右側頭葉の血腫が奪うもの―利き手と視放線から症状を読み解く
第119回医師国家試験 D問題 第21問
国試問題にチャレンジ
69歳の男性。生来右利き。立てないことを主訴に救急車で搬入された。今朝トイレで立ち上がれなくなったため,家族が救急車を要請した。40歳台から高血圧症で,降圧薬を服用中である。来院時の意識レベルはJCSⅠ-1。身長172cm,体重67kg。体温36.6℃。心拍数84/分,整。血圧180/92mmHg。呼吸数20/分。SpO2 96%(room air)。頭部単純CT水平断像(A)と冠状断像(B)とを下に示す。 この患者で認めるのはどれか。

- a.失算
- b.対麻痺
- c.視野障害
- d.手指失認
- e.感覚性失語
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
右利きの人では言語の優位半球はほぼ左であり、右側頭葉の皮質下出血では感覚性失語や、失算・手指失認を含むGerstmann症候群(優位半球角回)は原則として生じません。一方、側頭葉の深部白質には視放線が走り、その下部線維は側脳室下角の前方を回り込むMeyerループを形成するため、側頭葉病変では反対側の同名上四半盲、広範なら同名半盲に近い視野障害が起こります。対麻痺は脊髄病変や両側傍矢状部病変(大脳鎌髄膜腫など)で生じ、片側大脳病変では起こりません。また高齢者の皮質下出血では高血圧のほか脳アミロイド血管症や血管奇形なども原因となるため原因検索が必要です。利き手から優位半球を判断し、病変部位を通過する神経線維まで想定する思考法は、脳卒中の局在診断と診察の質を高める基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・69歳の男性、生来右利き:右利きの人の大部分(95%以上)では言語の優位半球は左である。したがって右半球は非優位半球と考える。 ・今朝トイレで急に立ち上がれなくなった:高齢者に突然生じた神経症状であり、脳血管障害(脳卒中)をまず疑う。 ・40歳台からの高血圧症、来院時血圧180/92mmHg:脳出血の最大の危険因子である。急性期の脳卒中では頭蓋内圧上昇などに反応して血圧が高くなることも多い。 ・JCS(Japan Coma Scale)Ⅰ-1:覚醒はしているが「意識清明とはいえない」軽い意識障害であり、頭蓋内病変を示唆する。
画像所見
頭部単純CTの水平断像(A)では、右側頭葉の皮質下に境界明瞭な大きな高吸収域がある。単純CTで高吸収を示すのは急性期の血腫の特徴である。冠状断像(B)では、血腫が右側頭葉からシルビウス裂の深部・上方へ向かって広がり、右側脳室を圧排している。周囲の浮腫とともに軽度の正中偏位もうかがわれる。以上より、右側頭葉を主座とする急性期の皮質下出血(脳葉型出血)と診断できる。
設問の考え方
「この患者で認めるのはどれか」は、病変の部位から出現しうる症状を推定する問題である。ポイントは二つある。 ① 病変は右(非優位)半球にある。左(優位)半球の障害で起こる失語やGerstmann症候群(失算・手指失認・左右失認・失書)は、原則として生じない。 ② 側頭葉の深部(白質)には、外側膝状体から後頭葉の視覚野へ向かう視放線が走っている。視放線の下部線維は側頭葉の中を前方へ大きく回り込む(Meyerループ)。そのため側頭葉の血腫では視放線が障害され、反対側(左側)の同名性の視野障害が起こる。 以上から、本例で認めるのは視野障害(左同名上四半盲〜左同名半盲)である。
選択肢考察
- ×a. 失算
失算(計算ができなくなる)は、手指失認・左右失認・失書とともにGerstmann症候群を構成する症状で、責任病巣は優位半球(右利きでは左)頭頂葉の角回である。実際には4症状がそろわない不全型として見られることが多い。本例の病変は非優位半球である右の側頭葉なので、失算は考えにくい。
- ×b. 対麻痺
対麻痺は両下肢の運動麻痺で、多くは胸髄以下の脊髄病変(脊髄損傷、脊髄腫瘍、脊髄梗塞など)で起こる。大脳で起こるのは、両側の一次運動野のうち下肢を支配する内側面(傍矢状部)が障害されたときで、大脳鎌髄膜腫や両側前大脳動脈領域の梗塞が代表である。本例は片側(右)の大脳病変なので、運動障害があったとしても反対側(左)の片麻痺であり、両下肢の対麻痺にはならない。
- ○c. 視野障害
視放線は外側膝状体から出て、側頭葉と頭頂葉の白質を通り後頭葉の鳥距溝周囲(一次視覚野)に達する。視野の上半分を担う下部線維は、側頭葉内で側脳室下角の前方まで回り込んで走る(Meyerループ)。右側頭葉の血腫ではこの視放線が障害され、両眼の左側の視野が欠ける同名性の視野障害が生じる。Meyerループが主に障害されれば左同名上四半盲となり、血腫が上方の深部白質まで及んで視放線の広い範囲が障害されれば左同名半盲に近い視野欠損となる。
- ×d. 手指失認
手指失認は、自分や他人の指の名前を言ったり、指示された指を示したりできなくなる症状である。Gerstmann症候群の一症状で、責任病巣は優位半球の角回である。本例は非優位半球である右の病変なので、手指失認は生じにくい。
- ×e. 感覚性失語
感覚性失語(Wernicke失語)は、言葉の理解が強く障害され、発話は流暢だが錯語(言い誤り)が多く意味が通じにくくなる失語である。復唱も障害される。典型的には優位半球の上側頭回後部(Wernicke野)の障害で起こる。本例は生来右利きで左半球が言語優位と考えられ、病変は右側頭葉なので、感覚性失語は生じない。
視覚路と視野障害の対応
・視神経(交叉前)の障害:障害側の片眼の視力・視野障害。 ・視交叉の障害(下垂体腺腫など):両耳側半盲。 ・視索の障害:反対側の同名半盲(左右の欠損の形がそろわないことが多い)。 ・視放線の側頭葉部分(Meyerループ)の障害:反対側の同名上四半盲("pie in the sky")。 ・視放線の頭頂葉部分の障害:反対側の同名下四半盲。 ・後頭葉(一次視覚野)の障害:反対側の同名半盲。後大脳動脈領域の梗塞では、中大脳動脈からの側副血行のため黄斑部の視野が保たれること(黄斑回避)がある。
優位半球・非優位半球の症状
・優位半球(多くは左):失語(前頭葉のBroca野周辺の障害で運動性失語、側頭葉のWernicke野の障害で感覚性失語)、Gerstmann症候群(角回)、観念運動失行・観念失行など。 ・非優位半球(多くは右):左半側空間無視、着衣失行、病態失認(麻痺の否認)、構成障害など。 本例のような右側頭〜頭頂葉の病変では、視野障害に加えて左半側空間無視や、内包・放線冠への圧迫による左片麻痺を伴うこともありうる。
皮質下出血(脳葉型出血)
大脳皮質直下の白質に生じる出血である。高齢者では脳アミロイド血管症(cerebral amyloid angiopathy:CAA、脳の小血管壁にアミロイドβが沈着して血管がもろくなる病態)が重要な原因であり、ほかに高血圧、脳動静脈奇形、海綿状血管腫、腫瘍内出血、抗凝固薬の使用などの凝固異常も原因になる。高血圧性脳出血の好発部位は被殻(最多)、視床、皮質下、小脳、橋の順とされる。皮質下出血は高血圧以外の原因が隠れていることが多いので、MRIや血管撮影などで原因を検索する。
POINT
・右利き → 優位半球は左。右半球病変では失語やGerstmann症候群(失算・手指失認・左右失認・失書)は原則生じない。 ・側頭葉の病変は視放線のMeyerループを障害し、反対側の同名上四半盲を起こす。病変が広ければ同名半盲となる。 ・頭頂葉の視放線障害は反対側の同名下四半盲。 ・対麻痺は脊髄病変か、両側の傍矢状部病変(大脳鎌髄膜腫など)で起こる。 ・単純CTの高吸収域は急性期出血。高齢者の皮質下出血ではアミロイド血管症も考える。
