StudyMed医師国家試験

歯痛から始まり胸へ降りる炎症―降下性壊死性縦隔炎は「抗菌薬+ドレナージ」で救う

第120回医師国家試験 A問題 第72問

国試問題にチャレンジ

第120回 A問題 第72問

71歳の男性。呼吸困難を主訴に来院した。3日前から歯痛と咽頭痛があり,2日前から頸部の痛みと腫脹を伴い,昨夜から前胸部痛と呼吸困難を自覚したため受診した。既往歴に高血圧と2型糖尿病がある。体温38.9℃。脈拍100/分,整。血圧88/60mmHg。呼吸数28/分。SpO2 91%(room air)。頸部に圧痛と腫脹を認める。血液所見:白血球15,500。CRP 32mg/dL。胸部造影CTを下に示す。  適切な治療はどれか。2つ選べ。

第120回 A問題 第72問の問題画像
  1. a.抗菌薬投与
  2. b.放射線治療
  3. c.抗癌化学療法
  4. d.グルココルチコイド投与
  5. e.頸部・縦隔ドレナージ術

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、口の中の感染が数日のうちに胸の中まで広がってしまった重症感染症の治療を問う問題だ。注目してほしいのは、症状が「歯・のど → 首 → 胸」と上から下へ移ってきた経過と、造影CTで縦隔に何が起きているか。そして血圧やSpO2から、この患者さんがどれだけ危ない状態かも意識してほしい。
医学生医学生
胸痛と呼吸困難なので、最初は急性冠症候群や肺塞栓を思い浮かべてしまいました。
ドクタードクター
胸痛を見たら致死的疾患をまず除外する姿勢は正しいよ。でもこの症例は、歯痛と咽頭痛から始まって頸部の腫れ、そして胸の症状へと「降りてきて」いる。この流れ自体が診断の最大のヒントなんだ。
医学生医学生
首から胸へ感染が伝わる通り道があるということですか。
ドクタードクター
その通り。頸部には筋膜で仕切られた間隙があって、咽頭後間隙や気管前間隙などは縦隔までつながっている。重力や呼吸による胸腔内の陰圧も手伝って、膿が下へ下へと広がっていく。こうして口腔・咽頭の感染が縦隔に波及したものを降下性壊死性縦隔炎と呼ぶんだ。
医学生医学生
解剖実習で頸部の筋膜を剥がしたとき、「危険間隙」という名前がついているのを不思議に思った覚えがあります。
ドクタードクター
まさにその「危険」の意味がこれだよ。では造影CTの所見をどう解釈するかな。縦隔の脂肪の中に、周りが造影されて中が低吸収の液体貯留があり、さらに本来ないはずのガス像、両側の胸水も見えている。
医学生医学生
辺縁が造影される液体貯留は膿瘍で、ガスがあるのはガス産生菌、つまり嫌気性菌が関わっているということでしょうか。
ドクタードクター
いい読みだね。原因菌は口腔内の常在菌で、レンサ球菌やブドウ球菌に、Bacteroidesやペプトストレプトコッカスなどの嫌気性菌が混ざった混合感染が多い。さらにこの患者さんは糖尿病があって易感染性だし、血圧低下・頻呼吸・低酸素で敗血症性ショックに陥りかけている。死亡率の高い、一刻を争う状態なんだ。
医学生医学生
では治療は、まず広域の抗菌薬ですね。
ドクタードクター
そう、ひとつめの柱は抗菌薬投与。血液培養を採ったうえで、嫌気性菌までカバーする広域抗菌薬をすぐに静注で始める。β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリンやカルバペネムなどが候補で、MRSAが疑われれば抗MRSA薬を加える。ただ、抗菌薬だけで十分だと思うかい?
医学生医学生
膿瘍があるなら……感染症の講義で「膿は出せ」と習いました。抗菌薬が中まで届かないからですよね。
ドクタードクター
その通り。膿瘍や壊死組織は血流に乏しく、抗菌薬が移行しにくい。だからふたつめの柱が頸部・縦隔ドレナージ術だ。大事なのは頸部の切開排膿だけでは縦隔の病変を制御しきれないことが多い点で、膿瘍が気管分岐部より下まで及ぶような場合は、開胸や胸腔鏡で縦隔まで積極的に開放・排膿することで救命率が上がるとされている。
医学生医学生
残りの選択肢の放射線治療や抗癌化学療法は、縦隔腫瘍を想定したものですね。
ドクタードクター
そう。縦隔の病変というと腫瘍を連想しがちだけど、数日の急激な経過、高熱、著明な炎症反応、ガス像という組み合わせは明らかに感染症だ。抗癌化学療法はむしろ骨髄抑制で感染を悪化させてしまう。
医学生医学生
グルココルチコイドは、炎症が強いので腫れを抑える目的なら使えそうな気もしたのですが。
ドクタードクター
迷いやすいところだね。ステロイドは免疫を抑えて膿瘍を伴う細菌感染の拡大を助長しうるし、糖尿病の血糖コントロールも悪化させる。原因治療にはならないんだ。ただし、十分な輸液と昇圧薬でも循環が保てない敗血症性ショックでは、補助的に少量のヒドロコルチゾンを考慮することはある。あくまで感染源制御と抗菌薬に上乗せする支持療法で、この問題で選ぶ「適切な治療」ではないね。
医学生医学生
原因菌を叩く抗菌薬と、物理的に膿を抜くドレナージの二本立てで、その間に全身管理も並行する、という理解でいいですか。
ドクタードクター
完璧だ。全身管理としては輸液、昇圧薬、酸素投与、必要なら気道確保と人工呼吸。頸部の腫脹で気道が狭くなることもあるから、挿管のタイミングは早めに判断する。原因となった歯の処置も忘れずに行う。合併症として膿胸、心膜炎や心タンポナーデ、大血管への穿破もありうるから、ドレナージ後もCTで広がりを繰り返し評価していく。
医学生医学生
臨床実習で歯科口腔外科を回ったとき、「歯の感染で命を落とすことがある」と言われたのが大げさだと思っていましたが、こういうことなんですね。
ドクタードクター
決して大げさじゃないよ。実臨床では、歯性感染や扁桃周囲膿瘍の患者さんが胸痛や呼吸困難、嚥下困難を訴え始めたら、すぐに頸部から胸部までの造影CTを撮ることが大切だ。縦隔炎の原因としては、ほかに食道穿孔やBoerhaave症候群、心臓手術後の胸骨感染もあるので、あわせて押さえておこう。

まとめ

歯痛・咽頭痛から頸部腫脹、さらに胸痛・呼吸困難へと症状が下方へ広がり、造影CTで縦隔の膿瘍とガス像を認める場合は、口腔・咽頭感染が頸部の筋膜間隙を伝って縦隔に波及した降下性壊死性縦隔炎を考えます。原因菌は口腔内のレンサ球菌・ブドウ球菌と嫌気性菌の混合感染が多く、糖尿病や高齢は危険因子で、敗血症性ショックに進展しやすい致死的疾患です。治療の柱は嫌気性菌もカバーする広域抗菌薬の早期静注と、頸部だけでなく縦隔まで及ぶ外科的ドレナージの併用であり、輸液・昇圧薬・気道確保などの全身管理を並行します。ステロイドは感染を悪化させうるため治療の主体にはならず、放射線治療や抗癌化学療法は腫瘍に対する治療で適応はありません。頭頸部感染の患者が胸部症状を訴えたら縦隔への波及を疑い、速やかに画像評価を行う姿勢が救命につながります。

解答・解説

正解はa, eです

所見の整理

・経過:3日前に歯痛・咽頭痛 → 2日前に頸部の痛みと腫脹 → 昨夜から前胸部痛と呼吸困難。口腔・咽頭の感染が頸部、さらに胸部へと、数日の単位で下方へ広がっている。 ・背景:71歳、2型糖尿病(易感染性で、感染が重症化・急速進行しやすい)、高血圧。 ・バイタルサイン:体温38.9℃、脈拍100/分、血圧88/60mmHg、呼吸数28/分、SpO2 91%。発熱・頻脈・頻呼吸に加えて血圧低下と低酸素血症があり、敗血症からショックに陥りつつある危険な状態である。 ・頸部の圧痛と腫脹、白血球15,500/μL、CRP 32mg/dLと著明な炎症反応。 ・胸部造影CT:縦隔の脂肪組織内に、周囲が造影され内部が低吸収を示す液体貯留(膿瘍)と、本来あるはずのないガス像がみられ、両側背側に胸水も伴っている。縦隔の化膿性炎症を示す所見である。

診断へのプロセス

胸痛と呼吸困難だけをみると急性冠症候群、肺炎、胸膜炎、肺塞栓なども鑑別に挙がるが、歯・咽頭の感染に始まり頸部を経て胸部へ症状が「降りてきた」経過と、CTでの縦隔内膿瘍・ガス像から、歯性あるいは咽頭の感染が頸部の筋膜間隙(咽頭後間隙・気管前間隙など)を伝って縦隔に波及した降下性壊死性縦隔炎(descending necrotizing mediastinitis;DNM)と診断できる。頸部・縦隔の腫瘍性病変も画像上の鑑別にはなるが、数日という急激な経過、高熱と著明な炎症反応、ガス産生からは感染症と判断すべきである。

設問の考え方

DNMは死亡率の高い重症感染症で、治療の二本柱は「原因菌に対する十分な抗菌薬投与」と「膿瘍の外科的ドレナージ」である。膿瘍内には抗菌薬が届きにくいため、抗菌薬だけでは制御できず、頸部だけでなく縦隔まで十分に開放・排膿することが救命に直結する。本例はショックに近い状態であり、輸液・昇圧薬・酸素投与(必要なら気道確保と人工呼吸)といった全身管理を並行して行う。

選択肢考察

  1. ○a.  抗菌薬投与

    DNMの原因菌は口腔内常在菌で、レンサ球菌(Streptococcus属)、ブドウ球菌(Staphylococcus属)に、Bacteroides属・Peptostreptococcus属・Prevotella属などの嫌気性菌が加わった混合感染であることが多い。ガス像は嫌気性菌などのガス産生菌の関与を示唆する。敗血症を伴っているため、血液培養を採取したうえで、嫌気性菌もカバーする広域抗菌薬(例:β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリンやカルバペネム系など、MRSAの関与が疑われればバンコマイシン等を追加)をただちに静注で開始する。

  2. ×b.  放射線治療

    放射線治療は主に悪性腫瘍に対する局所治療である。本例は数日の経過で発症した急性感染症であり、適応はない。

  3. ×c.  抗癌化学療法

    抗癌化学療法は悪性腫瘍に対する全身治療であり、感染症である本例の適応にはならない。むしろ骨髄抑制や免疫低下を招き、感染を悪化させる。

  4. ×d.  グルココルチコイド投与

    グルココルチコイドは免疫を抑制し、膿瘍を伴う細菌感染の拡大を助長するおそれがあるほか、本例では糖尿病の血糖コントロールも悪化させる。DNMの原因治療とはならない。なお、十分な輸液と昇圧薬でも循環が安定しない敗血症性ショックでは、補助療法として少量のヒドロコルチゾンが考慮されることがあるが、それは感染源の制御と抗菌薬に付け加える支持療法にとどまり、本例の「適切な治療」として選ぶものではない。

  5. ○e.  頸部・縦隔ドレナージ術

    膿瘍・壊死組織は血流に乏しく抗菌薬が移行しにくいため、外科的に切開して排膿・壊死組織の除去(デブリドマン)を行う感染源の制御が不可欠である。DNMでは頸部の切開排膿だけでは縦隔病変を制御しきれないことが多く、膿瘍が気管分岐部より下方まで及ぶ場合などには、開胸や胸腔鏡による縦隔ドレナージを積極的に加えることで救命率が改善するとされる。抗菌薬投与と並ぶ治療の柱である。

降下性壊死性縦隔炎(DNM)

・定義:歯性感染症、扁桃周囲膿瘍、咽後膿瘍などの口腔・咽頭感染が、頸部の筋膜間隙を伝って縦隔へ下降性に波及し、壊死性の化膿性炎症・膿瘍を形成する疾患。 ・進展経路:咽頭後間隙から後縦隔へ広がる経路(いわゆる危険間隙を含む)、気管前間隙から前縦隔へ広がる経路、頸動脈鞘に沿う経路などがある。重力や胸腔内の陰圧も下方への進展を助ける。 ・危険因子:糖尿病、高齢、肝硬変、ステロイド・免疫抑制薬の使用、悪性腫瘍、アルコール多飲など。基礎疾患のない人にも起こる。 ・症状:発熱、頸部の腫脹・疼痛、開口障害、嚥下痛・嚥下困難、胸痛・胸部圧迫感、呼吸困難。頸部の皮下気腫がみられることもある。頭頸部感染の患者がこれらの胸部症状を訴えたらDNMを疑う。 ・合併症:敗血症性ショック、膿胸・胸水、心膜炎・心タンポナーデ、気道狭窄、大血管への穿破など。死亡率は治療が進歩した現在でも高い。 ・診断:頸部から胸部の造影CTが必須で、縦隔脂肪織の濃度上昇、液体貯留(膿瘍)、ガス像、胸水・心膜液などを評価し、膿瘍の広がりからドレナージの範囲を決める。 ・治療:広域抗菌薬(好気性菌と嫌気性菌の両方をカバー)、頸部・縦隔の外科的ドレナージ、原因歯の処置、気道確保を含む全身管理。

縦隔炎のその他の原因

・食道穿孔(特発性食道破裂〈Boerhaave症候群〉、内視鏡操作、異物) ・胸骨正中切開による心臓手術後の感染 ・慢性のものとして線維性縦隔炎(結核、真菌感染など)

POINT

・歯痛・咽頭痛 → 頸部腫脹 → 胸痛・呼吸困難と症状が下へ広がる+CTで縦隔膿瘍・ガス像 → 降下性壊死性縦隔炎 ・糖尿病などの易感染状態は危険因子 ・治療の柱は「嫌気性菌もカバーする広域抗菌薬」と「頸部・縦隔の外科的ドレナージ」の併用 ・ショックに対する輸液・昇圧薬、気道確保などの全身管理を並行する ・ステロイドは感染を悪化させうるため治療の主体とはならない

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。