頸部の雑音は脳からの警報―無症候性内頸動脈狭窄が招く一過性脳虚血発作
第119回医師国家試験 B問題 第43問(連問)
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連問の共通文
次の文を読み,43,44の問いに答えよ。 54歳の男性。脳ドックで異常を指摘され来院した。 現病歴:自覚症状はなかったが,今回初めて脳ドックを受診した。 既往歴:健康診断で血圧が高いと指摘をされていたがそのままにしていた。 生活歴:喫煙歴はない。飲酒は機会飲酒。週末はジムに通っている。妻と2人の子供の4人暮らし。 家族歴:母が62歳時に大腸癌で手術を受けた。 現症:意識は清明。身長166cm,体重72kg。体温36.4℃。脈拍80/分,整。血圧140/80mmHg。呼吸数16/分。SpO2 98%(room air)。左頸部に血管雑音を聴取する。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部に異常を認めない。神経診察で異常を認めない。 検査所見:尿所見:蛋白(-),糖(-),潜血(-)。血液所見:赤血球450万,Hb 16.2g/dL,Ht 50%,白血球4,600,血小板32万。血液生化学所見:総蛋白7.1g/dL,アルブミン3.6g/dL,総ビリルビン0.6mg/dL,AST 23U/L,ALT 12U/L,LD 184U/L(基準124~222),尿素窒素20 mg/dL,クレアチニン1.0mg/dL,尿酸6.8mg/dL,空腹時血糖105mg/dL,HbA1c 5.2%(基準4.9~6.0),トリグリセリド140mg/dL,HDLコレステロール42mg/dL,LDLコレステロール196mg/dL,Na 140mEq/L,K 4.2mEq/L,Cl 103mEq/L,Ca 9.8mg/dL。CRP 0.1mg/dL。頭部単純MRIで明らかな異常を認めない。頸部MRAを下に示す。
この患者で発症する可能性が最も高いのはどれか。

- a.Parkinson病
- b.一過性脳虚血発作
- c.緊張型頭痛
- d.くも膜下出血
- e.髄膜炎
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
頸部の血管雑音と、MRAでの内頸動脈起始部の狭窄がそろえば、動脈硬化による内頸動脈狭窄症を考えます。狭窄部のプラークから血栓が剥がれる動脈原性塞栓や、灌流圧の低下による血行力学的機序で同側の大脳半球や網膜に虚血が生じ、短時間で回復すれば一過性脳虚血発作や一過性黒内障、回復しなければアテローム血栓性脳梗塞となります。狭窄病変がもたらすのは虚血であり、脳動脈瘤破裂が主な原因のくも膜下出血や、Parkinson病、緊張型頭痛、髄膜炎とは病態が異なります。TIAは脳梗塞の前触れで発症早期ほど脳梗塞への移行リスクが高いため緊急の評価が必要であり、無症候の段階から危険因子の管理と抗血小板療法、狭窄度に応じた外科的治療の検討を行います。病変の部位から起こりうる症状と病態を予測する考え方は、脳卒中の予防と早期対応の基盤となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・54歳男性。自覚症状はなく、初めて受けた脳ドックで異常を指摘された。 ・健診で高血圧を指摘されながら放置しており、受診時の血圧も140/80mmHgである(診察室血圧で収縮期140mmHg以上は高血圧の基準を満たす)。 ・身長166cm、体重72kgからBMIは約26.1で、日本の基準(BMI 25以上)では肥満に該当する。 ・左頸部に血管雑音(bruit)を聴取する。頸部の血管雑音は、狭窄した頸動脈を血液が乱流となって通過するときに生じる音であり、頸動脈狭窄を疑う身体所見である。 ・神経診察に異常はなく、頭部単純MRIでも梗塞巣などの異常はない。すなわち現時点で脳虚血症状や脳梗塞は起こしていない。 ・LDLコレステロール196mg/dLと著明高値(基準は140mg/dL未満)で、高LDLコレステロール血症がある。空腹時血糖105mg/dL、HbA1c 5.2%で糖尿病は認めない。 ・頸部MRA(磁気共鳴血管撮影)では、画像の右側すなわち患者の左側で、総頸動脈が内頸動脈と外頸動脈に分かれる分岐部直後の内頸動脈起始部に、血管の途絶・狭小化を示す所見がみられる。
診断
血管雑音の部位とMRA所見が一致しており、左内頸動脈起始部の狭窄症と診断できる。症状がないため「無症候性内頸動脈狭窄症」である。頸動脈分岐部は血流が分かれて乱流が生じやすく、動脈硬化性プラーク(粥腫)が最もできやすい部位の一つである。本例には高血圧と高LDLコレステロール血症(さらに軽度の肥満、男性・中年という背景)があり、動脈硬化(アテローム硬化)による狭窄と考えるのが自然である。
設問の考え方
問われているのは、この内頸動脈狭窄が今後どのような疾患を引き起こしやすいかである。内頸動脈は同側の大脳半球(中大脳動脈・前大脳動脈領域)と眼動脈を介して網膜を灌流している。狭窄部のプラークから血栓や粥腫片が剥がれて末梢へ流れる動脈原性塞栓(artery-to-artery embolism)や、狭窄による灌流圧低下(血行力学的機序)が起こると、同側の大脳半球や網膜に虚血が生じる。これが短時間で回復すれば一過性脳虚血発作〈TIA〉や一過性黒内障、回復しなければアテローム血栓性脳梗塞となる。選択肢の中で内頸動脈狭窄と直接の因果関係をもつのは一過性脳虚血発作だけである。
選択肢考察
- ×a. Parkinson病
Parkinson病は中脳黒質のドパミン神経細胞が変性・脱落する神経変性疾患で、αシヌクレインを主成分とするLewy小体の蓄積が特徴である。安静時振戦、筋強剛、無動、姿勢保持障害を主徴とする。頸動脈の動脈硬化性狭窄が発症原因となることはない。なお、多発性の脳小血管病によってパーキンソン症状が出る「脳血管性パーキンソニズム」はあるが、これはParkinson病とは別の病態であり、内頸動脈起始部の狭窄から直接生じるものでもない。
- ○b. 一過性脳虚血発作
内頸動脈起始部のプラークから微小な血栓や粥腫片が遊離して脳へ流れる動脈原性塞栓や、狭窄による脳灌流圧の低下によって、狭窄と同じ側の大脳半球に一過性の虚血が起こる。その結果、対側の片麻痺・感覚障害、優位半球(通常は左)であれば失語などの局所神経症状が出現し、多くは1時間以内、定義上は24時間以内に消失する。本例は左内頸動脈狭窄なので、右半身の麻痺・しびれや失語、左眼の一過性黒内障(眼動脈の虚血による片眼の一時的な視力消失)として現れうる。TIAは脳梗塞の前触れであり、発症後の早い時期ほど脳梗塞に移行するリスクが高いため、発症したら緊急の評価と治療が必要である。本例で最も起こりやすい疾患として正しい。
- ×c. 緊張型頭痛
緊張型頭痛は一次性頭痛(原因となる器質的疾患のない頭痛)のうち最も頻度が高いもので、頭部を締めつけられるような両側性の非拍動性頭痛を特徴とする。長時間の同一姿勢、精神的ストレス、頭頸部の筋緊張などが関与するとされる。頸動脈狭窄が原因となることはない。
- ×d. くも膜下出血
非外傷性くも膜下出血の大部分は脳動脈瘤の破裂によって生じ、ほかに脳動静脈奇形や脳動脈解離などが原因となる。高血圧や喫煙は動脈瘤破裂の危険因子ではあるが、内頸動脈起始部の動脈硬化性狭窄そのものが出血を引き起こすことはない。提示されたMRAの範囲には動脈瘤を示す所見もない。狭窄病変がもたらすのは「虚血」であって「出血」ではない、と整理するとよい。
- ×e. 髄膜炎
髄膜炎は細菌・ウイルス・真菌・結核菌などの感染(ほかに癌の髄膜転移や自己免疫性疾患)によって髄膜に炎症が起こる疾患で、発熱、頭痛、項部硬直などを呈する。頸動脈狭窄とは病態上の関連がない。本例は発熱もなく、CRPも0.1mg/dLと炎症所見を認めない。
頸動脈狭窄症の概要
・多くはアテローム硬化によるもので、好発部位は総頸動脈分岐部から内頸動脈起始部である。中高年男性に多く、高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙、肥満などの動脈硬化危険因子をもつ人に多い。冠動脈疾患や末梢動脈疾患を合併していることも多い。 ・症状を起こしたことがあるもの(同側のTIA・脳梗塞・一過性黒内障など)を症候性、ないものを無症候性と呼ぶ。症候性の方が脳梗塞の再発リスクが高く、治療適応の判断にも大きく影響する。
脳虚血を起こす機序
・動脈原性塞栓:狭窄部の不安定プラークの破綻や、その表面に形成された血栓が遊離し、末梢の脳動脈を閉塞させる。頻度が高い。 ・血行力学的機序:高度狭窄のために末梢の灌流圧が下がり、脱水や血圧低下を契機に、主幹動脈の灌流域の境界(分水嶺域)に虚血が生じる。
一過性脳虚血発作〈TIA〉
・脳や網膜の局所的な虚血によって一過性に神経症状が生じるもので、従来は症状が24時間以内に完全に消失するものと時間で定義されていた。現在はMRI拡散強調画像などで急性梗塞巣を認めないことも重視する組織ベースの定義が用いられている。 ・発症後早期(特に48時間以内)に脳梗塞へ移行しやすい。年齢、血圧、臨床症状(片麻痺・言語障害)、持続時間、糖尿病の有無で脳梗塞発症リスクを評価するABCD2スコアが知られる。
検査
・頸動脈超音波検査:内膜中膜複合体厚(IMT)、プラークの有無・厚さ・性状(低輝度で可動性のあるものは不安定)、狭窄率や血流速度を非侵襲的に評価できる。スクリーニングや経過観察に有用である。 ・MRA:被曝なく血管の狭窄を描出できる。非造影で撮像できるが、高度狭窄では乱流による信号低下で実際より狭窄が強く見えることがある。MRIのプラークイメージングでプラークの性状も評価できる。 ・CTA、脳血管造影:狭窄率の正確な評価や治療前の評価に用いる。狭窄率の計測法としてはNASCET法が広く用いられる。
治療
・全例で危険因子の管理(降圧、スタチンなどによる脂質低下、禁煙、糖尿病管理)と抗血小板薬による内科治療を行う。 ・高度狭窄では頸動脈内膜剥離術(CEA)や頸動脈ステント留置術(CAS)が検討される。症候性の高度狭窄(NASCET法で70%以上)では外科的治療の有用性が確立しており、中等度狭窄や無症候性狭窄では、狭窄の程度、プラークの性状、手術リスク、余命などを考慮して個別に判断する。
POINT
・頸部の血管雑音 + MRAで内頸動脈起始部の狭窄 → 動脈硬化による内頸動脈狭窄症。 ・内頸動脈狭窄が引き起こすのは、動脈原性塞栓や血行力学的機序による同側大脳半球・網膜の虚血である(TIA、一過性黒内障、アテローム血栓性脳梗塞)。 ・狭窄病変が起こすのは「虚血」であり、くも膜下出血(主に脳動脈瘤の破裂)とは区別する。 ・TIAは脳梗塞の前触れであり、発症早期の脳梗塞移行リスクが高いため緊急に対応する。
