胃を失って13年後の息切れ―Hunter舌炎が教えるビタミンB12欠乏の検査値
第120回医師国家試験 A問題 第71問
国試問題にチャレンジ
63歳の男性。労作時の息切れを主訴に家族とともに来院した。6か月前から舌の痛みがあったが医療機関を受診しなかった。3か月前から階段の昇降時に息切れを自覚するようになり,3日前から動悸と倦怠感が出現したため受診した。喫煙歴はない。50歳で胃癌のため胃全摘術を受けている。意識は清明。体温36.3℃。脈拍104/分,整。血圧122/72mmHg。呼吸数18/分。SpO2 98%(room air)。眼瞼結膜は貧血様であるが,眼球結膜に黄染を認めない。舌は淡紅色で表面は滑らかである。心音は胸骨右縁第2肋間を最強点とする収縮期駆出性雑音を聴取する。呼吸音に異常を認めない。腹部は平坦で,正中に手術痕があり,肝・脾を触知しない。下腿に浮腫を認めない。 この患者で予測される検査所見はどれか。2つ選べ。
- a.LD高値
- b.ビタミンB12低値
- c.ハプトグロビン高値
- d.平均赤血球容積〈MCV〉低値
- e.推算糸球体濾過量〈eGFR〉低下
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
胃全摘から数年以上たって貧血が現れ、舌痛を伴う平滑な舌(Hunter舌炎)を認める場合は、内因子の喪失によるビタミンB12欠乏性の巨赤芽球性貧血を考えます。ビタミンB12欠乏ではDNA合成障害により赤芽球が大型化し、骨髄内で崩壊する無効造血が起こるため、血清ビタミンB12低値に加えてLD著明高値、間接ビリルビン軽度上昇、ハプトグロビン低下と溶血に似た所見を示し、MCVは高値となります。鉄欠乏は術後早期、ビタミンB12欠乏は肝臓の貯蔵のため術後数年以降に顕在化するという時間軸の違いも重要です。神経症状(亜急性連合性脊髄変性症)の確認と、筋注による生涯の補充、治療開始後の低カリウム血症や鉄欠乏への注意まで押さえることで、術後患者の長期フォローに生かせる知識になります。
解答・解説
正解はa, bです
所見の整理
・63歳男性。3か月前からの労作時息切れ、3日前からの動悸・倦怠感:ゆっくり進んだ貧血に対し、心拍数の増加などの代償が追いつかなくなってきた経過と読める。喫煙歴がなく呼吸音も正常、SpO2 98%であることから、息切れの原因として肺疾患は考えにくい。 ・脈拍104/分の頻脈、眼瞼結膜の貧血様所見、胸骨右縁第2肋間を最強点とする収縮期駆出性雑音:高度な貧血を示す。この雑音は、貧血で血液の粘稠度が下がり心拍出量が増えることで生じる機能性雑音(貧血性雑音)と考えられる。 ・6か月前からの舌の痛み、淡紅色で表面が平滑な舌:舌乳頭が萎縮した状態で、Hunter舌炎(ハンター舌炎)に合致する。 ・13年前(50歳)の胃全摘術:胃の壁細胞が分泌する内因子が失われ、ビタミンB12が吸収できなくなる。 ・眼球結膜の黄染なし、肝脾腫なし、下腿浮腫なし。
診断へのプロセス
貧血の原因を考えるとき、まず背景にある病歴を確認する。胃全摘後には鉄欠乏性貧血とビタミンB12欠乏性貧血の両方が起こり得る。鉄は胃酸がないと吸収されにくいため術後比較的早期から欠乏しやすいのに対し、ビタミンB12は肝臓に数年分(一般に3〜5年分以上)の貯蔵があるため、欠乏が表に出るのは術後数年以上たってからである。本例は術後13年が経過しており時期として合致する。さらにHunter舌炎はビタミンB12欠乏を強く示唆する所見であり、診断は「胃全摘後のビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血」と考えられる。 眼球結膜に黄染がないことは顕著な溶血の存在を否定的にするが、巨赤芽球性貧血でも間接ビリルビンの上昇は軽度にとどまることが多く、矛盾はしない。また本例は自己免疫機序による「悪性貧血」ではなく、手術で内因子産生部位を失ったことによる二次的なビタミンB12欠乏である点も区別しておきたい。
設問の考え方
問われているのは巨赤芽球性貧血で予想される検査値である。ビタミンB12欠乏ではDNA合成が障害され、骨髄内の赤芽球が核の成熟遅延のため大型化し(巨赤芽球)、成熟する前に骨髄内で壊れてしまう(無効造血)。この「骨髄内での溶血」によって、溶血性貧血と似た検査パターン(LD上昇、間接ビリルビン上昇、ハプトグロビン低下)を示す。これに大球性(MCV高値)であること、血中ビタミンB12低値を組み合わせて考えればよい。
選択肢考察
- ○a. LD高値
LD(乳酸脱水素酵素)は赤血球を含む多くの細胞内に存在し、細胞が壊れると血中に漏れ出る。巨赤芽球性貧血では骨髄内で多数の赤芽球が成熟前に崩壊する無効造血が起こるため、LDは高値となり、ときに数千U/Lに達するほど著明に上昇する。上昇するのは主に赤血球由来のLD1・LD2アイソザイムである。
- ○b. ビタミンB12低値
食物中のビタミンB12は、胃の壁細胞から分泌される内因子と結合して回腸末端で吸収される。胃全摘では内因子が失われるためビタミンB12を吸収できなくなり、肝臓の貯蔵が数年かけて枯渇した後に血中濃度が低下する。術後13年を経過した本例では血清ビタミンB12低値が予想され、これが本例の貧血の原因である。
- ×c. ハプトグロビン高値
ハプトグロビンは血中に放出された遊離ヘモグロビンと結合して処理される蛋白であり、赤血球が壊れるとヘモグロビンとの結合で消費されて低下する。巨赤芽球性貧血では無効造血による骨髄内での赤芽球崩壊のため低値となることが多く、高値にはならない。ハプトグロビン高値は炎症(急性期反応蛋白として上昇)などでみられる所見である。
- ×d. 平均赤血球容積〈MCV〉低値
ビタミンB12欠乏ではDNA合成が障害され、細胞質の成熟に比べて核の成熟が遅れる(核・細胞質成熟乖離)ため、赤血球は大型化する。したがって大球性貧血となり、MCVは高値(一般に100fLを超え、120fL以上になることもある)を示す。MCV低値(小球性)は鉄欠乏性貧血やサラセミアなどでみられる。なお胃全摘後は鉄欠乏が合併することもあり、その場合はMCVが正常域に近づくことがあるが、低値が「予測される所見」とはいえない。
- ×e. 推算糸球体濾過量〈eGFR〉低下
eGFR低下は慢性腎臓病を示し、エリスロポエチン産生低下による腎性貧血の原因となり得る。しかし本例には腎疾患を示唆する病歴や浮腫などの所見はなく、Hunter舌炎や胃全摘後という経過はビタミンB12欠乏で十分に説明できる。また腎性貧血は通常正球性であり、本例の病態とは結び付かない。
ビタミンB12の吸収経路
食物中のビタミンB12は胃酸とペプシンで蛋白から遊離し、まず唾液由来のハプトコリンと結合する。十二指腸で膵酵素によりハプトコリンが分解されると、胃壁細胞由来の内因子と結合し、回腸末端の受容体を介して吸収される。したがって、胃全摘・自己免疫性胃炎(悪性貧血)・回腸末端切除・Crohn病・盲係蹄症候群(腸内細菌による消費)・広節裂頭条虫症などで欠乏が起こる。
胃切除後の貧血
・鉄欠乏性貧血:胃酸による三価鉄から二価鉄への還元が減ることや、十二指腸を食物が通らない再建法などにより、術後比較的早期から起こり得る。小球性。 ・ビタミンB12欠乏性貧血:肝臓に数年分の貯蔵があるため、術後数年以上(一般に5年前後〜)経過してから顕在化する。大球性。 両者が合併すると、MCVが相殺されて正常に近い値になることがある。
巨赤芽球性貧血の検査所見
・大球性貧血(MCV高値)、網赤血球は少ない ・汎血球減少を伴うことがある ・末梢血で好中球の過分葉(核が6分葉以上など) ・無効造血による LD著明高値、間接ビリルビン軽度上昇、ハプトグロビン低下 ・骨髄は過形成で巨赤芽球を認める ・ビタミンB12欠乏ではメチルマロン酸とホモシステインが上昇し、葉酸欠乏ではホモシステインのみ上昇する
ビタミンB12欠乏の臨床像
・貧血症状(息切れ、動悸、倦怠感、機能性心雑音) ・Hunter舌炎(舌乳頭萎縮による平滑な赤い舌、舌痛) ・神経症状:亜急性連合性脊髄変性症(後索障害による深部感覚障害、側索障害による錐体路徴候)、末梢神経障害、認知機能低下。神経症状は貧血がなくても出現し得る。 ・白髪化、消化器症状など
治療
内因子がない状態では通常量の経口投与では吸収されにくいため、ビタミンB12(メコバラミン、ヒドロキソコバラミンなど)の筋肉内注射が基本である。胃全摘後は生涯にわたる補充が必要となる。治療開始後は網赤血球が数日で増加し、造血の亢進に伴って低カリウム血症や鉄欠乏が顕在化することがあるので注意する。
POINT
・胃全摘後の数年以上経過した貧血+Hunter舌炎 → ビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血 ・ビタミンB12の吸収には胃壁細胞の内因子が必要で、貯蔵が多いため欠乏の顕在化には術後数年かかる ・巨赤芽球性貧血は無効造血のため、LD著明高値・間接ビリルビン上昇・ハプトグロビン低下と溶血に似た所見を示す ・MCVは高値(大球性)。MCV低値は鉄欠乏などの小球性貧血 ・神経症状(亜急性連合性脊髄変性症)の有無も必ず確認する
