緩和ケアは「最後の手段」ではない―診断の日から始まる、患者と家族を支える医療
第116回医師国家試験 C問題 第10問
国試問題にチャレンジ
「がん対策推進基本計画(平成30年3月)」において推進されるべきとされている緩和ケアについて誤っているのはどれか。
- a.終末期になってから導入する。
- b.患者の家族に対する対応を含む。
- c.医療用麻薬に関する啓発を行う。
- d.精神腫瘍医の役割についての記載がある。
- e.医師以外の医療従事者も緩和ケアに関わる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
がん対策基本法に基づくがん対策推進基本計画では、緩和ケアは終末期に限らず「がんと診断された時から」がん治療と並行して提供されるべきものとされています。緩和ケアの対象は患者本人と家族であり、遺族へのグリーフケアも含め、身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛からなる全人的苦痛に、医師だけでなく看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーなどの多職種チームで対応します。計画には、医療用麻薬に関する誤解を解くための啓発と適正使用の推進、精神腫瘍医などの専門職の適正配置も盛り込まれています。緩和ケアはすべての医療者が担う基本的な医療であるという認識は、国家試験だけでなく、がん患者と家族のQOLを支える日常診療の出発点になります。
解答・解説
正解はaです
がん対策推進基本計画は、がん対策基本法(2006年制定、2007年施行)に基づいて国が策定する、がん対策の総合的・計画的な推進のための基本計画である。本問の「平成30年3月」の計画は第3期計画(2018年度〜2022年度)にあたり、「がん予防」「がん医療の充実」「がんとの共生」の3つを柱としている。緩和ケアはこのうち「がんとの共生」の中に位置づけられている。 現在の緩和ケアの考え方は、WHO(世界保健機関)の定義に沿ったものである。すなわち緩和ケアとは、生命を脅かす疾患に直面する患者とその家族について、痛みなどの身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に見いだして適切に評価・対処し、苦痛を予防・軽減することでQOL(生活の質)を改善するアプローチである。かつては「治療手段がなくなった末期に行うもの」と捉えられがちであったが、現在は「がんと診断された時から」、がんに対する治療と並行して提供されるべきものとされており、2016年の法改正でもこの点が明記された。 第3期計画では、診断時からの緩和ケアの提供、患者・家族の苦痛への対応、医療用麻薬に関する正しい知識の普及と適正使用、精神腫瘍医をはじめとする専門職の適正配置、多職種による緩和ケアチームの整備などが施策として挙げられている。本問は「誤っているもの」を選ぶ問題であり、これらと矛盾する記述を探せばよい。
選択肢考察
- ○a. 終末期になってから導入する。
この記述が誤りであり、本問の正解である。がん対策基本法およびがん対策推進基本計画では、緩和ケアは「がんと診断された時から」適切に提供されるべきものとされている。診断直後から患者は告知による精神的衝撃、治療への不安、痛みやその他の症状、就労や経済面の問題など多様な苦痛を抱えるため、終末期を待たずに、がんに対する治療と並行して緩和ケアを導入することが求められる。早期からの緩和ケアの導入は、QOLや抑うつの改善につながることが臨床研究でも示されている。
- ×b. 患者の家族に対する対応を含む。
正しい記述である。緩和ケアは患者本人だけでなくその家族のQOLの向上も目標とする。計画では、患者や家族が痛みやつらさを訴えやすい環境を整えること、医療従事者がそれらの訴えを適切に引き出せるよう教育・研修を行うことが施策として示されている。家族の介護負担や心理的負担への支援、患者が亡くなった後の遺族へのケア(グリーフケア)も緩和ケアの重要な要素である。
- ×c. 医療用麻薬に関する啓発を行う。
正しい記述である。日本では「麻薬」という言葉から依存や寿命短縮などへの誤解・抵抗感が根強く、医療用麻薬(モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルなどのオピオイド鎮痛薬)の消費量は欧米諸国に比べて少ないと指摘されてきた。計画では、国が国民に向けて医療用麻薬に関する適切な啓発を行い、あわせてその適正使用を推進することが掲げられている。適切に使用すれば、がん疼痛に対して依存を過度に恐れる必要はない。
- ×d. 精神腫瘍医の役割についての記載がある。
正しい記述である。精神腫瘍医とは、がんが患者・家族・医療従事者の心に与える影響を熟知し、がんに伴う精神心理的苦痛(不安、抑うつ、せん妄など)の軽減に取り組む精神科医または心療内科医をいう。計画には、緩和医療専門医、精神腫瘍医、がん看護に関する専門看護師・認定看護師、がん専門薬剤師、社会福祉士、臨床心理士などの専門職の適正配置や緩和ケアチームの育成のあり方を国が検討することが記載されている。
- ×e. 医師以外の医療従事者も緩和ケアに関わる。
正しい記述である。緩和ケアでは、身体的苦痛だけでなく、心理的・社会的・スピリチュアルな苦痛を含めた全人的苦痛(トータルペイン)に対応する必要がある。そのため、医師に加え、看護師、薬剤師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカー(社会福祉士)、臨床心理士(公認心理師)、リハビリテーション専門職などが連携する多職種チーム医療が不可欠であり、計画でも緩和ケアチームなどの専門部門の整備が推進されている。
がん対策の法的枠組み
・がん対策基本法:2006年に制定、2007年施行。国・地方公共団体・医療保険者・国民・医師等の責務を定める。2016年の改正で、緩和ケアの定義(身体的・精神的・社会的苦痛の緩和を通じた生活の質の維持向上を目的とする医療・看護等)が明記され、診断時から適切に提供されるようにすることが規定された。 ・がん対策推進基本計画:同法に基づき国が策定。第1期(2007年)、第2期(2012年)、第3期(2018年3月)、第4期(2023年3月)と改定されている。 ・第3期計画の全体目標:科学的根拠に基づくがん予防・がん検診の充実、患者本位のがん医療の実現、尊厳を持って安心して暮らせる社会の構築。3本柱は「がん予防」「がん医療の充実」「がんとの共生」。
緩和ケアの基本的な考え方
・WHOの定義(2002年):生命を脅かす疾患に関連する問題に直面する患者と家族のQOLを、苦痛の予防と軽減によって改善するアプローチ。 ・全人的苦痛(トータルペイン):身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルな苦痛の4側面からなる。 ・提供体制:基本的緩和ケア(すべての医療従事者が提供)と専門的緩和ケア(緩和ケアチーム、緩和ケア病棟、在宅緩和ケアなど)。がん診療連携拠点病院には緩和ケアチームや緩和ケア外来の設置が求められる。 ・医療者教育:がん診療に携わる医師などを対象とした緩和ケア研修会(PEACEプロジェクト)が全国で実施されている。
がん疼痛治療
WHO方式がん疼痛治療法では、痛みの強さに応じて非オピオイド鎮痛薬、弱オピオイド、強オピオイドを使い分け、必要に応じて鎮痛補助薬を併用する。オピオイド使用時は便秘、悪心・嘔吐、眠気などの副作用対策(緩下薬、制吐薬)を並行して行う。
POINT
・緩和ケアは終末期に限らず「がんと診断された時から」がん治療と並行して提供する。 ・対象は患者本人とその家族(遺族ケアも含む)。 ・身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛(全人的苦痛)に、多職種チームで対応する。 ・医療用麻薬に関する啓発と適正使用の推進が計画に明記されている。 ・精神腫瘍医などの専門職の適正配置も計画で取り上げられている。 ・第3期がん対策推進基本計画(平成30年3月)の3本柱:がん予防、がん医療の充実、がんとの共生。
