前のめりに転ぶ、下が見えない、レボドパが効かない―中脳が語る進行性核上性麻痺
第120回医師国家試験 A問題 第16問
国試問題にチャレンジ
69歳の男性。転びやすいことを主訴に来院した。10年前から糖尿病でインスリン療法を行っている。3年前から歩行時に前のめりになり転倒することが頻回になり,5か月前に左上腕骨を骨折した。診察時,表情は乏しく,やや小声であった。眼球運動は上下方向に制限があり,筋強剛は頸部に強く認めたが四肢では軽かった。四肢の腱反射は正常で,Babinski徴候を認めない。便秘もない。レボドパ〈L-dopa〉の内服による治療効果は認められなかった。頭部単純MRIのT1強調像(A)とドパミントランスポーターSPECT(B)とを下に示す。 最も考えられる疾患はどれか。

- a.Parkinson病
- b.進行性核上性麻痺
- c.筋萎縮性側索硬化症
- d.特発性正常圧水頭症
- e.血管性Parkinson症候群
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクターまとめ
発症早期からの易転倒、垂直性(特に下方視)の核上性眼球運動障害、頸部・体幹優位の筋強剛、レボドパ無効がそろえば、タウオパチーである進行性核上性麻痺を考えます。MRIでは中脳被蓋の萎縮と第3脳室の拡大がみられ、正中矢状断のハチドリ徴候や水平断のアサガオ徴候が知られています。DAT SPECTの集積低下はドパミン神経の変性を示すもので、Parkinson病だけでなく進行性核上性麻痺などの非定型パーキンソニズムでも認められる一方、正常圧水頭症や血管性パーキンソニズムでは原則として保たれます。十分量のレボドパに反応しないこと、早期の転倒、垂直性眼球運動障害はParkinson病を否定する重要な所見です。パーキンソニズムを単純にParkinson病と決めつけず、薬剤反応性・症状分布・画像を組み合わせて鑑別する姿勢は、神経診療の基本であり、適切な予後説明や転倒予防にも直結します。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・69歳男性。3年前から歩行時に前のめりになって転倒を繰り返し、骨折も起こしている:発症早期から目立つ姿勢保持障害と易転倒。 ・表情が乏しく、声が小さい:仮面様顔貌・小声で、パーキンソニズム(Parkinson病に似た運動症状の総称)を示す。 ・眼球運動が上下方向に制限:垂直性眼球運動障害(特に下方視の障害が進行性核上性麻痺に特徴的)。 ・筋強剛(筋の受動的な伸展に対する持続的な抵抗)が頸部に強く、四肢では軽い:体幹・頸部優位の筋強剛。 ・腱反射正常、Babinski徴候陰性:錐体路障害を示す所見はない。 ・便秘なし:自律神経障害を示唆する所見に乏しい。 ・レボドパが無効。 ・糖尿病でインスリン療法中:糖尿病性末梢神経障害による感覚性失調や低血糖発作も転倒の原因になりうるが、前のめりの転倒、パーキンソニズム、眼球運動障害は説明できない。また末梢神経障害であればアキレス腱反射の低下・消失が予想されるが、腱反射は正常である。
画像所見
・頭部MRI T1強調像(A):中脳レベルの水平断で、第3脳室の拡大と、中脳被蓋の萎縮に伴う中脳周囲の脳槽の開大を認める。側脳室の著明な拡大や、梗塞巣など明らかな脳血管障害は指摘できない。 ・ドパミントランスポーター(DAT)SPECT(B):正常では線条体(尾状核と被殻)がカンマ状(勾玉状)に描出されるが、本例では両側線条体の集積が低下し、形も小さくなっている。黒質から線条体へ投射するドパミン神経終末の脱落を示す。
診断
パーキンソニズムがあり、DAT SPECTでドパミン神経の変性が確認されるにもかかわらず、レボドパが効かない。さらに、①発症早期からの姿勢保持障害と易転倒、②垂直性眼球運動障害、③体幹・頸部優位の筋強剛、④中脳被蓋の萎縮と第3脳室の拡大がそろっており、典型的な進行性核上性麻痺(PSP)(Richardson症候群)と診断できる。
設問の考え方
「パーキンソニズム+DAT SPECTで集積低下」はParkinson病に限らない。レボドパの効果、症状の分布、眼球運動障害、自律神経症状、MRIでの萎縮部位などを組み合わせて、Parkinson病と非定型パーキンソニズム(PSP、多系統萎縮症、大脳皮質基底核変性症など)を鑑別することが求められている。
選択肢考察
- ×a. Parkinson病
誤り。Parkinson病(PD)では一般に、片側から始まる静止時振戦や四肢優位の筋強剛・無動がみられ、姿勢保持障害や転倒は病期が進んでから目立つようになる。また、レボドパに明らかに反応することが特徴であり、十分量のレボドパに反応しないことは国際的な診断基準(MDS基準)で除外基準とされる。垂直性眼球運動障害(特に下方視の核上性麻痺)も除外基準に含まれる。さらにPDでは便秘などの自律神経症状が運動症状に先行して高頻度にみられる。本例はこれらと合致しない。DAT SPECTの集積低下はPDでもみられるが、それだけではPDとは決められない。
- ○b. 進行性核上性麻痺
正しい。進行性核上性麻痺(PSP)は、異常リン酸化タウ蛋白が中脳・淡蒼球・視床下核・小脳歯状核などに蓄積する神経変性疾患である。発症早期からの姿勢保持障害と後方・前方への易転倒、垂直性(特に下方視)の核上性眼球運動障害、頸部・体幹優位の筋強剛(頸部の後屈を伴うことがある)、レボドパ反応性の乏しさが特徴であり、本例の臨床像に一致する。MRIでの中脳被蓋の萎縮と第3脳室の拡大もPSPを支持し、DAT SPECTでは黒質線条体ドパミン神経の変性を反映して線条体の集積が低下する。
- ×c. 筋萎縮性側索硬化症
誤り。筋萎縮性側索硬化症(ALS)は上位運動ニューロンと下位運動ニューロンがともに変性する疾患で、筋力低下・筋萎縮・線維束性収縮(下位運動ニューロン徴候)と、腱反射亢進・Babinski徴候陽性・痙縮(上位運動ニューロン徴候)を呈する。本例は腱反射正常でBabinski徴候陰性であり、筋萎縮や筋力低下の記載もない。また、ALSでは外眼筋は障害されにくく、パーキンソニズムも主症状ではない。DAT SPECTでの集積低下も説明できない。
- ×d. 特発性正常圧水頭症
誤り。特発性正常圧水頭症(iNPH)は歩行障害(小刻み・すり足・開脚歩行)、認知障害、尿失禁を三徴とする。MRIでは側脳室の拡大に加え、Sylvius裂の開大と高位円蓋部・正中部の脳溝の狭小化(DESH所見)が特徴である。本例のMRIでは第3脳室の拡大はあるが、側脳室の著明な拡大を伴わず、中脳萎縮による二次的な拡大と考えられる。また、iNPHはドパミン神経の変性疾患ではないため、DAT SPECTの集積は原則として保たれ、垂直性眼球運動障害も説明できない。
- ×e. 血管性Parkinson症候群
誤り。血管性Parkinson症候群は、基底核や前頭葉白質の多発性ラクナ梗塞・虚血性白質病変により生じる。下半身優位のパーキンソニズム(小刻み歩行・すくみ足)が特徴で、腱反射亢進やBabinski徴候などの錐体路徴候、偽性球麻痺を伴いやすい。糖尿病は脳血管障害の危険因子であるが、本例ではMRIで明らかな脳血管障害を認めず、錐体路徴候もない。またドパミン神経の変性疾患ではないため、DAT SPECTでは線条体全体の集積はおおむね保たれ、梗塞部位に一致した限局性の欠損がみられる程度である。両側線条体のびまん性の集積低下は合わない。
進行性核上性麻痺(PSP)の概要
・タウオパチーの一つで、指定難病。50〜70歳代に発症することが多い。 ・典型例(Richardson症候群):発症早期からの姿勢保持障害と易転倒、垂直性核上性眼球運動障害(下方視障害が早い)、体幹・頸部優位の筋強剛(頸部後屈)、構音障害・嚥下障害、前頭葉症状(無為、遂行機能障害、把握反射、他人の動作の模倣など)。眼球運動障害は「核上性」であり、随意的な眼球運動は障害されても、頭部を他動的に動かしたときの反射的な眼球運動(人形の目現象)は保たれる。 ・瞬目が減少し、目を見開いたような驚いた表情を示すことがある。 ・MRI:中脳被蓋の萎縮。正中矢状断で中脳被蓋の萎縮によりハチドリの嘴のようにみえる所見(ハチドリ徴候、hummingbird sign)や、水平断で中脳の前後径が短縮してアサガオのようにみえる所見(アサガオ徴候、morning glory sign)、第3脳室の拡大が知られる。 ・治療:根本治療はない。レボドパは初期に一部で軽度の効果がみられることがあるが、多くは効果が乏しい。転倒予防のリハビリテーション、嚥下障害への対応が重要である。
DAT SPECT(ドパミントランスポーターシンチグラフィ)
黒質から線条体へ投射するドパミン神経の終末にあるドパミントランスポーターを画像化する。集積低下はシナプス前ドパミン神経の変性を意味し、Parkinson病のほか、PSP、多系統萎縮症、大脳皮質基底核変性症、Lewy小体型認知症でも低下する。一方、本態性振戦、薬剤性パーキンソニズム、血管性パーキンソニズム、正常圧水頭症では原則として保たれる。したがって「集積低下=Parkinson病」ではなく、「ドパミン神経の変性があるかどうか」を判断する検査と理解する。
Parkinson病と非定型パーキンソニズムの鑑別の手がかり
・PSP:早期の転倒、垂直性眼球運動障害、体幹優位の筋強剛、中脳萎縮。 ・多系統萎縮症:小脳性運動失調、高度の自律神経障害(起立性低血圧、排尿障害)、橋の十字サイン、被殻の萎縮。 ・大脳皮質基底核変性症:著明な左右差、肢節運動失行、他人の手徴候、皮質性感覚障害、非対称性の大脳萎縮。 ・Parkinson病:レボドパによく反応、片側発症の静止時振戦、便秘や嗅覚低下、レム睡眠行動異常症などの非運動症状、MIBG心筋シンチグラフィで心臓への取り込み低下。
POINT
・発症早期からの易転倒+垂直性眼球運動障害+頸部・体幹優位の筋強剛+レボドパ無効 → 進行性核上性麻痺を考える。 ・MRIでは中脳被蓋の萎縮(ハチドリ徴候、アサガオ徴候)と第3脳室の拡大がみられる。 ・DAT SPECTの集積低下はParkinson病だけでなく、PSPなどの非定型パーキンソニズムでもみられる。血管性パーキンソニズムや正常圧水頭症では原則として保たれる。 ・十分量のレボドパに反応しないことは、Parkinson病を否定する重要な所見である。
