息子さんの「蘇生してください」にどう応えるか―在宅看取りで守るべき本人の意思
第120回医師国家試験 E問題 第31問
国試問題にチャレンジ
56歳の女性。大腸癌の末期で在宅療養中である。夫と2人暮らし。訪問診療の開始時に本人および同居している夫と話し合い,心肺蘇生処置をしない方針(DNAR)で合意され診療録に記載してある。徐々に全身状態は悪化し,数日前から食事量が低下していた。昨日に意識がもうろうとしたため往診したところ,収縮期血圧が80mmHg台に低下し,尿量が減少していた。今朝,呼吸が停止していると夫から連絡があった。1時間後患者を診察し,呼吸停止と瞳孔散大を確認した。夫にDNARの方針は変わっていないことを確認したが,別居の息子から心肺蘇生処置を希望された。 息子への説明で適切なのはどれか。
- a.「救急搬送します」
- b.「胸骨圧迫をはじめます」
- c.「人工呼吸をはじめます」
- d.「お母さんの意思(DNAR)を尊重しましょう」
- e.「電気ショック(電気的除細動)を試してみます」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
本人が判断能力のある時期に家族や医療者と話し合って決め、記録されたDNARは、終末期医療で最優先される本人の意思であり、別居の家族が蘇生を希望してもそれを覆すことはできません。末期癌の予期された経過での心肺停止では、救急搬送や胸骨圧迫、人工呼吸、電気的除細動を行っても回復は望めず、本人の尊厳を損なうことになります。医師は家族の動揺や悲しみに配慮しつつ、本人がどのような思いで方針を選んだのかを説明し、自宅で死亡を確認して看取りを行います。DNARは蘇生を試みない指示に限られ、緩和ケアなどほかのケアの中止を意味しないこと、ACP(人生会議)で別居の家族も含めて意思を共有しておくことが重要です。在宅医療が広がるなか、本人の意思を軸にした看取りの対応は、どの診療科に進んでも求められる基本的な姿勢です。
解答・解説
正解はdです
状況の整理
・56歳女性。末期の大腸癌で在宅療養中であり、夫と2人で暮らしている。 ・訪問診療の開始時に、本人・同居の夫・医療者の三者で話し合い、心肺停止時に心肺蘇生を行わない方針(DNAR:Do Not Attempt Resuscitation)に合意し、その内容を診療録に記載している。本人の意思が、判断能力のある時期に、家族を交えた話し合いを経て明確に示され、記録されていることになる。 ・数日前から食事量が減り、前日には意識がもうろうとし、収縮期血圧80mmHg台、尿量減少と、癌の終末期に典型的な経過で全身状態が悪化していた。すなわち予期された経過での死である。 ・今朝、呼吸停止に夫が気付き、1時間後の診察で呼吸停止と瞳孔散大が確認された。 ・夫はDNARの方針に変わりがないことを確認したが、話し合いに参加していなかった別居の息子が心肺蘇生を希望している。
考え方
終末期医療の方針決定で最も尊重されるべきなのは、患者本人の意思である(自己決定権の尊重)。本例では本人の意思が事前に明確に示され、記録され、同居家族も現在までその方針を支持している。家族の一員が異なる希望を述べたとしても、それによって本人の意思を覆すことはできない。 また医学的にも、本例は治癒の見込みのない癌の終末期において、予期された経過で心肺停止に至り、発見から少なくとも1時間以上が経過している。この状況で心肺蘇生を行っても救命や意味のある回復は期待できず、むしろ患者の尊厳を損ない、身体に苦痛や損傷を与える行為となる。 したがって医師は、心肺蘇生や救急搬送は行わず、本人が生前に示した意思(DNAR)を尊重すべきことを、息子の驚きや悲しみに配慮しながら丁寧に説明する。そのうえで死亡を確認し、死亡診断書を作成して看取りを行う。
選択肢考察
- ×a. 「救急搬送します」
救急搬送(119番通報)は、救命処置を受けるために病院へ運ぶ行為である。救急隊は原則として心肺停止の傷病者に心肺蘇生を行いながら搬送するため、本人が拒否していた蘇生処置が行われる結果になりうる。本例は在宅で看取ることを前提に訪問診療医が関わっており、予期された経過での死亡であるから、かかりつけの医師が自宅で死亡を確認すればよい。搬送は本人の意思に反し、医学的な意義もない。
- ×b. 「胸骨圧迫をはじめます」
胸骨圧迫は心肺蘇生の中心となる処置であり、DNARで行わないと合意した処置そのものである。末期癌で予期された経過の心肺停止、しかも発見から1時間以上経過した状態では蘇生の見込みはなく、肋骨骨折など身体の損傷を加えるだけで患者の尊厳を損なう。別居家族の希望を理由に本人の意思に反して実施すべきではない。
- ×c. 「人工呼吸をはじめます」
人工呼吸(バッグバルブマスク換気や気管挿管による換気)も心肺蘇生に含まれる処置であり、DNARの対象である。本人が拒否していた処置であり、医学的にも回復は望めないため行うべきではない。
- ○d. 「お母さんの意思(DNAR)を尊重しましょう」
DNARは、判断能力のあった時期に本人が同居の夫・医療者と話し合って決定し、診療録に記録された本人の意思である。夫もその方針に変わりがないことを確認している。終末期医療では本人の意思決定が最優先されるため、息子の希望によってこれを覆すべきではない。息子は話し合いに加わっていなかったため、急な死に直面して蘇生を求める気持ちは自然なものである。その心情を受け止めつつ、母親がどのような経緯でこの方針を選んだのか、蘇生処置が母親にとってどのような意味を持つのかを説明し、本人の意思に沿った看取りへの理解を得るよう努める。
- ×e. 「電気ショック(電気的除細動)を試してみます」
電気的除細動は心室細動や無脈性心室頻拍に対して行う心肺蘇生の一部であり、DNARの対象である。癌の終末期に全身状態が徐々に悪化して迎えた心停止は、通常、除細動の適応となる心室細動ではなく心静止などの波形であり、発見から1時間以上経過している点からも効果は期待できない。本人の意思にも反するため行うべきではない。
DNARとは
DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)は、心肺停止時に心肺蘇生(胸骨圧迫、人工呼吸、電気的除細動、昇圧薬投与など)を試みないという指示である。かつてはDNR(Do Not Resuscitate)と呼ばれたが、「蘇生できるのにしない」という誤解を避けるため、「蘇生を試みない」意味でDNARが用いられるようになった。DNARは心停止時の蘇生に関する指示に限られ、疼痛緩和や栄養・輸液、酸素投与など他の治療やケアを差し控えることを意味しない。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)
将来の医療・ケアについて、本人を主体に、家族など信頼できる人や医療・ケアチームが繰り返し話し合い、本人の価値観や希望を共有するプロセスである(愛称「人生会議」)。厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、本人の意思決定を基本とし、話し合いの内容をその都度文書にまとめておくこと、本人が意思表示できなくなった場合に備えて家族等の信頼できる者も含めて話し合っておくことが推奨されている。本例のように、普段同居していない家族が最期の場面で異なる意見を述べることは臨床上よくあり、可能であれば別居の家族も含めて事前に情報を共有しておくことが望ましい。
患者の権利
世界医師会のリスボン宣言(患者の権利に関する宣言)では、患者の自己決定の権利や、尊厳を得る権利(人間的な終末期ケアを受け、できる限り尊厳を保ち安楽に死を迎えるための援助を受ける権利)がうたわれている。
在宅での看取りと死亡診断
・医師法第20条ただし書により、診療中の患者が最後の診察から24時間以内に診療中の傷病で死亡した場合は、改めて死後の診察をせずに死亡診断書を交付できる。 ・24時間を超えていても、医師が死後に診察し、生前に診療していた傷病に関連する死亡と判断できれば死亡診断書を交付できる(警察への届出は不要)。 ・死亡の確認は、呼吸停止・心拍停止・瞳孔散大(対光反射消失)の3徴候で行う。
POINT
・終末期医療の方針は患者本人の意思が最優先。家族の一部が異なる希望を示しても本人の意思を覆さない。 ・DNARは心肺停止時に蘇生(胸骨圧迫・人工呼吸・除細動など)を試みない指示であり、他の治療やケアの中止を意味しない。 ・ACP(人生会議)で本人・家族・医療者が繰り返し話し合い、記録を残すことが重要。 ・予期された在宅での死亡では救急搬送せず、かかりつけ医が死亡を確認し死亡診断書を作成する。 ・異なる意見の家族には心情に配慮しつつ、本人の意思と決定の経緯を説明する。
