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血栓はなぜできる?―Virchowの三徴で見抜く深部静脈血栓症のリスク

第117回医師国家試験 A問題 第10問

国試問題にチャレンジ

第117回 A問題 第10問

下肢の深部静脈血栓のリスクファクターとなるのはどれか。3つ選べ。

  1. a.妊娠
  2. b.う歯治療
  3. c.担癌状態
  4. d.経口避妊薬内服
  5. e.Helicobacter pylori感染

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、下肢の深部静脈血栓症、いわゆるDVTの危険因子を選ぶ問題だ。危険因子をばらばらに覚えるのではなく、静脈血栓ができる仕組みを示した「Virchowの三徴」に当てはめて考えるのがコツになる。三徴、言えるかな?
医学生医学生
血流の停滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進、の3つですね。病理学の講義で血栓の成因として習いました。
ドクタードクター
完璧だ。どれか一つでも強く当てはまれば、静脈血栓のリスクになる。では選択肢を順に見ていこう。まず妊娠はどうだろう。
医学生医学生
お腹が大きくなって静脈が圧迫されるので、血流の停滞でしょうか。
ドクタードクター
それも正しいし、実はもう一つある。妊娠中はフィブリノゲンや第VII・VIII・X因子などの凝固因子が増え、凝固を抑えるプロテインSは低下する。分娩時の出血に備えた生理的な変化と考えられているけれど、その分だけ血は固まりやすい。つまり妊娠は「停滞」と「凝固能亢進」の両方を満たす危険因子なんだ。
医学生医学生
産婦人科の実習で、帝王切開後の患者さんに弾性ストッキングを履いてもらっていたのはそのためだったんですね。
ドクタードクター
そう、リスクは妊娠中から産褥期、とくに分娩後や帝王切開後に高い。ちなみに妊娠に伴うDVTは左下肢に多い。左総腸骨静脈が右総腸骨動脈の下をくぐるため、もともと圧迫されやすいからだ。次は担癌状態。
医学生医学生
がん患者さんは血栓ができやすいと聞きますが、仕組みはよくわかっていません。
ドクタードクター
腫瘍細胞が組織因子などの凝固を促す物質を産生したり、腫瘍に反応して出るサイトカインが血管内皮や単球に組織因子を発現させたりして、凝固系が活性化される。さらに化学療法、中心静脈カテーテル、手術、長期臥床が重なるから、三徴のすべてにかかわりうる。がんに伴う血栓症はTrousseau症候群と呼ばれ、膵癌や胃癌、肺癌、卵巣癌などの腺癌で多いとされる。
医学生医学生
逆に言えば、はっきりした原因のない血栓症を見たら、隠れたがんを疑うということですか。
ドクタードクター
その発想はとても大事だ。誘因のない静脈血栓塞栓症では、潜在する悪性腫瘍を念頭に置く。では経口避妊薬は?
医学生医学生
エストロゲンが入っているので、妊娠と同じように凝固能亢進ですね。
ドクタードクター
正解。エストロゲンは肝臓での凝固因子産生を増やし、アンチトロンビンやプロテインSなどの凝固阻止因子を減らす。リスクは服用開始後の数か月にとくに高く、喫煙、肥満、高年齢、血栓症の既往で上乗せされる。だから35歳以上で1日15本以上吸う喫煙者や血栓症の既往がある人には禁忌で、大きな手術の前後は休薬が求められる。ホルモン補充療法や骨粗鬆症治療薬のラロキシフェンも同じ理由でリスクになる。
医学生医学生
残りのう歯治療は、抜歯のあとに菌血症になるという話と混ざって、ちょっと迷いました。
ドクタードクター
いい引っかかり方だ。歯科処置で口腔内の細菌が一過性に血中に入ると、弁膜症や人工弁のある人では感染性心内膜炎の原因になる。その疣贅が剥がれると脳塞栓など動脈側の塞栓症を起こしうるけれど、下肢の深部静脈に血栓をつくる機序とは別物だ。
医学生医学生
Helicobacter pylori感染は、胃潰瘍や胃癌、MALTリンパ腫、ITPのリスクでしたよね。凝固とは結びつきません。
ドクタードクター
その通り。三徴のどれにも当てはまらないから危険因子とはされていない。というわけで、答えは妊娠、担癌状態、経口避妊薬内服の3つだ。最後に臨床の話をしておこう。DVTは片側下肢の腫脹や痛みで気づかれることが多いけれど、無症状のことも少なくない。検査ではDダイマーが陰性なら除外に役立ち、確定は下肢静脈エコーで静脈が圧迫で潰れないこと、内腔の血栓を確認する。
医学生医学生
一番怖いのは、血栓が飛んで肺血栓塞栓症になることですよね。
ドクタードクター
そう、突然の呼吸困難や胸痛、頻脈、低酸素血症で発症し、命にかかわることがある。だから術後や長期臥床の患者さんでは、早期離床、下肢の運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、リスクに応じた抗凝固薬で予防する。治療の基本は抗凝固療法だ。危険因子を三徴で説明できれば、目の前の患者さんのリスクを自分で見積もれるようになるよ。

まとめ

下肢の深部静脈血栓症の危険因子は、Virchowの三徴(血流の停滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進)で整理すると理解しやすくなります。妊娠は凝固因子の増加とプロテインS低下による凝固能亢進に、増大した子宮による静脈圧迫が加わり、担癌状態は組織因子などを介した凝固系の活性化(Trousseau症候群)、経口避妊薬はエストロゲンによる凝固能亢進をもたらします。一方、う歯治療は菌血症を介した感染性心内膜炎、Helicobacter pylori感染は胃・十二指腸潰瘍や胃癌などのリスクであり、静脈血栓とは結びつきません。DVTは肺血栓塞栓症の原因となるため、Dダイマーと下肢静脈エコーによる評価、早期離床や弾性ストッキング、抗凝固薬による予防が重要です。危険因子を成因から説明できる力は、周術期や妊産婦、がん患者の診療でリスクを見積もる土台になります。

解答・解説

正解はa, c, dです

深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)は、筋膜より深い位置を走る深部静脈(下肢では腸骨静脈、大腿静脈、膝窩静脈、下腿のヒラメ筋静脈など)に血栓ができる病態である。血栓が遊離して肺動脈に詰まると肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)を起こすため、両者をまとめて静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)と呼ぶ。

Virchowの三徴で考える

静脈血栓の成因は、古くから次の三要素(Virchowの三徴)で説明される。 1. 血流の停滞:長期臥床、手術後、長時間の座位(いわゆるエコノミークラス症候群)、下肢麻痺、妊娠子宮や腫瘍による骨盤内静脈の圧迫、肥満など 2. 血管内皮の障害:手術・外傷・骨折、カテーテル留置、静脈炎、血栓症の既往など 3. 血液凝固能の亢進:悪性腫瘍、妊娠・産褥、エストロゲン製剤(経口避妊薬、ホルモン補充療法)、脱水、ネフローゼ症候群、抗リン脂質抗体症候群、先天性凝固阻止因子欠乏症(アンチトロンビン、プロテインC、プロテインS欠乏)など

設問の考え方

各選択肢がこの三徴のいずれかに結びつくかを判断する。妊娠は凝固能亢進と静脈圧迫による血流停滞の両方を、担癌状態は凝固能亢進を、経口避妊薬はエストロゲンによる凝固能亢進をもたらすため、いずれもDVTの危険因子である。一方、う歯治療は菌血症を介して感染性心内膜炎のリスクとなるものであり、Helicobacter pylori感染は胃・十二指腸疾患などのリスクであって、どちらも静脈血栓の成立には直接関わらない。

選択肢考察

  1. ○a.  妊娠

    DVTの危険因子である。妊娠中はエストロゲンの増加などにより、フィブリノゲンや第VII・VIII・X因子などの凝固因子が増え、凝固を抑えるプロテインSは低下するため、血液は凝固しやすい方向に傾く。これは分娩時の出血に備えた生理的変化と考えられる。さらに、大きくなった子宮が下大静脈や腸骨静脈を圧迫して下肢の静脈還流が滞る。凝固能亢進と血流停滞が重なるため、妊娠中から産褥期(とくに分娩後、帝王切開後)にかけてVTEのリスクが高い。解剖学的に左総腸骨静脈は右総腸骨動脈の下をくぐるため圧迫されやすく、妊娠に伴うDVTは左下肢に多い。

  2. ×b.  う歯治療

    DVTの危険因子ではない。う歯(虫歯)や歯周病の治療、抜歯などの歯科処置では、口腔内の細菌(緑色レンサ球菌など)が一過性に血中に入る(菌血症)ことがある。弁膜症や人工弁などの基礎心疾患をもつ患者では、これが感染性心内膜炎の原因となり、弁に付着した疣贅が剥がれると脳塞栓など動脈系の塞栓症を起こしうる。しかし、これは下肢の深部静脈に血栓をつくる機序とは異なる。

  3. ○c.  担癌状態

    DVTの危険因子である。悪性腫瘍の患者では、腫瘍細胞が組織因子やがん凝固促進物質(cancer procoagulant)などを産生したり、腫瘍に反応して出るサイトカイン(IL-1、TNF-αなど)が血管内皮や単球に組織因子を発現させたりして、凝固系が活性化される。加えて、化学療法(血管内皮障害)、中心静脈カテーテル留置、手術、長期臥床、腫瘍による静脈圧迫なども重なる。がんに伴う凝固亢進から血栓症を起こす病態はTrousseau症候群と呼ばれ、とくに膵癌、胃癌、肺癌、卵巣癌などの腺癌で多い。原因のはっきりしないVTEをみたときは、潜在する悪性腫瘍を念頭に置く。

  4. ○d.  経口避妊薬内服

    DVTの危険因子である。低用量経口避妊薬はエストロゲン(エチニルエストラジオール)とプロゲスチンの配合剤であり、エストロゲンが肝臓での凝固因子産生を増やし、アンチトロンビンやプロテインSなどの凝固阻止因子を減らすことで凝固能を亢進させる。リスクは服用開始後の数か月以内にとくに高く、喫煙、肥満、高年齢、血栓症の既往、手術前後などで上乗せされる。このため、35歳以上で1日15本以上の喫煙者、血栓症の既往のある者などには禁忌とされ、大きな手術の前後には休薬が求められる。ホルモン補充療法や、骨粗鬆症治療薬のラロキシフェン(選択的エストロゲン受容体モジュレーター)も同様に静脈血栓のリスクを高める。

  5. ×e.  Helicobacter pylori感染

    DVTの危険因子ではない。Helicobacter pyloriは胃粘膜に持続感染し、慢性(萎縮性)胃炎を起こす。これを背景として、胃潰瘍・十二指腸潰瘍、胃癌、胃MALTリンパ腫、免疫性血小板減少症(ITP)などの発症に関与し、除菌治療が勧められる。しかし、凝固能亢進や静脈血流の停滞をもたらす病原体ではなく、静脈血栓の危険因子とはされていない。

DVTの臨床像と検査

・症状:片側下肢の腫脹、疼痛、発赤、熱感。下腿を背屈させると腓腹部に痛みが出るHomans徴候が知られるが、感度・特異度は高くない。無症状のことも多い。 ・検査:血中Dダイマー測定は陰性であればVTEの除外に役立つ(陰性的中率が高い)が、陽性でも特異度は低い。確定には下肢静脈超音波検査(圧迫しても静脈が潰れない、内腔に血栓エコーを認める)や造影CTを用いる。 ・合併症:肺血栓塞栓症(突然の呼吸困難、胸痛、頻脈、低酸素血症)。DVTが慢性化すると、静脈弁の障害から血栓後症候群(下肢のむくみ、色素沈着、潰瘍)を残すことがある。 ・治療:抗凝固療法(ヘパリン、直接経口抗凝固薬〈DOAC〉、ワルファリンなど)が基本である。

予防

手術後や長期臥床では、早期離床、下肢の自動運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、リスクに応じた抗凝固薬による予防が行われる。

主な危険因子のまとめ(Virchowの三徴)

・血流停滞:長期臥床、長時間の座位、手術後、麻痺、妊娠、肥満、心不全 ・血管内皮障害:手術、外傷、骨折、カテーテル留置、VTEの既往 ・凝固能亢進:悪性腫瘍、妊娠・産褥、経口避妊薬・ホルモン補充療法、脱水、ネフローゼ症候群、抗リン脂質抗体症候群、炎症性腸疾患、先天性凝固阻止因子欠乏症

POINT

・DVTの危険因子はVirchowの三徴(血流停滞、血管内皮障害、凝固能亢進)で整理する。 ・妊娠、担癌状態、経口避妊薬(エストロゲン製剤)はいずれも凝固能亢進をもたらす代表的な危険因子である。妊娠では子宮による静脈圧迫も加わる。 ・う歯治療は感染性心内膜炎、H. pylori感染は胃・十二指腸潰瘍や胃癌などのリスクであり、DVTとは結びつかない。 ・原因不明のVTEでは潜在する悪性腫瘍(Trousseau症候群)を考える。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。