鉄が「ない」のか「出てこない」のか―フェリチンとTIBCで見抜く2つの貧血
第112回医師国家試験 F問題 第36問
国試問題にチャレンジ
鉄欠乏性貧血と慢性疾患に伴う貧血との鑑別に有用なのはどれか。2つ選べ。
- a.血清鉄
- b.網赤血球数
- c.血清フェリチン
- d.総鉄結合能〈TIBC〉
- e.平均赤血球容積〈MCV〉
対話形式の解説
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ドクターまとめ
鉄欠乏性貧血は体内の鉄そのものが枯渇した状態、慢性疾患に伴う貧血は炎症によるIL-6→ヘプシジン増加→フェロポルチン分解を介して鉄が骨髄へ供給されない「鉄の利用障害」の状態です。血清鉄は両者で低下し、網赤血球は両者で増加せず、MCVも小球性〜正球性で重なるため、鑑別には役立ちません。鑑別に有用なのは逆方向に動く指標で、血清フェリチンは鉄欠乏性貧血で低下・慢性疾患に伴う貧血で正常〜上昇、TIBCは鉄欠乏性貧血で上昇・慢性疾患に伴う貧血で正常〜低下します。血清鉄低値だけで鉄剤を始めず、フェリチンとTIBCで病態を見極めること、成人の鉄欠乏性貧血では出血源を検索することが臨床上の要点です。鉄代謝の仕組みから検査値の動きを理解しておくことは、小球性貧血全般の鑑別と適切な治療選択の土台になります。
解答・解説
正解はc, dです
鉄欠乏性貧血(iron deficiency anemia:IDA)と慢性疾患に伴う貧血(anemia of chronic disease:ACD、慢性炎症に伴う貧血とも呼ばれる)は、どちらも「赤血球をつくるための鉄が足りない」状態から生じる貧血である。ただし鉄が足りない理由が根本的に異なる。 【IDA】出血(月経過多、消化管出血など)・需要増大(妊娠、成長期)・摂取や吸収の不足により、体内の鉄そのものが枯渇している。貯蔵鉄が先に減り、次いで血清鉄が減り、最後に貧血が現れる。 【ACD】感染症、膠原病、悪性腫瘍などの慢性炎症で、インターロイキン6(IL-6)などのサイトカインが肝臓のヘプシジン産生を増やす。ヘプシジンは鉄の細胞外排出路であるフェロポルチンを分解させるため、マクロファージからの鉄の放出と腸管からの鉄吸収が抑えられる。体内に鉄は十分あるのに、それが骨髄へ届かない「鉄の利用障害」の状態である。 この違いを検査値で読み分けるには、次の2点に着目する。 (1) 貯蔵鉄がどれだけあるか → 血清フェリチンに反映される。IDAでは低下、ACDでは正常〜上昇する。 (2) 鉄の運搬蛋白トランスフェリンの量 → 総鉄結合能(TIBC)に反映される。鉄が枯渇したIDAでは肝臓でのトランスフェリン合成が増えてTIBCは上昇し、ACDでは炎症によりトランスフェリン合成が抑えられ(陰性急性期蛋白)、TIBCは正常〜低下する。 一方、血清鉄は両者とも低下し、網赤血球も両者で増加しない(骨髄での産生が足りない貧血であるため)。MCVもIDAでは小球性、ACDでは正球性〜軽度小球性で、重なりが大きい。したがって、両者で逆方向に動く血清フェリチンとTIBCが鑑別に役立つ。
選択肢考察
- ×a. 血清鉄
血清鉄はトランスフェリンに結合して血中を流れている鉄の量である。IDAでは体内の鉄が枯渇しているため低下し、ACDではヘプシジンの作用でマクロファージに鉄が閉じ込められ血中へ出てこないため、やはり低下する。両者で同じ方向に動くので、血清鉄だけでは区別できない。逆に、血清鉄低値だけを根拠に鉄剤を始めるとACDを見逃すおそれがある。
- ×b. 網赤血球数
網赤血球は骨髄から出たばかりの若い赤血球で、骨髄の赤血球産生能を反映する。IDAもACDもヘモグロビン合成に使える鉄が不足して産生が低下する貧血であり、網赤血球はいずれも増加しない(相対的に低値)。網赤血球数は、溶血や急性出血(増加する)と産生低下型の貧血を分けるのには役立つが、本問の2疾患の鑑別には使えない。なお、IDAに鉄剤を投与すると数日〜1週間ほどで網赤血球が一過性に増加し、治療反応の指標になる。
- ○c. 血清フェリチン
フェリチンは細胞内で鉄を蓄える蛋白で、血中濃度は体内の貯蔵鉄量をよく反映する。IDAでは貯蔵鉄が最初に失われるため明らかに低下し(一般に12 ng/mL未満が鉄欠乏の目安とされる)、貧血が出る前の潜在性鉄欠乏の段階から低下するので最も鋭敏な指標である。ACDでは鉄がマクロファージ内に蓄積しており、さらにフェリチン自体が急性期蛋白として炎症で増えるため、正常〜高値となる。両者で逆方向に動くため、鑑別に有用である。ただし炎症・肝障害・悪性腫瘍があると貯蔵鉄に関係なく高めに出るため、IDAとACDが合併している場合は解釈に注意が要る。
- ○d. 総鉄結合能〈TIBC〉
TIBC(total iron binding capacity)は、血中トランスフェリンが結合できる鉄の総量であり、実質的にトランスフェリン量を表す。IDAでは鉄を少しでも多く運ぼうと肝臓でトランスフェリンの合成が増えるため上昇する。ACDでは炎症によってトランスフェリン合成が抑えられ(トランスフェリンは炎症で減る陰性急性期蛋白)、また慢性疾患による低栄養・低蛋白も加わり、正常〜低下する。両者で逆方向に動くため、鑑別に有用である。TIBCから血清鉄を引いたものが不飽和鉄結合能(UIBC)であり、トランスフェリン飽和度(血清鉄/TIBC)は両者とも低下する。
- ×e. 平均赤血球容積〈MCV〉
MCV(mean corpuscular volume)は赤血球1個の平均の大きさで、ヘマトクリット(%)÷赤血球数(10^6/μL)×10で求める。IDAではヘモグロビン合成が不十分なため小球性(MCV<80 fL)となる。ACDは正球性のことが多いが、長期化すると軽度の小球性を示すこともあり、IDAと値が重なる。どちらも小球性貧血の鑑別候補に挙がる疾患であり、MCVでは両者を区別できない。
貧血の鑑別の進め方
1. 赤血球系だけが減っているのか、白血球・血小板も変化しているのかをみる(汎血球減少なら骨髄の病気などを考える)。 2. 網赤血球数をみる。増加していれば、骨髄は頑張って赤血球をつくっており、溶血や急性出血による「末梢での喪失」を考える。増加していなければ「産生の低下」を考える。 3. MCVで分類する。小球性(<80 fL)、正球性(80〜100 fL)、大球性(>100 fL)。
小球性貧血の主な原因
鉄欠乏性貧血、慢性疾患に伴う貧血、サラセミア、鉄芽球性貧血(骨髄異形成症候群の一部を含む)、異常ヘモグロビン症など。いずれもヘモグロビン合成(ヘム合成またはグロビン合成)の障害による。
鉄代謝指標の比較(IDA/ACD)
血清鉄:低下/低下 血清フェリチン:低下/正常〜上昇 TIBC:上昇/正常〜低下 UIBC:上昇/正常〜低下 トランスフェリン飽和度:低下/低下(〜正常) MCV:小球性/正球性〜軽度小球性 RDW(赤血球容積分布幅):上昇(大小不同が強い)/正常のことが多い 骨髄の鉄染色:貯蔵鉄消失/マクロファージ内の貯蔵鉄は保たれる〜増加
ヘプシジンの役割
ヘプシジンは肝臓で産生される鉄調節ホルモンで、フェロポルチン(腸上皮細胞・マクロファージから鉄を細胞外へ出す唯一の輸送体)を分解させて、鉄の吸収と再利用を止める。生体の鉄の大部分は老化赤血球を脾臓などのマクロファージが処理して取り出した鉄の再利用でまかなわれているため、ヘプシジンが増えると骨髄への鉄供給が大きく落ちる。炎症時にIL-6がヘプシジン産生を高めることがACDの中心的機序である。逆に鉄欠乏ではヘプシジンが低下し、吸収が促進される。
治療上の意義
IDAは鉄剤で改善するが、フェリチンが十分あるACDでは鉄剤の効果は期待しにくく、原疾患の治療が基本となる。血清鉄が低いというだけで鉄剤を始めず、フェリチンやTIBCも確認して判断することが大切である。また成人のIDAでは、消化管出血(胃癌、大腸癌など)や婦人科疾患(子宮筋腫など)といった出血源の検索を忘れてはならない。
POINT
・IDAとACDはどちらも血清鉄低下、網赤血球非増加、MCV低下〜正常で重なる。 ・鑑別の鍵は貯蔵鉄とトランスフェリン量。血清フェリチン:IDAで低下、ACDで正常〜上昇。TIBC:IDAで上昇、ACDで正常〜低下。 ・ACDの機序はIL-6→ヘプシジン増加→フェロポルチン分解→鉄の放出・吸収抑制(鉄の利用障害)。 ・血清フェリチンは貯蔵鉄の最も鋭敏な指標だが、炎症・肝障害・悪性腫瘍では見かけ上高くなる。 ・RDWもIDAで上昇し、鑑別の補助になる。
