StudyMed医師国家試験

「迷惑をかけたくない」は本当の意思か―ALSの人工呼吸器をめぐる意思決定支援

第120回医師国家試験 B問題 第33問

国試問題にチャレンジ

第120回 B問題 第33問

72歳の男性。筋萎縮性側索硬化症〈ALS〉で療養中である。会話による意思疎通は可能である。呼吸機能が悪化し人工呼吸器の装着が必要な状況であるが,本人は家族に迷惑をかけることを危惧して装着を希望していない。妻は人工呼吸器を装着して欲しいと考えているが,子どもたちは熟慮の末,装着しなくてよいと考えている。  今後の対応で最も適切なのはどれか。

  1. a.妻の意向を尊重する。
  2. b.患者の意向を尊重する。
  3. c.医療者の意向を尊重する。
  4. d.子どもたちの意向を尊重する。
  5. e.患者,妻,子どもたち,医療者で話し合いを行う。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、ALSの患者さんが人工呼吸器を付けるかどうかという、とても重い意思決定の問題だ。本人と家族、さらに家族の中でも意見が分かれている。誰の意向を優先するか、ではなく、どういうプロセスで決めるべきかに注目して考えてみよう。
医学生医学生
医療倫理の講義で、意思決定能力のある患者さんの自己決定権が最優先だと習いました。会話もできるので、本人の意向を尊重するのが正解ではないでしょうか。
ドクタードクター
多くの人がそう考えるし、方向性としては間違っていない。最終的に一番尊重されるべきなのは、確かに本人の意思だ。ただ、ここで大事なのは、本人がなぜ装着を望まないのか、その理由なんだ。
医学生医学生
家族に迷惑をかけたくないから、ですね。
ドクタードクター
そう。人工呼吸器の生活そのものが嫌だというより、家族への遠慮が理由になっている。介護の負担は、訪問診療や訪問看護、介護保険や障害福祉サービス、難病医療費助成、レスパイト入院などの社会資源で、ある程度軽くできる可能性がある。そうした情報を十分に知ったうえで出した結論かというと、まだわからないよね。
医学生医学生
なるほど。支援の選択肢を知ったら、気持ちが変わるかもしれないということですか。
ドクタードクター
その可能性がある。それに妻と子どもたちでも意見が割れている。だから、今の発言をそのまま採用して方針を確定させるのではなく、本人を中心に、妻、子どもたち、医療・ケアチームが一緒に話し合う、というのが最も適切な対応になる。病状や予後、装着した場合としない場合の生活、使える支援を共有して、本人が納得して決められるよう支えるんだ。
医学生医学生
妻の希望どおり装着する、という選択はどうでしょう。家族として生きていてほしい気持ちはよくわかります。
ドクタードクター
気持ちは大切に扱うべきだけど、意思を表明できる本人の希望に反して、家族の意向で決めるのは自己決定権の尊重に反する。家族の思いは、話し合いの中で汲み取られるべきものなんだ。
医学生医学生
逆に子どもたちの意見は本人と同じ方向なので、それに従えば問題ないようにも思えます。
ドクタードクター
結論が一致していても、家族の一部の意見で決めてしまうのは適切ではない。本人が十分な情報を得て判断する機会が失われるし、妻との対立も残ったままになる。結論だけでなく、そこに至る過程が大事なんだ。
医学生医学生
医療者が医学的に判断して決める、というのはパターナリズムになりますね。
ドクタードクター
その通り。医療者の役割は、病状や予後、それぞれの選択肢の利点と負担を正確に伝え、多職種チームで本人と家族の意思決定を支援することだ。決めるのは医療者ではない。
医学生医学生
臨床実習で神経内科を回ったとき、ALSの患者さんが文字盤で会話していて、早い段階から呼吸器について何度も話し合っていると聞きました。
ドクタードクター
いい経験をしたね。ALSでは呼吸筋麻痺が進み、呼吸不全が主な死因になる。マスクで行う非侵襲的陽圧換気と、気管切開下陽圧換気があり、後者では長期の生存が見込めるけれど、24時間の介護体制が必要になる。進行すると、まったく意思表示ができない完全閉じ込め状態に至ることもある。
医学生医学生
一度付けたら外すのも難しいと聞きます。だからこそ、事前の話し合いが大切なんですね。
ドクタードクター
まさにそこがポイント。装着後の離脱は本人・家族・医療者にとって非常に重い問題になるから、病状の進行を見越して早めに、繰り返し話し合っておく。これがアドバンス・ケア・プランニング、ACPの考え方だ。気持ちは時間や状態で変わりうるから、一度決めたら終わりではない。
医学生医学生
装着しないと決めた場合は、どう対応するのでしょうか。
ドクタードクター
呼吸困難に対してオピオイドなどを使った緩和ケアを行う。装着しない選択も、決して治療を諦めることではないんだ。また、厚生労働省の人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドラインでは、本人の意思決定を基本とし、医師単独ではなく多職種チームで判断すること、合意が難しいときは複数の専門家による話し合いの場を設けることが示されている。視線入力などの意思伝達装置を早めに準備しておくことも、本人の意思を最後まで尊重するために重要だよ。

まとめ

意思決定能力のある患者の意思は最も尊重されるべきですが、その意思が十分な情報と支援のもとで形成されたものかを確かめることも医療者の責務です。ALSの患者が家族への遠慮から人工呼吸器を拒み、家族内でも意見が分かれている場合は、本人を中心に家族と医療・ケアチームが話し合い、病状や予後、装着の有無による生活、利用できる社会資源を共有して、本人が納得して決められるよう支援します。家族の一部や医療者の意向で決めることは、自己決定権の軽視やパターナリズムにつながり不適切です。気管切開下陽圧換気は長期生存を可能にする一方で離脱が難しいため、早期から繰り返し話し合うACPが重要であり、装着しない場合も緩和ケアで苦痛を和らげます。誰が決めるかではなく、どう決めるかという視点は、終末期医療全般に通じる大切な考え方です。

解答・解説

正解はeです

状況の整理

・72歳男性、筋萎縮性側索硬化症〈ALS:上位・下位運動ニューロンが進行性に変性し、四肢・球筋・呼吸筋の筋力が低下していく神経変性疾患〉で療養中。 ・会話による意思疎通は可能 → 本人に意思決定能力があり、本人の意思を直接確認できる状況である。 ・呼吸筋麻痺が進行し、人工呼吸器(ALSでは主に気管切開下陽圧換気〈TPPV〉が問題となる)を装着するかどうかの意思決定が必要になっている。 ・本人は「家族に迷惑をかけたくない」という理由で装着を希望していない。 ・妻は装着を希望し、子どもたちは熟慮の末に装着しなくてよいと考えており、家族内でも意見が分かれている。

考え方

医療・ケアの方針決定で最も尊重されるのは、意思決定能力のある本人の意思である(自己決定権の尊重)。ただし、本人の意思が「十分な情報と支援のもとで形成されたものか」には注意を払う必要がある。本例で本人が装着を拒む理由は、病状そのものや人工呼吸器下の生活への考えではなく、「家族への負担」への遠慮である。介護負担は、訪問診療・訪問看護、介護保険・障害福祉サービス、難病医療費助成、レスパイト入院などの社会資源である程度軽減できる可能性があり、そうした情報を得たうえで本人の考えが変わることもありうる。また、妻と子どもたちの間でも意見が一致していない。 ALSの人工呼吸器装着は、装着すれば長期の生存が見込める一方で、いったん装着した後の離脱(中止)は本人・家族・医療者にとって非常に重い問題となる、生命に直結する不可逆性の高い決定である。 したがって、ここで一方の意向だけを採用して方針を決めるのではなく、本人を中心に、家族(妻・子どもたち)と医療・ケアチームが一堂に会して話し合い、病状や予後、人工呼吸器を装着した場合・しない場合(緩和ケア中心)の生活、利用できる支援を共有したうえで、本人が納得して意思決定できるよう支援することが最も適切である。これは厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」やアドバンス・ケア・プランニング〈ACP〉の考え方に沿った対応である。

選択肢考察

  1. ×a.  妻の意向を尊重する。

    本人に意思決定能力があり意思を表明できる状況で、本人の意向に反する家族の希望を優先して方針を決めることは、自己決定権の尊重に反する。家族の意見はあくまで話し合いの中で考慮されるものであり、妻の希望だけで人工呼吸器装着を決めるのは不適切である。

  2. ×b.  患者の意向を尊重する。

    最終的に本人の意思が最も尊重されるべきなのは確かである。しかし本例では、本人が装着を拒む理由が「家族に迷惑をかけたくない」という遠慮であり、十分な情報提供や支援策の検討がなされた結果とはいえない。家族内の意見も分かれている。現時点の発言をそのまま採用して直ちに方針を確定させるのではなく、まず関係者で話し合い、本人の真意を確かめ、本人の意思決定を支援する過程を経るべきである。

  3. ×c.  医療者の意向を尊重する。

    医療者が方針を決めて従わせるのはパターナリズム(父権主義)であり、現在の医療倫理にそぐわない。医療者の役割は、医学的に正確な情報(病状、予後、各選択肢の利点と負担)を提供し、多職種チームで本人・家族の意思決定を支援することである。

  4. ×d.  子どもたちの意向を尊重する。

    子どもたちの考えは結果として本人の表明している意向と同じ方向であるが、家族の一部の意見で方針を決めるのは適切でない。本人の意思決定の過程を経ずに装着しない方針を確定させると、妻との対立が残るうえ、本人が十分な情報を得て判断する機会も失われる。

  5. ○e.  患者,妻,子どもたち,医療者で話し合いを行う。

    本人を中心に、家族全員と医療・ケアチームが話し合い、情報を共有しながら合意形成を図る対応である。話し合いを通じて、本人が装着を望まない真の理由(家族への遠慮)を明らかにし、介護負担を軽減する社会資源や、装着した場合・しない場合の生活の見通しを示すことで、本人が納得したうえで意思決定できる。家族間の意見の相違の調整も図れる。人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドラインやACPの考え方に合致し、最も適切である。

人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(厚生労働省、2018年改訂)の要点

・医師などの医療従事者から適切な情報提供と説明がなされ、それに基づいて本人が医療・ケアチームと十分に話し合ったうえで、本人による意思決定を基本とする。 ・本人の意思は時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更などに応じて変化しうるため、話し合いを繰り返し行うことが重要である。 ・本人が自らの意思を伝えられなくなる場合に備え、家族など信頼できる者も含めて、事前に繰り返し話し合っておくこと(ACP)が重要である。 ・方針の決定は、医師単独ではなく、多職種からなる医療・ケアチームで慎重に判断する。 ・本人の意思が確認できない場合は、家族などが本人の意思を推定できればその推定意思を尊重し、推定できなければ本人にとって最善の方針を家族などと十分に話し合って決める。 ・合意が得られない場合などには、複数の専門家からなる話し合いの場を設けて助言を得る。

ALSと呼吸管理

・ALSは進行性に呼吸筋麻痺が進み、呼吸不全が主な死因となる。 ・呼吸補助には、マスクを用いる非侵襲的陽圧換気〈NPPV〉と、気管切開下陽圧換気〈TPPV〉がある。TPPVにより長期生存が可能となるが、24時間の介護体制が必要となり、進行すると全く意思表示ができない状態(完全閉じ込め状態)に至ることもある。 ・TPPVを装着するかどうかは、病状の進行を見越して早期から本人・家族と繰り返し話し合っておくことが推奨される。装着しない選択をした場合も、呼吸困難に対するオピオイドなどを用いた緩和ケアを行う。 ・意思伝達手段として、文字盤、意思伝達装置(視線入力など)の準備も重要である。

利用できる支援の例

・難病医療費助成制度(ALSは指定難病)、介護保険(ALSは特定疾病のため40歳以上で利用可)、障害者総合支援法によるサービス、訪問診療・訪問看護、レスパイト入院など。

POINT

・意思決定能力のある本人の意思が最も尊重されるが、その意思が十分な情報と支援のもとで形成されるよう支援する必要がある。 ・本人の意思と家族の意見が食い違う、家族内でも意見が分かれる場合は、本人・家族・医療・ケアチームで繰り返し話し合い、合意形成を図る。 ・医療者の役割は情報提供と意思決定支援であり、パターナリズム的な決定は不適切。 ・人生の最終段階の医療・ケアは「本人の意思決定を基本」「多職種チームで判断」「話し合いを繰り返す(ACP)」がキーワード。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。