StudyMed医師国家試験

ふらつきと立ちくらみが同時に来たら―十字のサインが示す小脳型多系統萎縮症

第119回医師国家試験 A問題 第50問

国試問題にチャレンジ

第119回 A問題 第50問

63歳の男性。歩行時のふらつきを主訴に来院した。3年前から田んぼのあぜ道を歩くとふらついて転ぶことが多くなった。同時期から便秘と尿失禁がみられるようになった。徐々に歩行時のふらつきが悪化し,歩行器を使うようになった。最近,書字動作がしにくくなり,物が揺れて見えるようになった。既往歴に胃潰瘍がある。家族歴に特記すべきことはない。身長164cm,体重52kg。体温36.3℃。臥位での脈拍64/分,血圧124/62mmHg。立位直後の脈拍68/分,血圧82/50mmHg。胸部と腹部とに異常を認めない。頭部単純MRIのT2強調矢状断像(A)とT2強調水平断像(B)とを下に示す。  この患者で認めるのはどれか。

第119回 A問題 第50問の問題画像
  1. a.Romberg徴候
  2. b.動眼神経麻痺
  3. c.膝踵試験拙劣
  4. d.手袋靴下型温痛覚障害
  5. e.固定姿勢保持困難〈asterixis〉

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、ゆっくり進む歩行のふらつきに便秘や尿失禁、立ちくらみが重なった症例から、病態を絞り込んで「この患者で見られる神経所見」を選ぶ問題だ。着眼点は2つ。ふらつきが小脳性なのか感覚性なのかという失調のタイプと、自律神経障害の存在。そしてMRIの脳幹・小脳の所見だよ。まず、ふらつきと一緒に出てきた症状をどう解釈する?
医学生医学生
便秘と尿失禁、それに起立で血圧が大きく下がっているので、自律神経障害だと思います。でも、高齢男性なら前立腺や脱水の影響も考えたくなります。
ドクタードクター
いい疑い方だね。ここで注目してほしいのは、血圧が40mmHg以上も下がっているのに脈拍がほとんど増えていないこと。脱水や出血なら、心拍数を上げて代償しようとするはずだ。それができないのは、圧受容器反射の出口である交感神経そのものが働いていないから。これを神経原性起立性低血圧と呼ぶ。
医学生医学生
生理学の講義で習った圧受容器反射が、ここで効いてくるんですね。脈が上がらないこと自体がヒントになるとは思いませんでした。
ドクタードクター
そう、脈拍はセットで見る癖をつけよう。次にふらつきの性質だ。書字がしにくい、物が揺れて見える、あぜ道のような不安定な足場で転ぶ、という情報からどんな障害を考える?
医学生医学生
手の細かい動きと眼の動きまで乱れているので、小脳でしょうか。揺れて見えるのは眼振による動揺視かもしれません。
ドクタードクター
その通り。体幹・歩行の失調に、上肢の協調運動障害、眼球運動の異常が加わっていて、小脳系の障害として一つにまとまる。では画像だ。T2強調矢状断では橋の腹側と小脳が萎縮し、第四脳室が広がっている。水平断では橋底部に十字の形をした高信号が見える。何と呼ぶかな?
医学生医学生
hot cross bun signです!CBTの画像問題で何度も見ました。多系統萎縮症ですね。
ドクタードクター
正解。中年以降に家族歴なく発症し、ゆっくり進む小脳性運動失調に早期からの強い自律神経障害を伴う、という組み合わせは多系統萎縮症の典型だ。パーキンソニズムの記載がなく小脳症状が前景だから、小脳型、いわゆるMSA-Cにあたる。十字サインは、橋核から中小脳脚を通って小脳へ向かう横走線維が変性して生じると考えられているよ。
医学生医学生
となると、小脳症状を確かめる検査を選べばいいわけですね。膝踵試験が拙劣になる、でしょうか。
ドクタードクター
そのとおり、これが正解だ。仰臥位で片方の踵を反対の膝に乗せ、すねに沿って滑らせる検査で、小脳障害があると測定障害や運動分解、企図振戦のせいで踵が膝に正確に乗らず、すねから外れたり動きがぎこちなくなったりする。歩行や書字の障害と同じ根っこの症状だね。
医学生医学生
でも、ふらつきの検査といえばRomberg徴候も思い浮かびます。OSCEの神経診察でも必ずやりました。陽性にならないんですか?
ドクタードクター
ここが一番の引っかけだね。Romberg徴候は「開眼では立てるのに、閉眼で急に崩れる」現象だ。立位は視覚・前庭覚・深部感覚で保たれていて、深部感覚が落ちていても目で補えるから、目を閉じて初めて崩れる。つまり脊髄後索や末梢神経の障害による感覚性失調で陽性になる。小脳性失調では開眼の時点ですでに揺れていて、閉眼でそれほど悪化しないから、陽性とは判定しないんだ。
医学生医学生
「閉眼で悪化するかどうか」がポイントなんですね。ふらつく=Romberg陽性、と短絡していました。
ドクタードクター
よくある誤解だよ。残りも確認しよう。物が揺れて見えるからといって動眼神経麻痺があるわけではない。眼瞼下垂や散瞳、内転・上下転障害を起こす動眼神経麻痺は、内頸動脈-後交通動脈分岐部の動脈瘤や糖尿病、中脳病変などで生じるもので、この病気の小脳性眼球運動障害とは別物だ。
医学生医学生
手袋靴下型の温痛覚障害は糖尿病性ニューロパチーの分布ですよね。この病気は末梢神経を侵さないので違う、と考えていいですか。
ドクタードクター
そうだね。多系統萎縮症は小脳系、黒質線条体系、自律神経系を主に侵す変性疾患で、末梢の感覚神経は基本的に保たれる。もう一つの固定姿勢保持困難、つまり羽ばたき振戦は、肝性脳症や尿毒症、CO2ナルコーシスといった代謝性脳症で見られる所見で、これも当てはまらない。
医学生医学生
整理すると、自律神経障害と小脳症状、それに十字サインで多系統萎縮症の小脳型、だから小脳の協調運動検査が崩れる、という流れですね。
ドクタードクター
完璧だ。発展知識も押さえておこう。この病気はオリゴデンドログリアにαシヌクレイン陽性のグリア細胞質内封入体が溜まるのが病理学的特徴で、Parkinson病やLewy小体型認知症と同じαシヌクレイノパチーに分類される。病型にはパーキンソニズム優位のMSA-Pもあって、こちらは被殻の萎縮や外側縁の線状高信号が手がかりになる。日本ではMSA-Cのほうが多いとされているよ。
医学生医学生
病理の講義でグリア細胞質内封入体の名前は聞きました。臨床で特に気をつけることはありますか。
ドクタードクター
呼吸の問題が大事だ。睡眠中のいびきのような喘鳴は声帯の外転障害を示すことがあり、突然死につながりうる。中枢性の呼吸障害も伴うので、気管切開後も油断はできない。起立性低血圧による転倒や失神、排尿障害による尿路感染への対策も欠かせない。またhot cross bun signはこの病気で頻度が高いものの完全に特異的ではなく、遺伝性の脊髄小脳失調症などでも見られることがあるから、家族歴の確認も忘れないでほしい。

まとめ

中年以降に孤発性に発症し、緩徐に進行する小脳性運動失調に、便秘・排尿障害・代償性頻脈を欠く神経原性起立性低血圧といった自律神経障害を伴えば、多系統萎縮症を考えます。MRIでの橋・小脳萎縮と橋底部の十字状T2高信号(hot cross bun sign)は小脳型(MSA-C)を強く支持し、小脳性運動失調を反映して膝踵試験や指鼻試験が拙劣になります。Romberg徴候は閉眼で悪化する感覚性(後索・末梢神経)失調の所見で、小脳性失調では原則陰性となる点が重要な鑑別ポイントです。手袋靴下型感覚障害は多発ニューロパチー、羽ばたき振戦は代謝性脳症の所見であり、疾患ごとに侵される系統を意識すると選択肢を整理できます。失調のタイプを診察で見分ける力は、脊髄小脳変性症に限らず神経診察全般の基本になります。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・63歳男性。3年前から緩徐に進行する歩行時のふらつき(あぜ道のような不安定な足場で転倒→現在は歩行器が必要)。 ・最近は書字動作がしにくい(上肢の協調運動障害)、物が揺れて見える(眼振などの眼球運動異常による動揺視)。 ・ふらつきとほぼ同時期から便秘と尿失禁(自律神経障害による消化管・膀胱機能障害)。 ・臥位124/62mmHg→立位直後82/50mmHgと収縮期で42mmHg、拡張期で12mmHg低下しているのに、脈拍は64→68/分とほとんど増えていない。起立性低血圧(一般に起立後3分以内に収縮期20mmHg以上または拡張期10mmHg以上の低下)であり、代償性頻脈を欠くことから、圧受容器反射の遠心路である交感神経系の障害による神経原性起立性低血圧と考えられる。 ・家族歴なし。 ・頭部MRI:矢状断(A)で橋底部と小脳(特に虫部)の萎縮、第四脳室の拡大。水平断(B)で橋底部に十字状のT2高信号(hot cross bun sign、十字サイン)。

診断に至るプロセス

中年期以降に孤発性に発症し、緩徐に進行する小脳性運動失調(歩行失調、書字困難、動揺視)に、早期からの顕著な自律神経障害(便秘、尿失禁、神経原性起立性低血圧)を伴っている。孤発性の脊髄小脳変性症のうち、自律神経障害を合併する代表的疾患は多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)である。MRIの橋・小脳萎縮とhot cross bun signはこれを強く支持し、パーキンソニズムの記載がなく小脳症状が前景に立つことから、小脳型(MSA-C、かつてオリーブ橋小脳萎縮症と呼ばれた病型)と診断できる。 鑑別として、Parkinson病でも便秘や起立性低血圧はみられるが、小脳失調は伴わず、橋・小脳萎縮も示さない。進行性核上性麻痺では中脳被蓋の萎縮(ハチドリ徴候)がみられるが、本例の画像所見とは異なる。正常圧水頭症も緩徐進行性の歩行障害と尿失禁を呈するが、脳室拡大が主体で小脳・橋萎縮はみられない。

設問の考え方

MSA-Cの中核症状は小脳性運動失調である。したがって、四肢の協調運動検査である膝踵試験(踵膝試験)で拙劣さが認められると考えられる。他の選択肢は、後索・末梢神経の感覚障害、脳神経麻痺、代謝性脳症などにみられる所見であり、本例では想定しにくい。

選択肢考察

  1. ×a.  Romberg徴候

    Romberg徴候は、両足をそろえて立たせたとき、開眼では保てる姿勢が閉眼で著しく不安定になる現象である。立位の平衡は視覚・前庭覚・体性感覚(深部感覚)で保たれており、深部感覚が障害されていても視覚で代償できるため、閉眼で初めて動揺が顕著になる。脊髄後索障害(脊髄癆、亜急性連合性脊髄変性症など)や後根・末梢神経障害による感覚性運動失調で陽性となり、前庭障害でもみられる。一方、小脳性運動失調では開眼時からすでに動揺が強く、閉眼による増悪はわずかであるため、Romberg徴候陽性とは判定しない。多系統萎縮症では原則として深部感覚は保たれる。

  2. ×b.  動眼神経麻痺

    多系統萎縮症では、小脳障害による注視方向性眼振、衝動性眼球運動(サッケード)の測定障害、滑動性追従運動の障害などがみられ、本例の「物が揺れて見える」もこうした眼球運動異常による動揺視と考えられる。しかし、眼瞼下垂・瞳孔散大・眼球の内転や上下転障害を呈する動眼神経麻痺(脳神経核や末梢神経の障害)はみられない。動眼神経麻痺は内頸動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤、糖尿病、中脳病変などで生じる。

  3. ○c.  膝踵試験拙劣

    膝踵試験(踵膝試験)は、仰臥位で一側の踵を反対側の膝に乗せ、すねに沿って足首まで滑らせる下肢の協調運動検査である。小脳障害では測定障害(踵が膝に正確に乗らない)や運動分解、企図振戦が生じ、すねから外れたり動きが滑らかでなくなったりして拙劣となる。本例は小脳・橋の萎縮を伴う小脳型多系統萎縮症(MSA-C)であり、歩行失調や書字困難と同様に、小脳性運動失調の表れとして膝踵試験の拙劣さが認められると考えられる。

  4. ×d.  手袋靴下型温痛覚障害

    手袋靴下型(四肢遠位優位・左右対称)の感覚障害は、長い神経線維ほど障害されやすい長さ依存性の多発ニューロパチー(糖尿病性ニューロパチーなど)に典型的な分布である。多系統萎縮症は小脳系、大脳基底核系(黒質線条体系)、自律神経系を主に侵す変性疾患であり、末梢感覚神経は基本的に障害されない。本例でも感覚障害の記載はない。

  5. ×e.  固定姿勢保持困難〈asterixis〉

    固定姿勢保持困難(羽ばたき振戦)は、上肢を前方に伸ばし手関節を背屈位に保たせたとき、姿勢を保つ筋の収縮が瞬間的に途切れ、手が不規則に落ちては戻る現象である(陰性ミオクローヌス)。肝性脳症、尿毒症、CO2ナルコーシスなどの代謝性脳症で両側性にみられることが多く、一側性の場合は視床などの局在病変でも生じうる。多系統萎縮症の症候ではない。

多系統萎縮症(MSA)の概要

・中年期以降(多くは50〜60歳代)に孤発性に発症する神経変性疾患。病理学的にはオリゴデンドログリア内のαシヌクレイン陽性封入体(グリア細胞質内封入体:GCI)を特徴とし、Parkinson病、Lewy小体型認知症とともにαシヌクレイノパチーに分類される。 ・主に小脳系、黒質線条体系、自律神経系が組み合わさって障害される。 ・病型:小脳性運動失調が優位なMSA-C(かつてのオリーブ橋小脳萎縮症)と、パーキンソニズムが優位なMSA-P(かつての線条体黒質変性症)。日本ではMSA-Cが多い。かつて自律神経障害が前景に立つ病型はShy-Drager症候群と呼ばれた。

主な症状

・小脳症状:体幹・歩行失調、四肢の協調運動障害(指鼻試験・膝踵試験の拙劣、反復拮抗運動不能)、構音障害、眼振。 ・パーキンソニズム:無動、筋強剛が主体で、安静時振戦は少ない。L-ドパへの反応が乏しく、Parkinson病より進行が速い。 ・自律神経障害:起立性低血圧、排尿障害(尿失禁・残尿)、勃起障害、便秘、発汗障害。 ・呼吸障害:睡眠中の喘鳴(声帯外転障害)、睡眠時無呼吸。中枢性の呼吸障害もあるため、気管切開後も突然死の危険がある。 ・REM睡眠行動異常症を伴うことも多い。

画像所見

・MRI:橋底部・中小脳脚・小脳の萎縮、第四脳室の拡大。橋底部のT2高信号の十字サイン(hot cross bun sign)は橋横走線維(橋核から中小脳脚を経て小脳へ向かう線維)の変性を反映する。MSA-Pでは被殻の萎縮と被殻外側縁のT2高信号(slit-like sign)がみられる。 ・hot cross bun signはMSAで頻度が高いが完全に特異的ではなく、脊髄小脳失調症2型・7型などの遺伝性脊髄小脳変性症、抗IgLON5抗体関連疾患などでもみられることがある。

運動失調の見分け方

・小脳性:開眼でも動揺し閉眼で大きくは変わらない(Romberg徴候陰性)。指鼻試験・膝踵試験拙劣、測定障害、企図振戦、断綴性言語。 ・感覚性(後索・末梢神経):閉眼で著明に悪化(Romberg徴候陽性)、深部感覚低下。 ・前庭性:一側へ偏倚する傾向、回転性めまいや眼振を伴う。

POINT

・中高年発症、孤発性、緩徐進行性の小脳性運動失調+自律神経障害(起立性低血圧、排尿障害、便秘)→多系統萎縮症(MSA)。 ・MRIで橋・小脳萎縮とhot cross bun sign→MSA-C。 ・小脳性運動失調では指鼻試験・膝踵試験が拙劣となる。 ・Romberg徴候は感覚性(後索)・前庭性失調で陽性、小脳性失調では原則陰性。 ・手袋靴下型感覚障害は多発ニューロパチー、asterixisは代謝性脳症の所見。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。