その震え、本当に肝臓のせい?―肝硬変の身体所見を「2つの病態」で仕分ける
第117回医師国家試験 A問題 第9問
国試問題にチャレンジ
肝硬変でみられない所見はどれか。
- a.手掌紅斑
- b.静止時振戦
- c.女性化乳房
- d.くも状血管腫
- e.腹壁静脈怒張
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
肝硬変の身体所見は「肝細胞機能の低下」と「門脈圧亢進症」の2つの病態で整理できます。エストロゲンの不活化低下によって手掌紅斑、くも状血管腫、女性化乳房が生じ、門脈圧亢進に伴う側副血行路の発達として腹壁静脈怒張(メズサの頭)や食道・胃静脈瘤がみられます。肝性脳症で出現するのは姿勢保持時の羽ばたき振戦(陰性ミオクローヌス)であり、安静時に出る静止時振戦はParkinson病などの錐体外路障害の所見です。振戦は静止時・姿勢時・企図・羽ばたきの種類ごとに代表疾患と結びつけて覚え、羽ばたき振戦は尿毒症やCO2ナルコーシスなど代謝性脳症全般でみられる点も押さえておきましょう。所見を病態から説明できるようにしておくことが、暗記に頼らない確かな診察力につながります。
解答・解説
正解はbです
肝硬変は、慢性的な肝障害が続いた結果、肝細胞の壊死と再生を繰り返して線維化が進み、肝小葉構造が再生結節に置き換わった状態である。肝硬変の身体所見は、大きく次の二つの病態から説明できる。
1. 肝細胞機能の低下
肝臓は、合成(アルブミン・凝固因子など)、代謝・解毒(アンモニア、ホルモン、薬物など)、排泄(ビリルビン)を担う。肝硬変ではこれらが低下する。とくに性ホルモンの代謝が落ちてエストロゲン作用が相対的に強まると、手掌紅斑、くも状血管腫、女性化乳房、睾丸萎縮などが現れる。アンモニアなどの解毒が不十分になると肝性脳症を起こし、その特徴的な神経所見が羽ばたき振戦である。
2. 門脈圧亢進症
線維化した肝臓では門脈血が流れにくくなり、門脈圧が上がる。その結果、脾腫(およびそれに伴う血小板減少)、腹水、側副血行路の発達(食道・胃静脈瘤、腹壁静脈怒張、痔核など)がみられる。
設問の考え方
各選択肢を、上の二つの病態のどちらかで説明できるかで振り分ければよい。肝硬変の振戦として知られるのは、肝性脳症に伴う「羽ばたき振戦」である。これは持続した姿勢を保てなくなる陰性ミオクローヌスで、安静時に出る振戦ではない。安静時に出現する振戦はParkinson病などの錐体外路疾患の特徴であり、肝硬変の所見として挙げるのは適切ではない。
選択肢考察
- ×a. 手掌紅斑
肝硬変でみられる所見である。母指球・小指球など手のひらの辺縁部が赤くなる所見で、皮膚表層の細動脈・毛細血管が拡張して起こる。肝臓でのエストロゲン不活化が低下し、エストロゲン作用が相対的に強まることが主な原因と考えられている。肝硬変のほか、妊娠や関節リウマチ、甲状腺機能亢進症などでもみられる。
- ○b. 静止時振戦
肝硬変の所見ではないため、これが正解である。静止時振戦(安静時振戦)は、力を抜いて安静にしているときに出現し、動作を始めると軽減する振戦で、Parkinson病の代表的な症候である(4~6Hz程度の規則的な振戦で、指先で丸薬をまるめるような動き〈pill-rolling〉が典型)。一方、肝硬変に伴う肝性脳症でみられるのは羽ばたき振戦(asterixis)である。両上肢を前に伸ばし手関節を背屈させた姿勢を保たせると、筋緊張が一瞬途切れて手が落ち、それを戻そうとして羽ばたくような不規則な動きとなる。姿勢保持のときに出る点で、静止時振戦とはまったく異なる。
- ×c. 女性化乳房
肝硬変でみられる所見である。男性で乳腺組織が肥大する状態で、肝臓でのエストロゲン分解が低下することに加え、副腎由来アンドロゲンが末梢でエストロゲンへ変換されやすくなることなどにより、エストロゲン/アンドロゲン比が上昇して起こる。肝硬変の腹水治療に用いるスピロノラクトン(抗アルドステロン薬)の副作用としても生じうる点も押さえておく。
- ×d. くも状血管腫
肝硬変でみられる所見である。中心の拡張した細動脈から細い血管がクモの脚のように放射状に広がる皮膚病変で、中心部を圧迫すると周囲の赤みが消える。上大静脈の灌流域(顔面、頸部、前胸部、上肢)に出やすい。手掌紅斑と同様に、エストロゲン作用の相対的増強による血管拡張が関与する。妊婦や経口避妊薬を服用している女性にもみられる。
- ×e. 腹壁静脈怒張
肝硬変でみられる所見である。門脈圧亢進症により、門脈血が肝臓を迂回して大循環へ戻るための側副血行路が発達する。臍静脈が再開通し、臍周囲から放射状に腹壁静脈が拡張したものはメズサの頭(caput medusae)と呼ばれる。同じ側副血行路の発達として、食道・胃静脈瘤や直腸静脈叢の拡張もみられる。
肝硬変の主な症候の整理
1. 肝細胞機能低下によるもの ・合成能低下:低アルブミン血症(浮腫、腹水)、凝固因子低下によるプロトロンビン時間延長と出血傾向、コリンエステラーゼ低下、総コレステロール低下 ・解毒・代謝能低下:高アンモニア血症による肝性脳症(意識障害、羽ばたき振戦、肝性口臭) ・ホルモン代謝の異常(エストロゲン作用の相対的増強):手掌紅斑、くも状血管腫、女性化乳房、睾丸萎縮、月経異常 ・排泄能低下:黄疸(高ビリルビン血症) 2. 門脈圧亢進症によるもの ・脾腫と脾機能亢進(汎血球減少、とくに血小板減少) ・腹水 ・側副血行路:食道・胃静脈瘤、腹壁静脈怒張(メズサの頭)、痔核
振戦の種類と代表的疾患
・静止時(安静時)振戦:Parkinson病 ・姿勢時振戦:本態性振戦、甲状腺機能亢進症 ・企図振戦(目標に近づくほど強くなる):小脳障害 ・羽ばたき振戦:肝性脳症、尿毒症、CO2ナルコーシス(高二酸化炭素血症)など代謝性脳症 羽ばたき振戦は肝性脳症に特異的ではなく、代謝性脳症全般でみられることも覚えておくとよい。
POINT
・肝硬変の所見は「肝細胞機能低下」と「門脈圧亢進症」の二本立てで整理する。 ・手掌紅斑、くも状血管腫、女性化乳房はエストロゲン作用の相対的増強による。 ・腹壁静脈怒張(メズサの頭)は門脈圧亢進症による側副血行路の所見である。 ・肝性脳症の振戦は羽ばたき振戦であり、静止時振戦はParkinson病の所見である。
