「どこまで歩けるようになる?」は誰に聞く―人工骨頭置換術後のリハビリと多職種連携
第120回医師国家試験 E問題 第32問
国試問題にチャレンジ
85歳の女性。右大腿骨頸部骨折のため入院し,人工骨頭置換術を受けた。術後3日目にリハビリテーションが開始された。術後2週間の時点で座位への体位変換にも軽介助が必要で,歩行器で3m歩行が可能な状態である。認知機能には問題なく意思疎通が可能である。むせることはなく食事を摂取できている。担当医は現時点で,退院先を検討するにあたり,リハビリテーションによるADLの改善の見込み及び必要なリハビリテーションの期間について,情報収集が必要と判断した。 担当医が初めに情報を求めるべき職種はどれか。
- a.管理栄養士
- b.言語聴覚士
- c.作業療法士
- d.理学療法士
- e.医療ソーシャルワーカー
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
退院先を検討するためにリハビリによるADL改善の見込みと期間を知りたいとき、まず情報を求めるべきなのは、患者の問題に最も直接関わる職種です。大腿骨頸部骨折の人工骨頭置換術後で、起き上がりや歩行といった基本的動作に介助を要する本例では、基本的動作能力の回復を担い、筋力・関節可動域・歩行能力を継続的に評価している理学療法士が適切です。作業療法士は食事・更衣・排泄などの応用的動作、言語聴覚士は言語・聴覚・嚥下、管理栄養士は栄養管理、医療ソーシャルワーカーは制度利用や退院調整を担い、それぞれの役割を区別しておくことが重要です。高齢者の骨折術後は廃用を防ぐ早期リハビリが基本で、集中的なリハビリが必要なら回復期リハビリテーション病棟も選択肢となります。各職種の専門領域を理解して適切に連携することは、チーム医療で患者の退院支援を円滑に進めるための基盤です。
解答・解説
正解はdです
状況の整理
・85歳女性。右大腿骨頸部骨折に対して人工骨頭置換術を受け、術後3日目からリハビリテーションを行っている。 ・術後2週間の時点で、臥位から座位への体位変換(起き上がり)にも軽い介助が必要であり、歩行は歩行器を使って3m程度にとどまる。起居・移乗・歩行といった基本的な動作の回復が十分でなく、経過はやや遅い。 ・認知機能に問題はなく意思疎通は良好で、指示を理解してリハビリテーションに取り組める。 ・むせずに食事を摂取できており、嚥下機能の問題は示されていない。 ・担当医は退院先(自宅、回復期リハビリテーション病棟、介護施設など)を決めるために、「リハビリテーションでADL(日常生活動作)がどこまで改善しそうか」と「どのくらいの期間リハビリテーションが必要か」を知りたいと考えている。
考え方
チーム医療では、知りたい情報の内容に応じて、その領域を専門とし、患者に直接関わっている職種に情報を求める。本例の問題の中心は、起き上がり・座位・立ち上がり・歩行といった基本動作能力の低下である。認知機能や嚥下・栄養には問題がないため、ADL改善の可否と所要期間を左右するのは、主に下肢・体幹の運動機能と歩行能力の回復の見通しである。 股関節術後の離床・起居動作訓練・歩行訓練を担当し、筋力・関節可動域・バランス・歩行能力を評価して回復の予測を立てられるのは理学療法士である。したがって担当医はまず理学療法士から評価と予後予測の情報を得るのが適切である。そのうえで、具体的な生活動作の評価(作業療法士)、退院先の調整や制度利用(医療ソーシャルワーカー)などへと多職種で検討を進めていく。
選択肢考察
- ×a. 管理栄養士
管理栄養士は、傷病者に対する療養のための栄養指導や、個々の状態に応じた栄養管理・給食管理を行う国家資格の職種である。高齢者の骨折後では低栄養がリハビリテーションの進み具合に影響しうるため栄養評価も大切ではあるが、本例はむせずに食事が摂れており、栄養の問題は示されていない。また管理栄養士はADLの改善見込みやリハビリテーション期間を直接評価する立場にはなく、最初に情報を求める職種ではない。
- ×b. 言語聴覚士
言語聴覚士は、音声機能・言語機能・聴覚に障害のある者に対して訓練・検査・助言を行い、医師の指示のもとで嚥下訓練も行う職種である。失語症、構音障害、高次脳機能障害、摂食嚥下障害などが対象となる。本例は認知機能や意思疎通に問題がなく、食事でむせることもないため、言語聴覚士の関与が中心となる問題はない。
- ×c. 作業療法士
作業療法士は、身体または精神に障害のある者に対し、主として応用的動作能力(食事・整容・更衣・排泄・入浴などの生活動作や家事など)や社会的適応能力の回復を図る職種である。退院後の生活動作や住環境の評価では重要な役割を担うが、本例ではそれ以前の段階である起き上がり・座位・歩行といった基本動作に介助を要しており、まずその回復見込みを把握する必要がある。したがって最初に情報を求める職種としては理学療法士がより適切である。
- ○d. 理学療法士
理学療法士は、身体に障害のある者に対し、主として基本的動作能力(寝返り・起き上がり・座位保持・立ち上がり・歩行など)の回復を図るため、運動療法や物理療法(温熱・電気刺激など)を行う職種である。股関節術後の患者では、術後早期から離床、起居動作訓練、筋力増強訓練、歩行訓練を担当し、筋力・関節可動域・バランス・歩行能力を継続的に評価している。本例の課題は基本動作と歩行の回復の遅れであり、その原因の分析、今後どこまで改善しそうか、どの程度の期間が必要かを最も具体的に示せるのは理学療法士である。
- ×e. 医療ソーシャルワーカー
医療ソーシャルワーカー(MSW)は、患者や家族が抱える経済的・心理的・社会的問題の相談に応じ、介護保険や福祉サービスの利用、転院・施設入所などの退院調整を支援する職種である(多くは社会福祉士の資格をもつ)。退院先の選定には欠かせない職種だが、その調整はADLの改善見込みとリハビリテーション期間が明らかになってから進めるものである。MSWはリハビリテーションによる身体機能の回復を評価する立場ではないため、本例で初めに情報を求める職種ではない。
リハビリテーション関連職種の役割
・理学療法士(PT):基本的動作能力の回復。運動療法(筋力増強、関節可動域訓練、起居動作・歩行訓練)、物理療法(温熱、電気刺激、牽引など)。 ・作業療法士(OT):応用的動作能力・社会的適応能力の回復。ADL訓練、上肢・手指機能訓練、自助具の選定、家屋改修の助言、精神障害者の作業療法など。 ・言語聴覚士(ST):失語症・構音障害などのコミュニケーション障害、聴覚障害、高次脳機能障害、摂食嚥下障害への訓練。 ・管理栄養士:傷病者の栄養評価・栄養管理・栄養指導。 ・医療ソーシャルワーカー(MSW):経済的・社会的問題の相談、社会保障制度の利用支援、退院・転院の調整。 いずれも医師の指示のもとで多職種カンファレンスなどを通じて情報を共有しながら協働する。
大腿骨頸部骨折と術後リハビリテーション
・高齢女性に多く、骨粗鬆症を背景に転倒によって生じることが多い。 ・関節包内の骨折で、骨頭への血流が損なわれやすく骨癒合が得にくいため、転位のある骨折では人工骨頭置換術が選択されることが多い。 ・長期臥床は筋力低下、廃用症候群、深部静脈血栓症、肺炎、褥瘡、せん妄などを招くため、術後早期から離床・荷重・歩行訓練を開始する。 ・人工骨頭置換術後(特に後方アプローチ)は、股関節の過度な屈曲・内転・内旋で脱臼しやすいため、動作指導が重要である。 ・受傷前の歩行能力、年齢、認知機能などが術後の歩行能力回復の予後に影響する。
退院先の選択肢
急性期病院での治療後、さらに集中的なリハビリテーションが必要な場合は回復期リハビリテーション病棟への転院を検討する。大腿骨頸部骨折は回復期リハビリテーション病棟の対象疾患である。そのほか、自宅退院(訪問・通所リハビリテーションの利用)、介護老人保健施設などがあり、ADLの見通しと介護力、住環境を踏まえて選択する。
POINT
・基本的動作能力(起き上がり・座位・立ち上がり・歩行)の回復を担うのは理学療法士。 ・応用的動作能力(食事・更衣・排泄・入浴などの生活動作)と社会的適応能力は作業療法士。 ・言語・聴覚・摂食嚥下は言語聴覚士、栄養管理は管理栄養士、制度利用・退院調整はMSW。 ・情報を求める相手は、知りたい内容(本例ではADL改善の見込みと期間=基本動作・歩行の予後)に最も直接関わる職種を選ぶ。 ・大腿骨頸部骨折術後は早期離床・早期リハビリテーションで廃用を防ぐ。
