StudyMed医師国家試験

鼓膜はきれいなのに聞こえない―2,000Hzの小さな谷が教える耳硬化症

第116回医師国家試験 F問題 第37問

国試問題にチャレンジ

第116回 F問題 第37問

45歳の女性。両側の難聴と耳鳴を主訴に来院した。難聴は25歳ごろから自覚し,徐々に増悪している。35歳ごろから耳鳴を伴うようになった。両側の鼓膜に異常を認めない。オージオグラムを下に示す。  最も考えられるのはどれか。

第116回 F問題 第37問の問題画像
  1. a.耳硬化症
  2. b.聴神経腫瘍
  3. c.滲出性中耳炎
  4. d.メニエール病
  5. e.若年発症型両側性感音難聴

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、オージオグラムから難聴の種類を判断して、原因の病気を絞り込む問題だ。着眼点は3つ。気導と骨導の関係、鼓膜が正常であること、そして骨導の線にある特徴的な形だね。まず、オージオグラムをどう読むか確認しよう。気導と骨導は何を反映しているかな。
医学生医学生
気導は外耳から内耳、その先まで全部を通る聞こえで、骨導は頭蓋骨の振動で直接内耳に届く聞こえ、つまり内耳より奥の機能を表すんでしたよね。
ドクタードクター
その通り。だから骨導が正常で気導だけ悪ければ、外耳から中耳の音を伝える経路の障害、つまり伝音難聴。気導も骨導も同じように悪ければ、内耳より奥の障害である感音難聴だ。この症例ではどうだろう。
医学生医学生
気導は全体的に大きく下がっていますが、骨導は低い音から中くらいの音でほぼ正常です。気導と骨導の差が大きいので、伝音難聴でしょうか。
ドクタードクター
いい読みだね。気骨導差が大きく、伝音難聴が主体だ。ただ、骨導の線をよく見ると、2,000Hzだけ少し下がって、4,000Hzでまた戻っている。この2,000Hz付近の骨導の凹みをCarhart notchと呼ぶんだ。
医学生医学生
耳鼻咽喉科の講義で名前だけ聞いた気がします。内耳が悪くなっているということですか。
ドクタードクター
そう思いがちだけど、実は内耳の障害ではない。アブミ骨が固まって動かなくなると、耳小骨の連なりがもつ共振の働きが失われて、骨導が見かけ上下がって見えるんだ。だからアブミ骨手術の後に改善することが多い。そして、このCarhart notchが特徴的なのが耳硬化症だ。
医学生医学生
鼓膜が正常なのに伝音難聴がある、というのもヒントになりますか。
ドクタードクター
大事なポイントだね。鼓膜が正常なら、鼓膜の穴や中耳にたまった液のような目に見える原因は考えにくい。そうなると、鼓膜より奥の耳小骨の障害を疑う。耳硬化症は、内耳を包む骨に異常な骨の吸収と新生が起こり、それがアブミ骨の底の部分に及んで固着する病気だ。20〜40歳代の女性に多く、両側性が多い。ゆっくり進む伝音難聴と耳鳴が典型で、妊娠をきっかけに悪くなることもある。
医学生医学生
25歳ごろから両耳がゆっくり悪くなって、耳鳴も出てきた女性なので、経過もぴったりですね。
ドクタードクター
その通り。ほかの選択肢がなぜ違うかも見ていこう。まず滲出性中耳炎はどうかな。
医学生医学生
伝音難聴という点は同じですよね。でも中耳に液がたまるなら、鼓膜に何か所見が出そうです。
ドクタードクター
そう。鼓膜の陥凹や、黄色っぽい液の透見、液面線や気泡が見えることが多く、ティンパノグラムはB型かC型になる。幼児や高齢者に多く、成人では上咽頭癌による耳管閉塞にも注意が必要だ。鼓膜正常で20年かけて進む今回とは合わない。次にメニエール病は?
医学生医学生
めまい発作を繰り返して、難聴が変動する病気でした。低音から悪くなる感音難聴ですよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。内リンパ水腫が本態で、多くは片側から始まる。めまいがなく、気骨導差のある今回とは違う。聴神経腫瘍も、ゆっくり進む難聴と耳鳴という点は似ているけれど、蝸牛神経の障害による感音難聴だから気骨導差は出ない。多くは片側で、語音明瞭度が純音の聴力の割に悪いのが特徴だ。
医学生医学生
若年発症型両側性感音難聴も、若いうちに両側で進行するところは似ていて迷いました。
ドクタードクター
迷うのは自然だよ。ただ名前の通り感音難聴で、内耳の障害だから骨導も気導と同じように下がる。骨導がほぼ保たれている今回とは合わないんだ。結局、聴神経腫瘍、メニエール病、若年発症型両側性感音難聴は、いずれも感音難聴で気骨導差がない、とまとめて押さえておこう。
医学生医学生
臨床実習で耳鼻科を回ったとき、ティンパノメトリーの検査も見学しました。耳硬化症ではどうなりますか。
ドクタードクター
アブミ骨が固着して鼓膜の動きが小さくなるので、ピークの低いAs型になる。逆に耳小骨が離れてしまう耳小骨離断では、動きが大きくなってAd型だ。耳硬化症ではアブミ骨筋反射も消失する。側頭骨CTで、卵円窓の前方に骨が薄くなった像がみられることもある。
医学生医学生
治療は手術になるんですか。
ドクタードクター
アブミ骨手術が有効で、アブミ骨の底に小さな穴をあけて人工の耳小骨を入れる方法などで、気骨導差の改善が期待できる。手術を望まない人には補聴器も選択肢だ。病変が内耳にまで及ぶと感音の要素も加わって混合性難聴になるから、経過を追うことも大切だよ。また、騒がしい場所のほうがかえって会話を聞き取りやすいWillis錯聴という症状も知っておくといい。
医学生医学生
鼓膜がきれいだからと安心せずに、オージオグラムの気骨導差と骨導の形までしっかり見ることが大事なんですね。
ドクタードクター
まさにそれ。鼓膜正常の伝音難聴をみたら耳小骨の問題を考え、Carhart notchがあれば耳硬化症を強く疑う。この流れを身につけておこう。

まとめ

鼓膜が正常なのに、若年〜中年の女性で両側性にゆっくり進む伝音難聴と耳鳴がみられる場合は、アブミ骨が固着する耳硬化症を考えます。オージオグラムでは骨導が保たれ気導が低下する大きな気骨導差に加え、2,000Hz付近の骨導低下であるCarhart notchが特徴で、ティンパノグラムはAs型、アブミ骨筋反射は消失します。聴神経腫瘍、メニエール病、若年発症型両側性感音難聴はいずれも感音難聴で気骨導差がなく、滲出性中耳炎は伝音難聴でも鼓膜所見を伴いティンパノグラムがB型またはC型になる点で区別できます。治療はアブミ骨手術が有効で、手術を望まない場合は補聴器が選択肢となります。気導と骨導の関係から障害部位を推定する考え方は、あらゆる難聴の評価の基本となる重要な技術です。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・45歳の女性。両側の難聴と耳鳴が主訴。 ・難聴は25歳ごろから自覚し、20年かけて徐々に悪化している → 若年成人で始まる両側性・緩徐進行性の難聴。 ・35歳ごろから耳鳴も加わった。 ・めまいの記載はない。 ・両側の鼓膜に異常はない → 鼓膜穿孔、中耳の貯留液、真珠腫、外耳道の閉塞など、外から見える異常による難聴は否定的。 ・オージオグラム(両耳ほぼ同様): 気導閾値は全周波数で約55〜70dBとほぼ水平(フラット型)に低下している。一方、骨導閾値は250〜1,000Hzで約20dBとほぼ正常であるが、2,000Hzだけ約35dBに低下し、4,000Hzで約25dBに戻る。このため、低〜中音域では30〜40dBの大きな気骨導差(気導と骨導の閾値の差。伝音系の障害を示す)がある。

診断へのプロセス

まず難聴の種類を判断する。骨導がほぼ保たれ気導だけが大きく低下していることから、主体は伝音難聴(外耳〜中耳の音を伝える経路の障害)であり、2,000Hzの骨導低下を加えると混合性難聴の形をとる。次に、鼓膜が正常であるのに伝音難聴があることから、鼓膜より奥の耳小骨連鎖の障害を考える。さらに、2,000Hz付近に限局して骨導閾値が凹むのはCarhart notch(カーハートの切痕)と呼ばれ、アブミ骨が固着した耳硬化症に特徴的な所見である。若年成人(とくに女性)で発症し、両側性に緩徐に進行する伝音難聴と耳鳴という経過も耳硬化症に典型的である。以上より耳硬化症と診断できる。

選択肢考察

  1. ○a.  耳硬化症

    耳硬化症は、内耳を包む骨(耳包)に異常な骨の吸収と新生(骨リモデリング)が起こり、その病変がアブミ骨底板(卵円窓)に及んでアブミ骨が固着する疾患である。音の振動が内耳へ伝わりにくくなるため、鼓膜正常の進行性伝音難聴を呈し、耳鳴を伴うことが多い。20〜40歳代の女性に多く、約7〜8割が両側性で、妊娠を契機に悪化することがある。本例の、鼓膜正常、両側の緩徐進行性難聴、オージオグラム上の大きな気骨導差と2,000Hzの骨導低下(Carhart notch)はいずれも耳硬化症に合致する。Carhart notchは内耳の障害ではなく、アブミ骨固着で耳小骨連鎖の共振が失われるために生じる見かけ上の骨導低下であり、アブミ骨手術後に改善することが多い。

  2. ×b.  聴神経腫瘍

    聴神経腫瘍は内耳道から小脳橋角部に生じる良性腫瘍(多くは前庭神経由来の神経鞘腫)である。緩徐に進行する難聴と耳鳴をきたす点は本例と似るが、難聴は蝸牛神経の障害による後迷路性の感音難聴で、気骨導差は生じない。また多くは一側性で、語音明瞭度が純音聴力に比べて不釣り合いに悪いこと、聴性脳幹反応(ABR)でⅠ-Ⅴ波間潜時の延長がみられることが特徴である。両側に生じる場合は神経線維腫症2型を考える。本例は両側の伝音成分主体の難聴であり合わない。

  3. ×c.  滲出性中耳炎

    滲出性中耳炎は、耳管機能の障害などにより鼓室に滲出液がたまり、伝音難聴を起こす疾患である。伝音難聴という点は共通するが、鼓膜の陥凹、黄色〜琥珀色の透見像、液面線や気泡などの鼓膜所見を伴い、ティンパノグラムはB型(平坦型)またはC型(陰圧型)となる。好発は幼児と高齢者であり、成人では上咽頭癌による耳管閉塞にも注意が必要である。鼓膜が正常で20年かけて進行している本例とは合わず、2,000Hzに限局した骨導低下も説明できない。

  4. ×d.  メニエール病

    メニエール病は内リンパ水腫を本態とし、回転性めまい発作を繰り返し、発作に伴って難聴・耳鳴・耳閉感が変動する疾患である。難聴は内耳性の感音難聴で、初期には低音域が障害されやすい(低音障害型)。多くは一側性で始まる。本例はめまい発作がなく、気骨導差のある伝音成分主体の難聴であるため合わない。

  5. ×e.  若年発症型両側性感音難聴

    若年発症型両側性感音難聴は、40歳未満で発症し両側性・進行性に悪化する感音難聴で、原因となる遺伝子変異が判明しているもの(遺伝性)を指す指定難病である。発症年齢や両側性・進行性という経過は本例と重なるが、障害部位は内耳であり骨導閾値も気導と同程度に低下するため、気骨導差は生じない。本例は骨導がほぼ保たれた大きな気骨導差を示しており、感音難聴とはいえない。

オージオグラムの読み方の基本

・気導(○は右、×は左): 外耳・中耳・内耳・後迷路すべてを通る聴力。 ・骨導([ は右、] は左): 頭蓋骨の振動で直接内耳に音を伝えた聴力で、内耳以降の機能を反映する。 ・伝音難聴: 骨導は正常で、気導のみ低下(気骨導差あり)。 ・感音難聴: 気導・骨導ともに同程度に低下(気骨導差なし)。 ・混合性難聴: 骨導も低下し、さらに気骨導差もある。

鼓膜正常の伝音難聴の鑑別

耳硬化症、耳小骨奇形(先天性)、外傷性耳小骨離断、鼓室硬化症(ただし鼓膜に石灰化を伴うことが多い)、先天性真珠腫(鼓膜の奥に白色塊を透見)などがある。ティンパノメトリーでは、耳硬化症はアブミ骨固着で鼓膜の動きが小さくなるためAs型(ピークが低い)、耳小骨離断は動きが大きくなるためAd型(ピークが高い)を示す。また耳硬化症ではアブミ骨筋反射が消失する。

耳硬化症の要点

・病態: 耳包の骨リモデリング異常(海綿状の新生骨)により卵円窓付近でアブミ骨底板が固着する。遺伝的素因の関与が知られる。 ・疫学: 白人に多く、日本人では比較的少ない。女性に多く、20〜40歳代で発症する。両側性が多い。 ・症状: 緩徐進行性の伝音難聴、耳鳴。騒がしい場所のほうがかえって会話が聞き取りやすくなる(Willis錯聴)ことがある。病変が内耳に及ぶと感音成分も加わり混合性難聴となる(蝸牛型耳硬化症)。 ・検査: 鼓膜正常、気骨導差、Carhart notch(2,000Hz付近の骨導低下)、ティンパノグラムAs型、アブミ骨筋反射消失。側頭骨CTで卵円窓前方の脱灰像(骨の透亮像)がみられることがある。 ・治療: アブミ骨手術(アブミ骨底板に小孔をあけて人工耳小骨〈ピストン〉を挿入する手術など)が有効で、気骨導差の改善が期待できる。手術を希望しない場合は補聴器を用いる。

POINT

・鼓膜正常+両側性・緩徐進行性の伝音難聴(若年〜中年の女性)→ 耳硬化症 ・2,000Hz付近の骨導低下(Carhart notch)は耳硬化症に特徴的 ・耳硬化症のティンパノグラムはAs型、アブミ骨筋反射は消失、治療はアブミ骨手術 ・聴神経腫瘍、メニエール病、若年発症型両側性感音難聴はいずれも感音難聴で気骨導差がない ・滲出性中耳炎は伝音難聴だが鼓膜に異常所見があり、ティンパノグラムはB型またはC型

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。