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左房に血が戻らない―血流の地図で見抜く肺血栓塞栓症の失神

第120回医師国家試験 F問題 第32問

国試問題にチャレンジ

第120回 F問題 第32問

左房への血液還流低下が失神の原因と考えられるのはどれか。

  1. a.急性心筋梗塞
  2. b.僧帽弁狭窄症
  3. c.肺血栓塞栓症
  4. d.房室ブロック
  5. e.大動脈弁狭窄症

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は心原性失神の機序を問う問題だ。ポイントは「左房への血液還流低下」という言葉。血液が心臓と肺をどの順番で流れているかを頭に描いて、どこで流れが止まれば左房に戻る血液が減るのかを考えよう。
医学生医学生
失神は脳全体の血流が一時的に落ちて起こる、短時間で自然に回復する意識消失ですよね。心臓が原因なら心拍出量が下がっている、という理解でいいですか。
ドクタードクター
その通り。心原性失神の機序は大きく3つに分けられる。高度な徐脈や心室頻拍などの不整脈、大動脈弁狭窄症や心筋梗塞のように心臓から血液を送り出す段階の障害、そして心臓に血液が入ってくる段階の障害だ。今回の問いは3つ目にあたるね。
医学生医学生
血流の順番は、全身の静脈から右房、右室、肺動脈、肺、肺静脈、左房、左室、大動脈ですね。生理学の講義で何度も書かされました。
ドクタードクター
その地図がそのまま武器になる。左房に戻る血液を減らすには、左房より上流、つまり右心系から肺循環のどこかで流れが途絶える必要がある。そう考えると、どの疾患が当てはまるかな。
医学生医学生
僧帽弁狭窄症は左房のすぐそばの病気なので、最初はこれかと思いました。
ドクタードクター
場所が近いから迷いやすいね。でも僧帽弁狭窄症は左房の出口が狭い病気だ。血液は左房に溜まって左房圧が上がり、肺うっ血や左房拡大、心房細動、左房内血栓を起こす。左房に戻る血液はむしろ滞って増えている状態なんだ。
医学生医学生
なるほど、還流が減るのではなく、左房から先に出ていけないんですね。高度な狭窄で失神するとしたら、それは左室への流入障害ということですか。
ドクタードクター
その理解で正しい。では上流で流れを塞ぐ病気といえば?
医学生医学生
肺動脈が詰まる肺血栓塞栓症ですね。肺を通れなくなれば、肺静脈から左房に戻る血液が一気に減ります。
ドクタードクター
正解。下肢や骨盤内の深部静脈血栓が遊離して肺動脈を閉塞すると、左房への還流が急減し、左室の前負荷が落ちて心拍出量が低下、血圧と脳血流が下がって失神する。さらに急な圧負荷で右室が拡張し、心室中隔が左室側に押されて左室の拡張を妨げることも、左室充満を減らす方向に働く。
医学生医学生
循環器内科の実習で、心エコーの短軸像で左室がD字型に潰れている画像を見せてもらいました。あれが中隔の偏位なんですね。
ドクタードクター
よく覚えていたね。失神を伴う肺血栓塞栓症は広範な塞栓を示唆し、重症例が多いから要注意だ。残りの選択肢も機序で整理しておこう。大動脈弁狭窄症はどうかな。
医学生医学生
左室の出口が狭くて、労作時に心拍出量を増やせずに失神するんでしたよね。狭心痛・失神・心不全が三大症状だとCBTの勉強で覚えました。
ドクタードクター
その通り。運動で末梢血管が拡張するのに拍出量を増やせず血圧が下がる。障害は左房より下流の左室流出路だね。三大症状が出たら予後不良で、外科的弁置換やTAVIの適応になる。急性心筋梗塞は左室のポンプ機能低下や、心室頻拍・心室細動などの致死性不整脈、下壁梗塞に伴う徐脈が失神の原因になる。
医学生医学生
房室ブロックは、心室の拍動が極端に減って起こるアダムス・ストークス発作ですね。還流ではなく心拍数の問題です。
ドクタードクター
完璧だ。治療の基本はペースメーカ植込みだね。つまり、上流の障害が肺血栓塞栓症、左房から左室への流入障害が僧帽弁狭窄症、左室のポンプ不全が心筋梗塞、流出路の障害が大動脈弁狭窄症、心拍数の異常が房室ブロック、と並べられる。
医学生医学生
血流の地図に病気を置いていくと、すっきり区別できますね。肺血栓塞栓症の診断ではどんな所見を見ればいいですか。
ドクタードクター
突然の呼吸困難、胸痛、頻呼吸、頻脈、低酸素血症が典型で、血液ガスでは低酸素血症と低二酸化炭素血症、Dダイマー上昇がみられる。心電図は洞性頻脈が多く、右脚ブロックやSⅠQⅢTⅢパターンが出ることもある。確定診断には造影CTが有用だ。長期臥床、術後、悪性腫瘍、長時間の座位といった危険因子の聴取も欠かせない。臨床では、術後に初めて歩いたときに失神した、という場面で必ず頭に浮かべてほしい。
医学生医学生
失神の多くは血管迷走神経性のような反射性ですけど、心原性は予後が悪いから見逃せないんですね。
ドクタードクター
そう。頻度は反射性失神が最も高いけれど、心原性失神は命に関わる。病歴や心電図、心エコーで心原性の可能性をきちんと評価することが、救急外来での第一歩だよ。

まとめ

左房への血液還流が低下するのは、左房より上流の右心系から肺循環で血流が途絶える場合であり、その代表が肺血栓塞栓症です。肺動脈の閉塞で肺静脈から左房へ戻る血液が急減し、左室充満と心拍出量が低下して失神をきたし、右室拡大による心室中隔の左室側への偏位もこれを助長します。僧帽弁狭窄症は左房から左室への流入障害、急性心筋梗塞は左室のポンプ機能低下や不整脈、大動脈弁狭窄症は左室流出路の障害、房室ブロックは徐脈によるアダムス・ストークス発作が失神の機序です。血流の順序に沿って障害部位を位置づける考え方は、失神だけでなくショックや心不全の病態理解にも応用できます。心原性失神は予後不良であり、突然の呼吸困難や頻脈を伴う失神では肺血栓塞栓症を速やかに疑うことが重要です。

解答・解説

正解はcです

失神は、脳全体の血流が一時的に低下することで生じる、短時間で自然に回復する意識消失である。心臓が原因の失神(心原性失神)は、心拍出量が急に低下することで起こり、その機序は大きく次の3つに分けられる。 ①不整脈:高度の徐脈(房室ブロック、洞不全症候群)や心室頻拍・心室細動などの頻脈。 ②器質的心疾患による心拍出の障害:大動脈弁狭窄症、閉塞性肥大型心筋症などの左室流出路の障害や、急性心筋梗塞によるポンプ機能低下。 ③心臓への血液の流入(充満)の障害:肺血栓塞栓症、心タンポナーデなど。 本問は、血液の流れの「どこで」障害が起きているかを考えるとよい。血液は「全身の静脈→右房→右室→肺動脈→肺毛細血管→肺静脈→左房→左室→大動脈」と流れる。「左房への血液還流(左房に戻ってくる血液)が低下する」ためには、左房より上流、すなわち右心系から肺循環のどこかで血流が途絶える必要がある。 肺血栓塞栓症では、主に下肢の深部静脈に生じた血栓が遊離して肺動脈を閉塞するため、肺を通過して肺静脈から左房へ戻る血液量が急激に減少する。その結果、左室に入る血液(前負荷)が減って左室の拍出量が落ち、血圧低下と脳血流低下から失神をきたす。加えて、急な右室の圧負荷により右室が拡張して心室中隔が左室側へ押され、左室の拡張が妨げられることも左室充満をさらに減らす。したがって正解はcである。他の選択肢は、左房より下流の障害や、心拍数・心筋収縮力の異常が失神の機序である。

選択肢考察

  1. ×a.  急性心筋梗塞

    誤り。急性心筋梗塞では、冠動脈の閉塞により心筋が壊死し、左室の収縮力が低下して心拍出量が減少する(重症例では心原性ショック)。さらに、心室頻拍・心室細動などの致死性不整脈や、下壁梗塞に伴う房室ブロック・洞徐脈、迷走神経反射による徐脈・低血圧(ベツォルト・ヤーリッシュ反射)が失神の原因となる。いずれも左房より下流の左室ポンプ機能や心拍数の異常であり、肺循環から左房への還流低下が主な機序ではない。

  2. ×b.  僧帽弁狭窄症

    誤り。僧帽弁狭窄症は、左房から左室への血液の流入が狭くなった僧帽弁口で妨げられる疾患である(原因の多くはリウマチ熱)。血液は左房にうっ滞して左房圧が上昇し、肺うっ血による労作時呼吸困難や、左房拡大に伴う心房細動・左房内血栓(脳塞栓の原因)をきたす。障害部位は左房の出口であり、左房へ戻ってくる血液はむしろ滞って増えている状態で、左房への還流が低下するわけではない。なお、高度狭窄では左室への充満不足から労作時に心拍出量が増やせず失神を起こすこともあるが、これは左房から左室への流入障害による。

  3. ○c.  肺血栓塞栓症

    正しい。肺血栓塞栓症は、主に下肢や骨盤内の深部静脈血栓(DVT)が遊離して肺動脈を閉塞する疾患である。肺動脈が閉塞すると肺を通過する血流が減り、肺静脈を経て左房へ戻る血液量が急激に低下する。そのため左室の充満が減って心拍出量が低下し、血圧低下と脳血流低下により失神をきたす。急激な右室の圧負荷による右室拡大で心室中隔が左室側に偏位し、左室の拡張を妨げることもこれに拍車をかける。突然の呼吸困難、胸痛、頻呼吸、頻脈、低酸素血症を伴うことが多く、失神を伴う例は広範な塞栓を示唆し重症であることが多い。長期臥床、術後、悪性腫瘍、長時間の座位(いわゆるエコノミークラス症候群)などが危険因子である。

  4. ×d.  房室ブロック

    誤り。房室ブロックは、心房から心室への電気的興奮の伝導が障害される不整脈である。高度房室ブロックや完全(Ⅲ度)房室ブロックでは心室の拍動数が極端に少なくなったり、一時的に心停止状態となったりして、心拍出量が維持できず失神する(アダムス・ストークス発作)。失神の機序は心拍数の低下であり、左房への血液還流が低下するわけではない。治療の基本はペースメーカ植込みである。

  5. ×e.  大動脈弁狭窄症

    誤り。大動脈弁狭窄症は、左室から大動脈への駆出が狭くなった大動脈弁で妨げられる疾患である(近年は加齢による石灰化が最多の原因)。運動時には末梢血管が拡張するにもかかわらず、狭窄のため心拍出量を増やせないことから血圧が低下し、労作時失神をきたす。不整脈や、左室圧上昇に伴う反射性の血管拡張・徐脈が関与することもある。障害部位は左室の出口(左房より下流)であり、左房への還流は低下しない。狭心痛・失神・心不全は大動脈弁狭窄症の三大症状とされ、出現すると予後不良であるため、弁置換術(外科的大動脈弁置換術または経カテーテル大動脈弁植込み術〈TAVI〉)の適応となる。

失神の分類

・反射性(神経調節性)失神:血管迷走神経性失神(長時間の立位、痛み、精神的ストレスなどが誘因)、状況失神(排尿・排便・咳嗽など)、頸動脈洞症候群。最も頻度が高い。 ・起立性低血圧による失神:自律神経障害(糖尿病、パーキンソン病など)、薬剤性(降圧薬、利尿薬など)、循環血液量減少(出血、脱水)。 ・心原性失神:不整脈性(房室ブロック、洞不全症候群、心室頻拍、QT延長症候群、ブルガダ症候群など)と器質的心疾患・心肺疾患(大動脈弁狭窄症、閉塞性肥大型心筋症、急性心筋梗塞、肺血栓塞栓症、心タンポナーデ、大動脈解離、肺高血圧症など)。予後不良であり見逃してはならない。

血流の流れと障害部位による整理

全身静脈→右房→右室→肺動脈→肺→肺静脈→左房→(僧帽弁)→左室→(大動脈弁)→大動脈 ・左房より上流の障害(左房への還流低下):肺血栓塞栓症、肺高血圧症など。心タンポナーデは心臓全体の拡張障害により静脈還流と心室充満が低下する。 ・左房から左室への流入障害:僧帽弁狭窄症、左房粘液腫(体位変換で弁口をふさぎ失神することがある)。 ・左室のポンプ機能低下:急性心筋梗塞、心筋症。 ・左室からの流出障害:大動脈弁狭窄症、閉塞性肥大型心筋症。 ・心拍数の異常:房室ブロック、洞不全症候群、心室頻拍・心室細動。

肺血栓塞栓症の検査所見

動脈血ガスで低酸素血症と低二酸化炭素血症、Dダイマー上昇、心電図で洞性頻脈・右脚ブロック・SⅠQⅢTⅢパターン、心エコーで右室拡大と心室中隔の扁平化(D shape)を認める。確定診断には造影CTが有用である。

POINT

・血流の順序「右心系→肺動脈→肺→肺静脈→左房→左室→大動脈」で障害部位を考える ・肺血栓塞栓症:肺動脈閉塞で左房への還流が減り、左室充満低下→心拍出量低下→失神 ・僧帽弁狭窄症:左房から左室への流入障害(左房圧は上昇) ・大動脈弁狭窄症:左室流出路障害による労作時失神(三大症状:狭心痛・失神・心不全) ・房室ブロック:徐脈によるアダムス・ストークス発作 ・急性心筋梗塞:ポンプ機能低下や不整脈による

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。