待つこと数年、生きること数十年―数字で読み解く日本の心臓移植
第116回医師国家試験 A問題 第5問
国試問題にチャレンジ
我が国での成人心臓移植について正しいのはどれか。
- a.10年生存率は約10%である。
- b.年間約1,000例行われている。
- c.原疾患は拡張型心筋症が最も多い。
- d.原則として術後に免疫抑制薬は用いられない。
- e.2015年以降の平均待機期間は1年以下である。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
日本の成人心臓移植は、薬物・非薬物治療を尽くしても改善しない重症心不全に対する最終手段であり、原疾患は拡張型心筋症が6割以上と最多で、拡張相肥大型心筋症、虚血性心筋症が続きます。移植後10年生存率は約90%と世界的にみても極めて良好な一方、ドナー不足のため実施数は年間数十例〜100例前後にとどまり、待機期間は数年に及ぶため、多くの患者が植込み型LVADを装着して移植を待ちます。術後はカルシニューリン阻害薬・代謝拮抗薬・ステロイドを中心とした免疫抑制療法を生涯継続し、拒絶反応、感染症、悪性腫瘍、腎機能障害、心臓移植後冠動脈病変に注意します。2010年の改正臓器移植法による提供要件の変化も含め、「少ない移植数・長い待機・良好な成績」という日本の特徴を数字とともに理解しておくことが、重症心不全診療と移植医療を考える土台になります。
解答・解説
正解はcです
心臓移植は、薬物治療や非薬物治療(植込み型除細動器、心臓再同期療法など)を最大限に行っても改善しない重症心不全に対する最終的な治療である。本問は、我が国の成人心臓移植の現状(実施数、成績、原疾患、待機期間、術後管理)についての基本的な知識を問うている。
我が国の状況を押さえる考え方
・脳死ドナーからの提供が前提であるが、提供数が少ないため、実施数は年間数十例から100例前後にとどまり、欧米と比べて桁違いに少ない。 ・ドナー不足のため待機期間は数年単位と長く、多くの患者は植込み型補助人工心臓(LVAD)を装着して移植を待つ(移植への橋渡し:bridge to transplantation)。 ・一方で、移植後の成績は世界的にみても極めて良好で、10年生存率はおよそ90%に達する。 ・移植の対象となる原疾患は拡張型心筋症が最も多い。 ・他人の臓器を移植するため、生涯にわたる免疫抑制療法が欠かせない。 これらを踏まえると、正しい記述は「原疾患は拡張型心筋症が最も多い」である。
選択肢考察
- ×a. 10年生存率は約10%である。
誤り。我が国の心臓移植後の10年生存率は約90%と非常に高い。国際心肺移植学会(ISHLT)の集計による世界全体の10年生存率がおよそ50〜60%であるのと比べても、際立って良好な成績である。厳格なレシピエント選択や移植後の綿密な管理が寄与していると考えられている。
- ×b. 年間約1,000例行われている。
誤り。我が国の心臓移植は、1997年の臓器移植法施行後しばらくは年間数例から十数例にとどまった。2010年の改正臓器移植法の全面施行により家族の承諾のみでの脳死下臓器提供が可能となって増加したものの、年間数十例程度(2015年は44例)で推移し、近年増加しても100例前後である。年間約1,000例という数は日本の実態とはかけ離れており、年間数千例を行う米国などとの差は大きい。
- ○c. 原疾患は拡張型心筋症が最も多い。
正しい。我が国の心臓移植レシピエントの原疾患は拡張型心筋症が最も多く、全体の6割以上を占める。次いで、肥大型心筋症が進行して左室が拡大し収縮能が低下した拡張相肥大型心筋症、虚血性心筋症の順となる。欧米では虚血性心筋症の割合が比較的高いのに対し、日本では非虚血性の心筋症が大部分を占めるのが特徴である。
- ×d. 原則として術後に免疫抑制薬は用いられない。
誤り。同種移植(他人からの臓器移植)では拒絶反応を防ぐため、術後に生涯にわたって免疫抑制療法を継続する。標準的には、カルシニューリン阻害薬(タクロリムスまたはシクロスポリン)、代謝拮抗薬(ミコフェノール酸モフェチルなどの核酸合成阻害薬)、副腎皮質ステロイドの3剤併用療法を行い、症例によりmTOR阻害薬(エベロリムス)も用いる。拒絶反応の評価には心筋生検が用いられ、免疫抑制に伴う感染症や悪性腫瘍、腎機能障害などの合併症にも注意が必要である。
- ×e. 2015年以降の平均待機期間は1年以下である。
誤り。我が国ではドナーが慢性的に不足しており、最優先度の待機患者であっても移植までの平均待機期間は約3年以上に及び、近年はさらに長期化する傾向にある。このため多くの待機患者は植込み型LVADを装着して自宅で生活しながら移植を待っている。待機期間が1年以下という記述は実態に合わない。
臓器移植法の変遷
・1997年施行の臓器移植法では、脳死下の臓器提供には本人の書面による意思表示と家族の承諾の両方が必要であり、意思表示が有効とされる年齢の関係で15歳未満からの提供は事実上できなかった。 ・2010年の改正法全面施行により、本人の意思が不明な場合でも家族の書面による承諾があれば脳死下での臓器提供が可能となり、15歳未満の小児からの提供も可能となった。また親族への優先提供の意思表示も認められた。
心臓移植の適応
・従来の治療法では救命・延命が期待できない重症心不全が対象で、主な原疾患は拡張型心筋症、拡張相肥大型心筋症、虚血性心筋症、心筋炎後心筋症、一部の先天性心疾患などである。 ・不可逆的な肺高血圧、活動性の感染症、コントロールできない悪性腫瘍、重い他臓器障害、薬物依存などは禁忌・除外条件となる。 ・移植を待つ間の循環補助として、植込み型LVADによる移植への橋渡しが広く行われている。
移植後の主な合併症
・拒絶反応(急性・慢性):心筋生検で評価する。 ・感染症:免疫抑制下でサイトメガロウイルス感染症などに注意する。 ・移植心冠動脈病変(心臓移植後冠動脈病変:CAV):長期予後を左右する慢性拒絶の表現型である。移植心は除神経されているため狭心痛を自覚しにくい。 ・悪性腫瘍(移植後リンパ増殖性疾患など)、腎機能障害(カルシニューリン阻害薬による)。
POINT
・我が国の成人心臓移植の原疾患は拡張型心筋症が最多(6割以上)で、次いで拡張相肥大型心筋症、虚血性心筋症である。 ・移植後10年生存率は約90%で、世界平均(約50〜60%)より大きく良好である。 ・実施数は年間数十例〜100例前後と少なく、ドナー不足のため待機期間は数年に及び、多くが植込み型LVADで待機する。 ・術後は生涯にわたり免疫抑制療法(カルシニューリン阻害薬+代謝拮抗薬+ステロイド)を継続する。 ・2010年の改正臓器移植法で家族承諾による脳死下提供・15歳未満からの提供が可能となった。
