肝硬変に腹水が増えたら―「誘因」と「合併症」を見極めて治療を選ぶ
第120回医師国家試験 D問題 第74問
国試問題にチャレンジ
56歳の男性。腹部膨満と体重増加とを主訴に来院した。1週間前から腹部膨満が出現し体重が5kg増加した。1年前からアルコール性肝硬変で通院していたが最近は飲酒量が増加していた。意識は清明。体温36.2℃。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。前胸部にくも状血管腫を認める。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は膨隆し波動を認める。圧痛を認めない。下腿に浮腫を認める。血液所見:赤血球348万,Hb 11.1g/dL,白血球3,500,血小板7.2万,PT-INR 1.2(基準0.9~1.1)。血液生化学所見:総蛋白6.5g/dL,アルブミン2.8g/dL,総ビリルビン1.0mg/dL,AST 38U/L,ALT 26U/L,γ-GT 92U/L(基準13~64),アンモニア28μg/dL(基準18~48),尿素窒素12mg/dL,クレアチニン0.8mg/dL,Na 140mEq/L,K 4.1mEq/L。CRP 0.1mg/dL。試験穿刺で得られた腹水の性状は漏出性で,好中球を認めない。 適切な対応はどれか。3つ選べ。
- a.禁酒
- b.塩分制限
- c.利尿薬処方
- d.抗菌薬点滴静注
- e.ラクツロース処方
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
肝硬変では門脈圧亢進、低アルブミン血症、そして有効循環血液量低下に伴うRAA系活性化による腎のNa・水貯留が重なって腹水が生じます。腹水が増えたときは、飲酒などの誘因と、特発性細菌性腹膜炎・肝性脳症・肝腎症候群といった合併症の有無をまず確認します。合併症のない肝硬変性腹水では、禁酒による誘因除去、食塩5〜7g/日程度の塩分制限、スピロノラクトンを主体とした利尿薬が基本で、必要に応じてループ利尿薬やトルバプタンを加えます。抗菌薬は腹水好中球250/μL以上の特発性細菌性腹膜炎に、ラクツロースは肝性脳症に用いるもので、該当所見がなければ適応になりません。「誘因の除去」と「合併症の除外」を踏まえて治療を組み立てる考え方は、肝硬変診療全体に通じる基本です。
解答・解説
正解はa, b, cです
所見の整理
・アルコール性肝硬変で通院中の56歳男性。最近飲酒量が増え、1週間で腹部膨満が出現し体重が5kg増加した。短期間の急な体重増加は体液貯留を意味する。 ・腹部膨隆と波動(腹水の存在を示す所見)、下腿浮腫がある。くも状血管腫は肝硬変に伴うエストロゲン代謝低下による皮膚所見である。 ・血液検査:血小板7.2万/μLと白血球3,500/μLの減少は門脈圧亢進症に伴う脾機能亢進を、アルブミン2.8g/dLとPT-INR 1.2は肝の合成能低下を示す。 ・意識清明でアンモニアは正常範囲、総ビリルビン正常。尿素窒素・クレアチニン・Na・Kは正常で、腎機能障害(肝腎症候群)や電解質異常はない。 ・体温正常、CRP 0.1mg/dLと炎症反応なし。腹水は漏出性で好中球を認めない。
病態の判断
肝硬変患者に新たな腹水が出現した、あるいは急に増えたときには、①原因・増悪因子(飲酒、塩分過剰、肝癌の出現、門脈血栓など)、②特発性細菌性腹膜炎(SBP)、③肝性脳症、④肝腎症候群・電解質異常といった合併症の有無を確認する必要がある。 本例は、発熱や腹痛がなく炎症反応も陰性で、腹水中に好中球がないことからSBPは否定的である。意識清明・アンモニア正常で肝性脳症もなく、腎機能も保たれている。腹水は漏出性で、癌性腹膜炎や結核性腹膜炎などの滲出性腹水も考えにくい。以上より、飲酒量の増加を契機に肝硬変が増悪し、門脈圧亢進と低アルブミン血症によって腹水が貯留した「合併症のない肝硬変性腹水」と判断できる。なおChild-Pugh分類では、ビリルビン1点、アルブミン2点、PT-INR 1点、脳症なし1点、腹水2〜3点で合計7〜8点となり、Child-Pugh Bに相当する。
対応の考え方
増悪因子である飲酒をやめさせることが根本的な介入であり、腹水そのものに対しては塩分制限と利尿薬が基本治療である。合併症の治療(SBPに対する抗菌薬、肝性脳症に対するラクツロースなど)は、その合併症が存在するときに行うものであり、本例では適応がない。
選択肢考察
- ○a. 禁酒
本例では飲酒量の増加が腹水悪化の誘因と考えられる。アルコール性肝障害では、飲酒継続によりアルコール性肝炎の併発や肝線維化の進行、門脈圧亢進の増悪、低栄養が起こり、腹水も悪化する。逆に完全な禁酒によって肝機能が改善し、腹水が軽減・消失することも少なくない。禁酒はアルコール性肝硬変の予後を改善する最も重要な介入であり、必須の対応である。
- ○b. 塩分制限
肝硬変では、門脈圧亢進と内臓血管の拡張による有効循環血液量の低下を受けてレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系が活性化し、腎でNaと水が貯留する。この結果として腹水・浮腫が生じるため、Na摂取量を減らすことが腹水治療の基本となる。一般に食塩5〜7g/日程度の制限が目安とされる。過度の制限は食欲低下と栄養状態の悪化を招くため避ける。
- ○c. 利尿薬処方
塩分制限に加えて利尿薬を用いるのが肝硬変性腹水の標準治療である。二次性アルドステロン症が病態の中心にあるため、抗アルドステロン薬(スピロノラクトン)を主体とし、効果が不十分な場合や高K血症が問題となる場合にはループ利尿薬(フロセミド)を併用する。それでもコントロールできない場合は、バソプレシンV2受容体拮抗薬(トルバプタン)の追加が選択肢となる。投与中は体重変化、腎機能、Na・K値をみながら調節する。本例は腎機能と電解質が正常であり、利尿薬を開始しやすい状況である。
- ×d. 抗菌薬点滴静注
肝硬変患者に抗菌薬の静注が必要となる代表的な状況はSBPである。SBPは腹水中の好中球数が250/μL以上で診断され、発熱や腹痛、意識障害、腎機能悪化を伴うことがある。本例は発熱がなく炎症反応も陰性、腹水中に好中球を認めないためSBPは否定的であり、抗菌薬の点滴静注は不要である。
- ×e. ラクツロース処方
ラクツロースは合成二糖類で、腸内を酸性化してアンモニアの産生・吸収を抑え、排便を促すことで肝性脳症の治療・予防に用いる。本例は意識清明で羽ばたき振戦などの記載もなく、アンモニアも正常範囲であり、肝性脳症を疑う所見がないため現時点で処方する必要はない。
肝硬変性腹水の発生機序
・門脈圧亢進:類洞圧の上昇によりリンパ液の産生が増え、腹腔内に漏出する。 ・低アルブミン血症:血漿膠質浸透圧が低下し、血管外へ水分が移動しやすくなる。 ・Na・水貯留:内臓血管拡張による有効循環血液量の低下→RAA系・交感神経系・バソプレシンの活性化→腎でのNa・水の再吸収亢進。
腹水の評価
・漏出性と滲出性の区別には、血清-腹水アルブミン濃度勾配(SAAG)が有用である。SAAG 1.1g/dL以上は門脈圧亢進に伴う腹水(肝硬変、心不全など)、1.1g/dL未満は癌性腹膜炎・結核性腹膜炎・膵性腹水などを示唆する。 ・SBP:腹水中好中球数250/μL以上で診断する。疑った時点で培養結果を待たずに第3世代セフェム系などを開始し、腎障害予防にアルブミン投与を併用することがある。
肝硬変性腹水の治療の段階
1. 誘因の除去(禁酒など)と塩分制限(食塩5〜7g/日程度) 2. 抗アルドステロン薬(スピロノラクトン) 3. ループ利尿薬の併用 4. トルバプタンの追加 5. 難治性腹水:アルブミン補充を伴う大量腹水穿刺排液、腹水濾過濃縮再静注法(CART)、腹腔-静脈シャント(P-Vシャント)、経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS)、肝移植の検討 ・水分制限は全例に必要ではなく、主に希釈性低Na血症を伴う場合に考慮する。
肝硬変の主な合併症と対応
・肝性脳症:誘因(便秘、感染、消化管出血、脱水、利尿薬の過量、鎮静薬など)の除去、ラクツロース、難吸収性抗菌薬(リファキシミン)、分岐鎖アミノ酸製剤 ・食道・胃静脈瘤:内視鏡的治療、β遮断薬 ・肝腎症候群:アルブミンと血管収縮薬の併用など ・肝細胞癌:定期的な画像検査と腫瘍マーカーによるスクリーニング
POINT
・肝硬変で腹水が増えたら、誘因(飲酒など)と合併症(SBP、肝性脳症、肝腎症候群)の有無を確認する。 ・合併症のない肝硬変性腹水の基本治療は、誘因除去(禁酒)+塩分制限+利尿薬(スピロノラクトン主体、必要に応じループ利尿薬、トルバプタン)。 ・SBPは腹水中好中球250/μL以上で診断し、抗菌薬で治療する。好中球がなく炎症所見もなければ抗菌薬は不要。 ・ラクツロースは肝性脳症の治療薬であり、意識清明・アンモニア正常なら不要。 ・アルコール性肝硬変では禁酒が予後改善に最も重要。
