StudyMed医師国家試験

緩和ケアは「最後の手段」ではない―がん対策基本法が示す「診断の時から」

第120回医師国家試験 E問題 第16問

国試問題にチャレンジ

第120回 E問題 第16問

がん対策基本法において,がん患者への緩和ケアの提供が開始されるべき時期で適切なのはどれか。

  1. a.がんと診断された時
  2. b.がんの治療を開始する時
  3. c.がんが再発した時
  4. d.がんが根治不能となった時
  5. e.がんによる終末期

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、がん医療のなかで緩和ケアをいつ始めるべきか、という問題だ。選択肢はどれも病気の経過のある時点だから、緩和ケアをどういうものと捉えているかがそのまま問われている。法律の規定と、その背景にある考え方をあわせて整理しよう。
医学生医学生
緩和ケアというと、治療ができなくなった方が受けるもの、というイメージが正直まだあります。
ドクタードクター
それは多くの人が持っているイメージだし、かつては医療者の間でもそう受け止められていた。でも今は考え方が大きく変わっている。がん対策基本法では、緩和ケアが「診断の時から」適切に提供されるようにすることが明記されているんだ。
医学生医学生
ということは、がんと診断された時が正解ですね。でも診断直後は、まだ痛みなどの症状がない人も多いのではないでしょうか。
ドクタードクター
いい疑問だね。ここで大事なのは、緩和ケアが対象にする苦痛は身体の痛みだけではない、という点だ。がんの苦痛は、身体的、精神的、社会的、スピリチュアルの4つが互いに影響し合う全人的苦痛、トータルペインとして捉えられる。
医学生医学生
医療倫理や緩和医療の講義で習った、4つの円が重なる図ですね。
ドクタードクター
そう、それだ。告知を受けた瞬間から、患者さんは強い不安や抑うつ、仕事や家計、家族のこと、そして「なぜ自分が」という問いを抱える。だから身体症状がなくても、診断時から苦痛を評価し、対応を始める必要があるんだ。
医学生医学生
では、治療を開始する時から、というのはなぜ違うのでしょう。治療と並行して行うのなら、それで十分な気もします。
ドクタードクター
並行して行うという点は正しい。ただ、診断から治療開始までの間にも、告知のショックや治療法を選ぶことへの不安がある。その時期を取りこぼさないために、法律は治療開始よりも前の診断時を開始時期としているんだ。
医学生医学生
再発した時や根治不能になった時は、まさに緩和ケアが必要な時期のように思えますが……。
ドクタードクター
必要性が高まる時期であるのは確かだ。でも、そこまで始めないとすると、初回治療中の苦痛を見過ごしてしまう。「根治できなくなったら緩和ケアに切り替える」という考え方は、緩和ケアを抗がん治療の代わりの最終手段とみなす古い捉え方なんだ。
医学生医学生
終末期だけのケアと考えるのも、同じ誤解ということですね。
ドクタードクター
その通り。終末期は緩和ケアの比重がいちばん大きくなる時期だけど、緩和ケアと終末期医療を同一視すると、導入が遅れるうえに、患者さんが「緩和ケアを勧められた=見放された」と感じて受診をためらうことにもつながる。現在は、診断時から抗がん治療と並行して始め、病状が進むにつれて比重を増やしていくイメージで考えるんだ。
医学生医学生
臨床実習で腫瘍内科を回ったとき、化学療法中の患者さんのところに緩和ケアチームが来て、吐き気や不眠の相談に乗っていました。あれがまさにそうなんですね。
ドクタードクター
まさに良い例だね。緩和ケアは医師、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー、心理職などの多職種チームで提供される。がん診療連携拠点病院には緩和ケアチームや緩和ケア外来、がん相談支援センターの設置が求められていて、がん診療に携わる医師向けの緩和ケア研修会も全国で行われている。
医学生医学生
がん対策基本法そのものについても、ほかに押さえておくべきことはありますか。
ドクタードクター
2006年に制定され、2016年に改正された法律で、これに基づいて国はがん対策推進基本計画を、都道府県は都道府県がん対策推進計画を策定する。がん予防と検診の推進、どこでも標準的な医療を受けられるようにする均てん化、がん登録、就労支援などが柱だ。WHOの定義でも、緩和ケアは病気の早い段階から延命目的の治療と組み合わせて適用できるとされていて、対象には患者さんだけでなく家族も含まれる。最近では心不全やCOPDなど、がん以外の病気にも対象が広がっているよ。
医学生医学生
緩和ケアは「最期のため」ではなく「診断の時から生活の質を支えるため」のもの、と覚えておきます。

まとめ

がん対策基本法では、緩和ケアが「診断の時から」適切に提供されるようにすることが定められています。がん患者は告知を受けた時点から、身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛が重なり合う全人的苦痛を抱えるため、治療開始・再発・根治不能・終末期まで待つのではなく、診断時から抗がん治療と並行して緩和ケアを始め、病状の進行に応じて比重を増やしていきます。緩和ケアは多職種チームで提供され、患者だけでなく家族も対象とし、WHOの定義でも病気の早い段階から適用できるとされています。緩和ケアを終末期医療と同一視する誤解は導入の遅れや患者の受診控えにつながるため、正しい位置づけを理解しておくことは、将来どの診療科に進んでもがん患者を支えるうえで欠かせません。

解答・解説

正解はaです

テーマ

がん医療における緩和ケアの位置づけと、それを定めた法律の規定を問う問題である。

要点

がん対策基本法(2006年制定、2016年改正)は第17条で、がん患者の療養生活の質の維持向上のための施策として、緩和ケアが「診断の時から」適切に提供されるようにすることを国・地方公共団体に求めている。 緩和ケアはかつて、「治療の手段がなくなった終末期に行うケア」と受け止められることが多かった。しかし実際には、がん患者は診断を告げられた時点から、痛みなどの身体症状だけでなく、不安や抑うつといった精神的苦痛、仕事・家計・家族に関する社会的な問題、生きる意味に関わるスピリチュアルな苦痛など、多面的な苦痛を抱える。そのため現在では、がんの診断時から抗がん治療と並行して緩和ケアを提供し、病状の進行に応じてその比重を増やしていくという考え方が基本になっている。

考え方

選択肢はいずれも病気の経過上の時点であり、最も早い時点である「診断された時」が法律の定める開始時期にあたる。治療開始、再発、根治不能、終末期のいずれかまで待つという考え方は、緩和ケアが必要な時期を不当に遅らせることになる。

選択肢考察

  1. ○a.  がんと診断された時

    がん対策基本法第17条には、緩和ケアが診断の時から適切に提供されるようにすることが明記されている。がんの告知を受けた時点から、患者は精神的な衝撃や不安、今後の生活への心配などの苦痛を抱えるため、この時期から苦痛を評価し対応を始めることが求められる。正しい。

  2. ×b.  がんの治療を開始する時

    緩和ケアは抗がん治療と並行して行われるものだが、開始時期は治療開始時ではなく、それより前の診断時である。診断から治療開始までの期間にも、告知による精神的苦痛や治療選択に伴う不安などがあり、緩和ケアの対象となる。誤りである。

  3. ×c.  がんが再発した時

    再発は患者にとって大きな精神的打撃となり、緩和ケアの必要性が高まる時期ではある。しかし、再発まで緩和ケアを始めないという考え方は、初回診断・初回治療の時期の苦痛を見過ごすことになる。法律が定める開始時期は診断時であり、誤りである。

  4. ×d.  がんが根治不能となった時

    「根治できなくなったら緩和ケアに切り替える」という考え方は、緩和ケアを抗がん治療の代わりの最終手段とみなす古い捉え方である。現在は、根治を目指して治療している時期から緩和ケアを並行して行う。誤りである。

  5. ×e.  がんによる終末期

    終末期は緩和ケアの比重が最も大きくなる時期だが、緩和ケアは終末期だけに限定されたケアではない。緩和ケアを終末期医療と同一視することは、緩和ケアの導入の遅れや、患者が「緩和ケア=見放された」と感じて受診をためらう誤解につながる。誤りである。

がん対策基本法

2006年に制定(2007年施行)され、2016年に改正された法律で、がん対策を総合的・計画的に進めるための基本理念や国・地方公共団体・医療保険者・国民・医師等の責務を定めている。この法律に基づき、国は「がん対策推進基本計画」を策定し、都道府県は「都道府県がん対策推進計画」を策定する。主な施策として、がん予防・早期発見(がん検診)の推進、がん医療の均てん化(どこに住んでいても標準的な医療を受けられるようにすること)、がん登録、がん研究の推進、がん患者の就労支援・療養生活の質の維持向上などが挙げられる。 同法第15条では、緩和ケアを、がんその他の特定の疾病にかかった人の身体的・精神的な苦痛や社会生活上の不安を和らげ、療養生活の質の維持向上を図ることを主な目的とする治療・看護などの行為と定義している。

WHOによる緩和ケアの定義(2002年)

生命を脅かす疾患に伴う問題に直面する患者と家族に対し、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し、的確に評価・対処することで、苦痛を予防し和らげ、生活の質(QOL)を改善するアプローチとされている。病気の早い段階から、延命を目的とする治療と組み合わせて適用できることが明記されている。

全人的苦痛(トータルペイン)

がん患者の苦痛は、身体的苦痛(痛み、呼吸困難、倦怠感など)、精神的苦痛(不安、抑うつ、いらだち)、社会的苦痛(仕事、経済、家族の問題)、スピリチュアルな苦痛(生きる意味、死への恐怖、罪の意識)の4つが互いに影響し合う全人的なものと捉えられる。緩和ケアはこれらすべてを対象とし、医師、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー、心理職などの多職種チームで提供される。

緩和ケアの提供体制

がん診療連携拠点病院には緩和ケアチームや緩和ケア外来の設置、がん相談支援センターの設置などが求められている。また、がん診療に携わる医師を対象とした緩和ケア研修会が全国で行われている。緩和ケアは入院だけでなく外来・在宅でも提供され、がん以外の疾患(心不全、COPDなど)にも対象が広がっている。

POINT

・がん対策基本法第17条:緩和ケアは「診断の時から」適切に提供されるようにする。 ・緩和ケアは終末期に限らず、抗がん治療と並行して行い、病期の進行に応じて比重を増やす。 ・対象は身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛(全人的苦痛)であり、患者だけでなく家族も含む。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。