84歳、片腎、腹膜透析はできる?―「年齢」ではなく「生活」で選ぶ腎代替療法
第115回医師国家試験 D問題 第51問
国試問題にチャレンジ
84歳の男性。腎機能低下を主訴に来院した。10年前から腎機能低下を指摘されて自宅近くの診療所を定期受診していた。1か月前の定期受診で腎機能がさらに低下していたため,腎代替療法の準備を勧められて受診した。55歳から高血圧症に対して内服治療を受けている。65歳時に腎癌のため左腎を摘出し,再発なく経過している。会社員を定年退職後,高齢者向けのパソコン教室の講師を務めている。82歳の妻との2人暮らしである。身長165cm,体重60kg。脈拍68/分,整。血圧120/66mmHg。腹部は平坦,軟で,左腰背部に手術痕がある。両下肢に軽度の浮腫を認める。尿所見:蛋白(-),糖(-),潜血(-),沈渣に異常を認めない。血液所見:赤血球330万,Hb 9.8g/dL,Ht 30%,白血球6,300,血小板21万。血液生化学所見:総蛋白6.8g/dL,アルブミン3.7g/dL,尿素窒素58mg/dL,クレアチニン3.2mg/dL,eGFR 15mL/分/1.73m2,Na 140mEq/L,K 4.5mEq/L,Cl 103mEq/L。 腎代替療法の選択にあたりこの患者への適切な説明はどれか。
- a.腹膜透析は可能である。
- b.夫婦間腎移植は可能である。
- c.療法開始後の就業はできない。
- d.療法開始後の旅行はできない。
- e.療法選択前に認知機能評価が必要である。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
腎代替療法には血液透析・腹膜透析・腎移植があり、医学的条件と患者の生活・希望を踏まえて共同で選択します。腎臓は後腹膜臓器のため、腎摘出の既往は通常腹膜透析の妨げにならず、腹膜透析を難しくするのは複数回の開腹や腹膜炎による高度な腹膜癒着などです。腹膜透析は在宅で行え、循環への負担が少なく残腎機能を保ちやすいため、自立した高齢者にも適した選択肢であり、日常活動から認知機能が保たれていれば療法選択前の評価は必須ではありません。生体腎ドナーは原則20〜70歳とされ、82歳の配偶者は不適格であり、透析導入後も軽作業の就業や計画的な旅行は可能です。年齢だけで判断せず、生活背景から患者の能力を読み取る姿勢は、療法選択支援の実践で欠かせない視点です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・84歳の男性。10年来の慢性腎臓病(CKD)が進行し、腎代替療法(透析または腎移植)の準備を勧められた。 ・背景: 55歳からの高血圧症。65歳時に腎癌で左腎を摘出(左腰背部の手術痕)し、19年間再発はない。 ・尿蛋白・潜血は陰性で沈渣も正常と尿所見に乏しい。長期の高血圧と高齢を合わせると、原疾患は腎硬化症(高血圧による腎内小動脈の硬化で腎機能が緩やかに低下する病態)と考えやすい。片腎であることも腎機能低下に関与しうる。 ・eGFR 15mL/分/1.73m²でCKDステージG5(末期腎不全の入口)に当たる。BUN 58mg/dL、Cr 3.2mg/dL。Kは4.5mEq/Lで電解質異常はない。下肢に軽度の浮腫がある。 ・Hb 9.8g/dL、MCV=Ht÷赤血球数=30÷330万×10⁷≒91fLの正球性貧血で、エリスロポエチン産生低下による腎性貧血と考えられる。 ・社会面: 退職後も高齢者向けパソコン教室の講師を務めており、認知機能や手先の器用さ、学習能力は保たれていると判断できる。82歳の妻と2人暮らし。
考え方
腎代替療法には血液透析(HD)、腹膜透析(PD)、腎移植の3つがあり、医学的条件に加え、生活スタイルや本人の希望を踏まえて共同で意思決定する(shared decision making)ことが求められる。本症例で検討すべきポイントは以下である。 ・腎癌の手術歴はPDの妨げになるか → 腎臓は腹膜の外側(後腹膜腔)にある臓器で、腎摘出は通常腹膜腔を開けずに行えるため、腹膜の癒着をきたしにくい。腹膜の機能が保たれていればPDは可能である。 ・生体腎移植は現実的か → ドナー候補の妻が82歳と高齢で、ドナーの適応年齢を大きく超える。 ・就業や旅行は制限されるか → いずれの療法でも、デスクワーク程度の仕事や計画的な旅行は可能である。 ・PDの自己管理能力 → 社会的に活動し、認知機能に問題をうかがわせる所見がないため、療法選択の前提として特別な認知機能評価は必須ではない。 したがって、「腹膜透析は可能である」という説明が適切である。在宅で行え、通院回数が少なく、残っている腎機能(残腎機能)を保ちやすく、循環動態への負担も少ないPDは、自立した生活を送る高齢者にとって有力な選択肢となる。
選択肢考察
- ○a. 腹膜透析は可能である。
PDは、腹腔内にカテーテルから透析液を注入し、腹膜を透析膜として老廃物や余分な水分を除去する方法である。腹膜の癒着が高度な場合(開腹手術の既往が多い、腹膜炎の既往がある等)は施行しにくいが、腎臓は後腹膜臓器であり、腎摘出術は腹膜腔に大きな影響を与えずに行えるため、腎癌の手術歴はPDの妨げとならない。本人は認知機能と生活能力が保たれ、バッグ交換やカテーテル出口部の管理を習得できると考えられる。PDは在宅で行え、通院は月1〜2回程度で済み、残腎機能が保たれやすく、血圧変動などの循環への負担も少ないため、高齢者にも適した選択肢である。
- ×b. 夫婦間腎移植は可能である。
夫婦間の生体腎移植は血縁がなくても広く行われているが、健康なドナーから腎臓を1つ摘出するため、ドナーの安全が最優先される。日本の生体腎ドナーの基準では年齢は原則として20歳以上70歳以下とされ、それを超える場合は身体状態を慎重に評価する必要がある。82歳の妻はこれを大きく超え、腎臓を1つ提供した後の腎機能低下のリスクも高く、ドナーとして不適格である。また84歳のレシピエント(移植を受ける側)自身も、手術や長期の免疫抑制療法のリスクが高い。
- ×c. 療法開始後の就業はできない。
透析や腎移植を始めても、過度な肉体労働などを除けば就業は可能である。PDは1日数回のバッグ交換(CAPD: 持続携行式腹膜透析)や夜間に機械で自動的に行う方法(APD: 自動腹膜透析)を選べ、日中の活動への影響が小さい。HDでも夜間透析などを利用して働く患者は多い。本患者のパソコン教室の講師のような仕事は十分に続けられる。
- ×d. 療法開始後の旅行はできない。
事前に準備すれば旅行は可能である。PDでは宿泊先に透析液を配送してもらうことで国内外の旅行ができる。HDでは旅行先の透析施設で臨時透析を受けられるよう、あらかじめ予約・紹介状の手配をしておけばよい。長期旅行や海外旅行では調整が必要になるが、「できない」と説明するのは誤りである。
- ×e. 療法選択前に認知機能評価が必要である。
PDを自宅で行うにはバッグ交換の手順や清潔操作の習得が必要であり、自己管理能力に不安がある患者では認知機能評価が重要になる。しかし本患者は、高齢者向けパソコン教室の講師として人に教える立場で活動しており、認知機能障害をうかがわせる所見もない。療法選択の前に認知機能評価を必須とする理由はなく、「必要である」という説明は適切でない。高齢であることのみを理由に一律に評価を課す必要はない。
腎代替療法の比較
・血液透析(HD): 内シャントを作製し、通常週3回・1回4時間程度、施設で行う。医療者が管理するため自己管理の負担は少ないが、通院の時間的拘束が大きく、短時間で除水するため血圧低下など循環への負担が生じうる。食事の水分・カリウム制限が比較的厳しい。 ・腹膜透析(PD): 腹腔内カテーテルを留置し、自宅で行う。CAPD(1日3〜4回の手動バッグ交換)とAPD(就寝中に機械で交換)がある。通院は月1〜2回程度。緩徐に持続して行うため循環への負担が少なく、残腎機能を保ちやすい。一方で腹膜炎、カテーテル出口部・トンネル感染のリスクがある。長期施行では腹膜機能が低下し、被嚢性腹膜硬化症(EPS)をきたすおそれがあるため、一般に施行期間は数年〜8年程度を目安に考えられる。 ・腎移植: 生体腎移植と献腎(死体腎)移植がある。成功すれば生命予後・生活の質が最もよく、透析から解放される。免疫抑制薬の生涯服用が必要で、感染症や悪性腫瘍のリスクがある。
PDが難しい主な状況
高度の腹膜癒着(複数回の開腹手術、腹膜炎の既往など)、腹壁ヘルニアや横隔膜交通症、人工肛門、高度の肥満、自己管理能力が乏しく支援者もいない場合など。腎摘出術は後腹膜からのアプローチなどで腹腔内への影響が少なく、通常は問題とならない。
高齢者とPD
在宅で行え、通院負担が少ないことから、高齢者にも適した療法である。自己管理が難しくなった場合は、家族や訪問看護などの支援を受けて行う方法(アシストPD)もある。
生体腎ドナーの条件(日本の基準の要点)
・年齢は原則20歳以上70歳以下(超える場合は身体年齢を考慮して慎重に判断) ・十分な腎機能(GFRがおおむね80mL/分/1.73m²以上)、高血圧・糖尿病・蛋白尿がない、または管理良好 ・悪性腫瘍や活動性感染症がない ・自発的な提供意思がある(原則、親族。配偶者も含まれる)
CKDステージG5・保存期の管理
・腎代替療法について十分な情報を提供し、療法選択を支援する(療法選択は十分な時間的余裕をもって開始する)。 ・食事療法(塩分制限、蛋白質制限、カリウム制限)、血圧管理、腎性貧血に対する赤血球造血刺激因子製剤(ESA)やHIF-PH阻害薬、高リン血症・代謝性アシドーシス・高カリウム血症の管理、経口吸着炭(尿毒症物質の吸着)などを行う。 ・HDを選択する場合は、透析導入に先立って内シャントを作製しておく。
POINT
・腎代替療法はHD・PD・腎移植の3つであり、医学的条件と生活・希望を踏まえ本人と共同で選択する。 ・腎臓は後腹膜臓器であり、腎摘出術の既往はPDの禁忌とならない(高度の腹膜癒着がPDを困難にする)。 ・生体腎ドナーは原則20〜70歳であり、82歳の配偶者は不適格である。 ・透析導入後も、軽作業の就業や計画的な旅行は可能である。 ・PDは在宅で行え、残腎機能を保ちやすく循環への負担が少ないため、自立した高齢者にも適する。 ・自己管理能力はPDの適否に関わるが、日常活動から認知機能が保たれていると判断できれば、療法選択前の評価は必須ではない。
