スプーンのような爪が語る「体の鉄切れ」―さじ状爪から読み解く鉄欠乏性貧血
第115回医師国家試験 B問題 第12問
国試問題にチャレンジ
貧血を認める患者の爪の写真を下に示す。 考えられるのはどれか。

- a.腎性貧血
- b.鎌形赤血球症
- c.鉄欠乏性貧血
- d.巨赤芽球性貧血
- e.発作性夜間ヘモグロビン尿症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
爪甲の中央が陥凹し辺縁が反り返るさじ状爪(koilonychia)は、鉄欠乏性貧血に特徴的な組織鉄欠乏症状です。鉄はヘモグロビン合成だけでなく上皮の増殖・角化に関わる酵素にも必要なため、慢性の鉄欠乏では爪のほか舌炎、口角炎、氷食症、Plummer-Vinson症候群などがみられ、動悸や息切れといった貧血共通の症状とは区別されます。腎性貧血、巨赤芽球性貧血、溶血性貧血ではさじ状爪は特徴とならず、巨赤芽球性貧血のHunter舌炎のように一部の所見が重なる点に注意が必要です。鉄欠乏性貧血と診断したら、過多月経や消化管悪性腫瘍などの出血源を必ず検索することが臨床上の要点です。爪をはじめとする身体所見から全身疾患を推定する視点は、日常診療で見逃しを防ぐ大きな力になります。
解答・解説
正解はcです
写真の読み取り
爪甲(爪の板)の中央部が凹み、辺縁が反り返ってスプーンのような形になっている。これはさじ状爪(匙状爪、spoon nail、医学用語では koilonychia)と呼ばれる所見である。爪甲が薄く脆くなり、平坦化を経て中央が陥凹していく。
考え方
貧血患者でさじ状爪がみられた場合、まず考えるべきは慢性の鉄欠乏である。鉄は赤血球のヘモグロビン合成だけでなく、上皮細胞の増殖や角化に関わる鉄含有酵素にも必要であり、鉄欠乏が長く続くと爪・舌・口角・食道粘膜など増殖の盛んな上皮組織に変化が現れる。これを貧血そのものによる症状(動悸、息切れ、易疲労感など)と区別して「組織鉄欠乏症状」と呼ぶ。さじ状爪はその代表であり、他の貧血ではふつうみられない。したがって本問は「さじ状爪=鉄欠乏性貧血」という対応を知っていれば解ける。
選択肢考察
- ×a. 腎性貧血
慢性腎臓病で腎臓からのエリスロポエチン(赤血球産生を促すホルモン)の分泌が低下して生じる、正球性正色素性の貧血である。動悸・息切れ・倦怠感などの一般的な貧血症状はあるが、鉄欠乏を伴わない限りさじ状爪は生じない。なお、腎不全では爪の近位半分が白く遠位が赤褐色になる half-and-half nail(Lindsay爪)がみられることがあるが、写真の所見とは異なる。
- ×b. 鎌形赤血球症
ヘモグロビンβ鎖の遺伝子変異(6番目のグルタミン酸がバリンに置換)によるHbSが脱酸素化で重合し、赤血球が鎌状に変形する常染色体潜性(劣性)遺伝の溶血性貧血である。溶血による貧血・黄疸、血管閉塞による疼痛発作(血管閉塞発作)、脾梗塞などが特徴で、アフリカ系に多く日本ではまれである。さじ状爪は特徴ではない。
- ○c. 鉄欠乏性貧血
写真のさじ状爪は、長期間続く鉄欠乏により爪甲の形成が障害されて生じる組織鉄欠乏症状である。鉄欠乏性貧血ではこのほか、舌乳頭の萎縮による舌炎、口角炎、異食症(特に氷をかじり続ける氷食症)、毛髪の脱落、Plummer-Vinson症候群(鉄欠乏性貧血に舌炎と嚥下障害を伴うもの。食道上部のwebが原因)などがみられる。検査では小球性低色素性貧血、血清鉄低下、総鉄結合能(TIBC)上昇、血清フェリチン低下が特徴である。
- ×d. 巨赤芽球性貧血
ビタミンB12または葉酸の欠乏によってDNA合成が障害され、骨髄に巨赤芽球が出現する大球性貧血である。ビタミンB12欠乏ではHunter舌炎(舌乳頭が萎縮して赤く平滑になる)、白髪、萎縮性胃炎(悪性貧血の場合)、亜急性連合性脊髄変性症(脊髄後索・側索の障害による深部感覚低下、Romberg徴候陽性、Babinski徴候陽性など)がみられる。舌炎は鉄欠乏性貧血と共通するが、さじ状爪は生じない。
- ×e. 発作性夜間ヘモグロビン尿症
PIG-A遺伝子の後天的変異により、赤血球膜上の補体制御因子(CD55、CD59)を欠く造血幹細胞クローンが増え、補体による血管内溶血をきたす疾患である(略称PNH)。早朝の褐色〜コーラ色の尿(ヘモグロビン尿)、黄疸、血栓症、骨髄不全が特徴である。尿中に鉄が失われ続けるため二次的に鉄欠乏を合併しうるが、疾患自体に特徴的な爪の所見はなく、「さじ状爪から考えられる疾患」として選ぶべきものではない。
鉄欠乏性貧血の症状の整理
1. 貧血症状(どの貧血でも共通):動悸、息切れ、易疲労感、頭痛、めまい、顔色不良、眼瞼結膜の蒼白。 2. 組織鉄欠乏症状(鉄欠乏に特有):さじ状爪、舌炎、口角炎、異食症(氷食症が多い)、嚥下障害(Plummer-Vinson症候群)、脱毛。 慢性に進行する鉄欠乏性貧血では体が低酸素に順応するため、ヘモグロビン値がかなり低くても自覚症状が乏しいことがある。
爪の所見と関連疾患
さじ状爪:鉄欠乏性貧血。 ばち指(指先が太鼓のばち状に膨らみ、爪の付け根の角度が消失):チアノーゼ性先天性心疾患、肺癌、気管支拡張症、間質性肺炎、感染性心内膜炎など。 half-and-half nail:慢性腎不全。 Terry爪(爪の大部分が白濁):肝硬変。 爪甲の点状陥凹(pitting):乾癬。 爪甲線状出血(splinter hemorrhage):感染性心内膜炎。
鉄欠乏性貧血の原因
成人ではまず出血(過多月経、消化管出血)を考える。特に男性や閉経後女性では消化管の悪性腫瘍の検索が必要である。ほかに需要増大(妊娠、成長期)、吸収障害(胃切除後、萎縮性胃炎、セリアック病)、摂取不足がある。
POINT
・さじ状爪(koilonychia)は鉄欠乏性貧血に特徴的な組織鉄欠乏症状である。 ・鉄欠乏性貧血の組織鉄欠乏症状:さじ状爪、舌炎、口角炎、氷食症(異食症)、Plummer-Vinson症候群。 ・舌炎は巨赤芽球性貧血(Hunter舌炎)でもみられるが、さじ状爪は鉄欠乏に特有である。
