カテーテルの前に点滴を―eGFRの数字に隠れた造影剤腎症のリスクと予防の基本
第115回医師国家試験 C問題 第71問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,69~71の問いに答えよ。 78歳の女性。胸部不快感を主訴に来院した。 現病歴:2週前から労作時に胸部の不快感を自覚するようになり受診した。 既往歴:61歳時に糖尿病,65歳時に高血圧症,高尿酸血症と診断され,内服加療中。76歳時に肺炎で入院加療を受けた。1年前から椎間板ヘルニアによる腰痛に対し鎮痛薬の処方も受けている。腰痛のため運動量の減少に伴い,最近は筋肉量の減少も指摘されていた。 生活歴:80歳の夫と2人暮らし。喫煙は24歳から20本/日を37年間。飲酒は機会飲酒。 家族歴:父親が70歳時に心不全で死亡。 現症:意識は清明。身長154cm,体重41kg。体温35.8℃。脈拍84/分,整。血圧142/88mmHg。呼吸数16/分。SpO2 96%(room air)。眼瞼結膜に異常を認めない。頸静脈の怒張を認めない。胸骨左縁第3肋間を最強点とするLevine 2/6の収縮期雑音を聴取する。呼吸音に異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。左足背動脈は触知が不良で冷感を認める。 検査所見:尿所見:蛋白2+,潜血(-),糖(-),尿蛋白1.5g/日。血液所見:赤血球362万,Hb 11.0g/dL,Ht 35%,白血球6,800,血小板16万。血液生化学所見:総蛋白6.2g/dL,アルブミン3.2g/dL,AST 20U/L,ALT 12U/L,LD 198U/L(基準120~245),ALP 288U/L(基準115~359),CK 28U/L(基準30~140),尿素窒素32mg/dL,クレアチニン0.9mg/dL,eGFR 37mL/分/1.73m2,尿酸8.2mg/dL,血糖118mg/dL,HbA1c 6.6%(基準4.6~6.2),総コレステロール142mg/dL,Na 136mEq/L,K 4.0mEq/L,Cl 104mEq/L。CRP 0.8mg/dL。12誘導心電図でⅡ,Ⅲ,aVF,V4-6誘導のST低下を認める。胸部エックス線写真で心胸郭比56%。 虚血性心疾患が疑われ,冠動脈造影検査の実施を検討することとなった。
冠動脈造影検査前に行うべき対応はどれか。
- a.血液透析
- b.スタチン内服
- c.生理食塩液点滴静注
- d.ドーパミン点滴静注
- e.ヒト心房利尿ペプチド〈hANP〉点滴静注
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
ヨード造影剤投与後に急性腎障害をきたす造影剤腎症は、CKD、糖尿病、高齢、貧血、脱水、心不全などがリスク因子で、筋肉量の少ない高齢者ではクレアチニンが低めに出て腎機能を過大評価しやすい点に注意が必要です。予防策として有効性が確立しているのは、造影前後の等張輸液(生理食塩液、または重炭酸ナトリウム液)の点滴静注で、腎血流と尿量を保って尿細管内の造影剤濃度を下げます。あわせて造影剤量の最小化、NSAIDなど腎毒性薬の休薬、メトホルミンの一時休薬を行い、心機能が低下した例では体液過剰に注意して輸液量を調整します。一方、予防的な血液透析、低用量ドーパミン、hANP、スタチンは、造影剤腎症の予防法としては有効性が確立していません。造影検査は日常診療で頻繁に行われるため、リスク評価と予防の流れを身につけることは、どの診療科に進んでも役立つ基本となります。
解答・解説
正解はcです
症例の整理
78歳女性。労作時胸部不快感と、Ⅱ、Ⅲ、aVF、V4-6誘導のST低下から、多枝病変を含む労作性狭心症が疑われ、冠動脈造影の適応がある。糖尿病、高血圧症、高尿酸血症、長期喫煙という冠危険因子を持ち、左足背動脈の触知不良から末梢動脈疾患も疑われる。 腎機能は尿蛋白1.5g/日、eGFR 37mL/分/1.73m2(CKD G3b・A3)で、筋肉量の減少によりクレアチニンに基づくeGFRは実際の腎機能を過大評価している可能性がある。高齢、糖尿病、CKD、貧血(Hb 11.0g/dL)を併せ持つため、造影剤腎症(ヨード造影剤投与後の急性腎障害)の高リスク例である。
設問への考え方
造影剤腎症の予防策として有効性が確立し、ガイドラインで推奨されているのは、検査前後の経静脈的な輸液(等張の生理食塩液、または重炭酸ナトリウム液)である。輸液により循環血液量と腎血流を保ち、尿量を増やして造影剤が尿細管内に高濃度で長くとどまるのを防ぐ。これに加えて、造影剤の使用量を最小限にすること、NSAIDなど腎血流を低下させる薬剤を休薬することが基本となる。 一方、血液透析、ドーパミン、hANP(ヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド)、スタチンなどは、造影剤腎症の予防法として有効性が確立しておらず、標準的な対応とはされていない。 なお本例は頸静脈怒張や肺うっ血所見がなく心不全徴候は目立たないが、心胸郭比56%と軽度の心拡大があるため、輸液中は体液過剰に注意しながら行う。
選択肢考察
- ×a. 血液透析
ヨード造影剤は血液透析で除去できるが、造影剤は投与直後から腎臓に到達して作用するため、検査後に透析を行っても造影剤腎症の発症を抑えられないことが示されている。検査前に透析を行う意味もない。透析のためのカテーテル留置や体外循環にも合併症のリスクがあり、予防目的の血液透析は推奨されない。本例は末期腎不全や尿毒症の状態でもなく、透析の適応はない(すでに維持透析を受けている患者でも、造影後に臨時透析を追加する必要はないとされる)。
- ×b. スタチン内服
スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)には抗炎症作用や血管内皮保護作用があり、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)前の高用量投与で造影剤腎症が減ったとする報告もあるが、予防法としての有効性は確立しておらず、造影前の標準的な予防策とはされていない。ただし本例は冠動脈疾患が強く疑われ、糖尿病も合併するため、動脈硬化性疾患の二次予防の観点からはLDLコレステロールの管理目的でスタチン投与が検討される患者である。総コレステロールが高くないことはその判断に影響しない。あくまで「造影剤腎症の予防として検査前に行うべき対応」ではないという意味で誤りである。
- ○c. 生理食塩液点滴静注
等張の生理食塩液を造影前後に点滴静注すると、循環血液量が保たれて腎血流が維持され、尿量が増えることで尿細管内の造影剤濃度が下がり、通過時間も短くなる。さらにレニン・アンジオテンシン系やバソプレシンの活性を抑え、腎髄質の虚血を軽減すると考えられている。これが造影剤腎症の予防策として最も推奨度の高い方法である。代表的な方法は、造影前後にそれぞれ数時間から12時間程度、1mL/kg/時程度で投与するもので、検査前の飲水のみより経静脈投与が確実とされる。低張輸液より等張液が優れ、重炭酸ナトリウム液も同等の選択肢である。本例は心胸郭比56%と軽度の心拡大があるため、心不全の悪化に注意して速度や量を調整する。
- ×d. ドーパミン点滴静注
低用量のドーパミン(おおむね1~3μg/kg/分)はドパミンD1受容体を介して腎血管を拡張させ、利尿を促すことから、かつては「腎用量」として腎保護目的に使われた。しかしその後の臨床研究で、急性腎障害の予防・治療にも造影剤腎症の予防にも有効性は示されず、むしろ不整脈などの有害事象を起こしうる。現在は造影剤腎症の予防目的では推奨されない。ドーパミンは本来、ショックや低血圧時の昇圧薬として用いられる薬剤である。
- ×e. ヒト心房利尿ペプチド〈hANP〉点滴静注
hANP(一般名カルペリチド)は心房から分泌されるナトリウム利尿ペプチドの製剤で、血管拡張作用とナトリウム利尿作用を持ち、主に急性心不全(肺うっ血を伴う場合など)の治療に用いられる。心不全や腎機能障害を伴う患者の造影検査で造影剤腎症を減らしたとする国内の小規模な報告はあるが、十分な根拠はなく、予防法として一般には推奨されていない。血圧低下を起こすこともあり、本例のように明らかな心不全がない患者に造影前にルーチンで行う対応ではない。
造影剤腎症(造影剤投与後急性腎障害)の概要
・定義:ヨード造影剤投与後、おおむね72時間以内に血清クレアチニンが0.5mg/dL以上または25%以上上昇するもの(KDIGOのAKI基準で定義することもある)。多くは非乏尿性で、3~5日でピークに達し、1~2週で改善することが多いが、一部は腎機能が回復せず透析に至る。 ・機序:腎髄質の血管収縮による虚血、尿細管上皮への直接毒性、活性酸素の産生。 ・リスク因子:CKD(とくにeGFR低値。静脈内投与ではeGFR 30未満、動脈内投与ではeGFR 45未満で特にリスクが高いとされる)、糖尿病(とくに腎症合併)、高齢、脱水、心不全、貧血、多量の造影剤使用や短期間の反復投与、腎毒性薬の併用。
予防策の整理
・推奨されるもの:検査前後の等張輸液(生理食塩液、重炭酸ナトリウム液)、造影剤使用量の最小化、低浸透圧または等浸透圧造影剤の使用、腎毒性薬(NSAIDなど)の休薬、ビグアナイド薬の一時休薬(乳酸アシドーシスの予防)。 ・推奨されない、または有効性が確立していないもの:予防的な血液透析・血液濾過、ループ利尿薬、低用量ドーパミン、hANP、N-アセチルシステイン、スタチン(予防目的として)。
造影後の対応
造影後は尿量と血清クレアチニンを確認し、腎機能悪化の有無を評価する。メトホルミンを休薬していた場合は、造影後に腎機能が悪化していないことを確認してから再開する。
POINT
・造影剤腎症の予防で有効性が確立しているのは、造影前後の等張輸液(生理食塩液点滴静注)である。 ・あわせて造影剤量の最小化、NSAIDの休薬、メトホルミンの一時休薬を行う。 ・予防的血液透析、低用量ドーパミン、hANP、ループ利尿薬、スタチンは、予防法としては推奨されない(有効性が確立していない)。 ・心機能が低下した患者では、輸液による体液過剰に注意する。
