同僚にも広がる頑固な空咳―細胞壁をもたない病原体が教える抗菌薬選択
第120回医師国家試験 D問題 第73問
国試問題にチャレンジ
24歳の男性。3日前からの発熱と咳とを主訴に来院した。咳は乾性で頑固である。同様の症状を訴えている会社の同僚がいる。意識は清明。体温38.7℃。脈拍96/分,整。呼吸数20/分。呼吸音に異常を認めない。皮膚と口腔粘膜とに脱水所見は認めない。血液所見:白血球6,800(桿状核好中球9%,分葉核好中球55%,好酸球2%,単球6%,リンパ球28%)。CRP 7.8mg/dL。インフルエンザウイルス及び新型コロナウイルス〈SARS-CoV-2〉の抗原検査は陰性であった。誘発喀痰のGram染色や尿中抗原検査では原因菌は推定できなかった。胸部エックス線写真を下に示す。 適切な抗菌薬はどれか。2つ選べ。

- a.ペニシリン系
- b.カルバペネム系
- c.マクロライド系
- d.アミノグリコシド系
- e.テトラサイクリン系
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
若年者、集団発生、頑固な乾性咳嗽、聴診所見に乏しい、白血球増多なしといった特徴は非定型肺炎、とくにマイコプラズマ肺炎を示唆し、日本呼吸器学会の鑑別6項目が判断の助けになります。マイコプラズマは細胞壁をもたないため、細胞壁合成を阻害するペニシリン系やカルバペネム系などのβ-ラクタム系は無効で、Gram染色でも検出されません。治療はリボソームに作用するマクロライド系が第一選択で、テトラサイクリン系やキノロン系も有効ですが、アミノグリコシド系は細胞内移行が乏しく用いられません。日本ではマクロライド耐性株が多いため48〜72時間で改善しなければ薬剤変更を考え、テトラサイクリン系は8歳未満の小児や妊婦では原則避けます。病原体の構造と抗菌薬の作用機序を結びつけて考える姿勢は、あらゆる感染症の抗菌薬選択の基本となります。
解答・解説
正解はc, eです
所見の整理
・24歳の若年男性で、3日前からの発熱と、頑固な乾性咳嗽(痰を伴わない咳)がある。 ・職場の同僚に同様の症状があり、人から人への飛沫感染による集団発生が疑われる。 ・バイタルサインは安定し、意識清明、脱水なし。呼吸音に異常を認めない。 ・白血球6,800/μLと増加はなく、CRPは7.8mg/dLと中等度上昇。 ・インフルエンザ・SARS-CoV-2の抗原検査は陰性、誘発喀痰のGram染色で有意な菌は推定できず、尿中抗原(肺炎球菌・レジオネラ)も陰性。 ・胸部エックス線写真では、右下肺野に淡いすりガラス様〜網状の浸潤影を認める。
診断の考え方
画像で肺野に陰影があり、発熱・咳嗽を伴うことから肺炎である。そのうえで、肺炎球菌などによる細菌性肺炎と、マイコプラズマ・クラミジア(クラミドフィラ)・レジオネラなどによる非定型肺炎を区別する。日本呼吸器学会の成人肺炎診療ガイドラインでは、①60歳未満、②基礎疾患がないか軽微、③頑固な咳がある、④胸部聴診所見が乏しい、⑤痰がない、あるいは迅速診断法で原因菌が証明されない、⑥末梢血白血球数が10,000/μL未満、の6項目のうち4項目以上を満たせば非定型肺炎を疑うとしている。本例は6項目すべてを満たす。 非定型肺炎のなかでも、若年者、職場など集団内での流行、頑固な乾性咳嗽という組み合わせはマイコプラズマ肺炎に典型的である。尿中レジオネラ抗原が陰性で、重症感や意識障害、低Na血症などもないことからレジオネラ肺炎は考えにくい。以上からMycoplasma pneumoniaeによる肺炎と診断する。
治療選択の考え方
M. pneumoniaeは細胞壁をもたない細菌であるため、細胞壁合成を阻害するβ-ラクタム系薬は原理的に無効である。有効なのは、細菌のリボソームに作用して蛋白合成を阻害するマクロライド系とテトラサイクリン系、およびDNAジャイレース・トポイソメラーゼⅣを阻害するキノロン系である。
選択肢考察
- ×a. ペニシリン系
ペニシリン系はβ-ラクタム系抗菌薬で、ペニシリン結合蛋白に結合して細胞壁(ペプチドグリカン)の合成を阻害する。標的となる細胞壁をもたないマイコプラズマには作用点がなく無効である。肺炎球菌などによる定型的な細菌性肺炎では第一選択となる薬剤であり、非定型肺炎との鑑別が治療選択に直結する理由がここにある。
- ×b. カルバペネム系
カルバペネム系もβ-ラクタム系に属する細胞壁合成阻害薬であり、抗菌スペクトルは非常に広いものの、細胞壁をもたないマイコプラズマには無効である。また、本例のような外来治療可能な軽症例に広域薬を用いることは耐性菌を生む原因となり、適正使用の観点からも不適切である。
- ○c. マクロライド系
マクロライド系(クラリスロマイシン、アジスロマイシンなど)は細菌リボソームの50Sサブユニットに結合して蛋白合成を阻害する。細胞壁の有無に関係なく作用し、細胞内への移行も良好であるため、マイコプラズマ肺炎の第一選択薬とされる。ただし23S rRNA遺伝子の変異によるマクロライド耐性株が日本では高頻度にみられ、投与後48〜72時間で解熱しない場合は耐性を疑い、テトラサイクリン系やキノロン系への変更を検討する。
- ×d. アミノグリコシド系
アミノグリコシド系(ゲンタマイシン、アミカシンなど)は30Sサブユニットに作用する蛋白合成阻害薬であるが、主な対象は好気性Gram陰性桿菌であり、細胞内への移行性が乏しいこともあってマイコプラズマ肺炎の治療には用いられない。経口吸収されず注射薬であること、腎毒性・聴器毒性があることからも本例には適さない。
- ○e. テトラサイクリン系
テトラサイクリン系(ミノサイクリン、ドキシサイクリンなど)は30Sサブユニットに結合してアミノアシルtRNAの結合を妨げ、蛋白合成を阻害する。マイコプラズマに有効で、マクロライド耐性株にも効果が期待できるため、成人では第一選択の一つとして、あるいはマクロライド無効例の代替薬として用いられる。歯牙の着色やエナメル質形成不全をきたすため、8歳未満の小児や妊婦には原則として使用を避ける。
マイコプラズマ肺炎の概要
・病原体:Mycoplasma pneumoniae。自己増殖可能な最小の微生物の一つで、細胞壁をもたない。そのためGram染色で染まらず、通常の喀痰培養でも検出されない。 ・疫学:学童期〜青年期に多く、家庭・学校・職場などで飛沫・接触により感染が広がる。潜伏期は2〜3週間程度と長い。 ・症状:発熱、全身倦怠感、頭痛に続いて、頑固な乾性咳嗽が出現し、解熱後も数週間続くことがある。全身状態は比較的保たれ、聴診所見に乏しいことが多い。 ・検査:白血球数は正常範囲のことが多い。診断には咽頭ぬぐい液を用いた抗原迅速検査やLAMP法などの核酸増幅検査、ペア血清による抗体価の上昇が用いられる。寒冷凝集素の上昇も参考所見となる。 ・画像:気管支壁肥厚や小葉中心性粒状影、すりガラス影、区域性の浸潤影など。気管支血管束に沿った分布が特徴とされる。 ・肺外合併症:中耳炎、皮疹(多形紅斑、Stevens-Johnson症候群)、自己免疫性溶血性貧血(寒冷凝集素症)、心筋炎、脳炎、Guillain-Barré症候群など。
抗菌薬の作用機序の整理
・細胞壁合成阻害:β-ラクタム系(ペニシリン系、セフェム系、カルバペネム系)、グリコペプチド系(バンコマイシン)→マイコプラズマに無効。 ・蛋白合成阻害:マクロライド系(50S)、テトラサイクリン系(30S)、アミノグリコシド系(30S)など。 ・核酸合成阻害:キノロン系(レボフロキサシンなど)。
非定型肺炎の主な原因と治療
マイコプラズマ、クラミジア(Chlamydia pneumoniae、オウム病のChlamydia psittaci)、レジオネラはいずれも細胞壁合成阻害薬が無効ないし不十分で、マクロライド系・テトラサイクリン系・キノロン系が用いられる。レジオネラは重症化しやすく、キノロン系やアジスロマイシンが中心となる。
POINT
・若年、集団発生、頑固な乾性咳嗽、聴診所見に乏しい、白血球増多なし→マイコプラズマ肺炎を考える。 ・マイコプラズマは細胞壁をもたないため、β-ラクタム系(ペニシリン系・セフェム系・カルバペネム系)は無効である。 ・治療はマクロライド系が第一選択で、テトラサイクリン系やキノロン系も有効である。 ・マクロライド耐性株が多く、48〜72時間で改善しなければ耐性を疑って薬剤を変更する。 ・テトラサイクリン系は8歳未満の小児と妊婦では原則避ける。 ・非定型肺炎の鑑別6項目(日本呼吸器学会)を押さえておく。
