息は苦しいのに咳は出ない―咳嗽の仕組みから見抜く過換気症候群
第112回医師国家試験 B問題 第15問
国試問題にチャレンジ
咳嗽を伴うことが少ないのはどれか。
- a.気管支喘息
- b.細菌性肺炎
- c.過換気症候群
- d.慢性気管支炎
- e.特発性肺線維症〈IPF〉
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
咳嗽は、気道や肺実質・間質の炎症、分泌物、線維化などで咳受容体が刺激され、迷走神経を介して延髄の咳中枢に伝わって起こる防御反射です。気管支喘息、細菌性肺炎、慢性気管支炎、特発性肺線維症はいずれも気道や肺に病変があり咳嗽が代表的な症状で、肺炎や慢性気管支炎は湿性、特発性肺線維症は乾性咳嗽が典型です。これに対し過換気症候群は器質的異常のない機能的病態で、症状は呼吸困難、頻呼吸、呼吸性アルカローシスによるイオン化カルシウム低下に伴うしびれやテタニーが中心であり、咳嗽は少ないのが特徴です。治療はペーパーバッグ法ではなく安心させてゆっくり呼吸を促すことが基本で、肺血栓塞栓症や気胸などの器質的疾患の除外が欠かせません。症状の成り立ちを病態から理解することは、暗記に頼らない鑑別診断の力につながります。
解答・解説
正解はcです
咳嗽(せき)は、気道に入った異物や分泌物を排除するための防御反射である。気道粘膜(喉頭・気管・気管支)や肺間質などにある咳受容体が、炎症・分泌物・機械的刺激・化学的刺激によって興奮し、迷走神経を介して延髄の咳中枢に信号が伝わることで起こる。したがって、咳嗽を伴いやすいかどうかは「気道や肺実質・間質に器質的な病変や炎症があるか」で考えるとわかりやすい。 本問の選択肢のうち、気管支喘息(気道の慢性炎症)、細菌性肺炎(肺胞腔の炎症と膿性分泌物)、慢性気管支炎(気道の慢性炎症と粘液過分泌)、特発性肺線維症(肺間質の線維化)は、いずれも気道や肺そのものに病変があり、咳嗽は代表的な症状である。 一方、過換気症候群は、不安や緊張などの心理的要因を契機に呼吸が過剰になる機能的な病態であり、気道や肺に器質的異常はない。症状の中心は息苦しさ、頻呼吸、呼吸性アルカローシスに伴うしびれやテタニーなどであって、咳受容体を刺激する病変がないため咳嗽を伴うことは少ない。よって正解は c である。
選択肢考察
- ×a. 気管支喘息
気管支喘息は、好酸球などによる気道の慢性炎症と、それに伴う気道過敏性の亢進、可逆的な気道狭窄を特徴とする疾患である。症状は発作性の呼吸困難、喘鳴(ゼーゼー・ヒューヒューという呼吸音)、咳嗽、喀痰で、夜間から早朝に悪化しやすい。聴診では呼気の延長や連続性ラ音(wheezes)を聴取する。喘鳴が目立たず慢性の咳嗽だけが続く「咳喘息」という病型もあり、咳喘息は日本における慢性咳嗽の原因として最も多いものの一つである。咳嗽を伴うことは多い。
- ×b. 細菌性肺炎
細菌性肺炎は、肺炎球菌やインフルエンザ菌などの細菌が肺胞腔内で増殖して炎症を起こす疾患である。肺胞内に好中球を主体とする滲出物がたまるため、発熱とともに膿性痰を伴う湿性咳嗽(痰のからむ咳)が典型的にみられ、呼吸困難や胸膜に炎症が及んだ場合の胸痛を伴うこともある。聴診では断続性ラ音(coarse crackles)を聴取することが多い。咳嗽を伴うことは多い。
- ○c. 過換気症候群
過換気症候群は、精神的ストレス、不安、極度の緊張などをきっかけに、身体が必要とする以上に換気が増える病態である。気道や肺には器質的な異常がないため、咳受容体が刺激されることはなく、咳嗽を伴うことは少ない。主な症状は、息苦しさ(空気が吸えない感じ)、頻呼吸、動悸、胸部の圧迫感などである。過換気によりCO2が過剰に排出されてPaCO2が低下し、呼吸性アルカローシスとなる。アルカローシスではアルブミンに結合するCa2+が増えて血中のイオン化カルシウムが低下するため、口の周りや手指のしびれ、手指が硬直する助産師手位などのテタニー症状が出現する。顔面神経の走行部(外耳道の前方)を叩打すると顔面筋が収縮するChvostek(クボステック)徴候が陽性になることもある。なお、総カルシウム値は通常正常範囲である。
- ×d. 慢性気管支炎
慢性気管支炎は、喀痰を伴う咳嗽が1年のうち3か月以上続き、それが2年以上連続してみられ、かつ他の疾患によるものではない状態と臨床的に定義される。主な原因は喫煙で、気道の杯細胞や気管支腺が増加・肥大して粘液が過剰に分泌される。慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉の一部を構成する病態であり、進行すると労作時の呼吸困難も加わる。定義そのものに「咳嗽と喀痰」が含まれているとおり、咳嗽を伴うことは多い。
- ×e. 特発性肺線維症〈IPF〉
特発性肺線維症〈idiopathic pulmonary fibrosis:IPF〉は、原因不明の慢性進行性の間質性肺炎で、肺の間質に線維化が進み肺が硬く小さくなる疾患である。高齢の男性・喫煙者に多い。主な症状は痰を伴わない乾性咳嗽と、徐々に進行する労作時呼吸困難である。身体所見としてばち指や、両側下肺の捻髪音(fine crackles、ベルクロラ音)が特徴的である。進行すると低酸素血症によるチアノーゼ、肺高血圧から肺性心(右心不全)を来し、浮腫や体重減少もみられる。咳嗽を伴うことは多い。
咳嗽の分類
咳嗽は持続期間により、3週間未満の急性咳嗽、3〜8週間の遷延性咳嗽、8週間以上の慢性咳嗽に分けられる。また、痰を伴う湿性咳嗽と、痰を伴わない乾性咳嗽に分けて考えることも鑑別に役立つ。
主な原因
急性咳嗽:かぜ症候群などウイルスによる上気道感染が最も多く、細菌性肺炎やマイコプラズマ・百日咳などの感染症も原因となる。 遷延性・慢性咳嗽:咳喘息、気管支喘息、アトピー咳嗽、副鼻腔気管支症候群(後鼻漏など)、胃食道逆流症、COPD、気管支拡張症、ACE阻害薬などの薬剤性、喫煙などが挙げられる。 見逃してはならない原因:肺結核、肺癌、間質性肺炎、心不全など。長引く咳嗽ではこれらを念頭に置き、胸部エックス線撮影などで確認する。
湿性咳嗽と乾性咳嗽
湿性咳嗽:細菌性肺炎、慢性気管支炎、気管支拡張症、副鼻腔気管支症候群など、気道内に分泌物が多い病態。 乾性咳嗽:間質性肺炎・肺線維症、咳喘息、アトピー咳嗽、ACE阻害薬による咳、胃食道逆流症など。
過換気症候群の要点
若年女性に多く、心理的要因を背景に発作性に過呼吸となる。血液ガスではPaCO2低下とpH上昇(呼吸性アルカローシス)を示し、PaO2は正常〜高値である。治療は、まず不安を取り除くように説明し、ゆっくりした呼吸(特に呼気を長く)を促すことが基本である。かつて行われたペーパーバッグ法(紙袋を口に当てて呼気を再吸入させる方法)は、低酸素血症を招く危険があるため現在は推奨されていない。また、過換気症候群と診断する前に、肺血栓塞栓症、気胸、気管支喘息発作、代謝性アシドーシスに対する代償性過換気(糖尿病ケトアシドーシスなど)といった器質的疾患を除外することが重要である。
POINT
・咳嗽は気道や肺実質・間質の病変(炎症、分泌物、線維化など)で咳受容体が刺激されて起こる防御反射である。 ・気管支喘息、細菌性肺炎、慢性気管支炎、特発性肺線維症はいずれも咳嗽が代表的な症状である(肺炎・慢性気管支炎は湿性、IPFは乾性が典型)。 ・過換気症候群は器質的異常のない機能的病態で、症状は呼吸困難・頻呼吸・しびれ・テタニーが中心であり、咳嗽は少ない。 ・過換気症候群では呼吸性アルカローシスにより血中イオン化カルシウムが低下し、テタニーやChvostek徴候が出現する。
