順(要点)
・処理者は使い捨ての手袋、マスク、エプロン(ガウン)を着用する。 ・吐物は外側から内側に向かって、ペーパータオルなどで静かに拭き取り、飛散を防ぐ。拭き取ったものはビニール袋に入れて密閉する。 ・汚染された床などは、次亜塩素酸ナトリウム(吐物・便で汚染された場所ではおおむね0.1%)を染み込ませた布で覆うか浸すように拭き、その後水拭きする。 ・処理中・処理後は窓を開けるなどして換気する。乾燥した吐物からウイルスが舞い上がることがあるため、放置せず速やかに処理する。 ・手袋を外した後は、流水と石けんで十分に手を洗う。
次亜塩素酸ナトリウムの濃度の目安
・便・吐物が付着した床や物品:0.1%(1,000ppm) ・ドアノブ、手すり、便座などの環境表面、食器・衣類の浸漬:0.02%(200ppm)
手指衛生
アルコール手指消毒薬はノロウイルスに対する効果が限定的であるため、患者や汚染物に触れた後は流水と石けんによる手洗いを行う。石けん自体にウイルスを失活させる力は乏しいが、こすり洗いと流水で物理的に洗い流すことが重要である。
感染経路別予防策の整理
・接触予防策:ノロウイルス、ロタウイルス、クロストリディオイデス・ディフィシル、MRSA、疥癬など。手袋・ガウン、個室管理、物品の専用化。 ・飛沫予防策:インフルエンザ、風疹、流行性耳下腺炎、百日咳、マイコプラズマなど。サージカルマスク。 ・空気予防策:結核、麻疹、水痘(播種性帯状疱疹を含む)。陰圧個室、N95マスク。
アルコールが効きにくい病原体
エンベロープをもたないウイルス(ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルスなど)や、芽胞を形成する細菌(クロストリディオイデス・ディフィシルなど)はアルコールが効きにくく、次亜塩素酸ナトリウムや流水と石けんによる手洗いが重要である。
POINT
・ノロウイルスの主な感染経路は接触感染(糞口感染)。標準予防策+接触予防策で対応し、N95マスクは不要。 ・アルコールは効きにくい → 環境・物品は次亜塩素酸ナトリウムまたは加熱、手指は流水と石けんで洗う。 ・ドアノブなどの高頻度接触面は頻回に消毒し、トイレは患者専用とする。 ・吐物・便の処理に使った手袋などは感染性廃棄物として処理する。吐物処理時はサージカルマスクを着用する。
