座れないほどの殿部の痛み―「膿があれば出す」が鉄則の肛門周囲膿瘍
第112回医師国家試験 D問題 第18問
国試問題にチャレンジ
60歳の女性。殿部の疼痛を主訴に来院した。疼痛のために座ることも困難であるという。殿部には熱感があり,圧痛を認める。殿部の写真を別に示す。 治療として最も適切なのはどれか。

- a.切開排膿
- b.湿布薬貼付
- c.紫外線照射
- d.抗ウイルス薬点滴静注
- e.副腎皮質ステロイド軟膏塗布
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
肛門に近い殿部内側に発赤・腫脹・熱感・圧痛がそろい、座れないほどの痛みを伴う限局性の膨隆は、肛門腺の感染から生じる肛門周囲膿瘍(殿部膿瘍)を考えます。膿瘍腔は血流に乏しく抗菌薬が届きにくいため、治療の原則は「膿があれば出す」切開排膿であり、抗菌薬や鎮痛薬は補助的に併用します。湿布薬は非感染性の痛み、紫外線照射は乾癬などの慢性皮膚疾患、抗ウイルス薬は帯状疱疹など、ステロイド外用は非感染性の皮膚炎が対象で、特にステロイドは感染を悪化させうるため膿瘍には用いません。膿の腔を作らない蜂窩織炎は抗菌薬が中心となるため、波動の触知や超音波で両者を区別することが重要です。排膿後に痔瘻へ移行することもあるため、病態に応じた治療選択と経過観察の考え方は、外来での感染症診療全般に通じる基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
60歳の女性で、主訴は殿部の痛みである。座位がとれないほどの強い疼痛があり、局所には熱感と圧痛がある。写真では右殿部の内側、殿裂(左右の殿部の間の溝)から肛門寄りの部位を中心に、境界のやや不明瞭な紅斑と半球状の腫脹がみられ、発赤は周囲へと広がっている。腫れた右殿部が殿裂を越えて左側を押しているようにも見え、表面には軽い落屑(皮膚のくず)も認める。水疱や帯状の配列、鱗屑を伴う局面などはみられない。
診断へのプロセス
炎症の4徴候(発赤・腫脹・熱感・疼痛)がそろった限局性の病変であり、まず細菌感染による化膿性炎症を考える。部位が肛門のすぐ近くの殿部内側であること、局所の膨隆が強く座ることもできない痛みであることから、皮下に膿がたまった膿瘍、とくに肛門腺の感染から始まる肛門周囲膿瘍(あるいはそれが殿部皮下に広がった殿部膿瘍)が最も考えられる。 鑑別としては、蜂窩織炎(膿瘍を作らず皮下にびまん性に広がる細菌感染)、感染性粉瘤(表皮嚢腫の感染)、毛巣洞(殿裂上部の毛の迷入による感染)、帯状疱疹(片側の神経支配に沿った小水疱)、接触皮膚炎などが挙がる。帯状疱疹なら小水疱の集簇、接触皮膚炎なら瘙痒と境界明瞭な紅斑が中心となり、本例のような強い膨隆と熱感・圧痛にはなりにくい。
設問の考え方
膿瘍は膿が閉じた腔の中にたまった状態であり、抗菌薬は膿瘍腔内に十分届かないため、薬物療法だけでは治らない。治療の原則は「膿があれば出す(ドレナージ)」であり、局所麻酔下での切開排膿が第一選択となる。必要に応じて抗菌薬と鎮痛薬を併用する。
選択肢考察
- ○a. 切開排膿
膿瘍が形成されている場合、膿瘍腔は血流に乏しく抗菌薬が移行しにくいため、膿を体外へ出すことが治療の基本である。成人の肛門周囲膿瘍が自然に治ることはまれで、放置すると周囲組織へ広がって重症化(壊死性筋膜炎など)することもある。したがって速やかに切開して排膿し、必要に応じてドレーンを留置する。蜂窩織炎の合併や全身症状がある場合、糖尿病など免疫低下がある場合には抗菌薬を併用し、疼痛には鎮痛薬を用いる。なお肛門周囲膿瘍は切開排膿後に痔瘻へ移行することがあり、経過観察が必要である。
- ×b. 湿布薬貼付
湿布薬(消炎鎮痛成分を含む貼付剤)は打撲や筋肉痛、関節痛などの非感染性の痛みに用いる。膿瘍の原因である膿や細菌を取り除くことはできず、疼痛の軽減も一時的にとどまる。化膿性病変への貼付は根本治療にならない。
- ×c. 紫外線照射
紫外線照射(光線療法、ナローバンドUVBなど)は乾癬、アトピー性皮膚炎、尋常性白斑、掌蹠膿疱症など慢性の炎症性・免疫性皮膚疾患に用いる治療である。細菌感染による膿瘍には効果がなく、適応はない。
- ×d. 抗ウイルス薬点滴静注
抗ウイルス薬(アシクロビルなど)の点滴静注は、重症の帯状疱疹や単純ヘルペスウイルス感染症などに用いる。本例は小水疱の集簇や神経支配領域に沿った分布がなく、膨隆・熱感・圧痛を伴う細菌性の化膿性病変と考えられるため、抗ウイルス薬は無効である。
- ×e. 副腎皮質ステロイド軟膏塗布
ステロイド外用薬は接触皮膚炎や湿疹など、非感染性の炎症を抑える目的で用いる。局所の免疫反応を抑えるため、細菌感染巣に塗布すると感染を悪化させるおそれがあり、膿瘍に対しては禁忌に近い。
肛門周囲膿瘍の概要
肛門の歯状線の高さにある肛門小窩(肛門陰窩)から細菌が侵入し、肛門腺に感染が起こって周囲組織に膿瘍を形成したものである(crypto-glandular infection説)。原因菌は大腸菌などの腸内細菌や嫌気性菌が多い。男性に多いが女性にもみられる。糖尿病、免疫抑制状態、クローン病(Crohn病)などは発症や重症化の危険因子となる。
膿瘍の部位による分類
・肛門周囲(皮下)膿瘍:最も多く、肛門周囲の皮膚に発赤・腫脹・圧痛がみられる。 ・坐骨直腸窩膿瘍:肛門挙筋より下方の坐骨直腸窩に広がるもので、殿部の広い範囲が腫れることがある。 ・骨盤直腸窩膿瘍:肛門挙筋より上方に広がるもので、外表からはわかりにくく、発熱や直腸の痛みが主となる。CTやMRIが診断に有用である。
症状と診断
持続する激しい疼痛(座位や排便で増悪)、局所の発赤・腫脹・熱感、発熱がみられる。触診で波動(膿の貯留による液体の揺れ)を触れれば膿瘍と判断できる。深部膿瘍では直腸指診での圧痛や、画像検査が診断の決め手となる。
治療と経過
切開排膿が基本で、抗菌薬は補助的に用いる。排膿後に膿瘍の通り道が管状に残り、肛門内(原発口)と皮膚(二次口)をつなぐ瘻管が形成されたものが痔瘻である。痔瘻になった場合は手術(瘻管切開開放術、シートン法など)が必要となる。
蜂窩織炎との違い
蜂窩織炎は真皮から皮下脂肪織に細菌感染がびまん性に広がるもので、膿の貯留腔を作らないため抗菌薬投与が治療の中心となる。一方、膿瘍は限局した膿の腔があり、抗菌薬だけでは治りにくく切開排膿が必要である。両者の区別には波動の触知や超音波検査が役立つ。
POINT
・発赤、腫脹、熱感、圧痛がそろった肛門近くの殿部病変は肛門周囲膿瘍(殿部膿瘍)を考える。 ・膿瘍の治療の原則は切開排膿である。抗菌薬は膿瘍腔に届きにくく、単独では不十分である。 ・成人の肛門周囲膿瘍は自然治癒しにくく、排膿後に痔瘻へ移行することがある。 ・ステロイド外用は感染を悪化させるため、細菌感染巣には用いない。
